ハナレテル伯爵家の令嬢ハルナとの出会い
商店街の駐馬車場。右の座席からマームが降りる。御者がドアを開けてアカリーヌが降りるのをサポートした。
(ここまでがお嬢様気分だよねー)
周りは伯爵や子爵の馬車が並び、華やかなドレスの令嬢が近くの馬車へ乗るところ。ちょっと挨拶するのは礼儀だ。アカリーヌもわずらわしさを感じて、お喋りなんかはしない。
(やはり、飾りつけの派手な服に嫉妬はするけどね)
二十歳をすぎて落ち着いた女性は、かえって飾りのない服を選ぶが、まだキラキラに憧れるのだ。
瓦屋根の長屋が並ぶのを眺める。
(王女様の美容コーナーを見学してから、ダニエルのプレゼントを買うつもり。王都に住んでみたいね、たまにはさ)
通路を行きかう人々も様々で、さすが都会だ。
「王都は人も多いね」
温泉旅館みたいに帯を軽く締めた浴衣姿も見かける。気取った燕尾服の人や法被にステテコの男性。神話の書には『明治時代を複製』と記されているが、『明治』を何と読むか不明らしい。人々はアケハルと表現していた。
「アケハル式の生活スタイルは人気もございましょう」
「生活に余裕もある証拠だね。田舎のフーモトと差があるよ」
「さあ。参りましょう」
人並の切れ目をマームが先導して渡る。
長屋といっても、市場と似たような造りだ。長さ五メートル奥行3メートルぐらいの広さ。王城の煉瓦壁との間に10メートルほどの歩道があり、軒先へ『女王様の美容コーナー』と大きく書かれていた。
「あれが施術なのね、なるほど」
フェイシャル用というのか、美容室みたいな椅子。枕の部分があり、理容室の椅子に近い。髪を束ねて黄色い花模様のドレスをつけた女性が、仰向けになるお客様の顔を、くにゅくにゅ、弄っているところだ。
近づくと、声をかけるのは待機していたもう一人の女性。やけに内巻きの髪を束ねて伸ばし、似たような柄の服を着ける。
(子爵家のところかしら。金色の替わりに黄色を使うよねー)
「いらっしゃいませ。しばらくお待ちいただけますか」
手で示す場所は軒下。二人の女性が長椅子に座って待っている。
「見学に参りました。私は」
相手は最後まで聞かない。
「見学? 邪魔だからね」
急に態度も変える。子爵家令嬢らしき女性は瞳を上下させると鼻息と溜め息の混じった音を響かせる。服で判断したのだろう。
「うん。見たところ男爵家かな、ちょっと高いのよ、払えるかしら?」
さすがに都会だ、物価が高いらしい。そして、子爵家の子供には男爵家より上と威張る者は多い。
(見下した顔で教えられてたまるかって)
「教えてくれそうにないねー」
マームに呟いて、目を移すと同じ椅子はある。
美容椅子の後方には水を通す筒が見えて、タオルがテーブルみたいな棚へ置かれる。五個並んだ椅子の端っこにも人影が見えた。長椅子に二人の頭が見えるが施術者はいない。
「軒下を潜るぐらいは自由でしょうが」
アカリーヌは、さっきの女性たちがみてないから、と中へ入る。座っていた二人が気付いたか、立ち上がった。
「おいでやす。ツボ美容でかまへんか?」
神話時代にあった地域の言葉が混ざっているが、意味は分かる。ストレートの髪を束ねて、ドレスが緑のパステルカラー、首周りにはベージュ色のスカーフを巻く。伯爵家の令嬢かもしれない。ドレスで予想つくし、スカーフは伯爵家以上という貴族の証だ。
「フーモト男爵家のアカリーヌと申します。見学させていただきにまいりました」
軽く会釈した。ジャポネふうの挨拶が主流だ。相手も軽く応えて納得したように笑顔を見せる。
「名家やのう。私はハナレテル伯爵家のハルナ。アカリーヌ様は王女様に誘われたんかー? あのお方は、いつも説明抜きやけんなー」
何かを心得たように一人でうなづく。まえにも同じ場面はあったようだ。
「施術のやり方を、拝見させてもらえれば光栄です」
「美容術の違いはあろうけれど、自分の顔とは指が反対の動きになるでなー」
もう一人のメイドらしい女性に椅子へ座るように言う。実演して見せるようだ。
(実際に見てからのほうがいいか)
