84、エースの執事とアニエスの手紙
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拝啓 エース様
エースお久しぶり、カサンドラから戻ってもう半月になりますね?
夏の休暇は毎日貴方の顔が見れたのに、今は貴方の顔が見れずに寂しいです。
アレクサンダーの様子ですが、手枷足枷をされ最初は痛々しさを感じていましたが……慣れとは恐ろしいもので、今では本人もある程度その状態で器用に動きまわり、私も自分が見慣れている事実に驚愕したりします。
でも、一人で食事をしたりするのは不自由なため、今は私が手伝っている次第です。
そうそう、アレクサンダーの食事には、毎回もう一人王宮宮廷行儀見習いが付くことになったのですが、それが今では毎度大騒ぎで激しい争奪戦になっています。
改めてその人気は、主人として誇らしいのですが、おかげでマリオンが外れた時の不機嫌が激しくて、剣呑に扱われたりします。とほほ。
エースは学校までの余暇をどのように過ごしているのでしょう? 屋敷の皆は元気ですか?
軍からの監視が厳しく不自由とかはしていませんか?
どうか辛いことがあったら私を頼ってください。私はいつでも貴方の味方です。
それでは今回は短いですが、また近くお手紙出します。 かしこ
アニエス
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アニエスの短い近況報告の手紙を読み。
エースはそれを自分の机の前に広げて立てかけた。まだ半月しか経っていないのに、愛しい相手に会えない日々はその何倍にも感じられ辛い。
これが学校なら、勉強、勉強また勉強でそれどころではなくて気もまぎれるのだが……。
屋敷では、義父の手伝い以外は基本、暇を持て余していた。
予習復習をするも元々の出来が良いため、それにも大した時間は有さない。
エースは暇に殺されかけていた。
「というか、食事の手伝いってなんなんだよ。絶対『あーん』とかそういうやつだろ。どこが罰なんだよアレクサンダー!!」
アニエスは既に王宮宮廷行儀見習いの仕事が始まって屋敷には結局帰省できてない。
「俺、あんなに頑張ったのにな……」
アレクサンダーの暴走を身を挺して、止めたのは他でもないエースだ。
「休暇中も結局アニエスとは進展無し……これで片想い歴、何年なんだ?」
ライバルはじわじわと増えつづけている。……エースは最近、焦りを感じていた。
エースもお年頃だし彼女の一人も作りたい。
……というかアニエスを自分の彼女にしたい。そういう思いが最近、日に日に増していた。
それは、年齢に応じた性の目覚めも関係しているのかもしれない。
正直、アニエスが好きなのに一片の迷いもないが、女性そのものに関心が無いと言えば嘘だった。色々と興味もある。
エースがもしその気になりさえすれば、その性への関心を満たそうとしてくれる者はきっと行列をなすに違いないだろう。……だけど。
それで、想ってもいない相手にそうゆうことをするのは相手にも不誠実で失礼だと思ってしまう。
何よりアニエスへの想いを自ら汚しているようで、自分自身が受け入れられなかった。
これは、性への目覚めと同時に思春期に目覚める過度な潔癖性がその矛盾を作り出していた。
「もっときちんと告白しようか?」
今までもアニエスが解っていないだけで、それに近いことは何度も繰り返している。
けれど、そのどれもが普通だったら満塁ヒットでもおかしくないのに……何故か彼女に対しては一向に設備の不備なのか、ヒットの表示にならないのだ。
まるで、質の悪い祭りの的屋の様に、明らかに当たっているはずにもかかわらず……。
「いやいや~、後ろに倒れてないから~」
「いやいや~、倒れたけど落ちてないから~」
というような屁理屈でもって当たりにされていないような無理やり感があった。
それくらい彼女には届かない…………。
「プロポーズ……」
先日のカールのアニエスへのプロポーズを思い出す。
流石にあそこまではっきり「結婚してください」と言われたものは、さしもの彼女も理解が出来るらしい。
エースは長年、本気でアニエスを想ってきたのだ。もちろん、ゆくゆくは彼女と結婚だって考えている。
だがしかし……。
「いきなりプロポーズは、やっぱり引くだろ?」
何しろこっちは長年、最愛の義理の弟というポジションでアニエスの隣にずっといたのだ。
そんな弟をいきなり将来の夫として意識しろと言えば、彼女は絶対に腰が引けてしまう!!
