46求められなくても、そこに居る。
「――、……、ぅ……ぅ、ん……」
「――フリア嬢?」
腕の中で、小さく身動ぎをする彼女に呼びかける。
もうすぐ、目を覚ますだろう。
「――ん……、――グレン――?」
「っ!」
彼女の瞼がゆっくりと動き出す。
開ききる直前、名を呼ばれて咄嗟に頭を胸元に抱き込む。
彼女からの抗議が来る前に素早くグレンへと、姿を変える。
焦点の定まらぬ虚ろな瞳に映ったのは、間違いなく白だったはず。
……それなのに、彼女は黒の名を呼んだ。
――それが、これ程までに、胸を揺らすとは。
「――遅いから迎えに来た」
腕の中にある温もりが微かに動く。
「――、ごめんなさい。……少し、夢を視ていた、の……。日を跨ぐつもりは、無かったのよ……?」
「――後で、聞かせて。……フリアの、夢。――今は、帰ろう」
「――えぇ、帰りましょう」
温もりを離し、向かい合う。
「――方法は、あるの?」
「えぇ、貴方が……、グレンが居てくれれば使える方法があるわ」
そう言って、両手をこちらに向かって差し出す。
その手を己の両手で受けて、しっかりと繋ぐ。
「グレンなら、私の後宮の座標がわかるわよね?」
「あぁ、わかる」
「よかった。――じゃぁ導きは任せるわね」
そう言って目を閉じる。
周囲には彼女の魔力が渦を巻く。徐々に、魔術が発動する。
術の発動に合わせて、己の魔力を彼女と合わせる。
同時に、フリアの屋敷の座標を意識する。
光が満ちる間際、フリアが口を開く。
「――それ、魔術師の正装かしら? ……グレンには、似合わないわね」
「――っ! ――大きな、お世話」
ふにゃりと微笑む彼女になんとか言葉を返したとき、既に目的の場所に立っていた。
「ふふ、着いたわね」
「……あぁ、帰って来た」
二人で、床に直接座り込んだ体勢のまま、微笑み合う。
「先ずは帰還の報告を、殿下に……っ、っつ……!?」
「どうしたっ!?」
立ち上がろうとしたフリアが、再びその場に頽れる。
「……からだが、痛い……っ」
床に横たわり、自身を抱きかかえるような体勢で背を丸め呻く。
思い出すのは、“奈落の底”でのあの出来事。
バイアーノは、フリアの躯を、手加減無しに酷使したらしい。
「――、緊急事態だ。……文句は、聞き入れない」
「――っ、えっ? ――わっ、ちょ、」
床で体を丸めるフリアを抱き上げ、部屋を出て廊下を進む。
めぼしい扉を開け放ち、そこに鎮座するベッドの上へと彼女を横たえる。
目を白黒させながら、こちらを見詰めるフリアに気付かないふりをして、“治癒”と“止痛”の魔術を二重に掛けた後、上から布団を被せる。
「――暫く寝ていろ。……後で、侍女を向かわせる」
「え、でも、報告……」
「いい。俺が、代わりにやっておく。とにかく今は安静にしておけ。――派手にやらかしていたからな。どこに異常が出るかわからん」
「――え、……? 私、寝ている間に何かやらかしてたのっ……?」
予想外だったらしいフリアは驚きに目を瞠る。
そして、腕などの見える範囲を注意深く確認している。
――外傷は魔術で治癒したというのに……
「とにかく、寝ていろ。……一人で、その上から降りたら――“止痛”の術が解けるからな」
「――う、……、はぁい……」
先程の痛みを思いだしたのであろう。頬を引き攣らせながら渋々了承の意を示す。
その様子を満足気に眺めながら、部屋を後にする。
漆黒の青年が、邪悪な笑みを残して去って暫く。
寝室からは、苦痛とはまた別の声が響いていた。
「――うぅぅ……、暇だ。どうしようもの凄く暇なんだけど……、ここから出たら……はぁ」
屋敷へと辿り着いた安堵からか、突如襲った痛みを思い出して溜息を吐く。
