83、戯れとセオドリックの勝利の予感
「セオドリック様……なんだか変わりましたわ」
本日ベッドを共にした、二十歳の陸軍士官の未亡人リアンナ夫人にそう言われて、セオドリックはそちらに顔を向けた。
セオドリックは軍の訓練や騎士の訓練も一緒に受けることが多いため、アレクサンダーやエースほどとはいかずとも実はかなり筋肉質な身体をしている。
まあ幼い頃には、もっと身心をいじめ抜くような王宮剣術の稽古もつけられたのだが…………今は他にもすべき事が多々ある中、そこまでいかずとも、それでもその身体に素直に努力は現れていた。
「……訓練が最近多いからかな?」
「体付きのことではなくて……でも、いい身体」
そう言い、柔らかな裸の胸をセオドリックに押し当てる。
「では何が変わった?」
「……乙女のようになりました」
「乙女?」
リアンナは頷き、その長い指でセオドリックの背中をなぞる。
「はい、前は楽しいことを至上としていましたが、今は常に他の誰かを探しているみたい?」
「……………………………………………………」
「思慮深く、艶めかしく、まるで恋する乙女の様。……誰をお探しなんですか?」
「別に……将来を憂えてるだけだよ」
「憂えるほど貧しくも弱い国でもないでしょうに? 美しく豊かで、国土も大きい」
「油断は大敵なんだ…………君にだっていつ寝首をかかれるか」
「こんなに良い夢を見せてくれる相手をそうそう殺したりはいたしませんわ」
「じゃあもう一度、夢を見る?」
「くす…………もう朝ですよ? お寝坊さん」
そういいながら、その目は次を求めている。
セオドリックは、そうしてリアンナ夫人とよろしくしながら。
頭の中にはアニエスのことでいっぱいだった。
正直、これまで何度かリアンナ夫人にアニエスを重ねている。
アニエスに似た金色の髪。
細身の白い身体。
アニエスよりずっと年上だが、アニエスが大人になったら、もしかしたら、こうなるかもしれないと想像している自分。
だけどそうした方が悪い話だが、セオドリックは正直そうとうに燃えるのだ。
また、相手もその時の方が明らかに愉しそうだった。
まあ、もちろん関心出来るようなことでは無いけれど。
「……いい人は、おいくつ?」
「十三歳……」
ハッ! として思わず手で口を押さえる。何と、うかつな……!!
しかし、相手は目を丸くするも一切責める気配はない。
「十三歳? また正直ずいぶんと子供では??」
「…………十三歳だけど、中身は三十代、四十代のような奴だ」
もう、一度話題に出してしまったので、隠しても格好がつかないと、セオドリックは開き直ることにした。
「それはまた、ずいぶんと渋い十三歳ですね?」
「まあ……だけど正直よく解らない。鋼のように強靭な精神を持ち、やたら図々しいかと思えば、シャボン玉みたいに繊細で触れたら割れてしまう時もある」
セオドリックは瞼の裏にアニエスを思い描く。
「酷い目に合わされても、そういう目に合わせてきた奴を気遣ったり……自分を傷つけるのに鈍感だったり、
一人で何でも抱えて黙って耐えて……目を見張るほど賢明な時もあれば、犬でもしないようなとんでもない大馬鹿をする……一筋縄でいかなくて、すこぶる面倒くさいよ」
「……………………………………」
「見ていないと何をしでかすかわからなくて、こっちはいつもハラハラする」
「……やはり変わりましたわね。セオドリック様」
「どう?」
「お気付きですか? 以前は相手の性格なんてどうでもよくて、見た目や相性が最優先でしたのに……その子のことで今、話していたのは性格のことばかり……」
「………………………………」
「面白い方なのですね?」
「飽きはしないな」
リアンナ夫人は微笑む。
「よかった。このままこの王太子は心の無いまま王様になるのかと正直、心配しておりましたのよ? でもそんなに中身に惹かれる相手がいるのなら、きっと慈悲深い国王におなりになるでしょう……」
「実に生意気だな……いたずらするぞ?」
「ええ、して……もっと」
そうして、まだ早朝にもかかわらず二人はまた熱く体を重ねることになった。
「おはようございます。セオドリック様はいらっしゃいますか?」
しかし、そんな日に限って彼女は訪ねてきたりする。
朝一で謝罪するためにセオドリックの部屋の前まで来て、すぐにノートンに声を掛けた。
だがノートンは、もちろん中でどんなことが行われているのか存じている。
一応、寝室の前に普段の執務をする部屋。さらにその前には続きの間があり、一部屋が広いし壁も厚く、それがクッションになって中の声が漏れ聞こえないのが、本当にせめてもの救いだとノートンは思った。
「申し訳ございません。殿下は昨夜は遅かったため、本日はまだ……」
「そうなのですね……少しでも早く謝りたいくて、この時間なら、まだお忙しくないかと思ったのですが……ではまた改めます。ごきげんようノートン様」
そう言い立ち去ろうとする。
しかし、訳あって元々アニエスとセオドリックのエンカウント率の悪さは王宮随一なのだ。
もし、このまま彼女を逃がせば…………!!
