保存しない約束
十月15日、榊原凛は深夜の駅ホームで、封をされた銀色のガラケーを見つめていた。今回の確認事項は「佳奈以前の受取人を遡り、真の映像にある無音を掘る」ことだった。資料には第30話までに分かった事実だけが並び、怪異を説明する言葉は一つも書かれていない。説明できないものに名前をつければ、それだけで理解した気になってしまう。澪たちは、その誘惑を避けていた。
榊原凛が手袋を替え、時刻と室温を読み上げる。銀色のガラケーに残っていたのは記録にない受信時刻だった。偶然なら切り捨てられるほど小さい。だが、前の犠牲者の記録にも同じ欠け方がある。澪は映像を一コマずつ送り、見えたものと推測を別の欄へ書いた。誰かの最期を、都合のよい物語へ変えないためだった。
検証は一度失敗した。電源を切り、回線を外し、別室へ移しても、記録は対象の生活へ先回りした。届く場所が変わっただけで、選ばれた人間は変わらない。久瀬は「安全」という言葉を使わず、今夜できる監視と連絡の範囲だけを告げた。約束できない救命を口にするより、残酷でも正確だった。
そのとき、深夜の駅ホームの外で乾いた音がした。確認すると、さっきまで空だった床に薄い封筒が落ちている。防犯映像には、置いた人物も、扉が開く瞬間もなかった。中身は連続写真だった。最初の数枚は既知の死者、最後の一枚だけが現在の場所を写している。だが写真の端には二秒間の完全無音があり、これまでの並びとはわずかに違った。
榊原凛は写真を伏せた。違いが救いを意味するとは限らない。むしろ、こちらの検証に合わせて記録の形が変わった可能性がある。
「結論は増やさない。確認できた事実だけ残す」




