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16 〈終わりと始まり〉

「はい、これ」


 アインは黙って私に着いてきたかと思うと私の剣を差し出した。


「ん? なに?」

「何って、僕を殺すんでしょう?」

「あははは! 何を言ってるんだ。殺すわけないじゃないか」


 真剣に困惑した様子のアインに私は笑いが止まらなかった。アインは私たちの様子を見て、自分は殺されるものだと思ったらしい。


「なあ、アイン。私もう君がいなくては生きていけないよ」

「僕だってユーリがいなくちゃ夜も眠れない」

「知ってる。ホントは怖がりだもんな」

「夜が怖いから眠れないわけじゃないよ!」

「ぷっ。わかってるよ」

「からかってるの!?」

「からかってない愛でてるだけ」

「もう! ユーリってば!」


 他愛のない会話をしてアインに身を寄せる。


「アイン」

「……なあに、ユーリ」

「私たちがこうしていることを神が許さないのなら、」

「ユーリ?」


 何故、出会ってしまったんだろうな。そう言おうとして、なんだかそれが滑稽なセリフに思えて言うのを止めた。


「いや、なんでもない。なあ、アイン」

「うん?」

「私と一緒に、死んでくれるか?」

 

 アインは何も言わずに頷いた。そんな彼の頭を抱き寄せて静かにを「ありがとう」と告げた。私は結局彼を殺すことを選んだ。どのみち、初めからその選択肢しか用意されていなかったのだ。





 それから普段通り、ご飯を食べて、眠るまでの間、寄り添いあって話をした。いつも通り、穏やかで何気ない時間。これをいつも通りと呼べるようになった幸福を思った。

 アインは時折泣きそうな目で私を見る。

 私はその暖かい手を握った。

 生きている音がする。目の前の優しくて愛おしい生き物は私を見て笑って隣で息をしている。風が髪を揺らし、そして彼を揺らす。その声が聞こえないように耳を塞いで私はアインの唇にキスをした。

 アインは一瞬驚いたようだったけれど、すぐに落ち着いて口づけを受け入れてくれる。


 初めてのキスは甘く、それでいて冷たい気がした。


「ねえ、ユーリ。あなたのいた世界の話を聞かせて」

「そうだな……なんていうか、雑多な世界だったよ」

「雑多?」

「物も人もルールも多い世界だった。色んな人が住んでいて、この世界みたいに戦争をしている国もあれば、繁栄して富んだ国もあった。私の生きていた国は繁栄して富んだ方の国で生活には恵まれていたよ。生きるのに誰かを殺す必要はなかった。むしろそんなことをすれば重罪で捕まって自分の方が死んでいた」

「そう、なの」

「翼の生えた人もいないしね」

「そうなんだ……」

「でも私は離れてみてあの世界が好きだったんだと思った。家族がいて楽しい思い出があって、そこで生きてきた記憶がある。もう戻れないけど」

「戻りたい?」

「うーん……、戻れるなら戻りたい気もする。でも」


 私はアインを見る。その澄んだ瞳の奥に陰った自分の顔が見えた。


「あの世界にはアインがいないから、戻れなくていい」


 戻ったとしても私は元の自分には戻れない。


「僕もユーリのそばにいたい」


 そのまま私たちは手を繋いだまま静かな眠りに落ちた。




 朝日が瞼を微かに焼き、私は目を覚ます。私が身じろいだのでアインも目を覚ましたようだ。あまり眠れなかったのか瞼が少し腫れている。きっと私も似たような顔をしているのだろう。

 顔を洗って身支度をする。食事を用意して、二人で無言のまま食べた。


「ユーリ」

「なんだ」

「僕は、ユーリに逢えて幸せだったよ」

「私も、アインに逢えて幸せを知った」


 ──さあ、終わりの時がやってきた。






 昨日と同じように鎧を着込んだ戦士達とその先頭にメイスンがいた。クリスはいない。これから起こることを知っているからだろう。


「おはようございます、ユーリさま。約束のお時間です」

「おはよう、メイスン。そうだな、これでお前ともお別れだ」

「…………決心はお変わりないようですね」

「あなたともあろう人が私の決断を疑うのか?」

「いえ、ただ、そうでなければいいのにと一抹の期待をしただけですよ」

「……ふふ、あなたにも人の心とやらがあったのだな」


 それ以上何も言わないメイスンに背を向ける。

 アインはその手に守り刀を持って微笑んでいた。


 ──これから、死にに逝くとは思えないほど穏やかな笑みで。


「アイン、すまない」

「どうしてユーリが謝るの?」

「私がこの世界に来さえしなければ、こんなことにはならなかったのに」

「そしたら僕はユーリに逢えなかったじゃないか」

「……そうだね」


 私も剣を鞘から抜いた。よく鍛えられた鋼が薄日の中でもハッキリと輝いた。


「アイン、愛してるよ」

「僕もユーリを愛してる」


 私とアインはほぼ同時にその刃をお互いの胸に突き立てた。共に生きていけぬのなら、共に死ぬ他あるまいと。


 ──ザクッ!


