誰にも届かない一通
十二月の冷たい雨が、臨時記録室の窓を曇らせていた。第354話で確認するのは、怪異の規則ではなく、人間が規則だと思い込んだものの脆さだった。正体、目的、選定理由、停止法は不明のまま。分からない欄を推測で埋めない方針だけが残っていた。
午前二時十七分、離れた三つの町から同じ映像が届いたという連絡が入った。保管者同士に面識はなく、通信履歴にも移動の交差にも共通点はない。三つの廃棄済みの台帳には同じ犠牲者の最期と、二秒だけ消える環境音が残っていた。偶然の複製とするには、未公開部分まで一致しすぎていた。
雨宮澪は受取人の人数から次の対象を絞る案に反対した。一通でも選定理由は不明だった。三通になったから意味が増えたと考える根拠はない。記録班は各保管者の同意を取り、映像を見せず、生活圏にいる希望者だけへ注意を伝えた。
予測された時間より前に、三つの町のどこにも関係しない人物が死亡した。その家の空の写真立てには、三人が保管したものと同じ映像が現れていた。受取人が複数なら対象もその近くにいる。その仮説は、一度も役に立たないまま崩れた。
久瀬直人は三通を別事件に数えず、一人の死へ続いた三つの到着として台帳へ記した。増えたのは手がかりではない。経路らしく見えたものが、また一つ経路ではなかったという記録だけだった。
夜明け前、封じた廃棄済みの台帳の余白に、知らない部屋の一角が浮かんだ。次の対象を示す保証はない。警告とも誘導とも断定できない。
「届いた事実だけ残そう」
雨宮澪は第354話の記録を閉じた。廊下では新しい電話が鳴っていた。連鎖は止まらず、誰かがまた前の犠牲者の最期を受け取っていた。




