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神統記(テオゴニア)  作者: るうるう/谷舞司
小楽園
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感想ありがとうございます。

作者のモチベーションが続くようご支援よろしくお願いいたします。






 ご当主様なら、その圧倒的な力で灰猿人(マカク)戦士など掴んで振り回して、その身体を玩具のように壊したかもしれない。

 オルハ様なら、その振るう剣の太刀筋の鋭さで、それほど梃子摺(てこず)ることなく首を刎ねていたことだろう。


 (…白姫様は危うい)


 土地神の力そのものが衰え続けているのもあったろう。

 だがその強い力も『暴力』として正しく振るえなければ、それはただの愚鈍な力自慢でしかない。そして無防備に肉を晒せば、その耐久度を悪意ある敵に無慈悲に試されるしかない。

 灰猿人(マカク)どもの敵意にさらされた白姫様は、その面に『隈取り』を顕していた。

 その神紋はご当主様のそれと比べてそれほどの複雑さを見せず、色も薄い。


 「…わ、わたしにだって、二齢神紋(ドイ)ぐらいの力はある!」


 灰猿人(マカク)たちに向って白姫様が叫んでいる。

 ドイ? 

 何のことかは分からないのだけれども、何か土地神の格を示す言葉か何かなのだろう。しかしどれほど勇ましく相手を恫喝しようとしても、全身をガチガチと震わせながら構えた槍を揺らしている少女に、どれほどの迫力が伴うというのか。

 背中に突き入れた槍をこじりながらさらにねじ入れ、内臓を十分に破壊したと確信してから引き抜く。そのまま白姫様のほうに倒れそうになる灰猿人(マカク)の身体を、蹴りつけることで軌道修正する。

 目の前の灰猿人(マカク)戦士が倒れ込んできたこともそうだが、その背後から槍を持った若い兵士が姿を表したことにも心底驚いたように、白姫様は唖然と目を見開いていた。

 そうして間近に迫っていたおのれの死が遠ざかったことで、へなへなと腰砕けに坐り込む。ちょうど逆光の加減になったのか、カイのことがすぐには分からなかったようだ。


 「…大丈夫か、姫様」


 ようやくそれがカイであることに気づいたようで、白姫様は目に浮かんでいた涙を素早く腕で拭き取って、腰砕けのままかっこつけみたいな強がりを口にした。


 「…初めてだったから、ちょっとびっくりしちゃっただけ。カイって、もしかして兵士のなかでは割と強いのかしら」

 「最近はだいぶ力をつけてきたってよく誉められる」


 まだ灰猿人(マカク)たちがまわりで武器を構えているというのに、いたって暢気な会話が二人の間で生まれ、そしてそれを敵味方含めて誰も邪魔しようとはしなかった。

 ラグの兵士たちの中での序列など、よほど抜きん出ない限りだいたいのものでしかないのだけれども、カイは120人ぐらいいるなかで上から30番以内に入る程度であると認識されている。

 まあ比較的『強い』ほうに分類されるのではなかろうか。

 白姫様のそばで成すすべなく棒立ちになっていた3人の護衛たちは、みなカイよりは少し年上であったが、兵士全体で見れば明らかに若いやつらだった。

 掃除当番に競ってでも入りたいと願うのは若いやつらばかりなので、そんななかでも白姫様の護衛を任される程度には『使える』やつらなのだろう。序列は下級上位といったところか。

 護衛たちは完全にいいところを持っていってしまったカイにはっきりと苛立っていた。

 むろんカイが序列上位の成長著しい有望株で、上のほうの人間の覚えがめでたいことは彼らも知っている。しかしそのあたりの理性も、白姫様の前で格好を付けたいという思春期脳の暴走には抗えないらしかった。


 「オレらもいたから!」

 「猿野郎ぐらいなんとかしたから!」

 「いいから早くあっち行けよ!」


 ぶすくれた様子でしっしと手振りされて、カイは瞬きしつつ頭をかいた。

 どうせ姫様相手に実らぬ恋だというのに、馬鹿なやつらだなあとちょっと笑ってしまう。それが最近かなりのモテ期にはいった『リア充』の嘲笑に見えたのだろう、3人の反発が半泣きレベルに激しくなった。

 カイはちらりと周囲に目を配る。

 白姫様に向かってきていた灰猿人(マカク)はまだ何匹かいる。それらは突然戦士クラスをなぎ倒して現れたカイの存在に硬直している。かれらはカイの放つ『強者の気配』を敏感に嗅ぎ分けていたのだろう。目が合うとじりじりと後ずさり出した。

 むろんカイはおのれの『隈取り』はまだ顕していない。

 というよりも仲間内にそれを曝け出そうとは露ほどにも思ってはいなかった。

 身体の向きを変えつつ槍についた血糊を振り払うように一閃すると、明らかに違う風鳴りが起こる。

 武器を振るう速さが段違いである証であった。


 「カイ…」

 「姫様はそいつらと避難した方がいい……あんたら、早く行けよ」


 年上相手でも、兵士の間での序列が上のカイのほうが立場は強い。何よりいまは命を救われたばかりだ、その恩を感じずに反発しているようでは相当にみっともなかった。

 その『(すじ)』ばかりは若い兵士たちもわきまえていたようで、敵意を表しつつもぺこりと頭を下げて白姫様を連れて行こうとする。


 「助かったわ。ありがとう、カイ」


 そう言葉を向けた白姫様に、カイはちらりと頷いてみせる。彼はいま目線だけで灰猿人(マカク)たちをその場に縫い付けていた。

 4人がその場から退場したことで、緊張の圧力が抜けたのか灰猿人(マカク)たちがようやく武器を構えて動き出す。その動き出しを、カイはおのれの槍をドンと地面に突くことで、数瞬さらに停止させる。


