51やけに真っ直ぐな感情を、きみに。
「フリア様は、ご在宅でしょうか?」
ある日、全く聞き覚えの無い声が聞こえた。
そもそも私の世界は狭いので、聞き覚えの無い声など山のようにあるのだが、この屋敷を訪ねてくることを考えると全く記憶に無いというのはおかしな話。
いやしかし、先日までとんでもないことを忘れていた私だ。記憶力は当てにならない。
とりあえず、出迎えてから考えよう。
そう思い、門まで急ぐ。
急ぎながらも思考はどうでも良いことを考え出す。
そう言えばこの屋敷を訪れる人の中で、門をきちんと門として認識している人は少数では無かろうか。
グレンを筆頭に、アメーリエ嬢、オルガなどは何の前触れも無く現れる。
テオ様とジェラルド様はきちんと門から呼びかけてくれるが、訪問の頻度が早朝の決まった時間帯であるのであまり気にしたことは無かった。
「はい、どちら様でしょうか?」
「お初にお目にかかります。わたくし、クロエと申します。クロエ・グレンジャー。以後、お見知り置きを」
「ぐ、グレンジャー……っ!? え、ちょっと、待って……もしかして貴女、オルガの姉妹、だったり?」
家名を聞いて、思わず尋ねてしまった。
しかし、グレンジャーはこの国に一つ。
となるとやはりこの人物は、あのオルガと血縁関係にあるに違いない。
ということは、何かしら突き抜けた性格をしている可能性がある。
おおいに、ある。
なにが彼女の地雷なのか、見極めが必要では無いのか。
初対面にして、家名を聞くだけで勝手にあらぬ方向へと仮説を立ててしまったが、血は争えないというしなにかしらあるに違いない。
薄紅の髪に飴色の瞳は深く考えなくても、顔立ちがオルガ・グレンジャーとそっくりだ。
やはり、姉妹なのだろうか。
でも、だとすると何故ここに。
「オルガは、わたくしの不肖の妹でございます」
「あ。そ、そうなのね。通りで、似ているな、と」
「双子ですので、パーツなどは全て、似ているとよく言われます」
落ち着き払ったその様子に、毒気を抜かれた気分だ。
妹の方は突き抜けた性格をしているが、姉の方は案外しっかり者として育てられたのかもしれない。
とりあえず、クロエを部屋に通して飲み物と菓子を用意する。
「――失礼ですがフリア様はこのお屋敷に、一人で住んでいらっしゃるのですか?」
「えぇ、身の回りの事は出来ますので。――数日前から貴女の妹が、顔を出すことはありますが……」
色々と含んだ言い方をしてしまったが、その言葉にクロエは苦笑で返してくる。
きっとなにかしらは察してくれたに違いない。
「あの子は……、元気はいいのですが、主にお仕えする身としては、少々難が、ありますから……」
「――それで、今日はどのようなご用件で?」
――元気なことはいいことなのだけれどね。
さすがに否定も肯定もできないので、話題を変える。
問われたクロエは背筋を今一度整え、ゆっくりと口を開く。
「わたくしはオズボーン国の巫女様にお仕えしています。その、巫女様からの言伝を預かって参りました」
「オズボーン国の巫女様? そんな……どうして、そんな方が私に?」
――隣国・オズボーン
太陽神の加護を受けるとされ、国のトップは王ではなく巫女。
太陽神に仕える巫女として、託宣を受けて政を行う。
巫女という名の通り、継承権は女性のみ。
神の巫女は結婚せず、血縁者や姉妹の子供が次の継承権を持つらしい。
“神の巫女”は一度人間として生を終えたあと、“巫女”として目覚めると言われており、人間として生きている間は巫女の候補ではあるが巫女では無い。
そのため、人間として生きている間に伴侶を得て子を為して巫女候補を増やしておくという選択肢もあったりする。
そのへんは随分寛容だな、と思う。
シェーグレン国とは“奈落の谷”を隔てて隣同士で、神の巫女として国を治めているのは金色の髪にモスグレーの瞳を持つ、シェーラという巫女。
と、言うことくらいはわかるが、行き来が無いのでそれ以上の情報は無い。
――あるとしたら、“バイアーノ”としての知識くらいか。
