58討伐への参加は、波乱を呼んだらしい。
屋敷へ帰るついでとばかりに王宮内の広い庭を散策していると、ひときわ人の出入りが激しい屋敷が目に入る。
それも二つ。
荷物や家具、調度品などをせっせと屋敷の外へと運び出しているように見える。
――模様替えだろうか……
そんなことを考えながら忙しなく行き交う人々を眺めていると、そのなかの一人と目が合った。
「バイアーノ公爵様!」
「先日は誠に申し訳ございませんでした!」
「――え……」
私の存在に気付いた作業員は驚きに目を瞠ったかと思うと、一斉に駆け寄ってきてさらには頭を下げはじめた。
その様に呆気にとられる。
頭を下げられる理由がわからない。
むしろ作業をまじまじと眺めてしまった私の方が不躾というものだろう。
確率はかなり低めではあるが、もしかすると以前なにかで関わりがあった人なのかもしれない、と思い直し頭をあげさせてから一通り顔を確認する。
「あ、あの……。――あ。あなたはあのときの!? ――えと、体は大丈夫でしたか?」
「は、はいっ! お気遣い頂きありがとうございます!」
記憶を引っ張り出した結果、集まった人々の中に先日の魔獣退治であの令嬢二人に守護の魔術を放って倒れた人物を見つけ、声をかける。
顔色もよく、声にも張りがある。
――大事には至らなかったみたいで、何よりだ。
「ところで、今日はなにかあったのですか? ――模様替えにしては随分と大規模のようですが……」
数人を残し作業に戻った人達を眺めながら、近くの彼らに話しかける。
話しかけられた彼らは互いに顔を見合わせて、意を決したように一人が口を開く。
「公爵様はまだ御存知無いのですね。実は本日をもって我々はこの宮を出る事になっているのです」
「わたくしたちも、ですわ」
「――えーと……」
さすがに屋敷を見ただけでは、どこの誰のことなのかさっぱりわからない。
その困惑が顔に出ていたようで、魔術師だろう男性と騎士のような出で立ちの女性はそれぞれ口を開く。
「我はルイーザ様にお仕えしている魔術師です」
「わたくしはリカルダ様にお仕えしています」
「ブリス侯爵令嬢と、バルデム伯爵令嬢? ――二人とも妃候補の筆頭では?」
出てきた名に驚きを隠せない。
たしか今回の招集に応じたなかでも、あの二つの家は妃候補の筆頭だと噂されている程の高位貴族令嬢だったはず。
その二つの家が同時期に任を解かれるとは……
なにかあったのだろうか。
否、もしかすると一年かからずに王太子殿下がお妃様を決めたのかも知れない。
それならば、選ばれなかった候補達は“王太子殿下の妃候補に選ばれた”という名誉をもってそれぞれの家へと帰ることが出来る。
そこでふと、オズボーン国までグレンがわざわざやって来た理由について思い当たる。
――もしかしたら、グレンはそれを伝えるために迎えに来てくれたのではないだろうか……?
常々、領地に帰ると言っていた私に少しでも早く、妃候補の帰郷の知らせを伝えるために無理をしてまで国を超えたのかも知れない。
真実の程は直接本人に聞かなければわからないが、もしもあれが彼の気遣いだったならば私はよりいっそうグレンに感謝しなければ。
――あぁでも、彼は暫く非番だとテオ様が言っていたから、私がこのまま領地に帰ればもう言葉を交わすことができず終いになってしまうのか……
それは少し、寂しいかもしれないわね……
どうにかして、領地に帰るまでにグレンに会う方法は無いのだろうか、と考えを巡らせていた私は次の二人の言葉に衝撃を受けることになる。
「――先日の魔獣退治において、我々の主は王太子殿下の命に背く動きをしました」
「――その責を負って、わたくし達の主は妃候補から外れ宮を去るのです」
「――え? ……じゃぁお二人は今どちらに……?」
聞くと途端に顔色を曇らせる二人。
――とても、嫌な予感がする。
責を負って王宮を去るだけならば従者の二人がこんなにも悲痛な表情をするはずがない。
「――ルイーザ様とリカルダ様は、王太子殿下の命に背いた“反逆者”として王宮の地下牢に幽閉されております」
「――バルデム伯爵様とブリス侯爵様はどちらも、お二人を除籍なさいました」
「ちょ、それはさすがにやり過ぎでは……!?」
――だって、そこまで大事には至らなかったではないか。