「うーん。何だったのかしら、あの痛みは」
グレンは何か知っている感じだったけれど……。
うーむ、わからない。
ひとしきり、ベッドの上で唸っていると突然扉がバン、と開いた。
「はーじめましてー! ゆ、……じゃなかったー、グレンさまからー、いわれてきましたー! フリア様はー、ご在宅ですかー!?」
「あ、はい。ご在宅です」
寝室の扉を破壊せんばかりの勢いで開いておきながら、在宅確認は無いだろう。
入り口に仁王立ちする少女へと視線を向ける。
象牙色の髪に飴色の瞳を持ち、これぞ正しく盛装メイド、と言わんばかりの衣装を身に纏っている。
たっぷりとした象牙色の髪を頭の両側で結び、黒地に白のレースをふんだんにあしらったその様子は、どう見ても普通のメイドとは思えない。
どこか、突き抜けた印象を受ける。
「えーとー、あ、自己紹介がまだでしたー! わたしはオルガといいますー。オルガ・グレンジャーですー!」
「グレンジャー……!」
家名を聞いて、驚く。
グレンジャー家と言えば、このシェーグレン国と隣国オズボーン国の国交を司る役目を担う家だ。
そんな名門出身のメイドがいるなんて、知らなかった。
というか、そんな名門の貴族でも、メイドになれることが衝撃だった。
――あと、その、突き抜けた性格も。
「え、と……、もしかして……貴女は、殿下直轄の……?」
「おーっ、さすがはフリア様ですー! そーです! わたしは、ユリエル様のー、ありとあらゆる身の回りのお世話を任されるー、メイド・オルガでーす! よろしくお願いしますー!」
「は、はぁ……」
――グレン、貴方、なんてことをしてくれたのっ!
“後で侍女を”って、なんで、よりによって王太子殿下直属の侍女が来るのよ!?
あれなの!? 殿下に報告ついでに、ポロッと、“フリアに侍女を……”とか言っちゃったわけ!?
否、それにしても、殿下も殿下よ。
いくら妃候補とはいえ……まぁ、今回は何か思うことはあるのだろうけど……それでもっ!
なにも態々直属の部下を遣わさなくったって、私は暴れたりしないわよ!
そりゃぁ魔力を解放すると、自我が薄くなっちゃうこともあるわ。
そこは、認めましょう。
でも、今この通常の時でさえ、そこまで警戒されなければいけない理由は無いと思うのだけど……?
「さーあ、フリア様! 湯浴みに参りましょー!」
「え、えっ?」
「だいじょーぶです! ここに来る前にー、ちゃぁんと浴室の準備はしてきましたからー!」
「や、や、そのっ!?」
こちらの動揺など一切気にも留めず、彼女はテキパキと準備を進める。
そもそも何故、彼女はこの屋敷の間取りを知っていて、かつ、タオルや下着などが仕舞われている場所がわかるのだろう……
――え、なんか、危険な気がしてきた……
「それじゃー、いっきますよー!!」
「うわぁっ!? ちょ、ちょっとまっ――!」
「はーい、終了でーす! ではでは! わたしはこれでっ!」
「は、はぁ……」
嵐のようにやって来た彼女は、来たときと同じように寝室の扉を全開にする。
――いつの間にか新調されているこの布団達のことに触れる勇気は、無い。
「あー! そーだ、忘れてましたー!」
「な、何でしょう……?」
部屋の向こうに進みながら、彼女は事も無げに言い放つ。
「“一人でそこから降りたら、術が解ける”は、未だに掛かったままですのでー! ご注意をー!」
「――――えぇっ!!」
私の返事を待たずに、バッタン、と扉が閉まる。
あぁ、どんなに魔力操作が上達しても治癒の魔術を使えない私に為す術は無い。
どうして私は治癒系の魔術を習得できないのだろう……
彼女の最後の言葉に打ちひしがれながら、すごすごと布団に潜り込む他の選択肢は、私にあるはずが無い。




