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剣と魔法と怪異譚  作者: 岩クラゲ
第一部、野営地編
18/61

18-師の死

異術師を嫌う神父の協力により、町を脅かす怪異の病は解決した。

ルヒナは住民たちから黄色い声援を浴び、大はしゃぎだった。

 師匠が死んだ。正確には、もう死んでいるだろう。

 黒い球体の中に師匠が閉じ込められ、もう二十日が経っている。人間族が飲まず食わずでそんなに生きていられる訳がない。

 薬箱さえあれば薬を水代わりに飲んで生きながらえてるかもしれないけど、その薬箱は球体の外だ。師匠は本当に身一つで閉じ込められている。

 黒い球体の中はおそらく真っ暗だ。食事をあまり必要としないドリアードでも、水と日光なしでは二十日も……。


「まったく……。安易に人助けなんかするからこんなことになるんですよ、師匠」


 私は約二十日前の出来事を思い出す。



 ◆



 私と師匠は草原を突っ切る街道を歩いていると、人間族の軍の野営地を見つけた。

 いくつものテントが建てられていて、外では兵士が焚火を焚いたり、武具の手入れをしたり、馬の世話をしていた。


「野営地がありますね、避けて通りますか」

「野営地があるな、負傷兵が居るかもしれない。治療しに行こう」

「えー……」

「ほら、行くぞ。異術師の仕事は人助けだ」


 師匠に連れられ、渋々野営地に向かう。


「おい、止まれ! 何者だ? その女でも売りに来たのか?」


 野営地に近付くと、警備兵の男に止められた。彼は腰の剣に手をかけている。

 師匠はその間合いに入る前に足を止め、両手を上げた。


「俺は異術師です。負傷兵が居れば治療ができますが」

「イジュツシ? 何だそれは」


 どうやらこの兵士は異術師を知らないようだ。

 よくわからない人を目の前にして、警戒の色を強めている。


「まあ、薬売りか何かだと思ってください」


 そう言って師匠は背負っている薬箱を兵士に見せた。


「……確かに薬は不足している。とりあえず、子爵に会わせてやる」


 人間族の貴族って確か、公爵、伯爵、子爵、騎士の順で偉いんだっけ。


「二人ともついて来い。まあ、期待はしてないがな」

「態度わるー……」

「女、何か言ったか?」

「何もー」


 ぽすっ。


 師匠に肘で軽く小突かれた。



 ◆



「おい、見ろ。あの白髪の男と緑髪の女」

「誰だろうな、あれ。つーか、女の方可愛すぎだろ。ヤりてー……」

「あの女を売りに来たのか?」

「あの子、ドリアードかしら」

「ドリアード? それって、西の国に住んでるっていう種族? 私、初めて見たわ」

「アタシも見るのは初めてね。昔話で特徴を知ってるくらい。って言うかドリアードって国からほぼ出ないんじゃないの? どうしてここに?」


 兵士に連れられ、私たちは野営地の中をテントの間を縫いながら歩く。

 やはり師匠の髪色と私の可愛さは目立つようで、多くの兵士たちが視線を向けてくる。

 それと意外なことに、野営地には女性の姿もちらほら見られた。炊事とかを担当してるのかな。


「ここが子爵様のテントだ。お前らはここで待っていろ」


 そう言って兵士はテントの中に入り、少ししたら出てきた。どうやら面会の許可が下りたらしい。

 兵士に続いてテントに入ると、中には重厚な鎧やら軍旗やらが飾られていて、いかにも偉い人が居るって雰囲気だ。

 ただそんな荘厳な雰囲気をぶち壊すかのように、テントの隅には腰の高さほどもある巨大な鉄の立方体に棒が刺さったような見た目のオブジェが佇んでいる。人間族の美的センスはよくわからない。

 そしてテントの中央では、豪勢な衣服をまとった赤髪髭面の子爵らしき壮年の男と数人の兵士がテーブルを囲んでいた。そのテーブルには大きな地図が敷かれていて、作戦会議でもしていたかのような雰囲気だった。


「いいタイミングで来たな、異術師よ。ちょうど戦略会議が一区切りついたところだ」


 最初に口を開いたのは赤髪髭面の男だった。尊大な態度からして、やっぱり彼が子爵様みたいだ。


「俺の名前はアレク、異術師です。そしてこちらは弟子のルヒナです」


 そう言って師匠が恭しく頭を下げたので、私も続いて軽く会釈する。


「異術師という職業については多少は知っている。それで、その異術師が負傷兵を治療したいと? 目的は何だ? 金か? それとも、この俺に取り入ろうと?」

「金銭に関してはここにいる間の食住と、路銀程度だけもらえれば充分です。人助けが異術師の仕事ですので、取り入ろうなどという気は全くありません」

「ふむ……。俺たちは今、この草原に巣くう魔人どもと戦っていてな。戦況は有利だが、こちらも無傷ではない。負傷兵が何人か出ている。治療するというなら報酬は出すが……」