ノートンは意を決したように声を掛ける。
「お待ちくださいアニエス嬢! ……少々お時間いただいても構わないですか?」
「え?」
「殿下を起こしてまいります」
「い、いやいや!! そこまでされなくて大丈夫ですノートン様! また日を改めます!!」
「いえ、殿下もお早くアニエス嬢と仲直りされたがっていたのですよ? 少々お待ちを」
「え、ええ……………!?」
そう言いノートンはガンガンと部屋の奥へと突進する。
トントントントントントントントントン。
「…………何だ」
「殿下いま宜しいですか?」
「宜しくない」
「…………ですが!」
「今はダメだ………………特に今は」
「解ります。しかし……」
「いや、ほんとに今は無理だから……!」
「……いらしています」
「何がだ?」
「………………です」
「はッ?」
「…………アニエス嬢がです!!」
バタン!! ガタガタガタ…………ドカ。
中から何やら……野球のボールがガラスを割った時の様な、一時静寂を破る騒々しさが起こる。
ガチャリ。
「……まだいるか!?」
「はい。扉の前に…………」
セオドリックは中を見て声を掛ける。
「……悪い。少々、急ぎの用だ!!」
そう部屋の中に声を掛け、ガウンだけ着て出てきた。
「殿下」
「…………何だ!?」
「御髪だけは整えた方がいいかと……あと……見えてます」
セオドリックは慌てて執務室の鏡の前で整えた。
もう一つのドアの続き間でオホンと喉を整え、一呼吸おいてから、セオドリックはドアを開ける。
「おはようございますオドリック様。まだお休みでしたのに……不躾に申し訳ございません」
……朝一のアニエスが、日の光に当たって眩しすぎる!!
「いや、大丈夫だ。私もこんな格好ですまない……」
「……先日のことをどうしても謝りたくて! ……勝手にあんな風に感情的に話も聞かずに逃げ出したりして、本当に申し訳ございませんでした!!」
アニエスは深々と頭を下げた。
「いや、なんで君の方が謝るんだ? ……謝るべきは、こっちだろう?」
それにアニエスは首を振った。
「いいえ! ……ああゆう場面では、大抵私が間違っています。ええ、絶対! ……なのに理解が及ばないからと逃げ出したのは明らかに私に問題があります!」
そう、彼女はいつだって自分からこういう風に折れる。
根が素直で…………本当は自分に自信がない。何より優しすぎるのだ。
「じっくり話がしたい。しかし、今は難しいんだ。……午後の三時頃に、またこの部屋に来るのは難しいか? もちろんノートンも同席させるから……」
アニエスは自分の予定を思い出すようにしばらく間を空けてから……。
「その前の用事を急いで片付けるようにいたします。それでは三時には必ず!」
「……ありがとう」
「それではまた、ごきげんよう」
「ああ」
アニエスはお辞儀をして去っていった。
セオドリックは続きの間のドアを開けると、艶めかしい姿でリアンナ夫人が、壁にもたれていた。
「ふーーーーーーーーーん??」
「……覗いていたな?」
「なんだ、やっぱり顔は随分と可愛いらしい方なのね? ……でも、十三歳なのに確かにずいぶんと落ち着いていますわ?」
「趣味が悪いぞ」
「私も三時に来ようかしら?」
「うん。絶対にやめてね?」
三時になり、アニエスは約束通りセオドリックの部屋を訪ねた。トントントントンと目上の人に礼節を持って訪ねる場合の礼儀でドアを四回ノックする。
「お待ちしておりました。……殿下が中でお待ちです」
「失礼いたします」
アニエスは、正装に一旦着替え、セオドリックの部屋を訪ねた。
王太子の部屋に王宮宮廷行儀見習いの格好で出入りするのは、元々その恰好でいつもお仕えしている王女のタニア様とはわけが違い、非礼にあたると考えたからである。
