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神統記(テオゴニア) 作者:るうるう

谷の神様

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手の中に、恐ろしく大きい『神石』がある。
ごつごつと突起物の多いその骨の中に、得体の知れない何かが詰まっている……カイは無意識に持つ手に霊力をまとわせて、その『神石』におのれの力を行き渡らせていた。

「…それがあの者の『石』なのですね」

ポレック老が、カイの手で持ち上げられている赤ん坊の頭ほどもある『神石』を見て、複雑そうな面持ちでぽつりと漏らした。
ついさきほどまで小人(コロル)族のともがらを殺し続け、氏族の存亡さえ危うくしていた元凶ともいえる、豚人(オーグ)族隊長のなれの果ての姿である。いま二人の足元にその当人の亡骸が横たわっているというのに、人格を象徴するものとして二人が扱っているのは紛れもなく『神石』のほうであった。

「死してしばらくすると、神の御霊はそのあるべき墓所へと還御いたします。その身にお取り込みになるならば、おはやくされたほうがよいかと」
「…これを食えば、あの土地神の力を取り込めるのか」
「『加護』の二重取りはできぬようです。しかしその神威(しんい)をいくばくかは食い取ることができます……還御まで間がありません。ささ、お早くお召し上がりを」
「いまはオレが『封じ』てるから神様は逃げれない。時間はある」

カイは霊力を集め、『神石』を包み込むようにしている。
宿主の死によって霊的皮膜(・・・・)を失い、自然界に暴露されてしまうことで御霊の還御は始まる……そういう仕組みをなぜだかカイは理解していた。つまりはカイが霊力で包み込む努力を続けられる限り、この『神石』から土地神の御霊が失せることはない。

(…そうか、『加護』を二つも三つも得られるわけじゃないのか)

幾分がっかりしつつも、節操もなく多くの土地神から加護を集められるとしたならとっくに誰かがやっていると思った。たとえば辺土で一番偉い辺土伯がその気になれば、周辺の弱い『加護持ち』なんかを襲いまくればどれだけだって加護を集められるだろう。そんな話は噂にも聞いたことはなかったから。ポレック老の言っていることに嘘はないのだろう。
カイの内なる声は、『封ぜよ』と言った。
おそらくはほかに何か、こういう場合に取りうる別のやり方があるのだろう。

「谷の神様?」
「オレが喰う以外に、こいつの使い道はあるのか」

自分よりもものを知っているふうのポレック老に、カイは聞いた。
カイがまだ谷の神様の加護を継いだばかりであることを知るポレック老は、束の間思案する様子を見せた後、ふたりの周囲に集まっていた小人(コロル)の族人たちを手振りで示して口を開いた。

「…より天元に近き高位の神々におかれては、身近の忠良な者たちを選んで、土地神の加護を『下賜』することもございます。土地神の加護を特定の者に与え、その代わりに隷下に従えまする」

忠良な者たち、それがここにいる小人(コロル)族、というわけか。
むろんカイはまだ彼らを完全には信じていない。
カイの様子を見て取ったポレック老は、小人(コロル)族に新たなる『加護持ち』が生まれる可能性はないと判断したのだろう、「神様の同族の方にはよい方がおられませぬか?」と言葉を添えた。
カイは少しだけラグ村の仲間たちの顔を思い浮かべて、首を振った。
信頼できる仲間は大勢いたが、それが原因で平和なコミュニティで揉め事が起こりそうだと思った。

「いない」
「…であれば、ここは迷わず自らの力を高めるためにお使いになられますよう……世にはいくらでも強力な『加護持ち』がおります。この谷を守り続けるためにも、例えば豚人(オーグ)族の獰猛で鳴る六頭将(リグダロス)に伍するだけのお力を早くに身に付けねばなりますまい」