 「…おまえらの相手がやっと来たぞ」


 動きを止めている灰猿人(マカク)の背中を見て、好機と近寄ってきていた兵士らがその背後に忍び寄っていた。

 カイはそのタイミングを計っていたのだ。

 ひとりでも倒せるが敢えてしない。手柄は独り占めにしない。

 カイはおのれのなかに定めたルールに従って、戦場でのおのれの立ち居振る舞いを計算する。村での生活を守るのならば、無用な波風を立てても何も得るところがないことを彼は判っていた。

 背後から不意討ちをされて、2匹が奇声を発して倒れた。そしてその声によそ見をした残り1匹をカイは狙い打つ。一番狙いを外しにくい腹の真ん中を槍で貫いた。

 カイのいまの人並みはずれた膂力は、灰猿人(マカク)の剛毛程度はわけもなく断ち切って肉を穿つ。そして穂先が完全に埋まったところで持ち手をひねり、力任せに割くように引き戻す。

 その瞬間、水瓶を叩き割ったように血と内臓が灰猿人(マカク)の腹から吹き出した。槍は突くだけでは相手を即死させられない場合があるので、出来るだけ内臓にダメージを与えるやり方がいくつも見出されている。

 またしても種としての暴力が勝る灰猿人(マカク)を……それも一撃のもとに屠ったカイを見て、仲間たちが瞠目している。いままさに1匹を集団で倒したフリンとその班員たちは、間近でカイの攻撃の鋭さを目にして唖然と声を失っていた。

 明らかに中堅上位程度に収まる武力ではなかった。彼らはすでにカイというもっとも歳若い昇り龍が、『三日大夫』という風評を覆して幹部兵士たちのレベルにまで達しようとしているのを無意識に認めていた。

 手に負えない『強者』が敵中にいると知った灰猿人(マカク)たちは、形勢不利と判断してすでに逃げに転じている。『加護持ち』が一方にしかいない場合の小競り合いなどだいたいこんな感じの展開になる。

 そうして殺し合いが終った後は、兵士たちのレベルアップの祭りが始まる。それぞれが自分たちの倒した獲物に取り付き、『神石』を獲得していく。

 慣わしとして、集団で倒すしかない弱兵たちには、倒した敵の『神石』がそのまま与えられる。むろんさらなる成長を願ってだ。

 しかしある程度頭角を現し、単独で敵を狩ることが出来るようになった上級兵は、獲得した『神石』の半分を領主家に上納せねばならない決まりがあった。

 カイは的確に『神石』の場所を見極め、突いた槍先で簡単にそれをほじくり出す。芋を次々と掘り出すベテランの老人のような手つきだ。得た『神石』はふたつ。

 ひとつを上納用にポケットに収めると、カイはより大きい戦士クラスのそれを槍の石突で叩いて砕き、割れた穴から琥珀色の髄を豪快に一気に食らった。下級の兵士たちから見れば、羨望ものの大人食いであった。

 こうして兵士間の実力差が上位に行くほど開いていくという現象が起こることとなる。


 (髄、うめえ!)


 食すとおのれの『神石』が成長を促されて熱くなる。

 そのありがたさはたとえ土地神の加護を得た後であっても、変わるところではなかった。領主家が兵士たちから『神石』の上納を義務付ける理由も、単純に成長力の上前をはねているだけなのだ。

 それは同時に、『加護持ち』にも成長の余地が残されていることの証でもあった。

 髄の旨みの濃さは、おそらく『身体が求めている』という不思議な飢餓感も関係していることだろう。腹をそれほど減らしていないカイですら、至上最高の美味はやはりこの力の源である『神石の髄』なのだと断言して憚らない。


 (谷の神様も喜んでる感じがする)


 ガリガリとこそぎ取るように髄を食らい、カイは『神石』であった丸い骨を足元に投げ捨てた。その食べ残しを狙っている下級の兵士たちに気を使ってとりあえず歩き出す。

 その視線の先に、白姫様がいた。

 早々と灰猿人(マカク)たちが逃げ去ったので、避難を取りやめて待っていたのだろう。

 彼女が戦場の光景に向けるあいまいな笑みには、はっきりと内心の悔しさがにじみ出ている。自らの力で勝ち取った『神石』を食らい、強さを獲得していく兵士らと、領主家というぬるま湯で守り育てられているおのれとを引き比べてでもいるのか。

 その視線が、ちらりとカイへと向けられた。

 そして急に取り繕うことをやめたむすっと不満を表明した顔で、こっちへ来いと目線で訴えてくる。

 ああ、また早朝の訓練が激しさを増すんだなと、即座に予感するカイであった。


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