第112話:さあ、時間だ!
反乱翌日、帝都はまだ恐怖から抜け出せないまま朝を迎えていた。
街中には戦闘の痕跡が残り、親衛隊の兵士たちが区画を巡回して、逃げ隠れする最後の反乱者たちを容赦なく切り伏せていく。
ローズは残った親衛隊の先頭に立っていた。
「宮殿のすべての通路を制圧する! 塔、倉庫、地下の出入口をくまなく調べろ。城塞内に反乱者の一人たりとも残してはならぬ……もし見つけたら、容赦なく始末しろ」
兵士たちが口を揃えて答えた。「了解しました、隊長!」
ローズは地図を見つめたまま動かなかった。
吉田の「死」以降、彼女の中で何かが変わっていた。表情は相変わらず厳しいが、その瞳には以前とは違う光が宿っている。もはや彼女を動かしているのは、怒りだけではなかった。デルガドが死んだ今、吉田とその治世を守るために必要なのは、恐怖だけだった。
一方、帝都の外では状況が思わぬ方向へ進んでいた。一般市民たちが、逃げ出そうとする反乱者たちを自ら捕まえ始めていたのだ。
デルガド王子の死の知らせは瞬く間に広まり、それと共に民衆の怒りも爆発していた。
反乱者を親衛隊に引き渡す者。
引き渡す前に、自ら拳を振るう者。帝都は襲撃を受け、王は殺され、王子は王を生き返らせるために命を捧げた。多くの人々にとって、それはもはや憐憫の余地などなかった。
知らせは四人の地方大領主にも届いた。ルシアン卿、ガレス卿、オーウェン卿、ハロルド卿はほぼ同時に報告を受け取り、事態の深刻さを悟った。
デルガドは死んだ。反乱は鎮圧されたが、他の魔族がその不在に乗じて動き出さないとも限らない。そのため四人は、いかなる事態にも備えて兵力の動員と領土の防備を開始した。
その後の数日は、復興に費やされた。
城壁は修復され、街は清掃され、帝国軍は再編された。捕らえられた反乱者たちは容赦なく処罰された。しかし日が経つにつれ、ある重要な事実が明らかになっていく。反乱はあくまで帝都の問題であり、魔帝国のその他の地域は比較的平穏だったということだ。
——少なくとも、今のところは。
♦
吉田は巨大なベッドに横たわっていた。
まだ脚を思うように動かせず、無理に体を起こそうとすると全身に奇妙な感覚が走る。部屋の片側で、エリカが書類の山を前にした机に座り、数時間にわたって書き物を続けていた。
「これで……よろしいでしょうか?」
若き士官が一枚の紙を確認する。
吉田はベッドに横たわったまま頷いた。
「ああ。考えていたのはそういうことだ」
エリカが顔を上げる。
「陛下は、この貧しい帝国のことをよくお考えになっていますね」
吉田は天井を見つめた。
「ほぼ全部めちゃくちゃになってるんだ。無視するほうが難しいよ」
エリカが小さく笑う。
「おっしゃる通りです」
吉田はわずかに頭を彼女の方へ向けた。
「エリカ」
「はい?」
「大変になるぞ」
彼の口調が真面目になる。
「俺が動けない間、お前がこれをまとめられると思うなら……正直に言う。全部まとめてたのはデルガドだった」
エリカは書類を机に置いた。
「ご心配なく」
彼女はどこか自信ありげに微笑んだ。
「少しずつ覚えていきます」
吉田も笑った。
「そう期待してる」
数秒の沈黙が流れた。そして吉田は何かを思い出したように辺りを見回した。
「そういえば……ナラはどこだ?」
エリカが片眉を上げた。
「ああ、反乱の噂を聞いた時に、昔の家へ送っておきました」
吉田がまばたきする。
「昔の家?」
「ええ」
エリカは小さく笑った。
「すぐに迎えに行きます」
「あいつがあの家の主になってなければいいんだが」
「あの子のことですから、たぶんもうなってますよ」
二人は小さく笑い合った。エリカは再び書類に目を落とすが、数秒後にまた顔を上げた。
「陛下、一ついいですか?」
「なんだ?」
「もし陛下が私をここに連れてきてくれなかったら……」
彼女の表情がより真剣なものになる。
「そしてデルガド殿下が儀式を行ってくれなかったら、私も今ここにいなかったはずです」
吉田は彼女を見た。
「それはよかった」
エリカが微笑む。
「となると、私は陛下に二つの命を借りていることになりますね」
「二つ?」
「陛下に救っていただいた命と、殿下のおかげで繋ぎ止められた命」
吉田は考え込んだ。
「それは結構面倒なことになったな」
「なぜですか?」
「二つも命を借りてる部下ができちゃったってことだ」
エリカはくすりと笑った。
「何か要求されるんじゃないかって、心配ですか?」
「ちょっとはな」
エリカは肘を机につき、どこか怪しげに微笑んだ。
「でしたら、お気をつけあそばせ、陛下」
「何を?」
「ベッドの下の怪物を」
吉田は彼女を見つめた。
「は?」
エリカはさりげなく下を指差した。
「何が隠れてるかわかりませんよ」
吉田は眉をひそめた。
「意味がわからん」
「かもしれませんね」
エリカは笑った。
「もしかしたら、今まさに誰かが私たちの話を聞いてるかもしれませんし」
「エリカ……」
「ただの発言です」
吉田はため息をついた。
「お前、明らかに変わってきたな」
「陛下のそばにいると、悪い影響を受けるのかもしれません」
「おい!」
エリカは笑い出した。その時——
バンッ!
