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94その想いはきっと。


「よかった。また、フリアに会えて」


目の前で、信じられないものを見ているような表情を晒す彼女に頬が緩む。

しきりに瞬きを繰り返し、視線を彷徨わせているその光景は、常に落ち着いた雰囲気の彼女とはかけ離れていて新鮮で面白い。


「――グレン、よね……」

「他に、誰に見えるわけ?」


やっと口を開いたかと思えば、そんな言葉。


「――っ、」

「え、なに!? ちょ、何で泣くのっ!? ――やっぱり、会いたく無かった……?」


みるみるうちに、黄金の瞳に溜まる涙。

瞬き一つで透明な雫に変わるだろう。


彼女の反応に、己が歓迎されていないのではと慌てる。


たしかに冷静に考えてみれば、一度別れを告げた相手だ。

ずっと騙して来た相手だ。

それが今更になって、“会いたかった”から会いに来たなんて、そんなのどの口がと言われてもおかしくはないのだ。

それでも自分は会いたかったし、魔獣の爪に襲われる彼女を守りたかった。



やっとの思いで転移した先で、彼女が危険に曝されていた。

考えるよりも早く、身体が動いた。


丸腰だったが何故か武器を召喚できた。

きっとこれは、己の中に巡るフリアの魔力を元にして生成された魔剣なのだろう。

そんなことをじっくり考える暇も無く、彼女と魔獣の間に滑り込み、正面から刃を振りきった。

漆黒に染まるその刀身は、驚くほどの切れ味で、迫り来る魔獣を真っ二つに叩き斬った。



「――――――た」

「ん? なに?」


彼女の涙につい、現実逃避をしていた思考が彼女の言葉でこちらに引き戻される。

いつのまにか俯いていた彼女は、己の問いかけを受けると効果音が付くくらいに勢いよく顔を上げ、こちらをキッ、と見据えて再び口を開く。


「会いたかったっ! グレンに会いたかった、って、言ったのよっ!」

「っ!! ――ほんと、に?」


予想外の言葉に目を見開く己の目に映るのは、彼女の頬を伝う透明の雫。

その透明の雫を拭おうと思わず手を伸ばす。

彼女に触れるかと思った指先は、彼女の頬に吸い込まれるように消えた。


正確には、彼女を通り過ぎた。

温もりもなにも感じること無く、ただ通り過ぎた。


「――――ぁ、……そっか、俺……」


転移魔術が完成した間際、白亜の現人神が地に倒れ伏すのが見えた。

その様を己は見下ろしていたのだから、今の己に躯が無いのは少し考えればわかることではないか。

先程、何の障害も無く武器を持ち、魔獣を討ち取ったため完全に失念していた。








「――グレン……?」

「あー俺、今、“抜けて”来てるからフリアに触れないんだった」

「それは、どういう意味……?」


呆気にとられた様子のフリアにもわかるように、彼女の腕を掴もうと手を伸ばす。が、やはり彼女の腕をすり抜けてしまう。

その様を目の当たりにした彼女が、慌てだす。


「え、ちょ、どういう意味なのよグレン!? “抜けて”ってことは今、貴方どういう状態なの!? って、よく見たら貴方、透けてるじゃない!!」

「あーうん、透けてるかもね。だって、躯はユリエルのモノだし。そこから“俺”だけ抜けてきたからさ。まぁ、しょうがないよね」


現人神の躯はあれど、“グレン”の躯は存在しないのだ。

“グレン”単体として活動しようとすれば、必然的にこうなってしまうのだろう。

今、この状態を保っていられるのは、魔力によって存在が支えられているからだ。

しかし先程魔剣を生成したときに、かなりの量の魔力を消費してしまった

あとどれくらいこの状態を保っていられるかわからない。


魔力が無くなれば、時をおかずして間もなく“(グレン)”は消滅するだろう。

そう、見解を述べると先程よりも慌てたフリアが詰め寄ってくる。


「じゃぁ、早く躯に戻りなさいな!」

「嫌だね。俺はこのままでいいよ」

「どうしてっ!!?」


無意識に伸びたであろう彼女の手が、己のローブ辺りを掴んだかと思うとすり抜ける。

その現実を受け入れられない、とでも言うように、彼女は一歩、後退る。


現人神(ユリエル)に戻っても、フリアに会えない。だったらフリアと顔を合せながら、消えた方がずっと、いい」

「なっ!」

「嘘なんかじゃないよ。俺は、フリアが好きだ。最期は、愛する人と共に在りたい。そう、願うのは欲張り?」


距離が離れた分だけ近付いて、言う。

ずっと、言いたかった言葉。

こんなかたちで伝えることになってしまったけれど、もう、この時を逃したら次は無い。

そう思うからこそ、伝えたい想い。


「――貴方は。……“あなた達”には欲が無いのね。ずっと昔、同じような選択をした“現人神”が居たの。それが、全ての始まりだった」


呟くように、投げられた言葉。

俯いたままの彼女が、どんな表情をしているのかわからない。


「――私は、欲張りなのよ。少なくとも、グレン、“あなた達”よりはね。ずっと昔、“フリアだった人”は選択を間違えてしまったけれど……。私は、私ができる最善の選択をするわ」


右手をス、と横に差し出すと、そこに転移されたのは磨き抜かれた小刀。


「私は貴方に触れられない。それでも“私の魔力”は、貴方にあげられる。そうすれは貴方は消えなくてすむ」


彼女の言葉を聞いて、ガロンとシエルが息を呑む


「私は貴方と歩みたい。――私は、どんな手を使ってもグレンを失いたくは無いの」


どういうことだ。

瞬時に思考を巡らせる。

彼女はなにを思い、行動に移すのだろうか。

触れる以外に、魔力を受け渡す方法……?


