第11話:前兆
【ローズ視点】
あの瞬間の夢を見た。 夜空を照らした光。 花火の爆ぜる音。 それを見上げていたヨシダの表情。 あの光景が、なぜか頭から離れない。
まるで、消えることを拒んでいるかのように、記憶の奥に焼き付いていた。 どうしてなのかは分からない。 なぜ、あんなものを何度も思い出すのかも分からない。
けれど――夢は、途中で変わった。 鮮やかな光は、暴力的な閃光へと姿を変え、 夜空は黒ではなく、血のような赤に染まっていた。 祝祭の音は消え、代わりに響いていたのは――絶え間ない戦の轟音。
そして、私は見た。 ヨシダの姿を。 あのか弱い体が、血に溺れていた。 私の腕の中で、息を失いかけている。
周囲には無数の死体。 焦げた空気。火薬と破壊の匂い。 私は鎧を纏っていた。 重く、血に濡れた、見慣れた戦装束。
だが彼は違う。 あの制服のまま――あまりにも場違いな姿で、その地獄の中にいた。
その時だった。 白い光が、すべてを包み込んだ。 あの光。 私の運命を変えた、あの光と同じ――
――そして、目が覚めた。
一気に上体を起こす。 乱れた呼吸が肺に突き刺さるようだった。 数秒かけて、ようやく息を整える。 全身が冷たい汗で濡れている。
ここがどこなのか、一瞬分からなかった。 だが、部屋の暗闇が現実を引き戻す. 窓の外には、まだ月が浮かんでいた. 家の中は静まり返っている.
……水を飲もう. そう思い、静かにベッドを降りた. 階段を下りる. 足音を殺しながら、一歩ずつ. 床が、わずかに軋む.
ピシッ――
反射的に息を止める. その時だった. 声が聞こえた.
「二人、七夕に行ったの?」
キヨミの声.
「ええ。少しでも気晴らしになればと思って」
リュウジンの落ち着いた声が返す. ……聞くつもりはなかった. 引き返そうと、一歩下がる.
だが――
「仲良くしているのは嬉しい。でも……ヨシダのことが心配なの」
その言葉に、足が止まった. 沈黙が落ちる. 重い. あまりにも重い沈黙だった. 時計の音すら、消えたように感じる.
「リュウジン……もう時間がないわ。病院に戻すべきよ。学校も……限界だと思う」
胸の奥が、強く締めつけられた. なぜかは分からない.
「……ああ。そのことは、明日ローズにも話す」
――は? 思考が止まる. ヨシダが……死ぬ?
呼吸が浅くなる. 胸の奥に、鈍い圧迫感が広がった. ……なんだ、これは. 苛立ちが込み上げる.
どうして、こんなことが気になる? なぜ、任務に関係のないことで心が乱れる? 私の目的は魔王だ. それ以外は―― ……それ以外は、どうでもいいはずだ.
それなのに. あの時の光景が、勝手に浮かぶ. 花火の下で、笑っていた彼の顔.
……チッ. 弱さだ. こんなものは、不要だ. 離れるべきだ. これ以上関わる前に――
「それと、もう一つ気になることがある」
リュウジンの声が続く.
「叔父さんのこと?」
キヨミ.
「ああ。加藤龍が昨日から行方不明だ。警察は青木ヶ原で最後に確認されたと言っている」
カラン――!
何かが落ちる音. だが、それよりも. その名前が. 頭を貫いた.
――加藤龍.
一瞬で、周囲の音が遠ざかる. 歪む. 遠くなる. 同じ名前.
……あり得ない. 偶然のはずがない. 心臓が強く打つ. 速い. 速すぎる.
これは――繋がっている. 間違いなく.
私は階段を駆け上がった. 息が荒くなる. 決めた. ここを離れる. 今すぐに. これ以上巻き込むわけにはいかない. あの世界の戦いに―― 誰も. 絶対に.
その時だった. 何かが動いた. 窓の外. 影が、一瞬だけ横切る.
反応は、思考よりも早かった. 筋肉が緊張する. 戦闘の感覚が、一気に目覚める.
……いる. 何かが.
ドアが、静かに開く音. すぐに分かった. 場所も、方向も. 音もなく近づく. 扉を押し開ける.
だが――
そこには、何もいなかった. 気配が消えている. 最初から存在しなかったかのように.
眉をひそめる. 部屋を見渡す. 痕跡を探す. だが――何もない.
そして、気づいた. ここは. ヨシダの部屋だ.
ベッドの上. 彼は横たわっていた. 体には複数の管. 静かに機械音が響いている.
ゾクッ――
背筋に寒いものが走る. ……魔王の手の者か?
「……ローズ?」
弱い声. ハッと我に返る. ヨシダが目を開けて、こちらを見ていた.
「どうしたの?」
落ち着いた声.
「えっと……通っただけ」
「……ごめん、よく聞こえない」
……しまった. 騒ぎにはしたくない. 私はベッドに近づき、そばに腰を下ろした.
距離が、近い. 思った以上に.
「眠れない……だけ」
そう言うと、ヨシダは小さく笑った.
「君でも、そういうことあるんだね」
少しの沈黙. それから.
「前から言いたかったことがある」
私は身を少し乗り出す.
「なに?」
「最初……冷たくして、ごめん」
「……どうして?」
彼は天井を見たまま答えた.
「君、すごく綺麗だから」
思考が止まる. 完全に. 時間が、止まったようだった.
「俺のこと、見たでしょ。あんな感じだし……だから、同じだと思った」
少しの沈黙.
「でも違った。君は違う」
目を閉じる.
「……ごめん」
言葉が出なかった. 空気が重い. 妙に意識してしまう. 鼓動が、速い. なぜか分からない.
私はそのまま、もう少し近づいた.
――その瞬間.
パッ――!
白い光.
「え?」
女性の声.
「ローズ……?」
別の声. 振り向く. ドアが開いていた. リュウジンとキヨミ.
逆光で、表情が見えない. 隣でヨシダが固まる. 顔が真っ赤だった.
「仲良しねぇ」
キヨミが笑う.
「これは予想外だな」
リュウジン. ……何が?
ヨシダを見る. 真っ赤. 完全に真っ赤. ……なんで?
そして気づいた. 動けるのは、私だけ. 位置的に. ――上にいるのも、私.
一気に顔が熱くなる.
「ち、違う!」
思ったより大きな声が出た. 耐えられない. 私は跳ねるように立ち上がった.
逃げた. 完全に.
部屋を飛び出し、自室へ駆け込む. ドアを閉める. ベッドに飛び込む. 布団をかぶる. 枕を殴る.
……なんだ今の. なんであんなに近づいた? いや違う. なんで私が近づいた?
顔が熱い. 冷めない. こんなの――戦場より厄介だ.
そして初めて思った。
私は――。
敵の倒し方が、分からない。
執筆の中でいくつか修正すべき点があることは自覚しております。学業が忙しく、限られた時間の中で書き進めているため、細かな部分でミスが出てしまい申し訳ありません。至らない点については、時間をかけて根気強く修正してまいりますので、どうかご容赦いただけますと幸いです。