……ただその前の予定を片付けるのは、本当に怒涛のようなスピードで上げねばならず、無理をして中々に骨が折れた。
中に入るとテーブルの上には茶器が準備され、アフタヌーンティのしつらえがされている。
季節を取り入れた色とりどりのデザートやスコーンや焼き菓子、キュウリのサンドイッチが目に鮮やかだ。
「アニエス待っていたぞ」
「……これは?」
「どうせ、用事を済ませるのに忙しくて碌に食事もとっていないのだろう?」
「……………………」
バレていた。
「ハイビスカスティー?」
「先日のカサンドラで買い求めたものだ。君も気に入っているだろう?」
「よくご存じですね?」
そりゃあ、ただボー――ッと、カサンドラで過ごしていたわけでなく、本当はもっともっと仲を深めたかったのだ。
思わぬ邪魔が入り、思うようには行かなかったが……。
ノートンはお茶を入れ終えると会釈をする。
「では、私は仕事で使う資料を取って参ります」
「……別に、今でなくてもいいだろう?」
セオドリックが言うとノートンが首を振る。
「いえ……司書長に別件で用事がありまして、あちらの都合が良いのが今だけなんです」
そう言いノートンはセオドリックにウィンクして見せる。
成る程、少しの間だけ二人きりにしてくれるというわけだ。
「でしたらセオドリック様と待っておりますので、こちらは構わずに、どうぞ行って来て下さいノートン様」
「ありがとうございます。出来るだけすぐに戻りますので……」
ノートンが出ていくとセオドリックはアニエスに言う。
「レティシア様にもアドバイスされていただろう? ……男女で二人きりは避けるようにと」
「ノートン様は仕事がお早いですから、そんなに心配しなくても良いかなと?」
セオドリック的には嬉しいが、このように隙だらけだと、よそでのことを心配してしまう。
「アニエス。私も先日は君を追い詰めるようなことをして、また君の家族を悪く言ってしまって本当に悪かった」
お茶を飲む前に、セオドリックはアニエスに頭を下げた。
「い、いえ……今朝も申し上げましたが、悪いのは私です。どうか頭をお上げくださいセオドリック様!」
「だが、君はもっと私を責めるべきだ」
「……仲直り出来たら、それでもう充分なんです。こうやってまたお茶が出来て嬉しい!」
……ぎゅぎゅん! と胸が苦しくなる。くそ、どうしてそう可愛いんだよ……!! とセオドリックが心中、絶叫のように叫んだ。
アニエスは、アフタヌーンティを飲みながらキュウリのサンドイッチを食べていると、ふと、こんな提案を思いつく。
「そう言えば、結局食べさせる件は二口で終わってしまいましたね? あの……よければ、今、その続きをいたしますか?」
思いもよらぬ嬉しい言葉に、セオドリックは目を輝かせる。
「いいのだろうか……?」
「ただし、指を舐めたり、噛んだりは無しですよ?」
「わかった!!」
アニエスは元々一口サイズのサンドイッチを取ると、それをさらに割った。
「じゃあセオドリック様、口を開けてください。あーーーん」
「あーーん」
ぱくん! ……約束通り今回はいたずらをしない。
アニエスはセオドリックの咀嚼嚥下を待ってから、さらに割ったもう片方をセオドリックに食べさせる。
「あーーーん」
「あーーん」
ぱくん、むしゃむしゃごくん。
「あーーーん」
「あーーん」
ぱくん、むしゃむしゃごくん。
ぷ、……そこで、アニエスが噴き出した。
「……セオドリック様、まるで赤ちゃんみたい……可愛い!」
くすくすと笑う顔を見て、セオドリックはいっそ時が止まればいいのに……!! と本気で思う。
「くす……セオドリック様、それじゃあ私をお母様だと思って、甘えてくださいね? あーーん」
だが、そのセリフがセオドリックの内に飼う野獣に、火を点けることになった。