「それに、プロポーズするのなら、まずは義両親を説得しなくちゃだし……」
もともと、アニエスはロナ家の直系の血を引いてる唯一の女の子だ。
しかし、そんな子が跡取りになれないのは、ひとえに彼女が『魔力無し』でロナ家の重責を担えないからである。
だから、特に優れて魔力の強い子供だったエースが養子として引き取られた。
そして、厄介にもほとんどの場合、魔力は『母親譲り』と言われている。
それ故、せっかく魔力の高いエースを養子に貰ってもアニエスがその妻に納まれば、結局また同じような問題がロナ家を襲うことになるのだ。
どう考えてもアニエスは、好きになる相手としてエースにとってかなり面倒くさい。
でも、面倒くさくってもエースはやはり、アニエスじゃなきゃダメだった。
自分に向けられた笑顔を考えるだけで、胸がぎゅっと締め付けられ切なさと喜びが胸に迫る。
目にするだけ、声を聴くだけ、彼女の香りをそばで嗅ぐだけで、エースの内側は信じられないくらいの幸福感で満たされ、身体は熱くなった。
だが、同時にもっと彼女が欲しいという飢餓感を覚えてしまう。
強烈な欲望が自分の中に芽生えるのだ。
「会いたいなぁ……」
エースは先程の手紙を手に取った。彼女は筆不精のため手紙はそんなに書くのが好きではない。
しかし以前、手紙が欲しいと言ってからは苦手としながらもこうして自分を想い定期的に手紙をよこしてくれる。
エースはそっとその手紙を口元に持って行った。
そこに何か彼女の残滓の様なものがないかと期待する。
しかし、その手紙に彼女の薫りが焚き染められているわけでも彼女の温もりがあるわけでもなく……言ってしまえば他の便箋と字が載せられている以外、彼女に関するものは何にも所持していなかった。
「…………俺も王宮に行きたい」
そこで、エースは寝そべるように座っていた体勢からむくりと起きて、何を思ったのか部屋を真っすぐに出ると、義父イライアスの書斎に急いだ。
「王宮での議会の様子や政務を勉強したい?」
エースは、イライアスの書斎に行くとそう進言した。
「僕は将来公爵になります。領地の運営と発展。基幹事業の充実はもちろんですが……貴族院議会の議員としての役割や、大貴族としての王族への公務の補助や相談役なども重要な公爵としての役割です。ですからその現場を早いうちから、じかに目にして学びたいのです」
それに対してイライアスは、上等な革張りの執務椅子に深く腰掛け足を組むと、ギイッとわざと鳴らす。
「……そう言って、本当はアニエスに会いたいだけだろう?」
ぎくっ。
この切れ者の公爵様には、例え超天才とあだ名されていても、たかだか十三歳の少年の思考を読むなど朝飯前である。
「まあ、私も公爵の仕事を教えると言いながら最近、忙しくてめっぽう領地運営の仕事を教えてなかったからね……以前だったら、アニエス、アレクサンダーが居たがそれもいなくて、ひとり退屈でしょうがなかっただろう? ……解った、王宮には私が話しておくから勉強して来るがいい」
それを聞きエースは目を輝かせた。
「ありがとうございます!!」
「それと丁度良かった。王宮に出向くのなら……アーネスト、彼をここに連れて来てくれ」
「承知しました。旦那様」
そう言いイライアスの執事であるアーネストが出ていくと、六フィート台半ば(※つまり少なくとも百八十三センチメートル以上)の長身の若い男をアーネストが連れてきた。
「エース、これから君は公爵としての仕事を学び実際運営していく上で、優秀な右腕が必要になるだろう。本日から君に専用の執事を付けることにする」
その若い男が一歩前に出る。
「初めまして若旦那様。ナイジェル・キャパンと申します」
(…………黒髪?)
エースの目にまず入ったのは、ナイジェルの黒髪にも見える濃い茶色の髪だった。またその下には非常に端正な顔があり、瞳は朱色をしている。一見してとても平民……労働者階級から中流階級には見えない。
「不躾な質問ですが、もしかして貴方は……貴族の出身か何かなのですか?」
どう見ても高い魔力を有していそうな彼にエースは聞いた。
「いいえ……ですが、私は伯爵家に仕えていた母にこれまで育ててもらいました」
……ということは、明らかに伯爵の庶子ということだ。
エースは困惑気味に義父を見返す。
「まあ複雑な家庭環境だが、かなり優秀な青年のようだし……。兄のような年齢だから打ち解けるのにも時間がかからないだろう。ナイジェルそれではエースをよろしく頼むよ」
「かしこまりました旦那様」
「エース。まずは自分の部屋を案内してあげなさい。彼が君の世話をする上で色々知っていないとやりにくいからね。それ以外はアーネストが教えるがエースの部屋の内容についてだけは、アーネストもわからないからね」
「解りました」
こんな展開になるとは思ってもみなかったエースは、その急展開に半ば気後れしたが、焦ったところをこの自分の従者となる男に気取られて舐められまいと、極めて平静でいるように努めた。
「ナイジェル。これから色々と貴方には迷惑をかけることもあるかもしれませんが、よろしくお願いしますね」
そう言いエースはにっこり笑う。
廊下を歩く時、ナイジェルはエースの少し後ろをついてきた。エースは礼儀正しい紳士の顔で相手の情報を集め出した。
「ナイジェルは私と年齢が近いとさっき義父が言っていましたが、いくつなんですか?」
「二十歳になりました。若旦那様の七歳上です」
……七歳。確かに兄弟と言っていい年齢だ。
しかし、二十歳で執事職に就くなど、父の言う通りかなり優秀な人物なのだろう。
執事に就ける年齢は普通は平均三十~四十代からだ。
それともエース自身の年齢を考慮し、あえて年若な者をつけたのだろうか?