扉が勢いよく開け放たれた。ローズが部屋へ飛び込んでくる。
「吉田!」
吉田は硬直した。エリカも同じだ。ローズは何も聞かず、許可も求めず、まっすぐベッドへ歩み寄り、吉田の隣に座った。
気まずい沈黙が部屋を支配する。エリカはローズを見、ローズはエリカを見、吉田は二人を交互に見る。誰も口を開かない。
やがてエリカが微笑んだ。
「あはは……」
彼女はゆっくりと立ち上がった。
「陛下には、プライベートなお話があるようですので」
ローズがわずかに目を見開く。
「え?」
エリカは軽く頭を下げた。
「私は失礼します」
書類を抱え、去り際にローズへ視線を向ける。
「失礼します、ローズ」
彼女は笑った。
「そろそろお気づきになるといいのですが」
ローズは眉をひそめた。
「何に……?」
しかしエリカはすでに部屋を出ていた。扉が閉まり、再び静寂が支配する。吉田はローズを見、ローズは扉を見た。
「……」
「……」
「あれ、どういう意味だったの?」
「さあな」
ローズはため息をつき、吉田の方へ向き直った。彼女の表情が変わる。両手をそっと彼の頬に添えた。
「大丈夫?」
吉田はわずかに笑った。
「まあ、見ての通りだよ」
彼は自分の脚を見た。
「……思い出させるか?」
ローズは彼の意図を理解した。数秒、彼女は答えなかった。やがてそっと彼の顔を撫でる。
「そんなの、どうでもいいの」
彼女の声はとても穏やかで、ほとんど囁きだった。
「大事なのは、あなたが生き返ってくれたこと」
吉田は黙って彼女を見つめた。ローズはわずかに視線を落とす。
「あなたを失ったと思った時……」
彼女は少し間を置き、声がわずかに震えた。
「まるで、すべてが……突然……」
吉田は黙って、彼女の一言一句を聞いていた。
「どうしていいかわからなかった」
ローズは彼を見つめずに続けた。
「急に、あなたがもういなくなるってことしか考えられなくて……もう二度と、こんな思いはしたくない。絶対に」
吉田は視線を落とした。
「ロゼ、本当にすまない。俺が……」
彼は言い切れなかった。ローズが身を乗り出し、彼に口づけた。
優しく、ほとんど恥ずかしそうなくらいのキス。吉田は驚いて目を見開いたが、離れようとはしなかった。彼女はそっと彼の服を掴み、離せば消えてしまいそうで、そばに居続けた。やがて二人が離れると、どちらも真っ赤になっていた。
ローズは彼の目をまっすぐ見られなかった。
「何も言わないで」
吉田がまばたきする。
「でも……」
「だめ」
ローズは自分の額を彼の額に寄せた。彼女の瞳は、吉田がこれまで見たことのない強さで輝いていた。
「もう二度と、あなたを手放さない」
吉田は笑った。
「俺もだ」
ローズはさらに身を寄せた。彼女の唇は、彼の唇まで数センチ。まさにその時——
ベッドの下から、何かが出てきた。手だ。
ザシュッ!
