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神統記(テオゴニア) 作者:るうるう

忍び寄る影

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 どこかで、誰かかすすり泣いている。
 押し殺したようなその悲しみのさざ波は、会話の少なくなった城内に沁み渡って、どうしようもない沈鬱さを伝染させていく。
 いま泣いているのは、殺されたセレとシーニアの同室の子たちであろうか。あまりに突然に与えられた死という現実に、意識がついていかないのだろう。
 現実感が乏しくなりかけているのは、わたしも同じか。

 (…ふがいない)

 ジョゼはおのれの小さな手を見る。
 生まれつきほとんど日に焼けない肌は血の気もなく、指を握ったり閉じたりを繰り返してようやくおのれがまだ生きているのだと実感できる。

 (わたしには、ほんとうになんの力もない)

 村では恥ずかしくも白姫様などと呼ばれて、その『肩書』が許してくれる雰囲気に流されるままに揉め事に口を出したり、村人が言いにくい要望をそれとなくお父さまに伝えたりと、『よくできた姫様』を演じているのだけれども、周囲が期待してくれているほどの力を、自分がはたして持っているのかという疑問は常に頭のどこかにあった。
 本当に、なんの力もないただの小娘なのだということが最近特によく分かるようになった。

 「…もう姫様は、お休みになられたほうがおよろしいのでは」
 「…今日の『お相手』は誰だったかしら」
 「…サリーです。『あの方』の文句が一番少ないので…」
 「くれぐれも気を付けるように伝えてください。もしも命の危険を感じたら、まず何よりも一番に自分の命を救うことを考えて、アデリアかわたしのところに逃げてくるように、と」
 「はい、かしこまりました」

 《女会》はいまどうしようもないくらいにピリピリとしている。
 意に染まぬ相手に村のため皆のためと身体を開いているのは、夫を失ったばかりの数人の若い女たちだった。彼女らの不安は当然ながら高まっている。
 少し前に同じ境遇にあった仲間ふたりが、ただ騒動の近くにいたという不運だけで命を奪われてしまったのだから。
 もう誰ひとり、『あの方』の夜の相手を務めたいという者はいない。いままでだって《女会》で決められ、モロク家の夫人方から村のためだと懇請されるから、泣く泣く勤めを果たしていただけに過ぎない。 皆、堕胎の薬を過剰なまでに欲しがって、薬草の在庫を切らしてしまうほど種を付けられることをいやがっていた。
 『あの方』たちの逗留が当初の予定よりも延びているのも問題だった。別調査のお坊様を連れてきているためというのもあるのだけれども、嫌がらせで滞在を延ばしているというようなことを、女が嫌がるからという理由でわざと寝物語に囁いたりするのだという。
 なんていう男なのだろう。なんでこの期に及んであんな男の言いなりにならなければいけないのか、いまの状況が本当によく分からなくなってくる。
 ジョゼは不意に生々しく思い出された半刻ほど前の一幕に、わなわなとその身を震わせた。震えを止めるために、おのれの身体を抱きしめた。

 「たかが村の女(・・・・・・)のひとりやふたりのことで、まことお優しいご息女であられるな」

 もうこれ以上のご無体はおやめください、ご要求されているような新たな『生娘』を差し出すことなど、とうてい受け入れかねます……反対するお父さまの目を盗んで直談判に及んだ彼女であったが、この村に巡察使としてやってきたはずの小男は、彼女のまだ完全には熟れていない身体を舐めるように見回した後に、嫌味がましくそう言ったのだった。

 「このことをヴェジンどのはお知りなのかね」
 「……わたくしの一存です」
 「…ならばここは聞かなかったことにいたしましょうぞ。まるで吾輩(わがはい)が恥知らずにも夜伽女を要求したかのようなもの言い、王のご使者に対して失礼に過ぎるとはお思いにならぬか」
 「…そんな……要求しているではないですか!」

 形の上では、女を差し出したのは村のほうから率先してということになっている。しかしそんなものは賓客の歓待にはお約束のことであったし、こんな何もない貧しい田舎にはそもそもそれ以外に差し出せるものがないのだ。
 この小男が執拗に『要望』を繰り返して、『エルサという生娘』を伽に寄越すようお父さまに迫ったのは間違いない。貴族ならではのもったいぶった言い回しで婉曲(えんきょく)に要求し、実際にそのような言葉を口にはしなかったのかもしれないのだけれども。地位をかさに着た強要は強要であった。
 そして当のエルサは『生娘』でなくなればという周囲の浅知恵にすがって、ついにはあの惨事が起こってしまった。
 あれだけの血を流させながらも、『あの方』は女漁りをやめるどころかさらに嫌がらせを楽しむかのように、度を越した要求を繰り返すようになった。
 男はいい。客がそういうのだから仕方がないだろうとうそぶいていればいいのだ。その要求をかなえてやらねばならない女のほうはたまったものではなかった。
 《女会》はいま大荒れである。主に怒りの声を上げているのは狙われているとはっきりしている若い女たちで、その気炎に当てられてお母さまをはじめとしたご夫人方はとうとう部会から逃げ出してしまった。
 ジョゼは領主家の一員としての責任を果たそうと彼女らの先頭に立ち、ついに『あの方』との直接交渉に及んだのだが……結果的には交渉らしい交渉もできずにすげなくあしらわれてしまったのだった。

 (…『生娘』を与えねば村を出ていかないというのなら、最後はこの身を捧げれば)