――確かに命令に背いたことは責められるべき事ではあるが、投獄や縁切はさすがにやり過ぎになるだろう。
「――王太子殿下が、決められた事でありますので……」
「――わたくしたちには、どうすることも……」
そろって瞳を潤ませ下を向く二人。
――主の命を守ることができても、結局は守れなかったと悔いているのだろう。
――主の命に背いてでも、あのとき己が止めていれば、と。
こんなにも思われる彼女達は、きっとこの国にとって必要だろう。
権力では無く、人間性で人を惹きつける能力はそうそう簡単に身につけることができるなんてことはない。
国を想うその心も、彼女達はしっかりと持っていた。
討伐のあのとき、私に苦言を呈したのもひとえに”国を想えばこそ”のものだったのだから。
――私が為すべき事は、ひとつね。
「――あなたたちは行く当てはあるの?」
「――いえ、我は……ルイーザ様に拾われた身ですので……」
「――わたくしも、リカルダ様以外にお仕えする気はございません……」
「――あの撤収作業を行っている者達の中で、あなた達と志を同じくする者はどれ程居るのかしら?」
黙々と通夜のように作業を進める人々を眺める。
年齢性別はバラツキがあるが、皆一様にして沈痛な面持ちで作業に勤しんでいる。
「――今、作業を行っている者達はそもそもがルイーザ様に拾われた孤児や浮浪者ですので……。彼等もまた、我と同じく再び市井を彷徨う影へと戻る心積もりです」
「……わたくし達も、同じく。リカルダ様を至高として付き従っている者しか、この宮には付いてきておりませんので……」
――ふむ。
高位貴族の令嬢でありながら、市井の影に彷徨う寄る辺なき者を救い上げ居場所を与える彼女達。
一分の隙も無く、己の信頼の置ける者を育て上げるその手腕。
――やっぱり、彼女達はこの国に必要ね。
このままここで終わらせるには惜しい人材だわ。
「――殿下に話をつけてくるわ」
「え、」
「えっ、あ、あの」
目を見開く彼らに視線を合わせ、はっきりと誓う。
「待っていて。決して、あなた達から主を奪うようなことはしないと、約束するわ」
それだけを彼等に言い残し足早に王宮へと足を踏み入れる。
だめもとで至急、王太子殿下に謁見を申し出ると案外すんなりと受け入れられた。
呆気にとられながら案内された部屋に通されると、そこで待つ殿下に先ずは家臣の礼をとる。
「――顔を上げてください。フリア嬢」
声を掛けられ、膝を着いたまま真っ直ぐに王太子殿下を見る。
「――討伐ぶりですね。……その後、変わりはありませんか?」
「お気遣い頂きありがとうございます。“奈落の底”に降りたことによる影響はありませんので、ご心配には及びません」
「――そう、ですか。それは、よかった」
数日ぶりに顔を合わせたが、どことなく疲れているように見える。
元々見た目は白いのだが、なんというか……。
覇気が無いというか、影が薄いというか……。
「――失礼を承知でお伺いしますが……。殿下、お疲れですか?」
「――うん。ちょっとね……。力の均衡が、崩れているから……」
――成る程。
現人神は神と人の間の子。
神由来の力と、人由来のなにかで均衡を保つようになっているのだろう。
そのバランスが崩れているから、整えるのに消耗している、というところか。
なにが原因でそうなっているのかは計り知れないが、私のように解放する魔力の量によって理性を保つのが難しくなるように、殿下にとってもどちらかに傾くというのはあまりよろしくない事なのだろう。
己が身に照らし合わせるとよくわかる。
思わず、心からの言葉が口から滑り出る。
「――半々というのは、どのようなものであれ、難しいものですね……」
「――うん。……フリア嬢が共感してくれるだけでも、救われるよ……」
すんなりと頷き、苦笑を漏らす殿下に少しだけ同情的な視線を。
「ところで、フリア嬢からわたしに謁見を申し出るなんて、珍しいね」
「お疲れのところ時間を取らせてしまい、申し訳ありません」
一度、頭を下げてから再び殿下と視線を合わせる。
金色の瞳が、伺うように揺れる。
「先ずは、――この身に負った矢傷を消して頂きましたこと、御礼申し上げます」
