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神統記(テオゴニア) 作者:るうるう

谷の神様

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作者が何で立ち止まってしまったか、エピソードの追加に走ったのかは、次々に出てくる『設定』に対する『縦糸』が見えなすぎると感じてしまったからでした。
設定ばかりが先行してイミフになるのは避けたかったのです。やっと気持ち悪さが薄れました。

前話も冒頭部分を改稿いたしました。





 「…出迎え痛み入る」
 「ラグ村領主、モロク・ヴェジンと申します、巡察使様」

 巡察使は統合王国を統べる国王の名のもとに派されたものである。領主同士ならば家格の上下はあれど慣例として『殿』で呼びあうのだが、職位という国王の色が着くと領主といえども(へりくだ)らねばならない。

 「遠路はるばるお疲れのことでありましょう。用意させておりますので、まずは中へ」
 「モロク候。このあたりはまことに亜人が多いな」
 「…国境近い辺土でありますゆえ」
 「王国にまつろわぬ異形の魔物が多いからこそ、日々国王陛下のご威光を知らしめるべく在地領主家はいっそうの警邏の励行が求められるのだ。モロク候によもやそのようなことはないとは存ずるが、魔物どもの駆逐に手を抜かれておるようなことはありますまいな?」
 「……むろんのこと」

 巡察使セベロ・ガンダールは腹の肉の良く育った蛙のような男だった。身長差からじろりとしたから睨め上げられて、ヴェジンはわずかにこめかみを引き攣らせながら笑顔を貼り付けた。
 城館の中へと招じ入れながら、控えていた女たちに指示を出す。客人たちのために、辺土でもっとも贅沢なもののひとつ、湯浴みの準備をさせてあった。
 湯を貯めた瓶が用意されていて、垢落としの荒布と香油を持った女たちが待っている。そこにいるそれなりに若い女たちと湯から上がる白い湯気に、セベロは表情をやや緩めて随員である役人たちに目配せした。
 熱い湯を含んだ布で肌を擦られて、客人たちは気の抜けたような声を上げている。その気持ちよさそうな声にひと息ついたヴェジンであったが、ふと入口近くで手持ち無沙汰にしているひとりの人物を見つけ、やや慌ててそちらへと近付いた。

 「…失礼いたした。どうぞ貴殿も」
 「…あいや、気遣いは結構」

 薄墨色の丈の長い法衣に身を包んだその男は、顔を『加護持ち』が現す神紋に似た模様の頭巾で隠している。
 領主と目が合ったことで、いちおうの敬意を示してか男は頭巾を上げた。

 「まだ大僧院(マース)に名を連ねたばかりの修業中の身でございます。女人の手に触れるわけにはまいらぬので、お気遣いは無用にて」
 「これは……僧院のお方で」

 ヴェジンが恭しく手振りで聖印を切った。
 統合王国の国教とも言うべき、マヌ教の僧官であった。土地神の加護ではなく、修養と『神石』の摂取のみで超人的な力を振るう高僧をあまた排出するマヌ教大僧院は、王家にも隠然たる影響力を持っていることをヴェジンは知っている。
 僧官はまだ若かった。意志の強いまなざしがまっすぐに見上げてくる。

 「…すでに神紋を得られているとは」
 「お恥ずかしながら、ようやく《二齢神紋(ドイ)》に至ったばかり……ここ辺土では『神石』を入手しやすいと仄聞(そくぶん)しております。大僧院は常に『神石』の入手に難儀しております。もしも可能であるならば、出立までにいくばくかの『御喜捨』を賜ることが出来れば大変にありがたいですのですが…」
 「……いくらかはご用意させていただこう」
 「感謝いたします」

 大僧院が派遣した、真理探究官ナーダは、おのれの言を証明しようとするかのように、顔に『隈取り』を浮かび上がらせていた。《二齢神紋(ドイ)》の言葉に過たず、眉間を通る神紋は2本。土地神それぞれに神紋は違えど、眉間の一部分にできる神紋数には法則があることが神学者によって発見されている。
 むろん、その数が多いほど格は高いとされる。
 土地神の加護もなくその高みに上がってくる僧院の高僧は、『加護持ち』からも一目置かれる存在だった。



 「…王国のいずこかに、新たな土地神が現れました」

 その謎の土地神を見付けるべく派されたのが真理探究官なのだと、ナーダは言った。

 「それも非常に……異形の魔物たちの手に落ちれば厄介極まりないほどに強力な、『根源に近い御霊』であろうと、僧院の高僧たちは申しております」
 「…高僧様方が……それは『預言』であるのでしょうか」
 「はい。…大僧院は現在、その預言に現れた聖廟に名を連ねるべき(・・・・・・・・・・)新たな『列神』を総力を以って探索しております。ただでさえ王国の社稷(しゃしょく)そのものたる土地神が各地であまた失われつつあります。新たに見出された強力な土地神の加護を、亜人ども……異形の魔物どもごときに奪われるわけにはいきません。預言の示す『新たな神』をいちはやく見つけるべく、わたしと同じ命を受けた真理探究官が王国各地に派遣されております。わたしは巡察使様のご好意によりこちらまで馬車に同乗することを許され、道行を同じうしておりました」
 「…預言について詳しくお聞きすることは」
 「むろんお伝えすることは可能です。…ただし書き写す許しは得ておりませぬゆえ、口頭にてお許しくださいますよう。…大僧院には神界の調べを良く聴く高僧方がおられます。その預言の言葉です」