 部屋にはいま、ジョゼ一人のみである。
 おのれの大切な純潔をあの人を人とも思っていないおぞましい男に捧げることを想像して、抱えた両腕を引き寄せて震えを我慢する。エルサの気持ちも痛いほどわかる。そんなことは到底あり得ない(・・・・・・・)
 誰でもいいから助けて。
 誰か何とかして。
 はらりと最初のひと粒が頬を流れ落ちると、目尻から次々ととめどもなく涙が零れ落ちた。
 しばらくそうして泣き続けていたであろうか。
 束の間、城内が静まり返ったように感じた。

 「敵襲だぁぁぁ!」

 叫び声と、危急を知らせる打鐘の音。
 部屋の外の廊下を走り抜けていく慌ただしい足音とざわめき。
 ジョゼは撥ねるように椅子から立ち上がって、窓にとりついた。いままさに村の防壁の上に、兵士たちのかがり火が列をなして広がっていくところであった。
 ジョゼは目を(すが)める。『加護持ち』の優れた視力が、暗闇の海に沈む壁の外の世界をはっきりととらえていく。
 彼女が見たのは、ある意味見慣れた敵の姿……灰猿人(マカク)族の夜襲だった。


***


 灰猿人(マカク)族の夜襲……それはラグ村の近辺ではままあることだった。
 多少規模が大きいとはいえ、ラグ村には土地神の御霊が3柱も隠されているのだから、彼らがその奪取を諦めることなどまずあり得なかった。
 彼らは村を虎視眈々と狙い、近隣の森に常に一定数の兵を張りつかせている。その数はこのところ増加傾向さえあった。前に真理探究官ナーダがオルハに語った灰猿人(マカク)たちの大きな動きは、やはりラグ村を攻め滅ぼすための準備であるに他ならなかったのだ。
 そしてその夜、灰猿人(マカク)たちの軍勢規模は100を超えていた。
 が、堅牢な石壁で囲われている、半ば砦のようなラグ村を攻め落とすにはまだまだ足りなかった。灰猿人(マカク)たちの計画では、さらに数倍の規模にまで軍勢を増やすまで、そのまま森の陰に待機を続ける手筈であったようである。
 そこに不測の事態が発生することなど、誰が予測しよう。

 (亜人の襲撃に見せかけないとな)

 村人は一人も殺さないという厳しい条件を前に、村への襲撃をためらっていた小人(コロル)族ふうの男は、森の中に集まっていた気配を察知して彼らに接近し、酷薄にも彼らを全面的に利用することを思いついたのだった。

 (この人数なら村もとりあえず跳ね返せるだろ。その隙に入り込む)

 小人(コロル)族ふうの男……当然のことながらそれは変装したカイなのだが、灰猿人(マカク)たちの集団の後背の森の闇に潜みながら接近し、草を敷いた簡易の寝床でメスらしきのとくんずほぐれつしていた指揮官に後ろから容赦なく拳骨を食らわせた。
 そうしてそいつの首根っこを掴んで立っているカイを見て、素っ裸(?)のメスが悲鳴を上げて飛び出していった。指揮官が抵抗のそぶりを見せたので強引に地面に顔を押し付けながら、無様に丸出しの赤い尻を蹴りつけてやった。
 指揮官は当然ながら『加護持ち』の戦士であったが、体格的に圧倒的に小さいカイに無造作に虐げられ、抵抗もままならないことに、押し付けられた顔からくぐもった叫びを上げだした。
 こいつも人族語が話せるかもしれない。
 カイはポレック老やアルゥエとの付き合いで、多少の小人(コロル)族の会話は片言で真似事ぐらいはできるようになっている。なので最初は少しだけ小人(コロル)族ふうの会話をしてから、突然言語を人族のものに切り替えた。
 非力で侮られている小人(コロル)族の言葉よりは、人族の言葉のほうが知っているだろう? とでも言う感じに。
 案の定、命の危険を感じている指揮官はたどたどしい人族語を話し始めた。
 よし、とカイはいったん指揮官を解放した。

 「***ッ」

 相手が小人(コロル)族だと知って、灰猿人(マカク)の指揮官は急にいきりたち始めた。その赤ら顔に隈取りが浮かび始める。しょせん前線の部隊を任される程度ならそんなものなのか、谷にやってきた豚人(オーグ)の指揮官よりも隈の密度の薄いやつだった。
 カイもまた、『加護持ち』同士のあいさつとばかりに、おのれの隈取りを顕した。変装用の仮面は目から下を覆うような木彫りのもので、額は完全に露出している。
 カイの隈取りを目にした瞬間に、灰猿人(マカク)の指揮官は神格の隔絶を悟ったのだろう、迷うことなく逃げ出すそぶりを見せた。
 むろん逃がしたりはしない。背中を見せようとした瞬間に腕をつかみ、膝の裏を蹴飛ばしていた。てきめんに体勢を崩した指揮官は、強制的に正座させられるような格好になって、カイの不気味な仮面を見上げることになった。

 「…あの村に、殺したいやつがいる。手伝え」
 「……ナ、ナニヲ」
 「いいから手伝え」
 「………」

 適当に村を襲え。
 そしてしばらくしたら逃げてもいい。そのあいだに中に入って、狙うやつを殺す。
 カイの要求はその程度のものだった。命を捨てることさえも求めなかった。

 「…手伝わなかったら、追い回して殺してやる」
 「………ワカッタ」



 かくして、その夜の灰猿人(マカク)たちの夜襲が突発的に始まったのだった。
さあ盛り上がってきました。
感想下さいませ。
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