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アニエス嬢はご苦労されてます  作者: ちゃ畜
魔術・魔法王立寄宿学校エールロードのフェスティバル
27/227

27、六月の催しと強い華(メイン・イベント)


 寄宿学校の六月の行事の象徴とも言えるメイン・イベントの『ボート・イベント』は、競技の形を借りた儀式である。


 この行事で問われるのは、速さでも巧みさでもない。

 揺れるボートの上で立ち、見られる覚悟を示せるかどうかが祭りの本質だ。


 各寮の代表は、色も意匠も異なる衣装を身にまとい、花を飾ったストロー・ハットを被ってボートに乗り込む。

 細く、頼りない船体が水を切るたび、観客席のざわめきは自然と息を潜め、合図とともに、生徒たちはスッと立ち上がる。


 帽子を脱ぎ、王宮へ向けて大きく振る――その一瞬、川面の揺れが強くなる。


 落ちる――。

 そう思わせる不安定さが、かえって胸を打った。


 次の瞬間、何人かがバランスを崩し、盛大な水音とともに川へ落ちると、水飛沫が上がり、笑いと拍手が起きた。


 けれどそれは嘲りではない。

 身体ごと祝福するような、温度のある歓声だ。


 落下は失敗ではなく、まぎれもない、この行事の一部なのだ。 


 最前列で、ロナ公爵イライアスが声を上げる。


「エース! 格好良く落ちるんだろーなー? パンツまでびしょ濡れになれよ、このっ!!」


 このわざと粗野に振る舞う一言を合図のように、他の普段は品の良い保護者たちも、笑いを交えて次々と罵声のような声援を投げてきた。


 なのに厳粛さは崩れない。

 そして、その奥で確かな熱が燃える。


 それから、このボート・イベントには毎年、必ず注目を集める生徒が存在した。


 その一人が最年少のエース。

 一年生でありながら既に手足がすらりと長く顔も小さいため、スタイルの良さからかあまり下級生という感じに見えない。


 赤いベストの衣装を身に着け、フラワーハットをかぶると、それはそれは良く似合っていて、このイベントのメイン・モデルのそのものだ。


 ゆえにタニア付きの行儀見習いだけでなく、会場のあちこちにいる貴族のご令嬢や貴婦人は「きゃっ! なんて、可愛いの!!」と黄色い声を上げて喜んでいる。


 ……容姿に恵まれるというのは全く羨ましい限りである。


 しかし、そんなエースの注目さえも、あっという間にかっさらってしまう人物が現れた。


「あ、お兄様だわ!」


 タニアは身内の姿を見つけ、素直に喜ぶ。


 軍服の形をした緑の上着に、黒いズボンの衣装を身に纏い、誰もが密かにこのイベントの主役だと思っている人物。


 王太子。セオドリック・リリ・ローゼナタリア・バルファードの登場である。


「セオドリック様……なんて凛々しくて男らしい……!」


 アンジェリカ嬢が頬を赤くしてセオドリックを熱く見つめた。

 他の宮廷行儀見習いもセオドリックに熱のこもった視線を投げ、はしゃぐ様な歓声を上げる。

 セオドリックが軽く手を振れば老若男女関係なく、大歓声と拍手が自然、沸き上がった。


 背がぐっと高く、姿勢がすこぶる良く。

 実にスタイルの良いその姿は、まさに『花形』。


 セオドリックは会場全体に手を振りながら、やがてタニア達がいる席に視線を移すと、そこで特別にウィンクをしてみせた。


 他の者は皆がそれは妹タニアに向けたものだと思っていたが、タニアだけはそれが自分ではなく、ある人物に向けたものだと了承していた。


 まあ、当の本人もそれには気付いていない様子だったが……。

 

 エースは義父に言われたからなのか、もとからその予定だったのか……しっかりと転落して見せ、会場を沸かせ、華やかで幻想的なメイン・イベントの名に恥じない姿をやり切る。


 またセオドリックも主役として、もちろん皆の期待に応え、派手に水しぶきを周囲へ飛ばして転落して見せた。


 ……こうしてボート・イベントが無事に終わり、この後は芝生の上で、敷布やテーブルセットを各自、従僕やメイドに準備させ、お楽しみのランチ・ピクニックを始める流れとなる。


 神聖だった先ほどの空気とは売って変わり、穏やかで賑やかな社交が始まった!

 

