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神統記(テオゴニア) 作者:るうるう

谷の神様

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 「…なんだよ、ぜんぜん足りねえよこれじゃ」
 「…やめとけって。おい」
 「一日身体使って、これじゃ持たないぜ。せめてもう少し…」
 「…ごめんなさい。減らさないと全員に行き渡らないから」

 夕食の配膳係の娘が、ねだる兵士らに申し訳なさそうに頭を下げる。
 今日の夕食は、薄いスープと半分に割った固焼きパンだけだった。その小さな騒動にほとんどの兵士たちは関心さえ向けない。

 (…まあ、去年もそうだったからなー)

 カイの班もすでに貰う物は貰ってテーブルについている。最近女性陣の優遇を受けていたカイの皿にすら、同様の物しか載ってはいない。本当に村の食糧事情が逼迫しているのだ。

 「あの蛙野郎は、いつまでいるつもりなんだ」
 「知るかよ。お調べが終るまでだろうよ」
 「…オレ聞いたんだけどよ、このスープ、蛙がまずいとかいってぶちまけたのの残りを薄くしたやつらしいぜ。どうせ少ししか喰わねえくせに、出す料理が減ると喚き散らして給仕役の娘を叩くらしい」
 「…夜の相手も大変なんだろ? 影で泣いてる女を見たぜ」
 「………」

 都の贅沢に慣れきった賓客が辺土を訪れると、厳しい食糧事情も知らずに無神経な要求を繰り返すことが多い。とくに王家の力が及びにくくなったご時世である、かれらのそうした無体な要求はおのれの権力の脆弱さに対する不安の裏返しでもあっただろう。
 その例に漏れず、今年の巡察使一行も相当にひどかった。たった数人の奢侈(しゃし)で村が傾きかねない笑い話では済まない事態になりつつあるのだった。

 「女か…」
 「おいおい、カイが分かったような顔してんぜ」
 「やめとけって。カイはまだお子様なんだからしかたねえだろ」

 班の仲間はみなカイより年上なので、すぐに分かったふうな口調で小ばかにしてくる。半分冗談とは分かっていても、むっとしたらカイも我慢はしない。

 「おまえら、明日しごく」
 「「………」」
 「はい、おまえら死んだなー。お気の毒」

 腕組みして偉そうなマンソの指摘に、仲間たちの口もとにわずかな笑みの花が咲く。みなしてぷっと吹き出して、忍び笑いに肩を揺らし合った。
 減らされた食事に不満を覚えつつも、兵士たちはそれでもおおむね事態を受け入れてはいた。兵士にしてみたら食事の量を減らされたのを、次の何らかの収穫があるまで我慢すればいいだけのこと。個人の忍耐力でどうにかなることだったからだ。
 しかし村の女たちにはそういうわけにもいかなかった。
 土地に居つきもしない客人に手慰みに種を付けられても災難でしかないからだ。女を娯楽の道具ぐらいにしか思ってもいない身分の高い客人であるのならなおさら、記憶にも残されることなく捨てて出て行ってしまうだろう。
 薬草を煎じた堕胎薬も身体に悪い影響が残る。できることなら生涯の相棒として頼れる男との間に子をなしたいと彼女らは願っている。
 カイの眼差しを受けて、配膳係の娘がもぞもぞと居心地悪そうにする。自分はまだ手を付けられていない、疑わないでくれとでも言っているようだ。
 彼女たちが立っているそのすぐそばの領主席では、兵士らより多少はマシ程度の量の食事にむすくれているご当主様の子らと、難しい顔で考え込んでいるふうの白姫様の姿がある。
 ご当主様にオルハ様、夫人らの姿もそこにはない。
 みな賓客らの食事の席に同席して、その勘気を散らそうと努力しているらしい。白姫様がこちらの席にいるというのは、半分以上彼女が客人らの目に触れないようにわざとやっているのだろうということは分かる。
 さすがに領主の娘にまで夜伽を要求するほど厚顔な客は少ないと思うのだが……彼女の場合はどうやら逆の理由からのようだった。

 「…白姫様が巡察使様とやり合ってるらしいぞ」
 「その話、やっぱマジなのかよ」
 「カロリナ様は客に面と向かってはなんも言えないみたいでさ、白姫様が矢面に立って抵抗してるって聞いたぞ……蛙野郎が『生娘』狙ってるらしい」
 「…後家さんだけで満足しろっての」

 村には男に早死にされた後家が割と多くいる。こういう嫌な役回りは、比較被害の少ない彼女らにお鉢が回りやすいのだが、《女会》で順番を決められて拒否できない空気になってもいやなものはいやと泣く後家さんも多い。
 当たり前だ、彼女たちも新たに若い男を捕まえられるかもしれないのに、変な目で見られかねない役回りははっきりと損でしかないのだから。

 「…そして父祖伝来の土地にいまし、雄雄しき土地神の御霊に…」

 白姫様の食事前の祈りが始まった。
 彼女の涼やかな声が食堂に響くと、そこにいる全員が神妙な面持ちで復唱し始めるのだった。


***


 村での食糧事情が逼迫するなか、ある指示が兵士たちの間に下った。
 誰もが『一時的な口減らし』だと直感したその命令は、巡察使と同じく村に滞在中の真理探究官、ナーダという僧官の調査要請に沿うという形でご当主様から発された。

