32父から子への、昔の話。
夜会を終え、自室に戻ったはいいが、全く以て落ち着かない。
理由はわかっている。
妃候補全てと踊り終わり、やれやれと息を吐きながら与えられた席に戻ったとき、真剣な表情の父と、フリアがそこにいた。
己が戻ったことを気にとめる様子も無く二人の話は続いたので、少し迷ったものの、そのままそこに座していた。
そして、聞こえた会話の内容が、心を乱して止まない。
――“禁術”を以て、父・エルノーを“血族”として迎えました――
それは、どういうことなのか。
“禁術”とは。
それを聞いた父の反応も、不自然だった。
常に人に対して、余裕のある態度で接する父が、一瞬たりとも驚愕を見せるとは。
――私は、まだ、“ひと”で在り続けたいと、思っております――
あの、言葉の意味も、わからない。
フリアは、正真正銘、人であろう。
見た目が、“異端”と言われるだけであり、流れるその血は間違いなく人のモノだ。
異常なほどの魔力を有するが、それは“継承されたモノ”であって、人ではない理由にはならない。
そもそも、妃候補として、この宮に居るのだから、人ではない事があり得ない。
“白羽の矢”は相応しいと思われる人を連れてくるのだから。
国王である父は、全てを知っているかのように、始終対応していた。
きっと、その時がくれば、聞かずとも告げられるのであろう、この国の隠された歴史。
しかし、それまで待つなど、出来そうにない。
自室を出て、父の居室へと足を運ぶ。
おそらく、まだ起きているだろう。もしかしたら、己が訪ねてくることを見越しているかもしれない。
そんなことを考えながら、扉を開く。
「父上、聞きたいことが」
「あぁ、思ったよりゆっくり来たな、ユリエル。こちらに座りなさい」
やはり、予想されていたらしい。
促されたそこには、しっかりと茶菓子とカップが準備されている。
「父上、あの……」
「“禁術”・“バイアーノ公爵”さて、どちらから話そうか」
そう言って、一口喉を潤す。
「――“初代・バイアーノ公爵”の話をしたほうが、わかりやすいか」
そして、父は机に肘をつき、その手を組んで額を預けながら、思い出すように語りだした。
――遙か昔、初代・シェーグレン国の創始者である月神・ユエは、願い通り人々を纏め、平和な国を築いた。
荒れていた土地は、神の加護で潤い、痩せた大地にも潤いが戻るにつれて、人々は月神に感謝し、ますます崇め奉った。
だが、人の心は脆く、弱い。
十分な恩恵に与れず、苦しみを心に宿す者も少なからず存在した。
しかし、周囲にその心を理解される事無く、遠巻きにされ、さらに心は陰っていく。
心に闇を抱えた人が、段々と増えてしまった。
月神も、なんとかその者達を救おうと、手を打ったのだが……。
残念ながら、それは叶わなかった。
闇を抱え、苦しみ悶える人の心から、瘴気が溢れ、魔獣は生れた。
「――え、」
思わず口をついて出た言葉の先を飲み込み、先を促す。
一度、魔獣という恐怖の対象が生れてしまうと、人々は恐怖を抱え、それがさらに、闇を生む。
月神・ユエから、三代後の現人神の御世において、恐怖の連鎖はもう、どうにもならなくなった。
悩みに悩んだ末、現人神は神に問うた。
――なにか、手立てはないのか、と。
それに応えたのが、隣国・オズボーン国が神として崇める太陽神。
巫女を介して、現人神に告げた。
――月と太陽の力を以て、生まれ出てしまった闇を、決して上がってこれぬ程の地底へと封ずると。
現人神と、巫女は、その力を以て、両国が接する場所に、底の見えない谷を穿った。
――そして、封じた。
瘴気を放つ魔獣と、その根源たる闇をもった人、瘴気に狂い正気を失った人々を。
そうして、生れたのが“奈落の谷”だ。
だが、それだけでは終わらなかった。
“奈落の谷”が内包する闇は、深すぎた。強大すぎた。
神は、人の心を、甘く見過ぎていたのだろう。
“生”に執着するあまり、封じられたモノたちは、地底を侵し、ついに地上へと溢れ出た。
――それが“常夜の森”だ。
王都の遙か遠方、今はバイアーノ公爵家が治める領地に、それは在る。
その森の中心に、祠が建っている。
祠の下の空間は、そのままこの王都にある“奈落の谷”へと繋がっている。
そうして、地上へと溢れ出た魔獣と戦うため、神々は人に、魔力を与えた。
