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神統記(テオゴニア)  作者: るうるう/谷舞司
谷の神様
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そろそろちょっと休むかもしれません。







 その不思議な出で立ちの男が、中央からやってきたお偉いお坊様なのだと聞いたときには、さもあらんと思った。

 オルハ様どころかご当主様までもが恭しい態度でその男に接していたし、実際にどういう流れでそうなったのかは分からねども訓練場でオルハ様とその男が手合わせすることになって、なんとあの『加護持ち』のオルハ様が攻めあぐねて引き分けにされてしまったものだから、みなの驚きようといったらなかった。


 「あのお坊様は加護もないのに『隈』持ちだったぞ」

 「都のほうのお坊様は、田舎廻りの『渡り坊主』とは格が違うなー」


 辺土は純粋に強さが求められる土地であったから、どこの村でも他所から客人がやってくると、『力比べ』と称して手合わせを無心するはた迷惑な気風というのが存在した。

 ご当主様は《五齢神紋(シンクエスタ)》であるという巡察使様ご本人に手合わせを願い出たそうなのだが、蛙のように出っ腹な巡察使様にはすげなく断られ、代わりに人身御供に出されたのがくだんのお坊様であったようである。

 お坊様の神紋に比べるとご当主様のそれはずっと格上らしく、お客人に対して上手(うわて)過ぎる者が当たるのは失礼ということで、悔しがるご当主様の代わりにオルハ様が出たのだけれども、結果は散々打ち合った挙句お坊様だけが無傷という、ほとんど『負け』と変わらない終わりを迎えてしまったのだった。

 オルハ様に加護を与えているのはいまはなきエルグ村の土地神さまであり、《三齢神紋(トレス)》を顕す強い神だったのだが、格下の《二齢神紋(ドイ)》のお坊様に手もなく引き分けに持ち込まれてしまったのだから、なんとも格好がつかなかった。

 

 「…ナーガ殿は、中央(あちら)でなにか武術を?」

 「ご明察です。オルハ様。ラクシャ会派の錫丈術をもっぱら嗜んでおります。オルハ様の足裁きにはズーラ流が見て取れましたが…」

 「ご慧眼です。いやしかし、ナーガ殿に後れを取るとは……神紋は自分のほうが上だというのに」

 「武は神紋のみに拠らず、と昔から僧院では申しております」


 いまは談笑中のふたり。

 土地神の加護に依存せず、『神石』と厳しい修練によって人の限界を越えるべくいばらの道を進む僧侶らしい言であるといえる。

 勝負の行方を見守っていた兵士たちは、おのれたちが究極的に進んでいる先にあのお坊様の背中が見えたような気がして、興奮したようにいまの戦いを論議しあっている。体力や素早さなど基本的能力がある程度まで接近したならば、あとは手業である武術のキレで『加護持ち』たちの牙城に迫ることができる……その実例をまさにその目にしたわけだ。

 カイの周りでも仲間たちが闘いの内容について見解をぶつけ合っている。


 「…カイならどうだ? あの坊様にどうやって挑む?」

 「ともかく得物のとり回しが早くてオルハ様の攻撃が全部いなされてた……オルハ様は木剣を使ってたから、『切る』ばかりで『突き』が少なかった…」

 「『突き』なら、あの鉄壁の守りの隙間に滑り込めたかもしんねえよな、たしかに」

 「マンソはならどう攻めた?」

 「オレらは基本槍持ちだからな、突いて突いて突きまくるさ。まあそもそも隈まで出る半分加護持ちみてえな人に通用するとは思えねえけど、あとはズーラ流の得意な『絡め技』で体勢を崩す一手だな」

 「やっぱ、それしかねーか」


 マンソの見解に、カイも腕組みして唸っている。

 お坊様の『目』が良過ぎるのがそもそもの原因なのではないかとカイは思っているのだが、お坊様の『光る目』に誰も気付いていないようなので口には出さない。ほんのわずかな、遠くに見える松明みたいな小さな輝きなのだが……もしもそれが霊力の運用であるなら……一種の『魔法』なのだとカイは解釈せざるをえない。


 (預言とかが得意なお坊様なんだから、もしかしたら『よち』みたいなことをしてるのかも)


 先読みたいな技があるのなら、自分ならどう対処するだろう。

 カイもまたオルハ様たちの手合わせを我がことに置き換えて、夢中になって脳内想定戦を行った。見物の兵士たちの多くが坐ったまま腕を動かしている光景は、第三者的にはなかなかに面白いものではあった。


 「このあといつもの訓練時間を使って、何人かがあのお坊様の護衛で森に行くらしいが、『選抜戦』とかあるんじゃねえのか」


 かなり多くの兵士がお坊様の教えを貰う機会を欲しているようで、手を上げる者が多いのではないかという予想はすぐに出た。本来亜人族との殺し合いがあるかもしれない森の巡回作業は嫌われ仕事なのだが、今回ばかりは引く手あまたな感じになりそうだった。