「それでは、治療テントは何処に?」

「待て。その前に、お前が異術師であることを証明しろ。敵国の密偵か何かだと困るからな」


 異術師であることを証明? どうするんだろう。怪異由来の薬か何かで、手品みたいなことでもするのかな。そう思っていると師匠は子爵の前まで行き、懐から銀の装飾に赤い宝石が埋め込まれたネックレスを取り出して見せた。あれが異術師の証明みたいな物なのかな。


 キュキュッキュ……。


 師匠が赤い宝石を擦ると、淡い光が放たれた。擦ると光が出る宝石?


「確かに、お前は異術師のようだな。いいだろう」


 あ、今ので異術師の証明になったんだ。


「誰か、こいつを治療テントに案内しろ」

「はっ!」


 子爵が命令すると、さっきまで私たちを案内してくれていたのとは別の兵士が快活に返事をした。

 そして彼に案内され、私たちは治療テントに向かう。


「あいつの態度、悪かったでしょう?」


 前を歩く兵士が話しかけてきた。


「子爵がですか? 俺はそこまで態度が悪いとは思いませんでしたが」

「いやいや、子爵じゃないよ! 最初に君たちを連れてきた警備の兵士だよ! びっくりしたあ……。僕があの方の悪口を言う訳がないじゃないか……」


 兵士は大慌てで訂正した。ちなみに私も、態度が悪いのは子爵のことかと思った。


「気を悪くしないでくれ。僕とあいつは同期なんだ。あいつは高圧的なとこがあるけど、悪い奴じゃないんだ」

「俺は気にしてませんよ」


 私は少しイラつきました。


「それにしても、異術師かあ。そういう人が居るとは噂で聞いてたけど、まさか実在したなんてね。僕、初めて見たよ」

「師匠、異術師の知名度って低すぎませんか? 異術師は一応、魔術学界やエレナ教会本部と鼎立する組織なんですよね?」

「一般人は国にどんな組織があるかなんて、気にしちゃいないさ」


 それもそうか。私だって国の組織構成とか気にしたこと、あんまりなかったし。


「さあ、ここが治療テントだ。お、ちょうど治癒師の爺さんが居るな」


 案内されたテントの前では、白髪の老人が桶で包帯を洗っていた。桶の水は赤く濁っている。

 兵士は彼に私たちの事情を話して、来た道を戻っていった。


「イジュツシか……。聞いたことはないが、治癒師か何かか? 治癒魔法が使えるのか? まったく、けったいな者を連れてきたものじゃ。しかも女連れとは……」


 あ、この人も異術師を知らない人だ。それで態度が悪い人だ。目つき悪いし。


「とりあえず、入ってくれ」


 老人に招かれてテントに入ると、中は血の臭いで満ちていた。敷布の上には負傷した兵士たちが横たわっていて、皆体のどこかしらに包帯を巻いている。そして苦しそうに呻き声を上げていた。


「この前、魔人どもがこの野営地を強襲してきたんじゃ。彼らはその時にな……。高等な治癒魔法の使い手はいたんじゃが、この野営地が強襲された時にやられてしまってのう……」

「見たところ、薬も包帯も足りてない状況ですね……」


 確かに師匠が言う通り、包帯が巻かれてなかったり傷口が化膿している兵士が散見する。つらそー……。


「そうなんじゃ。次、物資が届くまでにこいつらは持つかどうか……。怪我を治せるというなら、まずはこの男を治療してくれ」


 そう言って老人は目の前に横たわっている男を示した。

 彼は両腕に添え木をされていて、上半身に巻かれた包帯は血でほとんど真っ赤に染まっていた。そして腹部や頭部にも痛々しい切り傷がある……。意識が朦朧としているのか、そんな傷なのに呻き声は上げておらず、目はうつろだ。呼吸も目に見えて浅いし……。


「両腕の骨折に肩から胸にかけての深い刀傷、肺は片方潰れておる。他にも全身、傷だらけじゃ。儂も手を尽くしたんじゃが、並の治癒魔法しか使えなくてのう……。潰れた方の肺に続く気管は塞いでおいたんじゃが……」


 師匠はその男の隣に座って薬箱を開き、各種器具や薬を取り出して治療の準備を始めた。

 私はとりあえず、テントの隅に置いてあった比較的清潔そうな桶に水球の魔法で水を入れ、師匠の横に置いた。


「ふむ……」


 師匠は男の状態を確認した後、小瓶から紫色の液体を胸部に垂らした。続いて桃色の枝、魚の形をした葉っぱ、後よくわからない生物の干物とかをすり鉢で潰したり、それを蝋燭の火で熱したり、水に溶いたりして茶色の粘液を生成した。