「――それは、もとはと言えば、わたしの不注意だから、ね……むしろ、女性に傷を付けてしまうとは……。申し訳無い……」
「いえ! 頭を上げてください! 治して頂いただけで、その、なんとも思っておりませんので!!」
突然、なんの躊躇いも無く頭を下げられて、本来の目的がすっ飛んでいきそうなほどこちらが慌ててしまう。
三拍分ゆっくりと数えてから、殿下は頭を上げる。
再び交わった視線に、背筋を伸ばす。
「――先日の討伐の件ですが」
「――うん。フリア嬢には、迷惑をかけたね。二度と、今回のようなことが起きないように、手を打ったから……また、フリア嬢には討伐に参加して欲しいのだけれど……いいかな」
こちらを伺うように投げられた言葉に、ゆっくりと一つ瞬きをして口を開く。
「――その処分とやらを、取り消して頂きたいのです」
「――なにか、フリア嬢にとって不都合でも?」
金色の瞳が、冷たく光る。
「殿下の命令に背いたことは責められるべき事です。しかし、“国を愛する故の行動”であれば恩情は必要かとおもいます」
「――わたしの命に背くことが、“国を愛するが故の行動”だと?」
先程よりもいっそう冷えた金色の瞳を、真っ直ぐに受けながら口を開く。
「あの二人は私に対して“討伐で手を抜くな”と注意しに来たのです。“魔獣討伐の柱”となっている私、バイアーノが討伐で手を抜いている様が許せなかったのでしょう。ならば、二人の行動の責は私にもあります」
「――! それは……、しかし二人はフリア嬢にも多大な危険を冒させた。それこそ、“魔獣討伐の要”を失う危険性が伴うことを」
「ですが私は何事も無くここに居ります。……確かに、王太子殿下が魔術師を派遣してくださったおかげで、帰還が早まったのは事実ですが。――それでも誰一人欠ける事無く討伐は終えているはずです」
「――二人には“罰”を、フリア嬢には“報酬”を。……それが、わたしの判断です」
ふ、と視線を逸らす殿下に用意していた言葉を。
「――では“報酬”として“令嬢二人”を所望します」
「――え……、今、なんと、言ったのかな……?」
見開かれた金色の瞳を見据え、口元には笑みを。
「此度の“報酬”として“リカルダ嬢とルイーザ嬢”を所望します」
「――――、」
唖然とする殿下にさらにたたみかける。
「先日の討伐時、リカルダ嬢もルイーザ嬢も戦闘力には申し分は無いと判断しました。このまま宮の牢獄で飼い殺しにするくらいであれば、我が領に迎え討伐要員として使役した方がよっぽど“国の為”になるかと」
「――二人を、赦すと……?」
「赦すのではありません。ただ、“国の為に動く者”は一人でも多く、欠けない方が良いかと思うのです」
「――――そう。――、許可、しよう」
沈黙の後、そう呟いた殿下は立ち上がり腕を翳す。
すると場所が瞬時に変わり、周りには大勢の高官と思しき人々が。
「此度の件、バイアーノ公爵への褒美として“ルイーザ、リカルダ”両名を与える」
「有難く頂戴致します」
殿下の宣誓とともに場が騒がしくなる。
急いで牢へと向かう者や、殿下の言を他に伝えるために席を立つ者。
さらには、こちらに向かって頭を垂れる者まで。
――おそらく、あの両名の親族だろう
「――では、また。……まみえる事が、あれば」
「はい。――御前、失礼致します」
退出の挨拶を告げて部屋を出る。
入った時の場所と違うので当てもなく歩く事になるか、と思案していると見知った姿が。
「フリア様、随分と大きく出ましたね」
「ジェラルド様。……まぁ、うちの領には戦闘要員は必要ですから」
その思いに嘘偽りは無い。
腕の立つ者は多ければ多いほどいいのだ。
腕に覚えのある者ほど、得がたいものは無いのだから。
「――屋敷に戻りたいのですけど……わかるところまで案内をお願いしてもよろしいですか?」
「もちろん、喜んで」
ジェラルド様に連れられて王宮の廊下を歩く。
案外見知った場所までくるのに時間はかからなかった。
「それではここで。ありがとうございました」
「はい、お気を付けてお帰りください」
ジェラルド様と別れて屋敷へと足を進める。
遠巻きにではあるが先程よりも遠いところに二人の屋敷の様子が見える。
心なしか明るい雰囲気が感じられる。
きっと伝令が行ったのだろう。
――まぁ、これからのことはなるようになるわよね。