 「森の深部に分け入る。選抜は(くじ)で決める」

 森の深部に入る、というのはかなり恐ろしいことだった。
 人族は身体能力に(まさ)る亜人種たちに対し、集団戦で不利を補うことでようやく伍している。その『集団戦』に森の中は向いていないのだ。
 ゆえに人族はおいそれと森深くには入らないし、開けた土地に集中しているからこそ土地を守れているという見方もできた。分け入っても一刻ぐらいで抜け出せる深さまでが、人族の普段の活動領域だった。
 20ほどある班のリーダーが集められて、細い棒に色をつけただけの籤を引いていった。カイの班は実力ならかなり上位にあるのだが、カイ自身がリーダーとして新米であったので、籤を引くのを最後にされてしまった。
 そうして当然のように、カイの班は残り一本を引かされて、有無も言わさず選抜に選ばれてしまった。実はこの『棒籤』なのだが、使い込まれているせいで当たりがなんとなく分かってしまうという『ずる』が存在しているのだ。年配者がきつい任務を拒否できるという緩やかな『逃げ』が用意されているといったほうがいいのか。
 新米というだけで危険な仕事のお鉢が回ってしまった格好だった。
 ただし危険な仕事となるので食料の配分には少し優遇を受けるし、森の中での偶発的な食糧確保という可能性もなくはなかった。季節は一番実りの多い時期であったし、木の実や山菜、脂ののった獣などが手に入る見込みも大いにあった。
 深部の死の危険と天秤が釣り合うかどうかといわれれば、そこはもう個人の感じ方の違いでしかなかったろう。

 「喜べ、山林檎が食べ放題だぞ」

 説明しかねてもごもごしていたカイの代わりに、マンソが言いにくいことを言ってくれた。仲間たちも半ば覚悟はしていたようで、喜ぶふりをしてくれる。
 いい仲間たちだった。
 そうしてわいわいと仲間たちとともに旅装を調え、武器の手入れを各自入念に行う。次の日の朝には出発ということで早めの就寝を促されていたのだが、命のかかっている緊張で誰も寝ようとはしなかった。
 カイはマンソに遠征の間の糧食を分捕ってこいと言われて、食料庫へと向かった。黙っていても朝には支給される糧食であったが、先に選んでおけば腐ってないやつを貰えるし、もしかしたらおまけだってつくかもしれないとマンソは言った。
 こういうのもリーダーに必要な世知なのだろう。厨房そばの食料庫にはすでに先客が幾人もいて、赤髪の大柄な女と盛んに言い合いをしていた。
 その赤髪の女はアデリアといい、《女会》三女傑のひとりと目されているかなり強烈な人だった。大人子供を問わず『しつけ』と称してぶん殴ってくるので、不用意な発言には注意せねばならない。彼女は村の食料の管理者であり、兵士筆頭のバスコの奥さんだったりする。

 「…おまけは干した芋ひとり3切れだ! それ以上は付けないよ」
 「そんなもんだとすぐになくなっちまう! せめてもう10切れはつけてくれ!」
 「話にならないね。ちゃんと決まった糧食は渡すんだ、嫌ならそれで我慢おし!」
 「…ちっ、…くそばばあ」
 「…ああん?」

 アデリアが「何か言ったか」とでもいうように、その軽率な男に耳を近づけるそぶりをした。口ごもったその男にそのまま鋭い頭突きをかまして、「むかついたから出直してきな!」と言い放つ。
 食料の管理権を握っている彼女の立場は恐ろしく強い。見物していたやつらがげらげらと笑いだす。
 と、そのときアデリアがカイのほうを見た。
 少しだけ思案するふうだったその顔が、面白そうに小さな笑みを作って、こっちへこいと手招きをしてきた。
 逆らうわけにはいかないとなんとなく思ってしまって、カイは促されるままに近付いた。耳を貸せと手振りされ、耳元で囁かれた。

 「…あとで干し芋をやるから、あんた少しの間食料庫の仕事手伝ってくれるかい」
 「…オレ、忙しい…」
 「いいから、手伝いな。あっちから中に入っとくれ」

 強引に抗弁を遮られ、手伝いを強要された。
 たしかにカイが注目の成長株で、かなりの怪力であることは村で知られている。おおかた荷物運びさせられるんだろうといわれるままに食料庫へと入ると、そこにはアデリアの部下らしい少女たちが忙しく立ち働いていた。
 そのなかのひとりがカイの姿を見つけると、すごい勢いで近寄ってきた。

 「こっち来て」
 「…なんで」
 「いいから!」

 食料庫はかなり広いのだが厩みたいに房が分かれていて、奥のほうには人目に付きにくい暗がりがいくつもあった。
 カイが連れてこられたのはその一番奥だった。暗いといっても灯明はともされているから、作業に支障はない程度には明るさがある。
 そこに見つけたのは、以前配膳係の時にカイの皿を山盛りにしてくれた少女だった。そういえば近頃見たことがなかったなと思い返しているカイであったが、少女のほうはというと彼の姿を見て、上げた顔を涙でぐしゃぐしゃにしだした。
 そうして胸にぶつかるようにして抱きつかれ、何がなんだか分からない。
 いつまでも無言の少女に、そばにいたもうひとりの少女が言葉を添えた。

 「…カイくん、エルサを慰めてやって」
 「………」

 いや、ちょっと、分からないんですが。
 女性の柔らかさとえもいわれぬ匂いに、くらくらとする。

 「エルサが指名されてるの」

 続いた少女の言葉の意味が、すぐには分かりかねた。
 そのときぎゅっと、カイの服を掴む少女の手に力がこもった。それで浮つきそうになったカイの意識が繋ぎとめられる。

 「この子、あいつに目を付けられちゃったの」

 予想外の展開に、動転するカイであった。
遅くなりました。
リアルが忙しいのです。
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