第30話 大学生の冒険-恋愛脳断ち切り速成講座
恋愛脳の男は、一段ずつ鉄の梯子を登っていた。
上に行くほど、声がはっきり聞こえてくる。
上では、誰かが争っているようだった。
「最初から早く帰るべきだったでしょ!」
ツインテールの少女が不満そうに言う。
「今さら戻れない上に、あとで倍の代償払うことになるじゃん。」
「その時残るって選んだのも自分でしょ?」
金髪の少女がすぐに言い返す。
「私は無理やりなんてしてない。」
声がどんどん強くなる。
「いつも面倒なことだけ私に押し付けて、問題が起きたら全部私のせい?」
「それ、あんたも同じでしょ?」
黒髪の少女が冷たく言い放った。
「普段は私たちにやらせて、自分は“いい人”ぶって。」
「問題が起きたら責任転嫁。」
一瞬間を置いて、さらに声が鋭くなる。
「そもそも今回こうなったのも、あんたの変なアイデアのせいでしょ。」
三人は一言も引かず、口論はどんどん激しくなっていった。
そのとき——
鉄梯子から軽い金属音が響いた。
三人は同時に振り向く。
そこに、男の姿があった。
「戻る方法を見つけた。」
一瞬、空気が止まる。
「……なんで今さら戻ってくるの?」
金髪の少女が眉をひそめる。
明らかな不満。
男は固まった。
想像していた反応とまったく違ったからだ。
その変化に気づいた金髪の少女は、すぐに表情を変える。
「先輩、違うの、私……」
視線を落とし、声を震わせる。
「ずっと誰も戻ってこなくて……ちょっと怖かっただけで……」
涙がにじみ始める。
男は慌てて近づき、なだめる。
「大丈夫、大丈夫。俺が戻ってきたから。」
そう言いながらも、内心は戸惑っていた。
「で、その帰る方法って何?」
ツインテールの少女が急かすように聞く。
「すぐ分かるよ。」
男は少し胸を張って答えた。
「他の二人は?」
黒髪の少女が聞く。
「もう帰った。」
男は軽く笑う。
「俺だけ、わざわざ戻ってきたんだ。」
やや誇らしげな口調。
彼は続けて、自分の冒険のような話を語り始めた。
少し誇張し、少し脚色しながら。
自分がいかに苦労し、いかに特別だったかを強調するように。
三人の少女は時折驚いた表情を見せながら聞いていた。
その視線は徐々に彼へ向かい——
どこか尊敬の色を帯びていく。
彼は、自分が“特別な存在として見られている”ことに満足していた。
◇
「そろそろ来る。」
彼の耳元で声がした。
男は一瞬驚いたが、すぐにその不安は消えた。
“彼女たちを連れて帰る自分”という未来のイメージに塗り替えられたからだ。
「一つ教えておく。」
男は得意げに言った。
「あと十分で帰れる。」
その言葉に、三人の少女は期待に満ちた表情を浮かべた。
やっぱり——別の方法があったのだ。
少女Jなんて必要ない。
十分も経たないうちに——
「この人だよ。俺たちを外に出せるのは。」
男は満足げに少女たちを見た。
しかし、返ってきたのは驚きと沈黙だった。
「……それが方法?」
曉月の声には怒気が混じっていた。
「代償が必要って知ってる?」
男は首をかしげる。
「でも、世の中ってタダじゃないだろ?」
「何かしてもらうなら、何か払うのは普通じゃない?」
「しかも、そんなに大したことじゃないって言ってたし」
「大したことじゃない?」
曉月は声を荒げた。
「じゃあその分、あんたが全部払えよ。“大したことない”んでしょ?」
他の二人も同意するように頷く。
男は困惑したまま彼女たちを見ていた。
彼には、彼女たちがなぜ怒っているのか本当に理解できなかった。
むしろ自分が正しい側にいるとすら思っていた。
「別にあなたが間違ってるとは思わないよ。」
少女たちの声は急に柔らかくなった。
「たださ、ちょっとだけ彼女に頼んで、代償を下げてもらえない?」
「そうすれば一緒に帰れるじゃん。」
男はしばらく黙った。
そしてようやく理解した。
彼女たちはまだ何かを話していた。
声は上がったり下がったりしている。
