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神統記(テオゴニア) 作者:るうるう

忍び寄る影

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絵に描いたような不定期更新です。





 坊さんは、この蛙野郎を見放した。
 カイが殺すのに任せて、それで、何がどうなるのかを(・・・・・・・・・)じっと見守り続けている。
 長い距離を無造作に引き摺ってきたので、セベロ・ガンダールという名のかつて人であった物は、いつの間にか片方の足の先が千切れてなくなっていた。加護がなくなると頑丈だった身体もただの肉でしかないらしい。髪も乱れてしまって生前の貴族然とした面影はかけらも残ってはいない。
 さしたる感慨もなく、カイは男の死体を見下ろして思案した。
 さて、こいつはどうしようか。人目がなくなる場所を探して『神石』を取り出そうと思っていたのだが……少しばかり走ったところであのしつこい『目玉』からは逃れられそうもない。
 カイは()いてそれには気付かぬ振りを通しながら、同じく森の中にまで逃げてきた灰猿人(マカク)たちを見る。別に申し合わせたわけでもないのに、そばには指揮官の姿もあった。

 「…もういいぞ。助かった」

 行動を共にするつもりなどかけらもないカイがそう言うと、肩で息をしていた指揮官がじっとカイの引きずってきた死体を見、尋ねてきた。

 「…その人族、もしやわれらの加護、盗ったやつか」
 「加護を盗った?」
 「おれたち、人族の村、奪った。…でも、神様、盗まれたまま」

 ああ、と思う。
 灰猿(マカク)人たちから見れば、モロク家の領地であったエルグ村とエダ村を奪った際に、そこの土地神も新しい支配者である灰猿(マカク)人たちのものになったという認識なのだろう。理屈は間違っていない。オルハ様と白姫様の加護は、本来的な意味で正当ではない。
 モロク家はふたつの村の土地神を村外へと持ち逃げした。どのような手段をもって加護だけを持ち運んだのかは定かではないものの、村を失って数年後にふたりの直系にその加護を継がせてしまった。
 ご当主様はオルハ様が後継にふさわしく育ったから与えたのだとみなに言ったが、特権階級だけが知るこの世界の『仕様』についていろいろと知ることとなったカイにとって、いまだからこそ見えてくるものもあったりする。

 (…『加護持ち』が死ぬと、神様の御霊は墓所に還ってしまう。両村の土地神を持ち出したはいいが数年で維持できなくなって、御霊を絡めとっておく新しい器(・・・・)を別に用意せねばならなくなった……それがたまたまあのふたりだったんじゃないか)

 前世の記憶を手繰り寄せられるようになったカイは、いままでになく深い思慮を廻らせられるようになっている。オルハ様が本当に後継候補ならば、継がせるべきは本村であるラグ村の加護であるべきなのだ。新たな加護を上書きで消すことは出来ないのだから。
 オルハ様がときおり見せるご当主様への不満げな態度は、そのあたりが原因だといえばなるほど分かりやすい気もする。

 「…これは違う。違う土地の神様だ」

 カイはにべもなく言い、もの欲しそうにしている灰猿(マカク)人の指揮官を目線で追い払う。まだ疑っているふうなので、こいつはもう殺した、もしもおまえたちの神様ならば、もう御霊はそのあるべき墓所に還っているだろう、と言った。
 理屈であるので、指揮官はなるほどと目を輝かせて、部下たちをエルグ、エダの両村に走らせた。

 「小人(コロル)族の、戦士。おまえ、とても強い」

 去り際に指揮官が大きな石斧を胸の辺りに掲げ持って、一礼した。
 灰猿(マカク)人たちがながらく攻めあぐねている人族の村に、わずかな時間で単身潜り込み、その中に潜んでいた人族の『加護持ち』をあっさりと捕まえてきたのだ。彼らなりの敬意を表したようだった。
 去っていくその背中を見送って、カイも動き出す。バレン杉の大きな木陰に身を潜め、小男の身体から『神石』を抜き取った。握ったこぶしほどの大きさはたいしたこともなかったが、持った感じがずっしりと重い。その星明かりにてらてらと光る黒みがかった丸い骨を見て、いっこうに食欲が刺激されないおのれを確認する。
 同族の『神石』は、食べる気にならない。
 その法則が生きているということは、やはりカイはまだれっきとした『人族』なのだろうということでもあった。
 さて、こいつをどうするか。手にしている『神石』を見る。
 この男を殺してから少なからぬ時間が過ぎている。さすがになかの神様は本来あるべき墓所に還ってしまっているだろうから、食わせたところでやつの加護を奪うなどということは出来ないだろう。が、それでも生き物としての格段の『レベルアップ』をもたらしてくれるだろうことは大いに期待できる。
 その恩恵を誰にやろうかと思いめぐらすカイの脳裡に、何人かの顔が浮かんだ。ポレック老、アルゥエ、そのほかの小人(コロル)族……あの鹿女はないものとして、食わせてやるのならまあアルゥエだろうか。
 『レベルアップ』すれば、その分だけ身体が強くなる。あの坊さんのように、加護を持たなくても隈取りを顕せるようになることだってあるらしい。『レベルアップ』がゆっくりとした『加護持ち』へと至る長い階段なのだとするなら、この中央貴族の『加護持ち』であった男の髄は、どれほどの特効を持っているのか分からない。あるいは土地神の加護を得られなくても、それに近いところまで身体を強くしてくれるかもしれない。

 (エルサに食べさせてみよう)