とにかく、そんな隣国を治める巫女が、私になんの用があるというのだろう。
「――“後の世の憂いを断つために協力を要請する”と、託宣が下ったそうです」
「後の世の憂い……?」
聞き返すもクロエも詳しい事は知らされていないようで、静かに首を横に振る。
「私は、なにをすれば?」
「一度我が国へ足を運んでは頂けないでしょうか。先程、国王陛下からは了承を受けております故、あとはフリア様のお心次第」
落ち着いて告げられるその言葉に、ここには居ない彼の姿が一瞬過ぎる。
あまり長くこの屋敷を空けると心配されるかもしれない。
別に危険なことをお願いされているわけでは無いから、私が居なくても心配を掛けることはないとは思うが。
「そちらの国からは、どれくらいで帰ってこれるのかしら?」
「わたくしではお答え出来ません。しかし長くは無いかと。今回は一旦、話がしたいだけと伺っておりますので」
うーん、なかなかに退路を塞がれたような気もするけれど気にはなっていたのよね……
初代バイアーノの元となった、太陽の巫女と、その国。
「少しの間、ここで待っていてもらってもいいかしら? 一言言っておかなければ、後で小言を貰いそうな人が居るのよ」
「では、わたくしもお供致します」
優雅な所作で椅子から立ち上がると、カップなどを片付け始める。
共にテーブルの上を片付けつつ、目的の人物はどこに居るのかと思考を巡らせる。
多くの場合この時間帯はこの屋敷に居るので、所在を気にしたことなど無かった。
しかし、彼は魔術師団員なのだからテオ様を目指して行けば、どうにか繋ぎを付けてくれるに違いない。
そう結論付けて、屋敷の門を潜る。
「クロエは、こっちの王宮は詳しいの?」
「詳しい、とまでは言いきれませんが大まかな位置関係は把握しております」
クロエの返答に安堵する。
正直なところ王宮の構造など全く興味が無かったため、魔術師団がどこに割り当てられているか見当が付かなかったのだ。
「魔術師団が与えられている区画はわかる?」
「えぇ、近衛ではなく、魔術師団ですね」
「そうよ」
一つ頷くと、迷わず足を進める彼女の後ろを付いていく。
目的の場所へと足を進める途中で、王宮の外観を見上げて思う。
――本当に“封じられた故郷”で目にしたあの建物とよく似ているわ
太陽光に照らされた白亜の宮殿は、一点の曇りも無くその巨大な造形で見る者を圧倒する。
「あーっ、フリア様! と、……お姉さまだー!! おねーさま、どうしてこちらにー?」
ちょうど横切った屋敷の中から、聞き覚えのあり過ぎる声がする。
クロエも同じ事を思ったのか、二人で顔を見合わせて小さく溜息を吐く。
「――、はぁ、……オルガ。勤務中のその態度を改めなさいと何度も……」
小さいけれど、確実に怒気の籠もった声音で呟く彼女に同情を禁じ得ない。
ほんの少し、哀れみを含んだ視線を彼女に向けてから、声のした方へと意識を向ける。
そこには、こちらに向かって大きく両手を振るオルガの姿が。
―――まったく、しょうが無いわね。
控えめに手を振り返そうとした時、門の向こう側に現れた人物に目を瞠る。
柔らかな笑みを浮かべる白亜の現人神と、その腕を取りながら楽しそうにはしゃぐアメーリエ嬢の姿。
オルガの声でこちらに気付いたのか、アメーリエ嬢が弾んだ足取りでこちらへ駆けてくる。
――本日も貴族令嬢という肩書きは、仕事を放棄しているらしい。
きっと誰の前であっても、アメーリエ嬢はあのままなのだろう。
ぶれない己らしさ。
少々羨ましくもある。
「まぁ! ご機嫌よう! フリアさま!」
「えぇ、ご機嫌よう。アメーリエ様」
出来るだけ優雅に、淑女の礼を。
「フリアさまは、どうしてこちらに?」
「この先の魔術師団に諸用がありまして。――お楽しみのところ水を差してしまい、申し訳ありません」
「あら、そうなのね。わたくしに用があるわけでは無いなら、これで。今、ユリエル様がいらしているのよ、お待たせしては失礼にあたりますので!」
「えぇ、それではこれで。」
ひとしきり言いたいことを言って、再び向こうへと駆けていくアメーリエ嬢。
