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神統記(テオゴニア) 作者:るうるう

忍び寄る影

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 灰猿(マカク)人たちが盛大にやりだした。
 やつらは強力な膂力(りょりょく)で石斧を振り回す攻撃を得意にしているが、その人族よりもずいぶんと長い猿臂(えんぴ)を利して、かなりの遠方から投石してくるのがまた厄介であった。
 灰猿(マカク)人たちもけっしてバカではない。いくらおのれの針金のように硬い剛毛が生半な攻撃から身を守ってくれると分かっていても、むやみに命を粗末にするような戦い方はしなかった。
 彼らにしたら、ラグ村への侵攻は攻城戦に近かったろう。ゆえに夜闇に紛れて村に接近し、投石を行うことで防壁の上の兵士たちを排除することが最初の攻撃となった。
 カイはその攻撃の様を後ろから眺めることとなって、ラグ村の弱点をいろいろと知ることが出来た。

 (…そうか、麦畑のあぜがそのまま防塁になるのか)

 村人たちの生活を支える大事な畑が、村のすぐ近くにまで作られている。
 辺土にはわりと長い雨期があり、水はけを良くするためにあぜと畑の境界には深めの窪地が多く作られている。灰猿(マカク)人たちは村に近付くや迷わずその窪地に飛び込み、伏せながら運び込んだ石を投げつけている。
 村人に死人を出すつもりがないカイであったが、灰猿(マカク)人たちの投石が殺人的な威力を持って防壁の上の兵士たちを逃げ惑わせているのを見て、急いで行動に移ることにする。
 灰猿(マカク)人たちの攻撃は、カイが要望したことにより村の正門付近に集中している。当然のことながら村の防戦もそちらが主となりつつあり、裏手を守っていた兵士たちも徐々にそちらへと移動しつつある。その様子をうかがいつつ、カイは手薄な裏側へと回った。
 むろんカイには村人ならではの侵入計画があった。
 村の裏手は、カイが夜中に谷へと向うときに良く使う、物見兵の死角となる場所がわずかながらにあるのだ。それは村の内側に採取目的で植えられた薬草園の木々が作った『物陰』だった。城館の裏手にある薬草園は夜中に人目が少ないのもそうなのだが、防壁の近くに何十年もかけて育ってしまったシュレの木が、壁を越える際の動きを物見兵から隠してくれるのだ。
 慎重に防壁の上の兵士たちの動きを見極めて、その警戒の途切れる一瞬をカイは見逃さなかった。恐るべき跳躍力で高さ5ユルはある石壁をひとまたぎに越える。わずかな『風』を感じた兵士が幾人か振り返ったが、もうそのときにはカイの姿はない。
 村の内側はもう勝手知ったる場所であるから、すぐに人目の届かない物陰を伝って移動を開始している。そして城館に近づくほどに視線が多くなったので、カイは普通の者ならけっして取りえないだろう経路を『加護持ち』の身体能力で選択した。

 (屋根から行こう)

 わずかな手がかりだけでするすると城館の屋根上にまで至ったカイは、見慣れないその大屋根の形を見て、目的地の場所のおおよその見当をつける。
 あの蛙野郎のいる部屋は、屋根裏部屋を除けばおおよそ3階建てである城館の2階、見晴らしのよい正面玄関の上の辺りにある。玄関の屋根がそのまま賓客用のテラスになっている。
 近寄ってそっと下を見下ろすと、そこには兵士が何人も待機していた。そういえば城館を守るときに、そこは(やぐら)代わりにされるのだった。
 少し思案して、カイは戦闘の起こっている正面側ではなく、やや離れた側面の窓から侵入することにした。3階は全部、領主家が占有している。見ると都合よく開いている窓があった。

 (…人がいたら殴って気絶させる)

 そう決めて、カイは屋根の縁を掴んで曲芸のように足から窓へと侵入を果たした。そうして、そこで恐れていた人目とぶつかった。
 反射的に殴りかかろうとして……目を見開いてこちらを凝視している見知った人物の姿を見て、その動きが止まった。

 「…な、何者」

 誰何(すいか)の声を上げそうになった少女の口を抱える込むように肩で押さえ、強引に壁際へと押し込んだ。そのとき鼻に絡んだ白銀の髪からは、場違いな花のような香りが立った。
 領主家の姫、白姫様だった。
 殴り飛ばそうとしていた気があっさりとくじけた。困惑するものの、ここで手を離したら人を呼ばれるのは間違いなかった。

 「…あ、あなたは」
 「黙れ」

 抱く腕に力を込めて、開きかかった白姫様の口を再度ふさぐ。
 体勢的にカイの口元が白姫様の耳元に近付けられる格好となった。カイの恫喝に、白姫様の身体が震えるのが分かった。

