52同調する紅と朱。
コツ、コツ、と石畳が小気味のよい音を刻む。
クロエに連れられてやって来たのはオズボーン国の中枢も中枢。
巫女様の神殿がある区画。
巫女様は誂えられた神殿の中で、国の最高神である太陽の神に祈りを捧げ託宣を受けているのだという。
そしてやはりこちらの国でも、グレンジャー家は太陽の巫女直轄という位置づけとなっているらしい。
同じ侍女でも与えられる位と仕事内容は異なっており、上下関係が存在するようだ。
先程からすれ違う侍女がクロエを視界に入れた途端、片膝を折り頭を垂れている。
――太陽の巫女に仕えるというのは、凄まじく名誉なことなのだろう。
そう思うと、今から謁見する身としては不安が付きまとう。
どのような相手か全く情報が無い上に、国同士の仲は悪くは無いもののもの凄く仲が良いというわけでも無い、とても中途半端な間柄。
もしオズボーン国が、過去のあの事でシェーグレン国に思うところがあるとするならば、下手に口も開けない。
オズボーン国側からすると、隣国のいざこざに巻き込まれた挙げ句神聖な存在である太陽の巫女まで犠牲になったのだ。
しかも、儀式以降、太陽の巫女が一人しか生まれないというおまけつきで。
途切れることはないが、継承者が一人しか生まれないというのはとてもリスクが高い。
シェーグレン国の現人神と異なり、太陽の巫女の寿命は決して長くは無い。
伝えるべき事柄や、後世に残すべき歴史のいくつかは時の流れに呑まれてしまった可能性だってある。
オズボーン側がバイアーノの事を何処まで知っているのかがわからない。
初代の手記が確かなものであれば、バイアーノとオズボーンの国は切っても切れない間柄のはずだ。
遙か昔の太陽の巫女の意志に反して、シェーグレンの人々を護る血縁者をオズボーンはどう思っているのだろう。
――あぁなんか、一気に不安になってきた。
いっそ付き添いの一人として、グレンでも連れてくるべきだったのだろうか。
いやしかし。
こんなところに一般の魔術師団員を連れて来ようものなら、礼儀知らずとして突かれること間違いない。
やっぱり、連れて来なくて正解だった。
重くのしかかる沈黙。
つい、場違いな事を考えてしまう。
「よくぞ参った。フリア・バイアーノよ。―――顔をあげなさい」
「お招きいただき、ありがとうございます」
神殿の中、一段高い場所に鎮座する太陽の巫女を瞳に映す。
金色の長い髪に落ち着きのあるモスグレーの瞳。
太陽の巫女は視線が合うと、口元を緩める。
「そう固くならずとも、よい。お主はわらわの客人。即ち太陽神の客人である。この国に居る限りお主に害を与えようとするものなど、居ないのだ」
「お心遣い、感謝いたします」
楽にしろと言われて、はいそうですか、と態度を崩すわけにはいかない。
しっかりと気合いを入れ直す。
「――先日“奈落の底”へと降りたとのこと。その後、変わりは無いか?」
「“奈落の底”に降りた事による変化は、ありません」
――託宣って凄いのね。
隣国の、それも一介の貴族の動きですら把握出来るなんて。
「ならば良し。――フリア、後の憂いを断つ気概はあるか?」
「――えぇ。……その方法を伺うために、私はここに参りました」
――“後の世の憂い”それはきっと、魔獣に関することだろう。
でなければ、バイアーノが呼ばれる理由など無いのだから。
モスグレーの瞳が、探るようにこちらを見据える。
「魔獣の、正体を知っておるか?」
「――“生を求めながらも封印されしモノたち”と、我が一族には伝わっております」
「――うむ。……ではお主の一族が、ナニモノなのかも解っておるのだな」
「――はい。……我等一族は“生を渇望する太陽の巫女の心の欠片”から生れしモノ」
そう、初代の手記に書いてあった。
やはり、オズボーン国は知っていたのだ。
否、太陽の巫女が受け継いできたものだ、と考えるべきだろうか。
それとも、託宣で得た内容だろうか。
生贄として選ばれた、太陽の巫女の姉。
その心が分かれて生れたのが、“封じられた故郷”での初代の一族。
「――では問おう。バイアーノよ。――残りの欠片は、どこにある?」
「――残りの、欠片……?」
――くらり、頭が揺れる。
「バイアーノよ。お主が“封じられた故郷”で実体を持ったように、他の欠片も実体を持ち存在したはず」
――くら、くら……、
躯が、脈打つ
世界が、回る
「バイアーノよ。お主が全ての欠片を取り込み、その想いをもって“封じられた故郷”へと還る。――さすれば“太陽の巫女”の呪詛をも押さえつけ、“封じられた故郷”を完全なるモノに出来るのではないか?」
――バイアーノ
そう太陽の巫女に呼ばれる度に私の、意識が、遠ざかる。