まったく、あの人の性格は変わらない。
真っ直ぐで、一直線。
裏表が無く、常に、全力。
言いたいことを言い、したいことをして、己の理想を追い求めていくその姿は、いっそ羨ましい限りだ。
「では、行きましょうか、クロエ」
「はい、フリア様。――妹には後ほど、たっぷりと灸を据えさせていただきますので」
門の向こうからこちらを凝視する王太子殿下に、失礼にならない程度に礼をして足を進める。
「あまり責めないであげて。彼女はあれで、思い切りやっているのだから」
「それは、わかっているのですが……」
眉間に皺を寄せ難しい表情を浮かべるクロエに、ついつい笑みが溢れる。
――手の掛かる妹を持つと、こういうこともあるのか、と。
それからすぐ、魔術師団の詰め所に行きテオ様を呼んでもらう。
私が屋敷から出てこの場所にいる事に驚いたようだが、背後に控えるクロエを見て納得したらしい。
「それで、フリア様? 今日はどういったご用件で?」
「グレンはお手空きでしょうか?」
問うと、一瞬固まった後、へらりとした微笑みで眉を寄せる。
「あー、グレンかぁ。今日は非番なんですよ……」
「あ、そうなんですか。わかりました」
「グレンに言伝がありましたら、伝えておきますよ?」
テオ様からの申し出に、逡巡する。
きっと、明日になればグレンはいつものように屋敷へとやって来るはず。
その時に一言告げてから国を出てもいいのだが、態々人を遣いに出すと言うことは向こうへ行くのは早いほうが良いだろう。
――まぁもとは私が不在の屋敷にやって来たグレンが、無駄足にならないようにと思ってここまで来たのだ。
ならば、テオ様に言伝をお願いしても問題は無いだろう。
要はグレンが明日、屋敷に来る前に伝わればそれでいいのだから。
「では言伝をお願いしてもいいですか?」
「はい、かまいませんよ」
己の少し背後に立つクロエに視線を向けながら、テオ様に言伝を頼む。
「クロエとオズボーン国へと参りますので屋敷に来る必要は無い、とお伝えください」
「――っ! 、は、い。――承りました」
私がオズボーン国に行くと伝えると、驚愕の表情を浮かべながらも了承の意を返してくれる。
「えーとちなみに、出発は……?」
「そうですね……私はいつでもいいのでクロエの準備が整い次第、と言うことになりますね」
「わたくしは、すぐにでも発てますよ」
クロエは、にっこりと告げる。
――ここは今日中と言わず、屋敷に帰ったらすぐに発つべきだろう。
――オルガの心の安寧のために。
「では、屋敷に帰ったらすぐに発ちます」
「そう、ですか。――お戻りはいつ頃になりますか?」
「巫女様と面会後フリア様の希望があれば、すぐにでもお返し致します」
テオ様の質問に、クロエが淀みなく答える。
「――フリア様が、帰りたいと、希望すれば……」
「――えぇ、フリア様が、帰りたいと、希望なされば」
オズボーン国での滞在日数を気にしているらしいテオ様。
もしかすると、妃候補が長らく他国へと滞在するのはなにか不味いのかもしれない。
でも国王陛下からは了承を貰っているはずなので、最速で帰って来なければならないという事でもないと思うのだが
「では、フリア様。お屋敷に戻りましょう」
「えぇ、そうね。――では、テオ様。後のこと、よろしくお願いします」
テオ様に別れを告げて、屋敷へと戻る。
せっかく魔術師団の人達が見ているので、転移魔術を使用して一瞬で姿を消す。
――うん、うまくいった。
屋敷へと帰ってきた私達は、早速出発の準備に取りかかる。
「どうやって、オズボーン国に行くのかしら」
「巫女様より門を預かっておりますので、そこから」
そう言ってクロエは懐から取り出した小さく丸い物を、上に放り投げる。
するとそこから光が溢れ、門のようなものが出現する。
「うわぁ、凄い」
「オズボーン国は神器を使用し生活に役立てておりますので。――さ、お早く」
促されるまま、一歩踏み入れる。
――さて、私の祖先が生れたというその国は、いったいどんなところやら。




