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30なるほど、世間は狭いのね。


「フリア様、こちらへどうぞ」

「ありがとうございます」


勧められた椅子に、素直に腰掛ける。


“なにかお飲み物をお持ちします”


私が座ったのを確認してから、テオ様は給仕係へと声をかけ、指示を出している。


――はぁ、さっきはとんでもないことに巻き込まれた……。


一応、人の目があるので、笑顔の仮面を深く被ってはいるが、心の中では盛大に溜息を吐く。


出来るだけ、目立たない場所に。

そう、テオ様にお願いして、会場でも奥の奥、さらに端の方に設置されているテーブルへと連れてきてもらったにもかかわらず、見事テオ様の予想通りの結果となってしまった。


しかも、目立たないようにと取った行動が、逆にいっそう目立ってしまうというオチまでついて。


まさか、王太子殿下が、あの一番高い壇上から、真っ直ぐにこの一番奥の端っこめがけてやって来るなんて、誰が想像出来ただろう。


一瞬だけ目が合ったあの瞬間に、不自然にならない程度に場所を変えておけばよかった。

今更後悔しても遅いが……。


端から中央まで、王太子殿下に手を取られながら歩く時間のまぁ、長いこと。

王宮の一室だけあって、さすがに広いわねぇ、なんて、現実逃避をするのに十分な時間が与えられた。


そして、なにより……


――“フリア、笑え”


そう言った時の表情が、何故か、ここには居ないはずのグレンと重なった。


「フリア様? なにか、気にかかることでも?」

「あ、テオ様。……ありがとうございます」


差し出されたグラスを受け取りながら、隣に腰掛けるテオ様に、先程浮かんだ考えを打ち明ける。





「気になる、と、いいますか……。なんだか、さっき、殿下がグレンに見えた気がして」

「――それは、どういう、意味で……」


私の言葉を聞いて、少々狼狽える様子を見せるテオ様に、さすがに今の発言は拙かったかと内心焦る。


王太子殿下と、ただの魔術師団員が重なって見える、など、不敬罪も裸足で逃げ出す程の事を言ってしまったのかもしれない。


私は咄嗟に、取り繕おうと口を開く。


「え、と……違うんです。その、なんと言いますか……。恐らく、私の緊張を解す為に掛けてくださった言葉が、その……。――慇懃無礼といいますが……我独尊といいますか……あ、いえ! あの……今の言葉は忘れてください!」



グレンに少しでも被害が及んではいけないと、焦ったのがいけなかった。

先程よりもさらに、墓穴を掘ったような気がする。

もう、いっそ、自分で穴を掘って埋まりたいくらいだ。


「――っく、あぁ、もう、フリア様、面白い、ほんとうに、あはっ」

「テオ様?」


なにか、テオ様のツボに入ったらしい。

暫く肩を震わせていた彼は、落ち着いたのかグラスに手を伸ばす。


「うん、フリア様の言いたいことは、わかる。うん、とても。たしかに、似てるかもしれませんね。ユリエル様と、グレンは」


――でも、あまり他人にそれを言っちゃいけませんよ。


そう、釘を刺されてしまった。

わかっている。絶対に、言えるはずがない。


恥ずかしさを隠すように、肩に掛けているストールを少しばかり引き上げ、口元を隠す。


それにしても、ダンスの最中、そこそこ動いたはずだが、ストールが落ちることも、ズレることもなかったことに、安堵する。


肩を出すことを躊躇う発言をした次の日に、グレンが差しだしてきたこれは、なにかの魔術でも施されているのだろうか。

少々動いたくらいでは、全く動かない優れものである。


――今度、なにかで埋め合わせをしなければ。


そう、思っていると突然後ろから声を掛けられる。




「あら、やっぱり。フリアさまじゃない。久しぶりね。わたくしのこと、覚えていて?」


濃い茶色の髪を、きっちりと結い上げ、髪と同じ色を宿す瞳の周りをくっきりと黒で囲って、真っ赤な紅を差した目鼻立ちのはっきりとした令嬢が、見た目同様の歯切れのよい口調で言葉を紡ぎながら、こちらに歩いてくる。



「お久しぶりですね。アメーリエ嬢」


忘れるはずがないではないか。

こんなにきっぱりはっきりモノを言う人物など。

そもそも、私の世界は広くない。

知人も、友人も、そもそも数が少ない。

数少ない関係者を忘れる程、私の頭はスカスカではない。


アメーリエ・モラン

モラン男爵家当主の一人娘。


バイアーノ領に接するもう一つの領地で、バイアーノが領地を与えられるよりも前から、その地に根付いている謂れのある貴族である。


代々、男児がその位を引き継ぐ家系で、現モラン当主には、アメーリエ以外の子供はいないので、次代を継ぐのはアメーリエの子が男児であればその子となるが、それよりも早く現当主が退けば、その弟へと爵位の継承が行われる。


ちなみに、そうなった場合、もし、アメーリエに男児が生れた場合であっても、爵位の継承権は持っていない。

継承権を持っているのはあくまでも“当主直系の男児”であるからだ。


なぜ、隣の貴族の家庭事情を、これ程までに詳しく知り得ているか、というと……


「エルノー叔父様は、再婚なさったそうね」

「えぇ」

「フリアさまの、婚約者であったガロン様も、叔父様の後妻であるロゼッタとの娘・ローズとご結婚なさったとか」

「えぇ、よく、御存知で」


――なにも、こんな人目の多い場所で態々話す内容ではないだろうに。


そうは思うが、時と場を弁えることなく、言いたいことをはっきりと物申すのが、このアメーリエ嬢である。

今更言ったところで聞きはするまい。


「よく御存知で、って、よろしいのですか、フリアさま。このままで」

「――追々、対応していく心積もりですので」


――もう、その口を閉じてくれ。

そう思う心も虚しく、アメーリエ嬢の言葉は止まらない。


「困るのですよ、フリアさま。このままでは、わたくしは“爵位を乗っ取った血族の一員”として、世間に笑い者とされてしまうのですよ!? それに、”高位の爵位を乗っ取った弟に、頭が上がらない男爵”と、御父様が世間に揶揄されているのです。ですから、いいですか、フリアさま。従姉妹のわたくしのためでもあるのです! さっさと爵位の所在をはっきりとなさってください!」

「――は、はぁ……まぁ、それも、追々、対応していきますので……」

――ご迷惑かとは思いますが、今暫く、お待ち頂けたら、と。



「フリア様、そろそろ、国王陛下にご挨拶できそうですので」

「えぇ。――では、アメーリエ様、少し、失礼致しますね」


予定にはなかったが、テオ様のフォローを快く受け取り、国王陛下が坐す場所へと足を踏み出す。


「あ、ちょ! フリアさま! もう! ……いいですか! わたくしは、髪も、瞳も、纏う魔力でさえ、“異端”である貴女の事を、疎ましいとさえ思っておりますわ。それでも、貴女がその身を以て国を護っていることは理解しているのです! ですので! 逃げの姿勢はみっともないので、早々にお止めになってくださいましね!」


アメーリエ嬢の言葉が少しずつ遠ざかる。

あぁ、やっと解放される。


「フリア様、災難でしたね」

「――えぇ、とても」


そもそも、隣の領地同士で王宮に招集されるとは……


世間は意外と狭いものだ。

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