 パンツまでびしょ濡れになったため着替えをしっかりと済ませ、エースとセオドリックが、タニア達のピクニックスペースにやってきた。


 主役たちの登場に場は皆が拍手とともに湧く。


 最初二人はそれぞれ適当な場所に座り、何度か移動して皆と言葉を和やかに交わしていく。

 ……が、最終的に二人はアニエスを両脇で挟む形で、尻を落ち着かせた。


 しかし、挟まれた本人はタニア付き行儀見習いの中で『下っ端である』という意識のもと、端っこに座っていた。

 だから、何故に主役といえる二人がこんな隅っこの席に落ち着こうとしているのかが解らずに、ひとり困惑の表情を浮かべている。 


「…………お二人とも、もっと真ん中の席に行かれた方が、宜しいのでは?」


 それに、セオドリックはうーんと伸びをしてから、アニエスに向け悪戯っぽい流し目をして見せた。


「ずっと、注目されていたから……今は隅の方が落ち着くんだ」


 対してエースはエースで、なんでもない様に爽やかな様子で次のように言う。


「だってここが一番風が通って涼しいもん!」


 ……そうは言うが、全く暑そうに見えない実に涼しげな表情だった。


「……そうですか」


 これ以上言っても無駄だろうと判断したアニエスは、気持ちをランチに切り替え、メイドに料理を取り分けてもらう。

 ……だがなぜか、セオドリックにその届けられた皿を横取りされた。


「……セオドリック様、そちらは私のお皿ですが?」


 セオドリックは奪った料理を、さっそくモグモグと上品に咀嚼し飲み込む。


「いや、美味しそうに見えたものだからついな?」


 まるで小さないじめっ子のようだ。

 奪って当然の様子で……なのにやたら顔が良いのがまた余計に煽りが効いていた。


「でしたら、同じものを頼めば宜しいのでは?」


 アニエスは、ヒクヒクとする頬を抑えて言う。するとセオドリックは……。


「そんなに、この皿が名残惜しいのか? ……いったいアニエスはどれが一番のお目当てだったんだ?」


 そうアニエスにおススメを聞いてくる。


「海老を揚げてソースを絡めたものです……」


 アニエスは海老が好物だった。


 もう、あんまり数が無かったのに……と悔しく思いつつ、でもアニエスは律儀にそう答える。

 するとセオドリックはおもむろにフォークで海老をプスリッと刺して、それをアニエスの口元まで持ってきた。


「ふーーん……じゃあ、はい、あーん」

「へ……」


 アニエスはにわかに動揺したが、セオドリックはニッと笑った。


「海老は人気で元々、数もあまりなかったからもう残ってないかもしれないだろう? ……私は海老がそこまで好物なわけではないから君に譲ろう。だから、ほら、早く口を開けて? あーん」


 アニエスはどうしたら良いかわからず一瞬固まったが、セオドリックの押しの強さに、やがておずおずと流されるように口を開こうとした……。


 ……が、なんとそこでタイミング良く、大ぶりの海老が三、四匹のる皿がすっと目の前へと登場する。


「義姉さんが好きなのを知っていたから、先に取っておいたんだ! はい、どうぞ」


 にこりと紳士的な笑みを浮かべる義理の弟。


「わあ、ありがとう!」


 アニエスは素直にとても喜び、その皿をにこにこして受け取る。


「エース、君も疲れているだろうから、人の世話は別に任せて休んだ方がいいぞ?」


 エースはそれを聞いて、ふっと伏し目がちな疲れた表情をわざと見せ、ため息をはあっとついた。


「そうですね、確かに不慣れはイベントは疲れました。少し休みたいなぁ……義姉さん、膝かしてくれる?」


 それに、海老をもらい夢中でほおばっていたアニエスはよく考えないで、こくんと頷く。


「え、うん?」


 すると、エースはアニエスの膝を枕に、ごろんと横になってみせた。


「……何をしているのかな? 君は」


 セオドリックは怒りを必死に抑えた笑みを浮かべながら問うと、エースは飄々として答える。


「疲れたので義姉の膝を枕にちょっとだけ休もうかと……ちょうど良い枕が、偶然ここには無いものですから?」


 そう言いアニエスの膝を撫でた。


「いやいやいや、撫でる必要があったか? 今!」

「僕の重い頭を乗せてくれてる……可愛い脚へのねぎらいは大事でしょう?」


 エースは平然と傲慢(ごうまん)にそう答える。


「ねぎらうなら、乗せるなよ」

「……ああ、本当に気持ちがいい!」


 エースのくせ者具合に、セオドリックがエースをキッと睨む。

 それから、それに強い反発を一切見せないアニエスにも(ごう)を煮やしたセオドリックが、一言苦言を述べた。


「君も君だアニエス嬢? 普通、弟に膝枕はしないぞ」


 それにアニエスは首を傾げた。


「……私もよく、以前はエースには膝枕をしてもらったので……? そもそも家族の形は十人十色。セオドリック様がされてないだけで……存外よくあることでは?」


(いや、無いぞっ!!) 


 セオドリックは心の中で叫ぶ。

 チラりとエースの顔を見れば、ニヤニヤとこちらを見るエースの視線と視線がかち合う。


(……やっぱり、わざとかよっ!!)


 セオドリックの血中温度が一気に跳ね上がった。

 だが、その時だ!


「……あのーすっかり、こちらが空気ですわ。お兄様」


 そこでようやく王女タニアからツッコミが入る。

 見るとこれらの一部始終をその場の全員が、あんぐりと口を開けて凝視していた。


「突然ラブコメディーを始めるのは控えていただきませんと……その、こちら保護者もいらっしゃいますから……?」


 言われて見ると、ロナ公爵は何とも言えない顔で微笑み。

 公爵夫人は扇子で顔を隠しながら、小刻みに震えている。

 令嬢たちは嫉妬と困惑からヒソヒソヒソヒソと噂をしていた。


 しかも、同じ罪に問われるべきエースは膝枕のまま、何も言わずに目を閉じて、この状況に知らんぷりをしている。


 セオドリックは、そんなカオスな周囲を見渡し、ぽりぽりと頬を掻いて、いやあ~と視線を泳がせた後。


 学校を練り歩き、御用を賜って給仕をしているフットマンの一人に対しすっと手を挙げた。


「……ここにいる全員に特別なデザートが必要だな。厳選フルーツケーキとアイスクリームの盛り合わせを」


 そうやってセオドリックはイベント一番人気の今朝しぼったばかりの牛乳から作った、数種類のアイスクリームとケーキを全員にまんべんなく奢り、何かその場の空気を何とかうやむやにした……。


 あとついでに、エースを恨みをこめて叩き起こしておく。貴様は許さん!


 こうしてなんとか平和を取り戻した昼のまどろみの中、いよいよ六月の催しは終盤へと向かうのである。

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