19-子爵、出陣
師匠は負傷者の治療のため、野営地を訪れた。
あまり歓迎はされなかったが、治療に努める師匠。
その夜、ルヒナが事件を起こした。
翌朝、私は兵士の一人を魔法でボコボコにしたのが問題になって子爵のテントに呼び出された。
「ル、ルヒナが……! うちの弟子が兵士に……!」
子爵に事情を話した後、遅れて情報を聞いた師匠が血相を変えてテントに駆け込んできた。
「うちの弟子がとんだご無礼を!」
「まあ落ち着け、異術師」
そう言って師匠をなだめたのは子爵だった。
「今回の一件は彼女の正当防衛だ。夜、彼女が一人で眠るテントに兵士の一人が忍び込んだらしい。本人曰く、慰めの女の一人だと勘違いしていたそうだ」
「まったく、いつものように障壁を張って寝ていたので助かりましたよ。本当、人間族は性欲の化け物ですよね。今回はその男をボコボコにするだけで済ませましたが、私にもう少し理性が無かったら、この野営地を更地に変えていたところでしたよ」
「面白いことを言う弟子だ」
「いえ、子爵、ルヒナが言ってることは割と冗談じゃないと言いますか……」
「責任があるとすれば、それは異術師、お前にあるぞ」
子爵は厳しい口調でそう告げた。師匠の責任って、どういうことだろ?
「俺にですか?」
「ああ、そうだ。いくら人助けのためとは言え、そんな美しい少女を男だらけの野営地に連れ込み、一人で寝かせておくなんて」
「俺には性欲がほとんど無いんで、失念していました……」
性欲が無いなんて、またそんなしょうもない嘘を……。嘘の十八番なんだろうか。……ん?
「すまなかった、ルヒナ」
師匠は私に向き直り、頭を下げて謝罪した。
「え、いや。まあ……。ありがとうございます……?」
いきなり謝られて虚をつかれ、よくわからない返事をしてしまった。
「まあ、師匠だって善意でやったことですし? 私は無事でしたし? だからそんなに謝らなくても……。もう大丈夫ですから」
「そうか、ありがとう」
ありがとう? 何に対してのお礼なんだろう。あ、私が師匠を許したことか。
「ところで異術師、負傷兵たちの方は?」
「明け方、全員の治療が終わったとこです」
「それじゃあ後で、弟子がボロ雑巾のようにした兵士も治療しろ。それと、この戦が終わるまでここで治癒師をやれ。それでチャラにしてやる」
「はい!」
ふと思い出した。昨夜、例の兵士の男は私のテントに入る時、「おじゃましまーす、起きてますかー?」って言っていた。私は知らない男の声で目が覚めて正当防衛できたけど、どうして彼はわざわざそんなことを……? なけなしの理性がそうさせたのだろうか……。
今思うと、最初から手を出す気がなかったように感じる……。
「ここにいる間、その弟子を隣に置いてちゃんと見ておけよ」
「はい!」
兵士のように快活な返事をする師匠。
「ところで、一ついいですか? 聞きたいことがあるんですが」
私は片手を上げ、質問を投げかける。男の他にも気になっていたことがあるのだ。
「子爵がさっき言っていた、『慰めの女』って何ですか? 落ち込んでいる人を慰めて元気にするんですか? 例の男は慰め目的で私のテントに来たみたいですけど、私はてっきりそうじゃないと思って……」
ピキッ……!
その瞬間、テント内の空気が凍り付くのを感じた。どうしたんだろう。私、何かやっちゃいました?
「それはほら、この野営地には何人か女が居ただろ? それが……。ね? 子爵?」
「その子はお前の弟子なんだ。お前が教えてやれ」
師匠も子爵も、どうしてそんな困り顔なんだろう。
「ルヒナ、少し耳を貸せ。大声では言えないことなんだ……」
「はい?」
「ここで言う、『慰め』ってのはだな……」
ごにょごにょ……。
私は野営地で見かけた女性たちの仕事について聞かされた。どうやら彼女らはこの野営地に、「性の出稼ぎ」のために来ているらしい。
「はぁ!? 人間族の男はこんな所にまで来て!? きっしょ!! いや本当、どんだけ性欲あるんですか!」
「いや、むしろこういう命の危険がある場だからこそ……」
「普通はそうはなりませんよ!! 私、もう二度とこういう野営地には足を踏み入れませんからね!!」
「少しいいか、二人とも。喧嘩なら俺のテントの外でやってくれ」
子爵の言うことはごもっともだった。
私と師匠は口論をピタリと止め、口を閉じる。
そして子爵は「ところで」と続けた。
「その子は今、『人間族』と言ったな。会った時から気になっていたんだが、その容姿、人間族ではないよな。昔話に聞くドリアードのようだが、彼らが国から出てくることはほとんどないし……」
「あ、私はですね──」
カンカンカンカン!
急に鉄板を金槌で叩くような音が鳴り響いた。何事?
「敵襲か。一般魔法、装着」
子爵がバッっと服を脱ぎ去って薄着になった。
剥き出しになった四肢は丸太のように太い。顔と四肢以外は白い衣服で覆われていたけど、薄い布地の下から鍛えられた筋肉が浮き彫りになっていて、まるで白亜の彫刻を思わせた。
そしてテントの隅に飾られてあった重厚な鎧が宙に浮いて子爵にまとわりつき、ひとりでに装着される。
一人で鎧を着れる魔法か。便利そうだ。
「ふんっ!」
続いて子爵はテントの隅に置いてあった、鉄の立方体に棒が刺さっているような見た目のオブジェを肩に担いだ。え、その無骨な鉄塊、もしかして武器なの? ハンマーなの?
「俺は襲撃を仕掛けてきた魔人どもを叩きのめしてくる。異術師と弟子、お前らは自分の身は自分で守れ。死んでも知らん」
「はい、そうさせてもらいます。簡易魔法、障──」
「いいえ、俺たちはこう見えても戦えます。協力させてください」
かくして、私たちは魔人との戦闘に臨むことになった。面倒なことになったものだ……。
子爵に思惑あり。




