59これが、私の示し方。
“常夜の森”
その奥に祀られた祠のそばで真剣な表情で思案する二人。
朱の混じった茶色の髪を二人揃って並べつつ、地面に文字や絵を描いている。
「ねぇ、兄さん」
「なんだい? シエル」
金赤の瞳と緋色の瞳が交わる。
「僕達は今、フリアちゃんの魔力を借りているじゃない?」
「そうだな」
「――じゃぁなんで、“魔剣”を出せないんだろう……」
「――それは……俺にもわからん……。シエルはまだ、いい。”魔力を借りているだけ”だからな。――俺は確実にバイアーノの血を引いているのに、出せない……」
地面に座り込み、ここ数日の実践と考察を書き連ねながら二人は思案する。
「――やっぱりさ、もうフリアちゃんに直接聞いた方がいい気がするんだけど……」
「それはそうだが……。あまり俺達が王宮に行くとフリアが羽を伸ばせない。――せっかく手にした束の間の自由だ。出来ればなんの憂いも無く過ごして欲しい」
そうは言うものの先日のこともあり、どうにも穏やかに日々を送っているとは思えないので、心配なのは心配なのだが
幼い頃から彼女はそうだ。
辛いことがあっても、嫌なことがあっても外に出さず内に抱き込み独りで全てを終わらせようとする。
こちらがどんなに心配しても、笑顔で”大丈夫”と返すだけ。
その瞳は、口よりも遙かに雄弁に語っているにもかかわらず。
――辛い、寂しい、悲しい、と。
それでも、彼女が必死に隠そうとするからこちらは何も言えなくなるのだ。
指摘してしまえばきっと彼女は折れてしまうから。
”知らないふり”も優しさなのだと己に言い聞かせたのはもう何度目か。
「――あ、二人ともこんな所に居たのね」
「――フリアちゃん!?」
「――フリア? ……なぜ“常夜の森”に?」
音も無く声と共に現れたのは、今し方話題になっていた張本人。
――と、
「わぁ! 素晴らしいですわ! 王宮から一瞬でバイアーノ領まで!? フリア様ったらどれ程の魔力を蓄えていらっしゃるの!」
「――これが……転移魔術……。すごい、本当に、一瞬で……」
黒髪に薄い金色の瞳をもち、興奮気味にフリアに詰め寄る女性と、呆然と立ち竦むレモンイエローの髪に茶色の瞳を持つ女性。
――その背後に佇みながらしきりに周囲を見回すその他大勢の人。
――だめだ。
――突っ込みどころが多すぎる。
たしかに昔から、彼女は突拍子も無いことをしでかしてはさも当然のように平然と振る舞っていた。
いいことであれ、そうでないことであれ……
数々の事象に巻き込まれてきた己は、もうすでに十分耐性がついていると自負していたのだが……
どうやら甘かったようだ。
目の前の出来事に適切な判断が下せない。
なんと声をかけていいのか、全くもって思いつかない。
「アレクさんの所に行ったらシエルはガロンと一緒に居るって言われたのよ。だから、“ガロンとシエル”を座標に転移魔術を使ったの」
「――なるほど」
――フリアが“常夜の森”に現れた理由はわかった。
“何処”ではなく“誰”を指定して転移魔術を使った結果、といったところだろう。
それは、もうこの際良しとしよう。
フリア程の魔力があれば、”転移先の座標”は場所ではなく、人でも可能だ。
しかも、長く時を過ごしてきた己ら二人を目指したというのであれば決して失敗はすまい。
だがしかし、今、聞きたいのはそれではない。
「ねぇ、フリアちゃん。そこのお姉さん達は、だぁれ?」
己が二の句を継げないでいると、シエルがフリアに向かって言葉を投げる。
「“報酬”として貰ってきたの」
「――――。すまん、フリア。……詳しく説明を頼む」
たっぷり数秒。
思考をフル回転させたが、まったく意味がわからなかった。
漸く絞り出した言葉が、先のあれである。
フリアが王宮で食物を育て、物々交換をしたり作物の代金を受け取っているということは前回王宮を訪れた時に聞いている。
そのため、フリア個人の資産はそこらの領地よりも潤っているということも知っている。
最近では己の部屋に“領地の運営費”と張り紙をされた、領地の運営費にしても膨大な量の資金が入った袋が転移されてくるので、それなりに自由に楽しく過ごしているのだな、と思っていたのだが……
――まさか、人間まで報酬として貰ってくるとは……
「先日、“奈落の谷”での討伐に参加したのだけど、そのときにこの二人が“奈落の底”に落ちてしまってね。それで私が“奈落の底”に行ってこの二人を助けたのよ。――で、その報酬として当人二人を貰ってきたの」
――後ろにいる人達は、この二人のおまけよ。
「――――、……そう、か」
思わず頭を抱える。
もうそれ以上の言葉が出てこない。
――つまり先日の“魔力の巡り”が乱れに乱れたあの時、やはりフリアは“奈落の底”に居たのだ。
それで、“奈落の底”へと降りる原因となった女性二人を何故か“報酬”として賜った、と。
――で、その他大勢は女性二人の子飼というところか。
ということはあの女性達はそれぞれ、名の知れた貴族の令嬢ということになるのだろうか。
何故、貴族令嬢が魔獣討伐に参加したのか。
何故、“奈落の底”へと落ちたのか。
何故、親元ではなく“報酬”としてバイアーノ領に貰われて来たのか。
―――さっぱりわからん。
それでもこの領を統べる本来の領主であるフリアが“是”というのならば、誰がなんと言おうと覆すことはできない。
「――それで、その方々はどうすればいい?」
「リカルダ嬢は武術に長けているの。だからバイアーノで剣術指南をお願いするわ。そして、ルイーザ嬢は見ての通り魔術が使えるわ。シエルの魔術指南役よ。アレクさんも快く了解してくれたわ」
淀みなく笑顔で説明するフリア。
彼女が自ら己の領地へと引き込むほどの者達だ。
きっと素晴らしい実力者なのだろう。
「リカルダと言います。武器は基本的に選びませんが剣術には自信がありますので、どうぞよろしくお願いします」
「ルイーザですわ。魔術師の家系の出ですので魔術に関わることであれば、なんでもお聞きになって」
「フリアが不在の間、バイアーノ領を預かっているガロンだ」
「シエルです。もとの魔力量はあまりありませんが、今はフリアちゃんに借りているのでそこそこ使えると思います。魔術をきちんと習った事が無いので……わからない事ばかりだとは思いますが、よろしくお願いします」
それぞれ指名された者同士が挨拶を交わす。
レモンイエローの髪に茶色の瞳を持つ女性が、リカルダ嬢。
成る程、女性騎士らしく言葉は随分と固いように思える。
対して黒髪に薄い金色の瞳を持つ令嬢はルイーザ嬢。
まさに令嬢と思える口調だが、さて、本当にこの二人は何があってフリアに貰われて来たのだろうか。
「――フリア様は、王太子殿下の怒りを買ったわたくしたちを救い上げてくださった」
「――フリア様のお役に立てるように、持ちうる知識は全て差し出しますわよ!」
疑問が表情に表れてしまったのだろう。
二人が少しだけ身の上を話してくれた。
――とりあえず、フリアの味方が増えたと考えておけばいいのか……?