伯爵家にも分け隔てなく付き合う人はいるし、ハルナの訛りも親しみを与える。
背もたれが倒れると、筒の近くまでメイドの頭が来る。
「形だけやさかい。あとはアカリーヌ様の美容術でためしなはれな。うん、髪がお客さまに垂れるからのー、束ねるといいでー」
「はい。ありがとうございます」
ハルナは親切らしい。見て習う状態。
顔を湿らせるときにタオルは縦に二つ折り、お客様の口元を覆い、曲げて頬のほうへ上げて、額を隠すように折り曲げる。目と鼻だけが出た状態。タオルをちょっと押さえることで顔全体に湿り気が生じるらしい。
「なるほどね。お客様が触るわけじゃないから」
「お客様としては、お姫様気分でありましょう。これが施術かと」
マームの言葉で、納得もした。
「子供の世話みたいなものかしら」
弟が幼いころは面倒を見たのも思いだす。半分は玩具にもしていたが、愛嬌だ。
美容術を始めるハルナ。ツボを押さえる場所がリン波を送るのと似ていた。
(押し上げるより、引き寄せる感じかな。回すのも反対か。耳の裏、うなじ辺りはテクニックが必要かもしれない)
「繰り返すでー。応用しなはれなー」
「はい。ちょっと似ているようですので」
(こう、手首を曲げて)
仕草を真似てコツを掴もうとした。
ペタペタ、何かを叩く音が響く。
「始まったのう、ビンタ美容。やり方は、ちょっとちごうとる」
ハルナがひととおり終えて、メイドへタオルを渡しながらいう。
(そうだよねー。それはない)
「おかしいですよねー? 確かに頬をぶっているし」
「パッティングのつもりらしいがのー。あの方法が、頬がほんのり赤らみ可愛いと評判やねん」
「充血と思いますけど」
(美容術だと思いたいけど、受けたくはない施術だよねー)
「こんども長く続かんやろ。あれこれ美容術を変えてるんや」
ハルナが呆れたように言う。施術が色々ある、と思いだした。
「ほかの方は。お休みでしょうか」
「粘土美容の方がおったがのー、自分の屋敷で施術するからと辞めてったでー」
「それじゃ、私で三人というか、三組でしょうか」
「そうやのう。中々続かないなー。粘土美容は長く居たほうや。あの女が、あのような方やから」
ちょっかいを出すらしい。それは予想もできる。
「私もねー。ようすをみてからと」
参考にして、市場でもやれないかと考える。ハルナがなにか楽しそうに笑う。
「やってみることやねー。王女様のこともわかることがあるんよ」
「たびたびお会いしてると。いつもいばって、あっ、失礼」
「ああいう喋り方やろうなー。ずっとちやほやされてるはずでなー」
「ハーマベ王国の王女でしたよね」
「3番目やからなー、身内では肩身が狭かったようやでー」
「そういうことも話せるんだ」
つい普通にいう。ハルナとは気が合いそうだ。
話しているときに、かわいい、とか煽る声。施術が終わったらしい。子供の赤いほっぺならいいが、大人はどうだろう。いまの王都では流行っているのかもしれない。
なにかざわついて、美容コーナーへ近づくのはキャリロン王女だ。
「苦手やねん。予約客がくるまで、買い物に行こかー」
言うと、メイドに合図して出かけて行った。
令和時代の常識は通用しないのもしかたない。魔王エーアイが誕生する20世紀より以前は神話になっているが、記録されて判ることも多い。
キャリロン王女は子爵家令嬢の二人に声をかけるが、アカリーヌに気づいたらしく近づいてきた。歩き方はスカートの揺れに合わせた足運びで優雅だ。
「アカリーヌ。やる気まんまんじゃな。売り上げの一割を払えば良い、あとは儲けである。さっそく始めてよいぞ」
一割なら、貢物の5割よりお得感がある。しかし、未だ迷いはあるし、準備もしていない。
「市場のコーナーもございますし。竜の涙を持ってきておりませんので」
「慌て者じゃな。それも愛嬌であろう。取りに行けばよい」
(せっかちだねー。まだ、施術をするかしないか迷ってるけど)
「フーモトは、遠うございます」
「まあよい。明日からでも構わぬ。施術のやり方はアーホカに教われ」