 「…聞いてくるわ」


 カイは立ち上がると、兵士序列筆頭のバスコの姿を探して、そちらへと歩き出した。バスコは訓練場の隅でセッタと何事か相談しあっている。

 本気の手合わせをして、成長著しいカイの怪力に得物を叩き折られたマンソは、当然という顔でリーダーの座をカイに譲った。マンソは今カイがやっているような雑務が減って、むしろ喜んでいるふうがある。

 カイに負けたといってもマンソの兵士内序列は依然としてかなり高い。

 女たちからの贔屓も減っていないようだから、損みたいなことはあまりないのだろう。

 序列十傑に名の挙がるようになったカイは、逆に雑務に時間をとられることが多くなった。

 むろん、多少なりとも責任を負った身として、客人が滞在中は夜番の担当も増えてしまい、谷にいける機会も目に見えて減っている。

 例年通りならば1旬巡(7日間)ほどで巡察使一行はいなくなるという。

 その言葉を信じて、カイは目の前の作業をこなすことに集中した。



***



 「…今日は狒々(ひひ)どもの姿を見かけませんね」


 真理探究官ナーダは、森の中の見通しのよい大岩の上に登って、ゆっくりと周囲を見渡していた。

 それほど待つこともなく下で待っていたオルハのほうへとやってくると、彼が手に広げていたモロク家伝来の付近一帯の地図のあちこちを指差しながら、おのれが『()た』ものを書き込ませていく。


 「…記述と現状がだいぶ食い違っているようですね」

 「もう100年近く前の祖先の書いた地図です。あの頃よりもずっと森は広がっています」


 辺土の人族の数が年々減っているために、木の需要が減って森の拡大が止められなくなっているのだ。本来なら若木のうちに間引いておくべき場所が、亜人族の脅威によって手付かずになったりする。木は成長してしまうともう簡単には間引けない。

 

 「…大僧院(マース)の方々は、みなさまそのように『百眼』の技をよく使われるのですか」

 「…修養の一環として常日頃鍛えられておりますので。ただ各地にやられた探究官はなかでも特に『眼の良い』ものが選ばれております……わずかな兆しも逃せないのですから当然ではあります」

 「…さきの手合わせでも?」

 「ラクシャ会派錫丈術は巡回僧が身を守るための護身術として生まれましたが、その技の中で弓矢を気配で打ち払う技があります。『眼』を使うことが前提のものですので、自然とほかの技にも応用できるようになるというわけです」

 「…それは素晴しい。是非ご教授願いたいものだ」

 「オルハ様はご出家していただけるのですか?」


 ナーダのにこやかなままでの問いに、オルハが首を傾げる。

 そして目の前の僧官の目がけっして笑っていないことに気付く。


 「…なぜ出家など、というお顔ですね」

 「………」

 「門外不出の秘伝だからです。王族のなかには、その秘伝を得るために一度出家される方もおられます。…建前ではありますが、僧院の決まりでありますので」

 「…そうか」


 オルハもまた、それ以上は聞かなかった。

 土地神の『加護』を得た者は、長くその土地からは離れられなくなる。それは土地神が与える恩寵の対価となる『土地の呪い』だと言われている。

 基本的に、出家して僧院に入れるのは、『加護』を持たない間だけなのだ。僧たちが加護なしのまま力を得ようと苦心惨憺するのは、そうした事情も作用していた。

 同じ神紋を持つ者でも、『加護持ち』は土地に縛り付けられ、『神石』の恩恵のみで這い上がった者たちは力を持つために難儀はすれども、各地を転々とする行動の自由を持ったままでいられる。


 「…それで、このあたりにそれらしきものは」

 「残念ながら、ありません」


 ナーダはふうとため息をつくと、自らの言葉を訂正した。


 「…厳密には、ないように見える、ということです」


 僧院の秘伝、『百眼』をもってしても、地中、あるいは水底に眠るものは簡単には見通すことが出来ないのだという。便利なように見える技であっても、けっして万能などではないのだ。


 「昨日は狒々を4匹退治したそうですが、ここ一年ほどではどのくらいを殺したのですか」

 「…およそ100ほどでしょうか」


 灰猿(マカク)人をそれだけ殺すために、ラグ村は50の兵士と、十数人の女子供を失っている。近隣の村と助け合っているからその程度で済んでいるだけである。しかしそれでも増える人口を死者があきらかに上回っていて、年々村の活気はなくなっていっている。

 ナーダは北東の方角を指差して、淡々と口にした。


 「あちらの方角に、その狒々たちの集落が見えました」


 そのけっして波立たない静かな瞳に見据えられて、オルハはわずかに身震いした。


 「いくつかあるようですが、あなた方の村の数倍の数が群れているようです。あれがもともとの数なのか、他方から集まってきてああなったのかは分かりません」

 「…まさか!」

 「実際に『視た』のですから間違いはありません」


 灰猿(マカク)人たちの大集落。

 想像もしていなかった言葉に、オルハは呆然とした。


 「…このままではいずれこの土地も飲まれますね」


 真理探究官ナーダは、ぽつりと言った。


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