 《辺地にまつろわぬ荒御霊(あらみたま)一柱目覚めたり。
 その力、高きにある鳥の如く天元に通ず。
 その性は陽であり陰、善にして悪なり。畏れ、かつ敬うべし。
 そは神変の神なり》



 訪れた各地で、何度も口にしてきたのだろう。
 僧官はよどみなく、韻を踏みながら朗々(ろうろう)と連ねた。

 「…《僧会》は可能な限り早くこの新たな土地神の墓所を見つけ、その真名を御国の社稷に……聖廟のあるべき場所にすみやかに『合祀(ごうし)』せねばならぬとわれらに命ぜられました。王国内で制限なく探索を行なう権限については、国王陛下からもすでにご信認を得ております」

 ナーダはすでに頭巾で顔を隠しており、その正式な僧官の出で立ちでその場に膝をつくと、恭しく聖印を切り身体をかがめた。僧侶が(へりくだ)りを示す最上の礼容であった。

 「…どうかこの地の調査にご協力をたまわりたく」
 「…お立ちを、法衣が汚れます」
 「どうか、どうか…」
 「むろん、出来うる限りの協力はさせていただくゆえ」

 ヴェジンの迷いのないいらえに、ナーダは深々と首をたれた。
 二人のやり取りを身体を拭かれながら眺めていた巡察使は、面白くもなさそうに鼻を鳴らすと、「もちろん、こちらの査察にも協力はしてもらうぞ」と言った。だらしなく垂れた下腹を揺すりながら、その手は好色そうに女の腕から肩のあたりを触っている。

 「…忠告するが、森を調べるのなら大人数を出したほうがよいぞ。先ほどはその僧官殿に唆されて森に近寄って、えらい目にあった。まさかいきなり襲ってくるとは、辺土の森はすっかりと魔物どもの版図だと見える」
 「…巡察使様。襲ってきた魔物とは?」

 ヴェジンの問いに、巡察使が答えた。

 「灰色の狒々(ひひ)よ」

 どうやらまた灰猿(マカク)族が付近に徘徊し出しているらしい。
 ヴェジンの目配せで、入口近くに陣取っていたオルハがさっと部屋から出て行く。真理探究官の調査協力とあわせて、灰猿(マカク)族を追い払うための兵士を集めにいったのだ。亜人種あしらいは、大規模な侵攻となる前に、こまめに小さく叩いておくことが重要なのだ。

 「日々戦い続けるモロクの兵がいかに精強か、証明いたしましょうぞ。まずは調査のために露払いしておきますゆえ、どうか皆様はごゆるりとおくつろぎくだされ」
 「うむ、のちほど拝見させてもらおう」

 専用の一室に設けられた賓客用の食卓には、すでに村人たちが見たら血の気が引いてしまうような豪華な晩餐が用意されている。むろんひとつひとつは田舎料理には過ぎないのだが、いま手に入る食材を駆使した数十品が所狭しと並べられることとなる。
 むろんその後の兵士たちの食事はその浪費のあおりを受けることになるのだが、その贅沢の現場を別室に設けることで、『被害者』たちにけっして見せないのが領主であるヴェジンの気遣いでもあった。


 ***


 急遽呼び集められた兵士たちは、オルハの指揮のもと、巡察使一行が襲われたという森近くを狩り立てることになった。
 数は30名。そのなかにはカイの姿もある。森のなかでの戦闘が予想されるので、今回はいつもの班単位ではなく個人での実力順選抜だった。得物も今回は柄の短い『短槍』を皆が手にしている。
 侵入した亜人族は灰猿(マカク)族らしい。
 それを聞いて覚悟はしていたものの、嫌な顔をする者が多かった。
 何度追い返しても、やつらはしばらくするとまた人族の土地を狙って忍び寄ってくる。森のなかには、たしかに何か生き物の気配が感じられた。
 まずは10人ほどの足の早い者が飛び込んで、一定の面積で安全を確保すると、今度は巻き狩りの勢子のように森の中を並んで移動し始める。
 そのうちにいくつかの指笛が鳴った。

 「あっちだ!」

 森の中は移動が遅くなるので、こうやって勢子によって大体の当たりをつけ、外の本隊が敵に向って最短距離で突っ込むというのが効率がいい。
 勢子役は敵を見つけたら逆らわずにさっさと逃げに徹する。むろん本隊のほうに向けてだ。

 「5、6匹だ!」
 「逃がすなよ!」

 調査のためなどというのは二の次で、1匹でも多く倒しておくことで土地の安全を長く保たせるというのが本意である。村人が襲われないために、殺す。
 仲間の命のために、別の何かを殺す。
 辺土の不毛な生と死のサイクルが、その日もそこに行われたのであった。
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