二つの報告書・3
十二月の冷たい雨が、臨時記録室の窓を曇らせていた。第326話で確認するのは、怪異の規則ではなく、人間が規則だと思い込んだものの脆さだった。正体、目的、選定理由、停止法は不明のまま。分からない欄を推測で埋めない方針だけが残っていた。
記録班が二つに割れてから十日目、市役所の書庫に残された電池を抜いた録音機の照合依頼が届いた。停止派は予測表を閉じ、追跡派は末尾像から人を選ぶ作業をやめた。机は離れたままだったが、遺族を一人にしないことと、確認済みの事実を消さないことだけは、双方の報告書に同じ言葉で残っていた。
榊原凛が真正記録と判断した根拠は鏡像の中だけ違う人数だった。しかし、その特徴から次の死者も時刻も割り出せない。映像に写る通学路を調べれば該当者は百人を超え、前回の誤認を繰り返す危険の方が大きかった。久瀬は警察の保護を広く求めず、希望した家族への同行だけを手配した。
夜半、映像に一度も現れなかった人物が自宅で死亡した。家族は別室にいた記録班員を呼び、最後まで手を握った。救命にはならない。それでも、何が起きたのか誰にも信じてもらえないまま朝を迎える孤独だけは残らなかった。
「予測できなかったことも書く」
久瀬直人は失敗欄を削除せず、二つの報告書を重ねた。班は仲直りしたのではない。正しさを決められないまま、同じ死者の名前を記録した。
夜明け前、封じた電池を抜いた録音機の余白に、知らない部屋の一角が浮かんだ。次の対象を示す保証はない。警告とも誘導とも断定できない。
「届いた事実だけ残そう」
榊原凛は第326話の記録を閉じた。廊下では新しい電話が鳴っていた。連鎖は止まらず、誰かがまた前の犠牲者の最期を受け取っていた。




