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感想ありがとうございます。
作者のやる気燃料が尽きるかどうかはそれにかかっているといって過言ではありません(^^)
『加護持ち』同士が戦っているのを見たことはあった。
常人の領域を遥かに超えたその力と力のぶつかり合いは、常軌を逸しているがゆえに常に神々しくさえあった。そしてその闘いの『果て』をカイはまだ見たことがなかった。
「…お前たちは、生きて帰さない」
カイのその恐るべき宣誓を聞いて、豚人たちは明らかに怯えるように仲間同士で肩を寄せ合った。その後ろでこちらをねめつけている豚人の『加護持ち』が、怒りのままになにごとかを吠え立てた。
豚人族の言葉は分からないので、ただ甲高いいななきのような音にしか聞こえない。
しかしその声に背中を押されたように、前衛の豚人兵がカイに向って突撃してきた。部隊の絶対者の怒りが、正体不明の人族の『加護持ち』に立ち向かうよりも恐ろしいことだったのだろう。
眼を血走らせて群がり寄ってきた豚人兵たちを、カイはじっと見据えていた。
むろん彼らを撃退することになんら不安になる要素は見出していない。カイが気にしたのは、彼らの死にもの狂いの攻撃に応じることによって、おのれが致命的を隙を作ってしまうのではないか、少なからず体力を削がれることによって後の本命との戦いで疲れを見せてしまわないかなどと、思わぬ不利を生ずることだった。
「…わたしめが『露払い』いたしましょうぞ」
ポレック老がカイの心象を汲み取ったかのように前に出た。
そうして主として帰依することを誓ったおのれの忠誠心を証明しようとするかのように、ポレック老は自ら盾になるように豚人兵の攻撃を迎え撃ったのだった。
その手に構える細身の剣は、小人族の小柄さを十全に生かすように、敵の巨体の隙間に入り込んだ後にその厄介さを発揮した。
その間合いへと飛び込む速さはまさに一陣の風のようだった。身体を躍らせるたびに添えるように持った細剣が肉薄した敵の身体を舐めるように削いでいく。
そして相手の背後に抜けた刹那に、その剣は置き土産とばかりに足首や膝裏の急所を斬り払った。腱を切られで血しぶいた敵は、気付いたときには行動不能に陥っているという按配だった。
なるほど、剣が血まみれになっているのも道理である。もとから及び腰であった豚人兵たちは、自らが侮りきっていた小人族の『加護持ち』の剣技の冴えを見て、無様に左右へと逃れて道を空けてしまう。
「さあ谷の神よ、ご存分に」
ポレック老が細剣を素早く振って血脂を払った。
武術そのものではこの老人にとうていかなわないカイであったが、それでもぶつかり合えば自身が負けることはないとの確信がある。そのぐらいに『谷の神様』の加護は超常の力に溢れていた。
そうしてカイの前に、敵隊長へと至る道らしきものが現れていた。豚人たちは隊長の側面にも陣を組んでいたが、それらが自己犠牲の精神を発揮して盾として前進してくることはなかった。
カイのほかにも小人族の『加護持ち』までもが現れたのだ。本能的にかなわぬと見たのだろう、『加護持ち』の相手は『加護持ち』の領分だとばかりに、豚人の雑兵たちはおのれたちが頼りにする隊長の影へと隠れようとする。
(…こいつを殺す)
豚人の隊長もまた、ここに至っておのれの神紋、『隈取り』を浮かび上がらせていた。鼻面を輪で囲むような紋を見せるその『隈取り』がどのような『情報』を与えてくれるのかをカイは知らない。
もしもその場に神学論に詳しい者がいたとするなら、豚人の隊長が見せた神紋を《三齢神紋》相当と判定しただろう。土地神の恩寵としてもっとも顕れる事の多い、村落規模の集落に祭られるにふさわしい神格であった。
そして敵の雑兵らを威嚇しつつこちらを促してくるポレック老のそれは、加護にやや劣る《二齢神紋》と見られる。両者ともに貧しい辺土の土地に相応の加護であるといえただろう。
そして促されるままに一歩を踏み出したカイの顕した『隈取り』は、明らかにその他ふたりのそれとは様相を異にしていた。
「***! ***ッ」
ポレック老が豚人たちに向ってなにごとかを叫んでいる。おそらくそれが耳汚い恫喝のようなものなのだということは、豚人たちの示した激しい苛立ちで分かった。
言葉が分からないということはまったく不便なものだった。あとでまた問い詰めておかねばならないだろう。
豚人の隊長はポレック老に豚人語できいきいと啼き喚いていたが、ゆっくりと迫ってくるカイの姿に静かに身構えた。
「ヒト族、関係ナイ」
たどたどしい人族語が豚人の太い喉から発された。
聞き取りにくいものの、伝わらないわけでもなかった。
「コレ、小人ト豚人ノ問題。関係ナイ……邪魔」
「関係はある」
「…ナニヲ」
「お前たちは勝手にオレの谷に入った。だから殺す」
「…谷? ナニヲ言ッテ……オマエノ『谷』ダト?」
「そうだ。オレの谷だ」
「………」
不意に、豚人の隊長はその赤みがかった巨体を伸び上がらせた。
「谷……谷ダト?!」
そうしてようやくこの場に居合わせた三者のそれぞれの意思が相互に共有されたのだった。
