パグと遠い記憶2
刻覇の錬場には、師の寵愛を一心に受ける三人の弟子がいた。
煉 刃 戒
錬場の誰もが恐れ、そして憧れる完成された三つの牙。
「38番」と呼ばれていた俺が彼らと並ぶためにその部屋へ投げ込まれたあの日、俺は師から「※※」という名を授けられた。
名を与えられたということは使い捨ての道具以上の扱いを意味するのかと、当時は淡い期待を抱いたものだ。
だが、その日から始まったのは地獄という名の修行だった。
「立て※※。貴様に課すのは死線を超え続けることだ」
師の冷徹な宣告と共に、組み手が始まる。
煉の恵まれた体格から繰り出される容赦のない重撃。
鋭い技の切れを誇る刃の肌を裂くような連撃。
そしてトリッキーな動きで相手を幻惑する攻撃が得意な戒
俺には反撃どころか、防御する隙すら与えられなかった。
何度も床に転がり、肺から空気が吐き出されるたびに、俺は自分を奮い立たせた。
痛みで意識が遠のきそうな中で、ただ一点、兄弟子たちの拳の軌道を見つめる。
彼らが次にどこへ重心を置くのか、どの角度で拳を突き出すのか。
俺は彼らの技を学習し、敗北を糧にひたすらに耐えた。
それが、後の最強の暗殺者としての血肉となり、俺という怪物を形作ったのだ。
刻覇の冷徹さは変わらなかったが、不思議と他の弟子との差を感じさせない空気が道場にはあった。
名を与えられた時点で、俺は流派の一員として認められたということか。
意味のない虐待は消え、代わりに残ったのは、ただひたすらに研鑽を求める、殺伐としつつも静寂な道場の空気だけだった。
ある月の夜。
道場の床板を鳴らす俺の足音を聞きつけ、影が一つ入り口に立った。刃だった。兄弟子三人の中でも、もっとも寡黙で、もっとも鋭利な拳を使う。
彼は黙ったまま、俺の型をしばらく眺めていた。
今の俺では到底届かない、圧倒的な高みにいる男の視線に、背筋が粟立つ。
やがて、彼は短く吐き捨てるように言った。
「腰が浮いている」
俺が息を呑むより早く、彼は俺の背後に回り込み、強引に重心を修正した。
「お前の突きは、力に頼りすぎている。呼吸を整えろ。筋肉の収縮の直前、一瞬の『無』を作れ」
彼が去り際、一瞬だけ見せた視線には、蔑みはなかった。
俺は改めて型を構え直した。刃の教えを、その言葉の温度を、細胞に刻み込むように。
それからも刃は、月夜や暁の静寂に紛れてふらりと道場へ現れた。
言葉数は相変わらず少ないが、俺が壁に突き当たっている時を見計らったかのように、絶妙な助言を落としていく。
実際、刃が何を考えているのか分からないが・・・
俺は確実にその教えを吸収し、道場の誰よりも鋭く、そして誰よりも冷徹な暗殺者へと変貌を遂げていった。
そして、三年の月日が流れた。
道場全体が、異様な緊張感に支配されていた。
季節は巡り、刻覇流の正統後継者を決めるその日が訪れたのだ。
煉 刃 戒そして俺。
四人が道場の中央へと呼び出される。
師である刻覇の視線は、誰にも慈悲を与えない鋼のように冷え切っていた。
「今日、この場にて、我が流派のすべてを受け継ぐ者を選ぶ」
師の宣言が、道場内の空気を一気に張り詰める。
これまで兄弟子として接してきた三人の背中に浮かぶ気配が、今この瞬間から「師の座を争う敵」へと変質していた。
殺気という言葉では生ぬるい。
それは、一人の生存者だけを認める残酷な殺し合いの序曲だった。
俺は呼吸を整えた。あの日のように、ただ叩きのめされるだけの「38番」はもういない。
今日、この日のために、俺はこの三年間を血と汗で塗りつぶしてきたのだ。