「出身はどこですか?」
「『パーシ』という小さな風光明媚な街です。バラの香油が名産で、私は気に入っています」
「それは、行ってみたいな」
そんな基本情報を引き出しつつ、エースの部屋に到着する。
「失礼いたします」
エースの部屋は、青をベースにした落ち着いた風合いで、青磁器なんかも置かれているが、それはもともと置かれているものをあえてそのままにしている。
だがその一見落ち着いた部屋も、調度品をよくよく見ればかなり贅を極めている上、趣味も良いものだというのがわかる。
それは、エースが養子といえど実子とまったく変わらず、大切に育てられた子供だということの証明でもあった。ナイジェルは棚に飾られた写真を見る。
男の子二人と女の子一人の写真が多い。
エース以外はアーネストに教えられていたロナ家の実子であるアニエスと、その専属従者のアレクサンダーだろう。
棚の写真は色んな人物の写真がまんべんなく飾られているのだが、よくよく見ると単体で写っていることは少ないものの、その女の子の写真が他よりも多いことにナイジェルはすぐに気付いた。
女の子はエースより先に会っていた奥様に似ているが、少女の方が奥様より柔らかく朗らかな印象を受ける。
非常に可愛らしい顔で、白っぽい金髪にミルクの様に白い肌。キラキラした大きな瞳でまるでお人形の様だ。
「お噂には伺っていましたが。エース様をはじめご息女やそれに仕える彼も非常にお美しい方々なんですね」
それにエースはナイジェルの近くに立ち聞いてみる。
「どんな噂ですかそれは?」
「本当に聞いたままを申し上げても?」
「……どうぞ」
「三人の御子は、並べばどう見ても天使の集いでしかないが、実は中身はモンスターだから気を付けろ! とからかわれました」
しかし、それにエースは笑いながら頷く。
「違いない!」
実際、全員竜を宿している。
その反応にナイジェルは少し驚いた。
「少年がヤンチャでしょうがないのはわかりますが、このお嬢様もモンスターなのですか?」
そう言うとエースはしたり顔でこたえる。
「実はそいつが一番のモンスターです」
それに、ナイジェルはさらに目を瞬いた。エースは笑いながら言う。
「でも、それはそれは可愛いドラゴンなんですよ?」
その言葉にナイジェルはエースの少女への深い愛情を感じ取った。
「エース様はドラゴンに夢中なのですね」
思わずナイジェルがそう口を滑らすと、途端に空気が変わった。
おっと、ナイジェルは中々にデリケートな部分に触れてしまったようである。
「お二人はもしかして愛し合っているのですか?」
それに、エースは尖った声で返した。
「答える必要が? 僕らはまだ初対面ですよ?」
しかし、ナイジェルはそれには引かずにさらに言う。
「……どうやらそのご様子だと、まだそこまででは無いようですね。……もし宜しかったら協力いたしますが?」
エースはそこでハッキリと敵意を向けナイジェルを睨んだ。
「必要ないです」
ナイジェルは、だがそんなことでは怯まない。
「エース様は女性経験はございますか?」
「はっ!?」
「いやいや、貴族のご令嬢は大抵、婚姻まで純潔を守っていますが、男性も初めての場合はそれはどうかな? と思いまして……確かにそれは美しい物語ではあります。しかし、女性の破瓜は出産に次いで激痛を伴うもの……童貞には扱いきれないのではないかなと?」
エースは不機嫌極まりない気持ちになる。
「……で、それで僕にどんな協力をするつもりなんですか? 人との距離感のわからない執事殿は??」
「そうですね。知り合いに頼んで『筆おろし』の手配でもまずはしようかなと?」
「ふざけた方だ。初日にクビにされたいんですか貴方は?」
そういわれ、ナイジェルは爽やかに笑った。
「いえ、出来れば長く勤めたいです。公爵家より良い条件の雇用は無かったもので!!」
何なんだ、こいつは!? とエースは静かに怒りを覚える。
「ではまず僕の恋愛事情に今後一切、首を突っ込まないでください……」
「……承知いたしました」
とんでもない執事を付けられてエースは目の前が真っ暗になる。
(なるべくこいつとアニエスを近づけないようにしなければ……)
エースは明らかな不安を感じながら、王宮出向に向け準備を始めなければならないのであった。