「ユーリさまっ!!」


 遠くにクリスの悲鳴が聞こえた気がする。彼は私がいなくなった世界をどう思うのだろう。優しい人だった。私が守りたいと思ったこの世界の人。

 でもずっと一緒にいたいとは思っても、彼にも守りたいものがあって、その中に私は入れなかった。だからもう一緒にいるべきではないとそこから去った。

 ああ、こんな考えもすべて一方通行だっただろう。私の思いなどクリスにとっては重荷でしかないのだから。最後まで何も告げなかったことを出来るなら許して欲しい。


そして私のことなど思い出さないくらい幸せになって。


 


 ドクドクと血が、流れていく。アインと私の血。

 私たちは共には生きていけない存在だったけれど、交わるその二つの血の色は同じ色をしていた。

 ゆっくりと意識が遠のいていく。

「ユーリ、」

 アインの身体が傾げて私にもたれかかる。

 すると合わさった傷口から眩しい白光が輝き出した。最期までアインの顔を見ていたかったのに、そのまばゆさに耐えきれず瞳を閉じる。

 その光は私たちを覆い隠して、どんどんと広がっていく。


 意識がなくなる瞬間、爆発したように世界は白一色になった。












 びゅう、と風が吹き、柔らかい桜の花がひらひらと散る。開花してからあっという間に咲ききり、散っていく花弁は毎年のことなれど儚くて美しい。

 真新しい制服を着た少女はこれから通うことになる学校への坂道を駆け出した。

 淡くまだ頼りないけれど暖かい日差しの中、黒い髪がたなびく。


 坂道の頂上には他にも同じように真新しい制服を着た少年少女たちが何人もいて、誰もが期待に胸を膨らませているような、ソワソワとした空気が漂っている。

 黒髪の少女も同じようにワクワクとその学び舎を見上げた。


「百合!」


 少女は掛けられた声に振り返る。そこには同じ制服を着た少年が息を切らせて坂を登りきったところだった。


「あ、ごめん、(はじめ)。嬉しくなっちゃって、つい」

「もう。僕は君ほど体力ないんだから加減してよ」

「拗ねないで〜。ねっ、一は笑った方が可愛いんだから」

「可愛いは余計」


 二人は軽口をたたきあいながら手を繋いで歩み出す。




 彼らは生まれた時よりの幼馴染みで、全く同じ場所、左胸のちょうど心臓の位置辺りに似たような傷痕を持って生まれた。

 二人はそのまま当たり前のように仲良くなり、当たり前のようにお互いの隣にいるようになった。


 少女は記憶に似た夢を見ることがあった。(はじめ)少年によく似たアインという翼を持った男の子が出てくる夢だ。いつも最後は光に覆われてよくわからないまま目が覚める。そういう時には決まって寝ながら泣いているようで、迎えに来る幼馴染みにはいつもそれがバレてしまう。

 少年も同じような夢を見るのか、聞いたことはない。なんとなく聞かない方がいい気がしたから。

 少女にとってその夢は辛いけれど何か大事なものでもあるような気がして、忘れるなんてことは出来なかった。だけどそれを口にするのははばかられる気もしていた。だから誰にも言わなかった。

 夢の内容も、どうしてそう思うのかも、何一つ確かなことはわからなかったけれど、少年と当たり前のようにそばにいられることがなによりも幸福なことだと夢を通して少女は思った。

 そして彼も同じように思ってくれていることも。

 それだけで良かった。

 すべての幸福がここにあった。

 

 私たちの隣に。




「百合? どうかした?」

「ううん、どうもしないよ!」




 穏やかなそよ風が、二人の背中から吹き抜けていく。幸福な光の下で。




書き終えるまでに長い時間がかかりました。

ようやくの終わりを向かえることが出来て心のつっかかりがなくなりすっきりとした気分です。

まさか六年もかかって完結出来るとは思ってませんでした。

万が一にも待っていてくださった方がいたらと考えると申し訳ない気持ちになります……。まさかね(((;°▽°))


ここまでお読みくださったすべての皆様に感謝を。

ありがとうございました。

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