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21話

 2人は身なりを整えリネン室を出た。

 人気のないそこにリリィともう1人、世那にぶつかった老齢の女性が杖に体を預けながら立っていた。


「さっきはごめんなさいね」

「いえ……」


 隣の利津に目もくれず女性は世那に深々と頭を下げた。血塗れてしまったジャケットは世那が片手に抱えていて、女性はそれを見つけると手に握りしめていたお金を差し出した。


「クリーニング代、足りるかしら」

「あ、えっと……」

「心配は無用です、叔母様」


 口を閉ざしていた利津が先ほど人前で見せた紳士的な態度で答え、女性の差し出したお金を押し返した。

 すると物腰柔らかだった女性は一変、利津の手を払い除けると世那の手にお金を握らせた。


「アンタにじゃないのよ、このお兄さんに渡したの」

「それは私のものです」

「いいじゃない。アンタがいらないならこの子のお給与に足してあげなさい」

「世那に給料は出してません」

「まぁ!なんて酷い」


 2人の応酬に世那は尋ねようにもタイミングを逸してしまい黙り込むしかなかった。気兼ねなく話す女性とどことなく壁を作りながら淡々と話す利津との間での言葉の投げ合いに終わりが見えない。


「ありがとうございます。梅子様。……とりあえず受け取っておきましょう」

「あぁ……うん」


 リリィの助け舟のおかげで2人の言い合いは一度止まった。だがすぐに利津が金をむしり取り女性、梅子の手の中に戻した。


「結構です」

「もう!年寄りがどうぞっていうものはもらっときなさいよね」

「ご苦労なさっている叔母様から金銭をもらうつもりはありません」


 利津の言葉に温かな雰囲気が梅子からなくなり、鋭い目で利津を睨んだ。


「……言うようになったわね」

「最近では東山崎ひがしやまさきはめっきり帝国から遠ざかっていると聞きます。何かお困りのことがあれば直接私にお申し付けください」


 忘れるはずもない名前を聞き世那は身を固めた。

 両親を殺したのは東山崎。梅子が指示した訳ではないだろうとわかっていても世那は自然と拳を握った。

 震える世那の手に利津がそっと手を当て梅子との間に立った。


「そうね。清に言うよりアンタに言った方がずっとわかってもらえそう」

「父は忙しい身ですのでご容赦ください」

「フン。息子の晴れの日に顔も出せないほど忙しいのかい?我ながら恥ずかしい兄を持ったものね」

「……」

「じゃ、今日は甥っ子の婚約パーティに参加できてよかった。アンタも知っての通り東山崎は帝国との縁をほぼほぼ切ってしまっている。次に会えることはないかもしれないわ」

「えぇ」


 苦虫を噛み潰したように笑う利津を見て、梅子は少しだけ背伸びをしてぽんぽんと頭を撫でた。


「何かあったらいつでもいらっしゃい」

「そのような日は来ません」

「ふふっ、そうね」

「お身体を大切に」

「利津も」

「ありがとうございます」


 もう一度利津の頭を撫でると梅子はにっこり笑ってこの場を去った。


 姿が見えなくなると利津は大きく溜息を漏らし、綺麗に固めた髪をぐしゃぐしゃにかき乱しながらポツリと呟いた。


「帰るぞ」

「まだお客様たちがいらっしゃいますが」

「美玖の自慢話に付き合わされているだけだろう。俺がいる必要はない」

「かしこまりました」


 リリィは辺りを見渡し、上がってきたエレベーターの方向にはいかず長い廊下の突き当たりで曲がり、職員用の無機質なエレベーターのボタンを押した。

 そしてポケットから携帯電話を取り出し、佐藤に電話をかけ車の止める位置を確認し始めた。


 黙り込んでいた世那は何度か口をもごもごさせ、やっとの思いで口を開いた。


「ありがとう」

「ん?」

「抑えてくれて」

「どうってことない」