セオドリックは、今度は差し出されたきゅうりのサンドイッチではなく、アニエスの腕を掴むと自分に引き寄せ、アニエスのまだ成長段階の胸の頂を食んだ。
もちろん、アニエスは予想だにしない動きに固まる。
しかし、それをいいことにセオドリックはもう片方の頂も食んだ。
アニエスは服を着ているし、今日は正装のため少女用のコルセットを身に着けている。
また、その下にもシルクのシュミーズを着用しているので……その中身へは遠かったのだが、そんなことは関係なくその行為自体が衝撃的過ぎた。
「な、何を……!?」
衝撃から正気になり、アニエスは顔を赤くしてわなわなと震えだす。
「……だって、赤ん坊の食事は……ここだろう?」
「い、いや……! それは、ふざけてで!?」
しかし、セオドリックはアニエスをそのまま椅子に座らせ、その続きのようにその口でアニエスの胸を食み続ける。
「や、やめてください……!」
しかし、アニエスの腕をセオドリックはがっしり掴み、無意識下で魔力でからめとっているため、怪力のアニエスでもそれが振りほどけない。
「……んっ……!!」
すると一瞬だけ恥辱とは違う感覚が、アニエスの脳裏を掠めた。
それをセオドリックは、上目遣いに見て取るとその吐息の漏れた小さな口に、その隙を逃さず唇を重ねた。
アニエスの口蓋に自分の舌をすべりこませ、その中でまるで我が物顔に甘く動き回ってみせる。
それに、アニエスは抵抗したいのに、頭が次第に甘い刺激にボーっとしてきて、さらに絶え間ない快感が次々と襲い来る。ふわふわしてぴりぴりして思うように頭が働かない。
それでも何とか、時々漏れる息の中に抵抗の声を混ぜるも、セオドリックはそれを無視し続けた。
そして、ようやく口を放した時に二人の間には、とろりとした糸が間に引いていた。
「……い…………いた…………なんの…………っ」
アニエスは、まるでそれが自分の口でないように言葉が紡げずにさらに混乱する。
「……アニエスの服を着ていない胸を見せて」
そして、セオドリックがそう言葉にした時に、ようやくアニエスの意識が電光石火のように爆速で帰ってきて口をついて飛び出す。
「!! ……見せるわけないでしょ馬鹿ですか!?!」
急激に戻った意識の中、アニエスは見たことも無いほど顔を真っ赤にし、服を着ているのに思わず胸をぎゅうっと隠した。
「……え? ……どうして逆に隠すんだ?」
「逆です! 逆!? 私がどうしてそんなことをしなくちゃいけないのかを逆に問いただしたい!!」
だが、それに対しセオドリックは妙に余裕がある。
アニエスの耳元に口を近づけると囁くように言う
「……あんなに感じてたくせに?」
「……はっ??」
「もっと抵抗するかと思っていたのに……目がトロンと蕩けていたぞ?」
「……なっ!?」
「キスをしている間、ずっと吐息が乱れていた。興奮していたんじゃないか?」
「い……いやいや!?」
「そもそも、別荘であんなに不健全な雑誌に喜んでいたんだ。本当はこうゆうことに興味があるんじゃないのか? 年齢的にもな??」
「そ……それは! ……!? (汗)」
ふっと耳に息を掛けられる。
「んんっ……!!」
そして、とどめの一言。
「……ほら? 感じてる……」
ニヤリとするセオドリックの顔に、アニエスは今までこれほど、恐ろしいと感じたことがあっただろうか??
「アニエス、素直になってもそれは決して悪いことじゃない。というか……元々素直なのは君の美徳じゃないか?」
……確かに、正直な気持ちを言えば、レティシアに性について教えてもらってから、元々の知的好奇心の強さも相まり、まったくそのことに興味が無いと言えばウソになる。
しかし、このままセオドリックの軍門に下れば、取り返しのつかない大変なことになると、何故か全身全霊が叫んでいる気がした。
それこそ亡くなった兄弟やご先祖様の霊までやってきて!!