 カイは急に思い立った。
 そうすれば身体じゅうに入れられた深い傷をたちどころに癒せるかもしれない。同族食に対する忌避感は、黙っていれば分からないのではないかとも思う。
 カイは決意とともに再び行動を開始する。『目玉』がしつこくついてくるものだから、谷へは向かわない。
 カイが村へと引き返しだしたのを知って、『目玉』の向こう側で坊さんが舌打ちしたように感じた。
 変装の小人(コロル)族の衣服は畳んで近くの木のうろに隠し、本来の村人の姿に戻ったカイは、それでもすぐには見つからないように村近くの畑の茂みに身を隠すように移動した。
 例の蛙を仕留めた(きび)の畑のあたりにまでやってくると、すでに村人たちが大勢壁の外にまで出てきていて、少なからず倒した灰猿人(マカク)の亡骸を捜索回収しているのが見えた。だいぶ畑を荒らされたものの、いくらかの『神石』を回収できれば、気持ち的には帳尻が合うだろう。
 カイはその人の動きに単純に紛れることはしなかった。カイ班が防壁の上で奮闘していたのを見た後なので、班長たるカイが『行方不明』であることは大勢が知っていることだろうと思ったからだ。
 素早く算段し、カイはある場所へ向かうことにした。
 裏から潜り込み、誰の目にも止まることなく城館2階の客間のひとつ、あの坊さんの部屋へと滑り込んだ。カイの行方が途切れたのは坊さんのところからであり、その糸が切れた場所から再び姿を現すのがもっとも違和感のないやり方だと思ったのだ。
 客間には人の気配はなかった。まああの坊さんも防壁の上に出ていたのだ、そういうこともあるのだろうと思った。そうして改めて城館での村人らしい行動に復帰(・・)しようと思った時だった。
 廊下から坊さんが姿を現した。

 「…見事目的は果たされたようですね」
 「………」

 『目玉』でずっと付け回していたのだ、カイの動向はしっかりとつかんでいたはずである。部屋にカイが入ったのを見て、急いでこちらにやってきたのだろう。
 服の裾を払いつつこちらの様子を伺ってきた坊さんは、カイの面にはっきりと敵意が浮かんでいるのを認めて、「困ったな」という感じに肩をすくめて見せた。

 「…わたしは決して、このことを誰にも言わないと誓いますよ」
 「………」
 「…できることならば、いまお持ちの『石』も、僧院に喜捨していただければと願っております」

 まあここまでのカイの行動は筒抜けなのだろう。それはもうしかたがない。
 しかし今後についてはそうもいかない。このまま監視され続けると谷にもめったなことで帰れなくなってしまう。それだけはけっして受け入れられない。
 『加護持ち』としてのおのれの在り方を曲げられるに等しいからだ。

 「…『目玉』をオレに付けるな」

 カイの中で明確に殺意が膨れ上がる。
 いざとなったらさっきのことをまた繰り返すだけだと心に決める。血を流さない殺し方(・・・・・・・・・)で『加護持ち』を殺せることは経験した。
 カイの真意を推し量るようだった坊さんは、やがてため息をついて「見えていましたか」とあまり残念でもなさそうにつぶやいた。

 「…気配を気取られることはいままでにもままありましたが、『術』そのものをそこまではっきりと見られたのは初めてです」
 「いいか、もう二度とその技をオレに向けるな」
 「…その目の良さ(・・・・・・)は、やはりカイの『象形紋(グリフス)』の特効によるものなのでしょう。…ほんとうに優れた『御柱』のようですね」
 「………」

 坊さんはやはりいろいろと知っているらしい。
 好奇心がうずきだすのを抑え込みながら、カイは初撃で坊さんを捉えられる位置へとゆっくりと移動する。その動きに合わせたように、坊さんは後ずさる。
 あの明らかに上手であった鎧武者に打ち勝ったカイに、何かの隠し玉があることは分かっているのだ。警戒されても仕方はなかったろう。

 「もう一度言いますが、統合王国の貴族になる気はありませんか? そうすればもう大手を振って力を使えますし、あるいはこの村の領主のように人よりもぜいたくな暮らしだってできるようになります」
 「…ならない」

 谷にはもう谷の神様に帰依した亜人種が二つもいるのだ。人族に混ざる代わりにあいつらを殺せと言われても、カイは受け入れることはない。ゆえにもうこの誘いは論外であると言える。
 それに谷の神様がほかの神様の下につくなどということを(がえ)んじるはずはないとも思う。谷の神様の矜持(きょうじ)は天を衝くほどに高い。

 「…分かりました。明日にもわたしはここを去りましょう」

 百眼の技はせいぜい数十ユルドを見通す技でしかない、それに自分はもうこの村を発ったら中央の大僧院に帰ってしまうので、一千ユルドの距離の壁がカイを守るでしょう……そう坊さんは言った。
 おためごかしを、とカイはなおも殺意を捨てなかったが、続けられた言葉にさすがに気持ちをくじかれてしまった。

 「明日になれば巡察使様の逐電が村中に知られるでしょう。そうしてカイ、今夜のあなたが防衛戦に姿を現さなかったことを弁護できるのはわたししかいない(・・・・・・・・)のだということを忘れないでください」

 カイは歯噛みした。
 たしかに、カイには犯行に至る動機があまりにも明確にありすぎた。巡察使の行方不明と、カイの謎の不在、そして公然の仲であったエルサという少女がその巡察使になぶりものにされた事実を知らされた直後であったということ。
 あまりにも分かりやすい容疑者であった。

 「わたしがあなたの嫌疑を払って差し上げましょう。随行の方々やモロク家のご当主に、口が利けるのもわたしぐらいのものでしょう。わたしの命を贖うためにも、ここで大きな『貸し』をカイに押し付けておくのがよさそうです」

 (こいつを殺せ!)

 谷の神様が叫び続ける。
 しかし現実というのは、いろいろと思うに任せられないときが多い。

 「カイとは長い付き合いになりそうです」

 ふふふと笑った坊さんに、カイは舌打ちで応じたのだった。
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