代わりに、なにかが、思考を覆う。
少しずつ、確実に、私が私で無くなっていく感覚。
――これは、いったい……
モスグレーの瞳に囚われて、目が逸らせない。
「今一度、問おう。――残りの欠片に、打ち勝つ意志の強さはあるか、バイアーノ」
「――……それで、主の願いが、叶うなら」
「――ふ。やっと現れた、か」
己の声とは程遠い響き。
紡ぐ言葉も、己の意志など反映されない。
ただ、意識だけがここにある。
「バイアーノよ。主の願いとは、いかに」
「“完全なる故郷”の創造。誰一人として欠けることの無い、“理想郷”」
「それは、お主も含まれるのか」
「――そう、だろうな」
「バイアーノよ。お主が“封じられた故郷”へと還るには、何が必要だ。何を望む?」
「――主の声が、あれば良い。一言、ただ、戻ってこいと。――だが……。時の流れは異なる故。もう、移り変わっているやもしれん」
紡がれる言葉。
己の意志などそこには無い。
けれど、呟くように声を紡いだ”声”に僅かばかり混じるのは哀愁か。
諦めを滲ませたその”声”の主は……
「――では、方法は無いと申すか」
「さぁ、な。――ただ、“理想郷”を望んだ主は現人神の子孫と共に、この世の真実へと辿り着いた。故にあちらもこちらも、現人神が鍵となろうな」
ニヤリ、口角があがる。
言葉はぶっきらぼうであるのに、己を見返す巫女の瞳に映るその顔はまるで、なにかに耐えているようで。
置き去りにされて途方に暮れる、幼子のよう。
己の意志ではないのに勝手に身体が動き、言葉を発するこの状況が気持ち悪い。
もしかするとあの時も、こうしてグレンと向き合っていたのだろうか。
“派手に暴れていた”とグレンが言っていた、あの“奈落の底”での出来事。
けれどきっとその時は、こんな情けない表情ではなかったに違いない。
「――わらわに出来る手立ては無い、と申すか」
太陽の巫女は溜息を一つ吐くと、壇上からこちらへ向かって歩いてくる。
なんの躊躇いもなしに。
今、私の身体は私の意志では動かせない。
おそらく今現在、私の躯の主導権はバイアーノ。つまり、初代の意志。
そんな状況で自ら近付いてくるとは、なんと度胸のある人なのだろう。
「――ひとつ、お主に言っておかねばならぬ事がある。バイアーノ……否、”姉巫女”」
「ほぅ? ――聞いてやろう」
初代の言葉を受けた巫女は、目の前に跪く。
「――偉大なる我らの祖先よ。貴女様の尊い犠牲により多くの民が安寧を手にしました。しかし、それによって貴女様が生を渇望し、魔獣へと身を堕としてなおこの地を望む存在となってしまわれた。我らの願いはただ一つ。貴女様に安寧の時がもたらされることをここに、希います」
「――――ふ、……馬鹿げている」
「――えぇ、馬鹿げている。それでもこれは、我らの願い。それを我らが祖に、伝えたかったのだ」
後悔と、諦めを含んだ瞳。
そこには、どんな想いが込められているのだろうか。
私には、到底理解できない。
「――興が削がれたな」
一言、呟いたかと思うと、急激に世界が近くなる。
「――っ、……はぁ、…はぁ」
鼓動が痛いくらいに駆ける。
何をしたわけでも無いのに、息が上がる。
それでも聞こえる声は己のもので、床についた掌から感じる冷たさも己のもの。
――戻ってきた。
その一点のみで安堵する。
やはり己が己でなかったら、言い表せない気持ち悪さがある。
「――すまぬフリア。無理をさせた」
「――いいえ、……お構いなく」
先程の体勢のまま、太陽の巫女はこちらに労りの視線を向けてくる。
――はぁやはり、神に近い存在というのは、苦手だ。
何を考えているのかわからない。
「――後の世の憂いを断つ方法は、はっきりしましたか?」
「あぁ、……しかし……。残りの欠片を探し出さねば、先には進めぬ」
「わかりました。魔獣退治と共にそれらも私達で調べてみることにします」
返す私にいっそう真剣みを帯びた瞳で見詰めてくる巫女。
「――もし、欠片を全て取り込んで“バイアーノ”が太陽の巫女に打ち勝ったとして……。フリア、お主は……」
「“魔獣を殲滅すること”それが、我が一族の使命ですので」
――私が知っている“封じられた故郷”へと還る道は、一つだけ。
それでこの世界が、この世界に生きる全ての人々が魔獣に怯える事が無くなるというのならば、私は喜んでこの命を差し出そう。
私が側にいれば魔獣から護ることができる。
でもきっと、ずっとは側にいることができないから。
魔術師である彼が、魔獣と対峙するような危険を冒さずに済むように。
僅かでも可能性があるのならば。
明るい未来を歩んでほしい。
それが、課せられた使命だと、信じて。




