31報告と連絡と相談を。
国王陛下の御前に膝を折り、最上級の家臣の礼をとる。
「顔をあげなさい。先日、王都での魔獣の出現、事なきを得たのはお主たちの働きがあってこそ。常々のその働きは賞賛に値する」
「勿体なき御言葉」
使命に従い、行動したに過ぎない。その行為にたいしてお褒めの言葉を賜るとは……。
しかし、国王陛下に謁見するなど予定になかったので、ここからどうしたらいいかよくわからない。
とりあえず、言葉通り、顔は上げたが、膝は地面に着いたままである。
見上げる国王陛下は、まさに白亜の現人神。
真っ白なその見た目は、金色に輝く瞳をこれでもかと強調するかたちになっている。
――ユリエル様も、白かったけれど、国王陛下の方が、尚、白いわね。
などと、口にしたら即刻不敬罪でしょっ引かれるであろう感想が、心に浮かぶ。
「ところで、領地の方は、どうだ?」
「今は、落ち着いております」
「そうか。数日前、公が領地へ向かったと耳にしてな」
「ご心配をおかけ致しました。申し訳ありません。しかし、現状は落ち着いておりますので、暫くは我が領に懸念はございません」
――この場で態々こんな会話にならないようにせめて、事の顛末を文書にでもして、提出するべきだったか。
己の不手際に、舌打ちを噛み殺す。
「――我が、お主の事を、“公”と呼ぶことに関して、なにか間違いはあるか」
「いいえ。間違いはございません。――しかし、今、現在、バイアーノの領地に住まう者を、“バイアーノ”として、一旦認めては頂けないでしょうか」
国王陛下を、真っ直ぐに見詰める。
その時、陛下の隣の席に、もう一人の白亜の現人神が腰掛けるのが見えた。
「――公、理由を訊いても?」
「はい。――現在、前バイアーノ当主の血を継ぐのは、私で間違いはありません。しかし、私がこの宮に居る間は、バイアーノの当主として、領地を運営することは難しいのです」
一旦、視線を下げて、真っ直ぐに告げる。
「しかし、当主不在の公爵家では、他の爵位持ちの方々に示しが付きません。まして、”血縁者”でもない父に、公爵の爵位を預けることは、永きに渡り守られてきた制度を犯しかねない。そこで、私はバイアーノの“禁術”を以て、父・エルノーを“血族”として迎えました。故に、彼は、今、“バイアーノ”に他ありません。私が王宮に滞在している間、我が領を彼の人に預けたく思っておりますが、お許し頂けますでしょうか」
陛下は、一瞬、目を瞠ったものの、すぐに表情を繕い、厳かに告げる。
「――そうか。”禁術”を用いなければならないほど、逼迫した事態だったのだな。肉親を”禁術”で縛るという、酷な選択をさせた。――よかろう。現在、バイアーノ公爵家は正しく“バイアーノの血”を持つ者が立っている。そう、認めよう」
「ありがたき幸せに存じます」
深く、礼を。
さらり、衣擦れが聞こえたかと思うと、頭を、温かく、大きなモノが覆う。
「――顔を、あげなさい」
「――っ!」
促され、顔を上げると、スッと肩を抱かれ、立たされる。
「――バイアーノ公爵が使用する“禁術”。その術が使用されたという記憶を、我は持ち合わせてはおらぬ。もちろん我の父親からも、その父からも、伝え聞いてはいない。我が知る限り、“初代・バイアーノ公爵”が使用した記録が残っている程度だ」
「バイアーノでも、直系の当主以外は、その存在すら知らされない、禁書庫でのみ、知り得ることが出来る術です。たとえ、”禁術”で”血族”として迎え入れられて、当主の座に納まったとしても、禁書庫を見つけることはできません」
立ってなお、見上げる形で視線を合わせ、しっかりとした口調で告げる。
禁術は、己以外、誰も使用する懸念はない、と。
「ご心配には及びません。たとえ、様々な方面が人間離れしているとしても、私は、まだ、“ひと”で在り続けたいと、思っております」
――バケモノ。
どれ程、そう、呼ばれようと。
“初代”の意志を、受け継いでいる。
「――そうか」
何故か、寂しさを滲ませた表情で微笑まれる。
「――陛下、もう一つ、願いを申し出てもよろしいでしょうか」
「よい。何を望む」
バイアーノ家が抑えるべき“常夜の森”は、今暫くは大丈夫だ。
多少、魔獣は出るだろうが、ガロンが印を付けてくれる。
それだけで、領民の手で処理することが出来るだろう。
と、なれば。
私は私が与えられた場所で、国の役に立とうではないか。
「“奈落の谷”での討伐に、私も加えて頂きたいと思います。先程申し上げました通り、我がバイアーノ家が抑える“常夜の森”は心配に及びません。私は、私に与えられた場所で、最善の行いをしたいのです」
「――ふむ。確かに、バイアーノがこちらに付くとなれば、“奈落の谷”からの魔獣による脅威は格段に減るだろう……」
しばし、思案した陛下は、横でこちらの成り行きを見守っていたらしい殿下へと視線を向ける。
「――フリア嬢は、こう、言っているが。どうだ、ユリエル」
「危険があれば、わたしが必ず護りますので、お任せください」
柔らかな微笑みで答える殿下に、真顔で突っ込みそうになる。
――いや、最優先で護られるべきは貴方でしょう、と。
――私の方が、言いたいくらいです。
この身を挺してでも、必ず護ってみせます、と。
「では、決まりだ。討伐の際は声を掛ける故、そのつもりで」
「はい。ありがとうございます」
二人の貴人の前を辞し、フロアを抜けて、夜風に当たろうと庭園が見えるバルコニーで、一息つく。
「はぁぁぁぁ、疲れた……」
「お疲れ様です、フリア様」
柵に凭れかかって、だらしなく溜息を吐く私に向かって、テオ様が労いの言葉を掛けてくれる。
「とりあえず、バイアーノ家の事が、何とかなってよかったわ……」
こんな、お家騒動紛いの事態、爵位返上程度で済めばいいが、この先、あの領地の護りを解かれることになれば、“初代”からの意志を無駄にすることとなる。
それだけは、どうしても避けたかった。
「しかし、フリア様。“まだ、“ひと”で在り続けたい“とは……」
「――あぁ……」
「あ! いえ、その! 無理に聞きだそうなどとは思っていません。ただ、正真正銘、人であるフリア様が、“人”でありたい、などと、言うものですから、少し、気になりまして……」
珍しく言い淀むテオ様に、笑みが溢れる。
「ふふ、別に、隠しているわけでは無いのです。テオ様は、バイアーノがバケモノと呼ばれていることは、御存知ですか?」
「――あ、あぁ、耳にした事はあります。とても、耳障りな、言葉です。守ってもらっていながら、相手を貶めるなど、あってはならないことです」
「そう言ってもらえると、ありがたいわね。でも、テオ様。それは、本当の事なのですよ」
「――え……?」
固まるテオ様に、悪戯が成功したような気持ちで、告げる。
「“初代・バイアーノ公爵”は、“奈落の谷”から生まれ出た、“意志を持つ”魔獣だったのですよ」