――神が、魔の力を与えるとは、不自然なものだが……。
人の心には、魔力がよく馴染み、神通力と呼ばれる神の力を、使うことが出来なかった。
――魔力を以て、魔を滅せ。
力を与えられた人々は、心を灼かれながら戦った。
なにしろ、今、己が対峙する魔獣は、己と同じように心に闇を持つ人の成れの果てなのだから。
もしかしたら、”あちらがわ”に居るのは己だったかもしれない。
もしかしたら、”この魔獣”は、己の祖先の一人かもしれない。
時が経つにつれて、徐々に魔術を使用出来る人間は減っていった。
戦いで果てた者もいれば、闇に耐えられず、魔獣へと成ってしまった者もいる。
ユエの代から数えて六代。
その頃には現人神である王、自らも魔獣の討伐に参加せざるを得ない状況だったという。
そして、時は流れ、ついに、彼の者が現れた。
“奈落の谷”から現れたその魔獣は、とてつもなく強大な魔力を有していた。
その当時の現人神の力を以てしても、滅することが出来るかどうか、わからないほどに。
――己が身と刺し違えても。
そう、心に決めたとき、魔獣が口を開いた。
とても、尊大に。
緋色を宿した瞳は、冷めた視線を現人神に向けて告げたという。
“我に、名を。さすれば、我が子孫は永遠にこの国を護る砦となろう”
その魔獣には、意志があった。
他の魔獣とは一線を画するその姿に、現人神は一縷の望みを掛けた。
そうして、名を与えられ、領地を賜ったのが、初代・バイアーノ公爵だ。
公爵という、王家と同等とも取れる爵位を与えたのは、“人”が無闇にバイアーノ家と対立することがないように。
“人の世”の身分制度に当てはめることによって、現人神は“バイアーノ”を護ることにした。
そして、“常夜の森”という、常に魔獣が溢れる地を護ることを命じることで、“人々”を、魔獣から護り、“人々”から、バイアーノを護った。
初代・バイアーノ公爵となった魔獣は、己の成り立ちを知っていた。
どのように生まれたのか。どうしたら、抑えられるのか。
故に、瘴気を撒き散らす“奈落の谷”と繋がる穴の上に封じの祠を建てた。
それによって、国中に湧き出す瘴気は封じられ、今の“常夜の森”と呼ばれる範囲に留まった。
バイアーノの働きによって、国は襲い来る大量の瘴気から難を逃れた。
しかし、バイアーノにとって代償は大きかった。
魔獣から人となった公爵が、人の成れの果てである魔獣を封じ、手に掛ける。
”生”を渇望する”魔獣”にとって、公爵は”裏切り者”だ。
当然、全ての悪意は公爵へと向かう。
その結果が、“バイアーノの呪い”だ。
“愛した人に裏切られると、魔力に喰われる”
“己の、唯一と定めた者が離れていくと、命を失う呪い”だ。
そして、もう一つ。
こちらが本題の、バイアーノの禁術に関して、だ。
バイアーノの強大な魔力は、人の身には強すぎた。
初代に輿入れした宮廷魔術師でさえ、次代を宿すことが出来なかった。
しかし、宮廷魔術師は諦めなかった。
次代に繋げなければ、この国を護ることが出来ないとわかっていたから。
魔術師は言った。
――私の身には、貴方の魔力は強すぎます。
私を、貴方の血族として頂きたく思います。
それを受けた公爵は、散々悩んだ末に、申し出を受けることにした。
――己の血を分け与え、血族として迎える
これが、バイアーノに伝わる“禁術”だ。
なぜ、禁術なのか。
ひとの心から生れた魔獣が、人に成り、その力を以て、ひとを魔獣へと換えるのだ。
半人半獣とも言えるが……。
それでも、己の在り方として良しとしなかった公爵は、その術を“禁術”としたのだろう。
そうして生れたのが、魔獣の血を色濃く受け継ぐ男児と、魔術師の魔力と魔獣の魔力を受け継いだ男児。
双子の兄はそのまま“バイアーノ”を継ぎ、弟は、“バイアーノ”を護るため、自ら家を興した。
それが、“マイアー”だ。
果たしてこの歴史が、両家にどこまで伝わっているのかはわからない。
しかし、今なおバイアーノとマイアーは共に在る。
そして、バイアーノは魔獣討伐の要として、国の砦となっている。
「我が、お主に話せることは、これだけだ」
もう、話す事は無い。
そう言って目を伏せる父を、呆然と見詰める。
「さぁ、ユリエル。今日はもう遅い」
促されて部屋を出たが、その後どうやって自室に帰ったのか、思い出せない。
気がつけば、窓から朝日が差し込んでいた。