「あの人が直接何かしたわけじゃないとは思うんだ。優しそうなおばさんだったし。でも……」

「世那の家を襲った吸血鬼は紛れもなく東山崎の吸血鬼だった。部隊章もだが、こういった会に叔母がよく連れ回していた者だったから覚えている」

「さっきの気前の良さそうなおばさんが命じたって言うのか?」


 世那の質問に利津は人差し指を伸ばし僅か口を開け自分の牙を指差した。


「叔母に牙はない。……知らない、命令していない。そう言っても証拠が揃っている。叔母は勿論、叔父も、それに連なる吸血鬼たちも全員牙を抜かれた」

「……」

「吸血鬼にとって牙は命の次に大切なものだ。血を吸えなくなった者は理性を失い自我を捨て暴れ回る。帝国は軍を派遣し、暴れ回る吸血鬼たちを消してしまった。名目は反逆者たちの一掃。その中で叔母だけは理性を保っていた」

「なんで」

「叔母についている吸血鬼のうち1人が看護師で互いの血を針で抜きそれを飲むことにしたからだ。早々に思いつきそうなことだが、吸血鬼は嚙みついて吸血するという先入観から考え付くものはいなかった。パウチに入れ誰でも手軽に吸血ができるように考案したのは叔母とその看護師。それを商品化し帝国の事業に発展させたのが医業を生業とする西和田だ」


 ポーンと音が鳴りエレベーターのドアが開かれるとリリィはボタンを押し利津が乗るのを待った。

 利津が乗り込もうとしたところで遠くから駆け足で走ってくる足音が聞こえ利津は立ち止まり振り向いた。利津を見つけると隆は汗だくのまま駆け寄ってきた。


「帰んのはやくね?」

「もういいだろ」

「うえー、お前の婚約披露宴だろ」

「一通り挨拶をした。美玖にも言ってある」

「まぁ、お前こういうところ好きじゃねえのわかるけどさぁ。わかるけどさぁ、今日はさぁ……」


 ここに来てから壁を作ってばかりいた利津がふと口元を緩めて意地悪な笑みを浮かべた。


「寂しいのか?」

「え?……あぁ、そう。そうね、さみしいデス」

「お前も帰ればいい」

「馬鹿言え。兄さんと姉さんに顔向けできなくなっちまう。西和田は和を重んじるんです」

「じゃあ、久木野は和を軽んじる」

「……おいおい」

「俺はやるべきことはやった。帰る」


 リリィが押さえてくれていたエレベーターに利津は乗ると隆から視線をそらした。隆も呆れたと言わんばかりに溜息を吐いて踵を返し披露宴会場に戻っていく。


 世那はそんな二人を見て隆に軽く会釈をして一緒に乗り込み、リリィも乗ると最下層のボタンを押してドアが閉まった。

 エレベーターの昇降音を聞きながら世那はぽつりと呟いた。


「仲がいいんだな」

「は?」

「西和田隊長と」

「……。腐れ縁だ」

「いいな、そういうの」


 世那の意味深な言葉に利津が何かを言おうとしたとき、最下層につきドアが開いた。利津はごまかす様に口元を抑え、待っていた佐藤は帽子を脱ぎ頭を下げた。


「おつかれーす」


 舐めた態度の佐藤に利津は何も言わずエレベーターから降りると背後に着いてきた世那の腕を掴んで自分の隣に引き寄せた。


「隣を歩け」

「何で俺だけ……」

「護衛だろ」

「またそれ。リリィも佐藤もいるだろ」


 帽子をかぶりなおそうとした佐藤の手が止まり、回り込んで世那を睨んだ。


「あ、俺のこと呼び捨てしてんすか」

「佐藤は運転手。リリィはメイドだ」


 ふてくされた佐藤に利津は淡々と言い返し、車の前に来ると足を止めた。にも関わらず佐藤はまだ話を続ける。


「いや、それはいただけないっすわー。利津様に呼び捨てされんのはいいんすけど、世那さんに呼び捨てされる理由が……」

「さっさと車を開けなさい、佐藤」

「リリィ……」


 リリィに言われてしまえば佐藤も大人しく従いドアを開けた。

 

 

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