そうして豚人の隊長は初めてカイという存在に気付いたように、しげしげとその顔に浮かんだ『隈取り』を見た。その表情の激変はまさに一目に値した。
「…待テッ」
「待たない」
「ワレラハ引ク。諦メル……ダカラ」
「おまえたち、帰したらまたここに来る。だからここで殺す」
「…頼ム……頼ミマス」
「いいや、だめだ」
雰囲気から明らかに劣勢となったのを感じたのか、豚人の雑兵たちまでもが不安げにしだした。そうして後ずさり始めた隊長を庇うように、次々に平伏し出した。
「***ッ」
「**、***!」
なにを言っているのかは分からないが、必死さだけは伝わった。
しかしカイは揺るがない。小人族を根絶やしにするように殺しまくっていた者たちが、いざおのれたちの絶対的不利を悟ったとて平伏して許しを請えば許されるのかといえば、それは違うとカイも思う。
それにもう小人族は、彼の庇護下にある者たちなのだ。その安全を確保するうえでも、この豚人たちを無事に棲家に帰してやることはできなかった。
急にこみ上げてくるような怒りに任せて、カイは手斧を足もとの小ぶりな岩に叩きつけた。それがカイの怪力によって粉砕すると、その爆発するような大きな破砕音に豚人たちが一斉に身体を縮こまらせた。
そのときポレック老がうしろのほうで様子を見守っていた族人たちに、なにごとか小人族語で命じた。
「****ッ!」
「**ッッ」
亜人たちそれぞれの言葉が飛び交い、場が一気に動いた。
小人族たちが手に手に生活雑器に等しい刃物を持って、腱を斬られて動けなくなっていた豚人兵たちに襲い掛かったのだ。倒れ伏していた豚人兵たちもおのれの死を目前に抗ったが、それは単に死までの時間をわずかに稼いだのみだった。
そうして仲間が惨殺された豚人たちは、因果が応報したことに苦い顔をしつつも、氏族の大切な『加護持ち』を守ろうとカイに許しを請い続ける。
が、それが続いたのも、彼らが小人たちに完全に包囲されるまでだった。小人族はけっしておのれの村を奪い、仲間を殺し続けた豚人たちを許すつもりなどなかったのだ。
そのまま平伏したままでいたら、小人たちになぶり殺される。
立ち上がり、隊長を中心に寄り集まった豚人たちであったが、小人たちが持ち出した弓矢を見たあとはほとんど本能的な動きでうわっと散らばるように逃げ出したのだった。
隊長もまた逃げ出していた。
それをカイは追う。
そして恐るべき逃げ足を発揮した隊長を足止めすべく、カイは躊躇なく手に持っていた唯一の武器である手斧を投げつけていた。
豚人の隊長はほとんど直感の赴くままに飛来する手斧をおのれの得物で打ち払い、間一髪で死を免れた。
「谷の神様!」
ポレック老が叫んだ。
カイはほとんど無自覚なままだが、彼はいままさに無手となっていた。
「死ヌノ、オマエ!」
カイの武器が失われたことで、身体能力の劣勢による敗北が遠ざかったと見た隊長は、一転して反抗の構えとなった。『加護持ち』とて攻めの要となる武器の放棄はあまりに愚策だった。どれほどの怪力を有そうと、素手の殴打はよほどの差がない限り一撃の決定力に欠けるからだ。
『加護持ち』として特別にあつらえられたのだろう、重さだけで人の頭をカチ割ってしまいそうなほどに大きな刃付きの長柄斧が、その恐るべき膂力によって夜闇を切り裂いた。
迫りくるその死の暴風を、カイはいたって涼しい顔で迎え撃った。
(光の剣…)
もっとも、カイはただ使い慣れていない武器を捨てたに過ぎなかった。
一瞬の集中でその手刀に霊力をまといつかせ、木を切る要領で『剣』を生み出していた。
おそらく物を断つ『量』が限定されるその魔法による剣は、大木に対しては中途半端な力しか発揮しなかったが、それよりも明らかに細い敵の武器相手ならば、十分にその用を満たした。
かわしざま横合いから手刀で叩くと、長柄斧は鉄の刃先を丸ごと両断されて、別体となってぐるんと回転した。切られる抵抗があまりになかったために、豚人の隊長はまるで空振りしたような格好となり、当てて当たり前な体勢でいたものだから身体を泳がせてしまっていた。
体勢を崩して防備ががら空きになったのを理解したのだろう。豚人の隊長は諦め悪く再び手打ちを願い出たが、カイは聴く耳を持たなかった。
「オレは初めて『加護持ち』を殺す」
「待テ……待ッテ」
「****ッ」
居残っていた忠義のある豚人兵が、氏族の『加護持ち』を守らんと身を挺して飛び込んできたが、カイはそれを拳を固めて殴り飛ばした。
普通のやつらならばそれで十分と思ったのだ。予想通りに跳ね飛ばされるように転がった兵士たちはそのままピクリとも動かなくなった。
豚人たちも、おのれたちの土地神の加護を守るのには必死になるようだ。最前までの小人たちの姿が彼らへと返った。因果の廻りであった。
「待ッ…」
カイの手刀が、脇から豚人の隊長の肺腑をえぐり、心臓を切り裂いた。
そうしてそのときに指先に感じた硬質の『何か』を、カイは行きがけの駄賃とばかりに引き抜いた。
ずぼりと血を噴出する肥肉のなかから手に握られたものが現れる。
それがいままでに見たこともないほどに大きい『神石』であることにカイは気付いた。
『封ぜよ!』
カイのなかで何かが言った。
カイは従った。