魔力は身体の様々な部分に蓄えられている、といわれる。

数あるパーツの中でも、特にこれといった形が無く、“どんな状態”でも受け入れられ、他のどんなものより強力な魔力が宿るとされる部分……?



「シエルっ! 術の準備をっ!!」

「はいっ、兄さん!!」


ガロンの叫びと共に、シエルがこちらに駆けてくる。


ゆっくりと、彼女の右手が動き出す。

彼女の、首筋に向けて。


「っ! 止めろっ、フリアっ! もう少しっ!!」


瞬間、理解した。

彼女が“ナニ”をしようとしているのか。

己のために“ナニ”を受け渡そうとしているのか。


彼女を止めようと、手を伸ばす。

当然、止めることなどできはしない。

目の前で、紅が散る。

はらはらと、目の前を過ぎていく。


眼前に広がる、真紅に視界が奪われる。


息を呑んだその刹那、パサリ、と首に何かが掛かる。

ずしり、と重いそのナニか。

触れた部分から、彼女の魔力が流れ込んで、己を満たす。

膝から下が消えかかっていた己の躯は、瞬時にもと通りになり、透けていたはずの全身もしっかりとここに現れた。


驚きに目を見開いている己の頬に、温もりが触れる。


「っ!!」


己の頬を両手で包み、至近距離で見上げる緋色の瞳と視線が交わる。


「次、貴方が諦めたときは、本当の“朱”が散るわ」

「っ!!」

「言ったでしょう? “バイアーノは、人を愛すると狂う”って。――愛する人を生かすためなら、己の命だって簡単に散らすのよ」


唖然とする己に微笑みかけ、彼女は膝から頽れる。


「フリアちゃん!」

「フリアっ!」


力なく落ちていく彼女を両脇から支えるのはマイアーの兄弟。


「フリアちゃん、なんて無茶するの!! あんなにバッサリ切っちゃったら、補うためにフリアちゃんの身体が大変なことになるでしょっ!?」

「フリア、ひとまずシエルが瘴気を阻む結界を張っている。徐々に緩めていくが、耐えられるかっ!?」

「――えぇ、大丈夫よ。ガロン、シエル、心配してくれてありがとう」


二人に支えられながらも、その場に膝をつく彼女を見詰める。


首の後ろあたりでバッサリ切られた真紅の髪。

髪には魔力が蓄えられている。

本来は身の丈を優に超える程、長いその髪。


失った分の魔力を補うために、彼女の身体は魔力を欲する。

瘴気を魔力に変換するというのは、彼女の身体にとても負担がかかる。

だから目の前の二人は、こんなにも焦っているのだ。

それがわかっているのに、何も出来ない己がもどかしい。


魔力が有り余るほど満ちた今の己であれば、フリアに触れることができる。

しかし、触れたところでなにができるというわけでもない。


「グレン、手をかしてくれないかしら」

「――え?」


立ち尽くす己に、差し出された彼女の手。

己を見上げるその顔色は、青を通り越していっそ白い。

それでも気丈に振る舞う彼女に、屈んで視線を合わせる。


「俺が、フリアの手を取っても、いいの……?」

「グレンだから、いいの。――グレンじゃなきゃ嫌よ」


差し出された手を取り、引き寄せる。


「ちょ、グレンっ!?」

「いいの、これで。――お願いしていい?」

「じゃぁ、解いていくから。グレンさん、フリアちゃんをよろしくお願いします」


合図と共に彼女を覆っていた結界が解かれていく。

徐々に、彼女の身体が強ばっていく。


時折、堪えきれない呻き声が漏れてくる。


「ぅ、あ……ぅ、ぁあっ、」


浅い呼吸、引き攣れた吐息。

固く握りしめた拳や、強張る身体。

そのどれを取っても、彼女が襲い来る痛みに堪え忍んでいることがわかる。


――代わる事の出来ない、その痛み


それをもたらす原因となったのは己だ。

それなのに、彼女は己を求めてくれた。

彼女を守る者も、己に託してくれた。


「フリア、ありがとう」


生れてこの方、こんなにも何かを渇望したことはない。

そんな感情さえ、己には無いと思っていた。

この感情を抱かせてくれた彼女を手放したくは無い。


――たとえ現人神(ユリエル)に取って代わってでも、己はこちら側に留まらなければ。


そう、心に刻む。


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