 「おまえに、用はない」
 「………」
 「オレはただ、ヤツを……この村にいる蛙野郎を殺しにきただけだ」

 一瞬びくりとその身を震わせた後、白姫様は身体から力を抜いたようだった。その止まっていた呼吸が戻った。
 カイが手心を加えているのも原因であったが、彼女の加護の力が強力な束縛のなかでの身動きを可能にした。動きにくそうに、しかしはっきりとカイのほうを見た白姫様は、そこに見たこともない異形の仮面を捉えてまた少しだけおののいた。

 「騒ぐな。騒いだら殺す」

 焦るカイは訳が分からなくなりつつある。殺せもしないのにそう恫喝してしまって、それに怯えを見せる白姫様に自分まで困惑してしまう。
 落ち着け、落ち着け。
 カイは戦場で我を見失いかけたときの対処法を試みていた。深呼吸しつつ、やり遂げねばならないことを念ずるように唱える。
 オレがやらねばならないのは、蛙野郎を殺すこと。
 村人は殺さない。
 正体はばらさない。
 なめべく見つからないように動いて、やり遂げたらさっと逃げる。
 それで終了だ。
 いきなり白姫様に見つかってしまったが、まだ正体はばれてない。ならば彼女を黙らせて次の行動に移らねばならない。
 幸い白姫様も『加護持ち』である。少々手荒にしても、死ぬことはないだろう。そう算段して、カイがそれを行動に移そうとしたときだった。

 「…あいつを、殺すの」

 ぽつりと、白姫様がつぶやいた。
 そうして憔悴しきった眼差しでカイを見て、薄く笑いさえしたのだった。

 「なら、手助けする」

 抵抗するようにカイの肩の肉を掴んでいたその指が、爪が食い込んだ。
 カイが『加護持ち』でなかったら、もしかしたらそのまま肉を引きちぎられていたかもしれない。それほどまでの激情が白姫様の紅玉のような瞳に宿っていた。

 「やつを殺して」

 はっきりと、彼女は口にしたのだった。



 道案内をされた。
 カイはそうしてあっさりと蛙野郎のもとにまでたどり着くことが出来た。
 戦いの最中であるというのに、その部屋の中からは場違いな笑い声が聞こえてくる。酒でも飲みながら、外界の他人事でしかない殺し合いを眺め見て楽しんでいるのだろう。
 白姫様は歯を噛み締めたのも一瞬、こっちを見て一度頷いて見せた後、部屋の扉をノックした。
 そうしてなんでもないかのように部屋へと招じ入れられ、ややして衣服を身に引き寄せた若い女を連れて外に出てきた。反射的に身を隠していたカイに向けてだろう、「もういいわよ」とつぶやいた。
 白姫様たちが去って、静かになった部屋にカイはするりと侵入した。
 なかにはあの蛙野郎……都から来た巡察使が、着崩れた身なりで開け放った窓から外を眺めていた。その手には、手酌しているのだろう村で貴重品の酒が雫を光らせていた。
 セベロ・ガンダール。
 王命を拝した巡察使であり、土侯という家格を持つ中央貴族でもある。
 その神格は、《五齢神紋(シンクエスタ)》。
 兵士たちに噂として伝わっているこの男の情報である。ご当主様をも超える《五齢神紋(シンクエスタ)》の持ち主にしては、その背中はあまりに無防備であった。
 鍛錬とは縁遠いふくよかな肉付きと、だらしなく垂れた肌。
 そして殺気の塊であるカイの接近に際しても、まったく気付いたようなそぶりもない。ただお気楽に、下界の殺し合いを見て楽しそうに笑っている。

 (…やつを殺して)

 白姫様はカイに願った。

 (村の外(・・・)で殺して)

 ラグ村が怨みつらみで殺したと思われないように。
 都から追求されても、苦しくとも何とか言い逃れできるように。
 もとより、村に迷惑をかけようなんて考えてもいない。
 目の前のテラスに続く大きなガラス戸は開け放たれている。人が楽々と通り抜けられるほどの大きな開口部。その外には、屋根からも見えた弓を構えた兵士たちの背中がある。
 カイの手が、そろりと伸びて巡察使の首を鷲掴みにした。
 ひぐっと、巡察使の呼吸が止められた。
 カイの恐るべき怪力にとって、小男の重さなどまさに取るに足らなかった。もう片方の手を巡察使の腰帯へと添えて、カイはその全力で醜い肉の塊を投擲した。

 「はぇ?!」

 間抜けな声を残して、一瞬の後には巡察使は空中高くに放り出されていたのだった!
うむ。書いてても面白い。
感想よろ。
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