彼はその場に立ったまま、何も返さなかった。
しばらくして、彼は息を吸い、ゆっくりと吐いた。
まるで何かを理解したように。
彼は彼女たちを一度だけ見て、それ以上は何も言わなかった。
そして振り返り、夏玖微の方を見た。
「精神力10%を支払います。帰れますか?」
「いいよ。」
彼は頷いた。
もう振り返らなかった。
その姿はすぐにその場から消えた。
陸念安は三人の少女を見て、冷たく言った。
「精神力20%。受ける?それともやめる?」
「もう少し安くならない?」
曉月が悔しそうに口を開く。怒りを含んだ声だった。
「私たちを帰すのに、そんなに大した力いらないでしょ?」
彼女は夏玖微と陸念安を指さした。
「なんでそんなに好き勝手に精神力を取れるの?」
陸念安は横目で夏玖微を見て、そっと手を握った。
まるで落ち着かせるように。
次の瞬間——空気が一変する。
「じゃあその理屈なら、私にも君たちを助ける義務はないよね?」
淡々とした声。
目が冷たくなる。容赦はない。
「30%」
三人の顔が一気に変わり、慌てて言い争い始めた。
しかし陸念安は動じなかった。
彼女たちが何か言うたびに、まるで値段を上げるように数字だけが増えていく。
冷静で、隙がない。
最終的に——
長い押し問答の末、双方は「合意」に至った。
一人あたり精神力55%を支払い、現実へ戻る権利を得た。
◇
二人は再び現実の小さなアパートへ戻った。
空はすでに夕焼けに染まり、温かな橙色が広がっている。
二人は視線を交わし、同時に小さく息を吐いた。
風呂を終えたあと、二人はソファに並んで座り、夕日に染まる街を静かに眺めていた。
「次からは……こういうの、私に任せて。」
陸念安が小さく言った。
夏玖微を見る目は少し柔らかい。
「……今日のこと、まだ気にしてるでしょ?」
確認するように、でも優しく。
そして彼女は一歩近づき、軽く彼女の鼻先をつついた。
「ちょっ——」
夏玖微は少し不満そうに手を振った。抗議するように。
「ふふ。」
陸念安が小さく笑う。
その笑みは淡いが、確かな温度があった。
やがて、また静寂が戻る。
「安ちゃん……」
夏玖微が少し迷うように口を開いた。
「もし私が、もう裏世界のことをやりたくないって言ったら?」
言葉を出すのに少し勇気が必要だった。
「やめればいい。」
陸念安はほとんど迷わず答えた。
「でも……」
「でもはなし。あなたは救世主じゃない。すべてを救う義務なんてない。」
穏やかだが、揺るがない声。
少し間を置いて、続ける。
「救いたいときに救えばいい。疲れたら休めばいい」
夏玖微は黙った。
「でも……もし私が行かなかったら、まだ苦しんでる人がたくさんいる」
陸念安は彼女を見た。
「じゃあ——」
淡く問いかける。
「それが、あなたと何の関係があるの?」
二人はしばらく見つめ合った。
どちらも何も言わなかった。
◇
夜、寝室。
灯りは消え、窓の外のわずかな光だけが差し込んでいる。
「ねえ……」
夏玖微が小さく声を出した。
「今週末、おじいちゃんのところに帰れると思うんだけど……一緒に来る?」
半年以上前から先延ばしにしていたことだった。
そしてそれは、二人が意見のズレを抱えてから初めての問いかけだった。
「いいよ」
陸念安は静かに答えた。
優しすぎるほど穏やかな声。
何もなかったかのように。
ただ——
夏玖微は感じ取っていた。
抱きしめる腕が、いつもより少しだけ強くて、どこか離さないような力があった。
【作者からのお願い】
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
「続きが気になる!」と思ってくださったら、下にある【ブックマークに追加】と、【評価の☆☆☆☆☆】をポチッと押していただけると、執筆の大きな励みになります!
皆さんの応援が、物語を動かす力になります。よろしくお願いします!