アニエスは頭を振り、自分を正気に戻す。
「素直と愚かは違います!! いい加減にしてくださいませ。セオドリック様!!」
「わかった」
そう言い、セオドリックは自分の席に素直に戻っていった。
あ……あれ? ……意外とあっさり引いたな……。とアニエスは何だか拍子抜けする。
しかし、これはセオドリックの作戦なのである。
セオドリックは着実な勝利の予感に、内心くつくつと笑いをこらえていた。
ここで、無理強いをしてアニエスに余計な警戒心を持たれるのは得策では無いと考えた彼は、あえてあっさり一度手を引くことにする。
案の定、アニエスはあっさり引かれたことに、ある意味で若干の物足りなさを感じている!
(……これは……イケる……!!)
伊達に数多、女性と関係を持ってきたセオドリックでは無い。
「ただいま戻りました」
そこに丁度ノートンが戻ってきた。
「お話は出来ましたか?」
ノートンが問うと、アニエスがあいまいに返事を返す。
「は、はい……まあ」
対して、セオドリックは余裕だった。
「遅かったなノートン? お茶が冷めてしまったぞ?」
そう声を掛けた。その後アニエスは放心状態のまま何とかお茶を終わらせて挨拶をし、自室に帰って着替えてから、上司であるタニアの執務室に挨拶に向かう。
「…………タニア様、予定の調整の許可をいただき、ありがとうございました……」
「そう、お兄様と仲直りは出来ましたか?」
「はい。ありがとう存じます」
アニエスは、まだ色々と尾を引いていたが、何とか表面上は平静を取り繕い報告した。
「あ、アニエス。預けていた魔術具をもらっても構わないかしら?」
そう言われ、アニエスはブローチ大のそれをタニアに手渡した。
「……確かに、返却を賜りました」
タニアはにっこりとそれを受け取り、机の手前に置いた。
「それではタニア様。私は続きのお仕事に戻らせていただきます」
「ええ、ご苦労様」
アニエスは挨拶をしてタニアの執務室をあとにする。
「………………………………さて」
実は、アニエスに持たせていた魔術具はいわゆる盗聴器だった。
タニアはアニエスが兄の自室を訪れると聞き、念のためアニエスに持たせたものである。
そして、その内容を聞いたタニアは………………。
「…………女官長。暫く兄をアニエスに絶対に絶対に近づけないよう全王宮に伝令を……アレクサンダーの食事の際も同行するのは兄ではなく、他の行儀見習いをアニエスに付けるように! ……でないと、お預かりしている大切な公爵令嬢が、我が兄の子をもれなく孕みます!」
……そうして、セオドリックのアニエスとのエンカウント率はますます心細いものになり、セオドリックの作戦は阻まれ、二人の関係の進行はまた、遅々として進まない結果へと繋がるのであった……。
やっぱりタニア様は頼りになります。
それからアニエスもお年頃、それなりに性については興味津々。
【アフタヌーンティーとキュウリのサンドイッチ(キューカンバサンドイッチ)】
スーパーなどで現在は気軽に並んでいるキュウリですが、アフタヌーンティーが発祥したアニエス世界の時代背景の基本モデルにしている十九世紀後半のヴィクトリア時代、キュウリは大変貴重な食材であった。
気温が低いうえ日照時間も少ないイギリスの気候の中で、どんな季節にもキュウリを育てようと、貴族たちは庭に構えた温室で競い合うようにキュウリを作っていた。それはオレンジを育てたり、保存したりするためのオランジェリー同様に、財力を示す重要なステイタスシンボルの一つだったためである。
その貴重なキュウリだけで、今日はあなたのためにサンドイッチを作りましたよ……これは最高のオ・モ・テ・ナ・シだったのだ。
もしも何らかの都合でキュウリのサンドイッチを出すことができなければ、料理長のクビがとぶ……なんて話ももあったとかなかったとか? だから、シンプルさに驚くがキュウリのサンドイッチはアフタヌーンティーには欠かせないアイテムなのである!
因みにアフタヌーンティーの三段トレイは一番下の冷たいものから頂くことになっているようだが、実際はもっと大雑把に好きなものを取り楽しんだようだ。