その手がローズの脚を掴んだ。
ローズは悲鳴を上げた。「ひぃぃ!」
ローズは飛び上がった。
「なによこれ!??」
吉田はほぼベッドから転げ落ちそうになった。ベッドの下から、笑い声が響く。
「あははは!」
ローズが目を見開く。
「まさか……」
ゆっくりと頭が現れた。ぼさぼさの髪。巨大な笑顔。
「サプライズ!」
エレノアがベッドの下から這い出てきた。ローズは真っ赤になった。
「……」
エレノアは笑った。
「あらあら……」
彼女は二人を見た。
「何か邪魔しちゃったかしら?」
ローズが叫んだ。「エレノアァ!」
ローズは彼女に飛びかかった。
「ベッドの下で何やってたのよ!!!」
エレノアは走り出した。
「科学的調査よ!」
「ぶっ殺すわよ!」
「無実の海賊を殺しちゃだめでしょ!」
「お前は無実どころか何にも該当しないわよ!」
エレノアは部屋中を走り回り、ローズが追いかけた。
「こっちおいで!」
「やだー!」
「エレノア!」
「有名なベッドの下の怪物が本当にいるか確認してただけよ!」
「あんたがやる必要あった!?!」
「成功したじゃない!」
吉田は手で顔を覆った。
「信じられん……」
やがてローズはエレノアを捕まえた。
「さあ、何やってたのかちゃんと説明しなさい!」
エレノアは両手を上げた。
「退屈してただけよ!」
ローズと吉田が同時に声を上げた。「退屈!?」
「そう」
ローズは歯ぎしりした。その時、エリカの言葉を思い出した。
『そろそろお気づきになるといいのですが』
ローズは動きを止めた。彼女の表情が変わる。
「……」
エレノアは首をかしげた。
「どうしたの?」
ローズは目を細めた。
「あの部下……」
「エリカ?」
「覚えてろよ」
吉田はため息をついた。
「エリカは完全にわかっててやったと思うぞ」
エレノアは笑った。
「あの子、気に入ったわ」
♦
やがて部屋には、ある程度の平穏が戻った。エレノアは窓辺に座り、吉田とローズと静かに話している。ローズは吉田の隣、同じベッドに腰を下ろしていた。
「本当に……」
ローズはエレノアを見た。
「私たちを、卑怯にも置き去りにするつもり?」
エレノアは片眉を上げた。
「おい、くそったれ騎士……」
彼女はローズを指差した。
「ちょっと自信がつきすぎじゃない?」
ローズは眉をひそめた。
「どういう意味?」
「数日前まで、私が吉田のことでジョークを言うたびに殺しかけてたでしょ」
「それは別」
「そうね」
エレノアは笑った。
「今はあの子のベッドに一緒に座ってるわけだし」
ローズは赤くなった。
「黙れ!」
吉田は笑い出した。エレノアは窓に背中をもたれさせた。彼女の表情はどこか懐かしげだった。
「まあ……」
彼女は外を見た。その窓からは、巨大な魔帝都の一部が見える。
「私は海賊よ。もう長すぎるくらい海から離れてる」
彼女は笑った。
「体が海を求めてるの」
ローズは黙って彼女を見た。エレノアは続ける。
「みんなと一緒の時間はすごく楽しかった」
彼女の視線は地平線へ溶けていく。
「でも、そろそろ海に戻らないとね」
数秒、誰も答えなかった。やがて吉田が口を開いた。
「そうだな……」
彼はエレノアを見た。
「今夜、竜に乗って出発する」
ローズは素早く振り向いた。
「何?」
「ヘッセンへ向かう」
エレノアは片眉を上げた。吉田は説明を続ける。
「そこでレインエル王に頼んで、ワーウィックの女王と軍神に話をつけてもらう」
「何のために?」
ローズが尋ねる。
「彼らの領地に入らせてもらう許可を取るためだ」
吉田はため息をついた。
「あんまりいい関係で別れてきてないからな」
彼はローズを見た。
「それに、魔導王と鉢合わせになるかもしれないって恐怖を抱えたまま、あの場所に入りたくはない」
ローズは手を擦り合わせた。何かを考えているようだった。
「ヘッセン、ね」
吉田は頷いた。
「ああ」
ローズは小さく笑った。
「わかったわ」
何か重要なことを思い出したように、エレノアが指を立てた。
「ああ、そうだ。吉田、思い出したんだけど……」
ドスッ!
拳が彼女の頭へ正確に突き刺さった。エレノアは床へ崩れ落ちる。
「……」
ローズは拳を上げたままだった。吉田は彼女を見た。
「何した」
ローズは深く息を吐いた。
「何も。ただ手が滑っただけ」
エレノアはまだ気絶している。吉田はエレノアを見て、そしてローズを見た。
「本当に?」
「完全に」
エレノアは床からゆっくりと親指を立てた。
「ご、五分……」
そして再び倒れた。吉田はため息をついた。ローズは再び彼の隣に腰を下ろした。
外では、帝都が夜の闇に包まれ始めていた。ヘッセンへの旅が今まさに始まろうとしており、その国境の向こうに何が待ち受けているのか、まだ誰にもわからなかった。
部屋は静寂に包まれた。そして——
すべてが、真っ暗になった。
第1話からの誤字や変な表現、名前・用語の不一致などを直すため、1〜2週間ほど一時休載させていただきます……! 再開時にはお詫び&お礼として一気に3話投稿しますので、楽しみにしていてくださいwwwwwwww