「まるでままごとじゃな。お前さん、あの男の連れなんじゃろ? あれは何をしとるんじゃ?」


 連れ? ああ、私のことか。


「さあ、何でしょうね。私は彼の弟子なんですが、弟子入りしたばかりで……。異術の薬はよくわかりません」

「なんじゃい、そりゃあ。弟子ならもっとしっかりせい」

「うざいですねえ、この悪態老人は」

「え、何だって?」

「何でもありませんよ」


 師匠はハサミで上半身の包帯を切って取り去った。うわあ、露わになった肩から胸にかけての傷が痛々しい……。厚い胸板を切り裂いて、肋骨まで見えてしまっている……。傷口を縫うにしても、針や糸も無いのかな? それとも、あんなにパックリ開いてたら縫えないのかな?


 ぬちゃ……。


 師匠はさっき作った茶色の粘液を指に付け、傷口の周囲に塗った。するとその粘液から金色の子蜘蛛がワチャワチャとあふれ出し、傷口を埋め尽くした。大量の子蜘蛛、気持ちわるっ! ……って、え? 傷口で蠢いていた子蜘蛛が溶けて黒い液体になり、凝固して巨大な瘡蓋のようになった。


「な、何じゃあ、こりゃあ……。急に傷口が瘡蓋で塞がったぞ……!」


 老人は瘡蓋のことにだけ言及した。さっきの金色の子蜘蛛は怪異か何かだから、この人には見えてなかったのか。


「刀傷は三日も安静にしていれば完治するでしょう。ただ、潰れた肺は今の手持ちでは再生できません……。あとは両腕の骨折と体中の傷ですね……」


 その後も師匠は男に薬液をかけたり軟膏を塗ったりして治療した。彼の容体は良くなったようで呼吸は安定し、目を閉じて寝息を立て始めた。


「ご老人、次に重傷な患者は?」

「あ、ああ。そっちの男じゃ。酷い火傷でのう……」

「ルヒナ、この枝を灰になるまで焼いてくれ」

「はいっ」

「その後、送風の魔法で──」


 そうして私と師匠は半日かけて、テント内の負傷兵を治療した。日は傾き、すっかり夕方になっていた。


「師匠、お疲れ様です。はい、お水」


 治療を終えて一息つく師匠に、私は手の平に魔法で生成した水球を差し出した。


「やっぱり、このプカプカ浮いてる状態の水を飲むのはなあ……」

「何を今更。それに、わざわざコップを汚す必要もないでしょう?」

「それもそうだが……」


 師匠は水球に口をつけ、ちゅるちゅると飲み干した。


「……前に魔法の水を飲んだ時も思ったんだが、ぬるいよな」

「そりゃあ私自身が生成した水ですからね。温度はそのまま、私の体温ですよ」

「……」


 師匠は何とも言えない微妙な表情で私を見ている。はて、私、変なことでもしたかな?


「おほん……。水を差すようですまないが……」


 治癒師の老人が咳払いをして話しかけてきた。


「実は治療テントはあと三つあるんじゃ。あと三十人ほどの負傷兵が、治療を待っとる」


 三十人!? このテントには十人ほどの負傷兵が居て、彼らを治療するのに半日もかかった。それをあと三十人って……。


「わかりました。それじゃあ、早く治療に……」


 どうせ大した報酬は貰えないんだから、そんなに頑張らなくたっていいのに……。


「異術師殿の治療には目を見張るものがあった。最初の舐めた態度を許してほしい。それと、大した治癒魔法は使えないが儂も治癒師の端くれじゃ。治療で手伝えることがあれば……」


 お、悪態老人が態度を改めた。


「とは言っても、異術師の治療法は異術師でないと無理ですよ?」


 と、師匠。


「せめて薬の素材をすり潰したりくらいは……」

「ご老人、これが見えますか?」


 師匠は薬箱からトカゲの干物を取り出し、老人に見せつけた。


「今、俺は一般人には見えない干物を手に持ってます。異術師が扱う薬の素材には怪異由来の物があったりします。それが見えないと手伝うも何も」


 あ、それ怪異の何かだったんだ。


「カイイ……、見えない……。うーむ、不思議じゃのう……。そういうものとして納得するしかないか……」

「師匠、私からも一ついいですか?」

「何だ?」

「私は疲れたので、寝ていいですか?」


 どうせ大した報酬は貰えないんだから、無理はしたくない。


「あんたは……。はあ……。別にいいよ、俺一人でやる」

「それでは儂は子爵に、テントを一つ貸してもらえるよう頼んでこようかの」


 その夜、私は兵士の一人をボコボコにした。

子爵は現場主義

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