さっき控えていた女性に合図すると、アーホカらしい女性が勿体ぶったように歩いてくる。
「王女様に指名いただき光栄です」
丁寧にお辞儀をすると、アカリーヌへ説明するつもりらしい。
「施術伝授の手数料百マニーを前払いしていただきたい」
(なんだ、さっそく商売か。あまり付き合いたくない)
「いえ、ハルナ様に教えていただきましたから。ご遠慮もうしあげます」
あの頬を叩く方法はやりたくもないし、椅子の使い方は分かった。それに、百マニーは一万円相当だろう。
(大金などもってないし、払う気もないからね)
アーホカは興味深いというか金儲けしたいような目つきでしつこい。
「それじゃあ、他国のクリームは。マッサージに最適でお勧めしたい。三十マニーでお売りいたそう」
「椿油がございます。あの。施術の料金は決まっておられるのでしょうか」
それが聞きたい。竜の涙は五マニーで売っているし、施術して売り込みたい。
「庶民の使うあれか。やはり男爵家でございましょうねー」
見下した言い方だ。仲良くはしたくない女性。
(なにさっ。そっちは、お情けで爵位を継いだ子爵の子でしょ。あとからハルナ様に料金の相場は聞こうと思う。それでも、ちょっと言い返してあげる)
「領地を所有しております。アーホカ様は、どちらにご領地はおありでしょうか」
領地を所有しているならアカリーヌも顔見知りだ。屋敷だけ構える子爵も多いが、それは領地を所有するよりは格下なはず。
「失礼なことを。イケスカナイ王妃のご実家で、中立をまもり家督をつぐタニマノ伯爵の叔父が先祖のショーモナイ子爵家だ。腐っても鯛なのよ。お判りかしら」
(聞くだけで目まいがして覚えられない系譜を威張って言うか)
つまり領地はないということ。やり込めてやろうと、腕を組み、言葉を構える。
「爵位は美容術に無用じゃ」
キャリロン王女が口を挟む。あまりトラブルは歓迎しないふうだ。やはり王家育ち。
「施術の料金であるか」
「はい。竜の涙を売れば良いと考えておりますが」
「技術など見えないものにも対価を払うであろう。施術も一緒じゃ。まえの方たちは二十マニーを頂戴いたしてた」
「それが相場かと。贅沢でしょうから、美容は」
衣食住に直接は関係ない。それでもキャリロン王女に思惑があるらしい。
「綺麗になるのは女性の望みじゃ。二十マニーなら、無爵でも体験できるであろう。私に近づくために自分を磨けばよい」
さらっと無爵というが、正式には親が爵位を持つ。子供は準貴族だし、無爵は子爵の子供を指してもいる。男爵の令嬢にも当てはまる。
キャリロン王女は自分中心だが、美容に感心を持って女性が綺麗になることには同感できる。
「参考にさせていただきます。きょうは見学でございます。ほかの場所も見てまわりたいと」
ついでだから、商店街で買い物をしたい。ダニエルへのプレゼントもそうだが、髪を束ねるのは、新しいのを買おうと考えた。
(市場でも施術をするとなれば使うよね)
「そうであるか。私が案内しよう」
さっそくと歩み寄る。ちょっと馴れ馴れしい面もあるらしい。
「いや、肩がこる。あっ。違いました。恐れ多いことで、ご遠慮もうしあげます」
(ニーバンの言葉を覚えてしまったよー)
「肩が? どこかで聞いたことばじゃが。ま、良い。なにか在ったら合図いたせ。私は部屋におる」
「御殿へは。ちょっと恐れ多い」
男爵家の娘が用事があるからと行ける場所ではない。
「本丸御殿の二階に住んでおる。ほれ、見えるであろう」
振り返れば、すぐ近くの王城の塀から、煉瓦造りの御殿は二階が露わになっている。人の動きは分かる距離だろう。
「のろしでも上げればよろしいのでございますか」
「旗があるゆえ。気づいたら参上してあげよう。着替えねばならぬから、あとは好きにいたせ」
スカートを翻して、王城の門へ向かう。ここは裏手になっているが、奥に三層の天守閣があり、金色のしゃちほこが太陽で輝く。
神話時代の日本と外国の風俗どころか、城もごっちゃ混ぜになり、歴史家を混乱させているのがアケハル式ジャポネ文化の特徴だ。