ポレック老の口からは、人族には知られていない亜人種界隈の知識がよく出てくる。
人族にふたつ名を持つ有力な領主があまたいるように、豚人(オーグ)族にも多種族から畏れられるような強力な『加護持ち』がそれなりにいるらしい。ここいら一帯は豚人(オーグ)族が強勢であるらしいから、谷に直接の危機をもたらすのはそうした豚人(オーグ)族の有力な『加護持ち』たちであるだろう。
六頭将(リグダロス)
前のバーニャ村での戦いのときに、そいつらもあの中にいたのだろうか。
手に持った『神石』を見て、カイは即座に決断する。
とくにこのまま保存しておく手段もないし、ならば効果の期待できる新鮮な今のうちに髄を喰ってしまおう。まだ仲間を増やせるような状況ではなかったのだけれども、土地神の御霊を逃がさないように『封じた』ことで髄に含まれる滋養が大きくなったのならば、あの不思議な啓示は意味があったということになる。
『加護持ち』の『神石』は恐ろしく硬かった。
ごつごつとしたその姿は骨質の強さを表しているようだった。地面の岩に叩きつけてもなかなか割れないことに業を煮やしたカイは、『光の剣』を指先に発動してビンの蓋を取るように骨の一部を削いだ。
そのやりようにはポレック老も目を剥いた。飛ばした蓋の部分がまさに彼の胸元に受け止められたのだ。

「…それはやる。おすそ分けだ」
「…よ、よろしいので?」
「じいさんも手伝ったからな」

丸く開いた『神石』のなかには、琥珀色のみずみずしい中身が詰まっている。量だけでもふつうのやつの10倍近くあるようなのに、大量のうまみ汁までもが豊潤に滴ってきて、カイのお腹も堪らずぐうと鳴った。
かぶりついた。
乱暴に口を突っ込んでかじり取り、吸う。
すぐにその小さな開口部では足らなくなり、『光の剣』でまっぷたつに割った。
そうしてガツガツと喰い続けた。
小人(コロル)族たちにとって、それはまさに垂涎の『大人食い』であったろう。仲間たちの多くの死があったばかりだというのに、こちらを見て喉を鳴らしている者が多い。
人族でもそうだが、小人(コロル)族も死んだ仲間の『神石』にだけは手を出さないらしい。食べろといわれても気持ち悪くて吐き出してしまうだろうとカイも思った。『引退』した領主がその権限の移譲のためにおのれの『神石』を後継に食べられる事例があることを彼は知らない。
『加護持ち』の髄は恐ろしくうまかった。まるで食べた瞬間に胃の腑から豚人(オーグ)戦士の魂がじかに滲み込んでくるかのような感覚があった。
そしてあらかたを食い尽くしたと思った刹那、何か恐ろしくカイの胃袋に抵抗するぞわぞわとしたものが体内で暴れ出した。それが土地神の御霊そのものなのだと直感したカイは、少しでも取り込んでやろうと数呼吸ほどのあいだ口を押さえて抗ったが、最後にはその存在が薄まって全身の毛穴から空気のように抜けていってしまった。
土地神そのものを完全に食らうことはやはり出来ないものらしい。
そのときカイの心臓が大きく跳ねた。

(…熱い)

おのれの中心である『神石』がかっと熱を発し、そのあふれ出た何かが全身の血を沸騰させるように五体に広がっていった。まるでおのれのありようが、人の形をした皮膚を残して内側で造り替えられていくような恐ろしい感覚だった。
だめだ、立っていられない。
カイはまだ食べ尽くしていない『神石』を懐に押し込むと、ふらつく足取りで谷へと向った。ポレック老もまた与えられたおすそ分けに酩酊したように坐りこんでいたが、カイのおかしい様子に気付いて族人たちに介助するように命じた。
その助けをカイはすげなく追い払いつつ、「帰る」とだけ言った。
そうして彼らを振り切るように最後の力を振り絞って谷の縁を走り、計算して断崖を飛んだ。湖水に我が身を受け止めさせるつもりだった。
空中でふわりと身体が風を孕んだとき、谷底に残されひとり泣いているアルゥエの小さな姿が図らずも見えた。彼女は谷の神様の墓にすがりつくようにして泣いていた。
仲間たちが敵に襲われているというのに、彼女は仲間たちのもとに行こうとはせず、ただそこでひたすらに祈っていたのだ。おのれに与えられた『カイに仕える』という境遇にまっすぐに殉じているのだと分かってしまった。
あいつは信用できるのかもしれない。
カイはなんとなくそう思った。
湖水に受け止められ、その冷たい水の中から水面に浮かび上がりながら、なかなかまとまらない考えを形にしようと苦心した。
そうしてずぶ濡れになった彼は、美しい谷の景色とこちらに駆け寄ってくる少女の姿を一緒くたに非常に近しく感じたのだった。
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