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ニーバンが騒ぎを起す男たちを懲らしめた。恋と仕事が動き出す

 マームが何かに気付いたようだ。アカリーヌの隣へ来て、背伸びしながら確かめるふう。

「またボンクラ三兄弟が、おでましでございます」

 歓迎はしていない口ぶり。ボンクラ子爵の三兄弟がたまに遊びにきて騒ぎを起こす。

(せっかく楽しくしてるのに。違うか、なにを考えてるんだ、私は)

 気の合う人と話すのを楽しみにしているのは確かだが、仕事だと思いだす。

「ちょっと話してくる。いつもインワイで下品な話題で困ってるけどねー」

 話し相手をして、終いには蹴飛ばして帰すを繰り返してもいた。

 ニーバンが男性の下心を代弁したようにいう。

「女に相手されたいのが目的だな。無視するわけにはいかないか?」

「騒ぎを大きくしたくないしね。いちおうは爵位が上だし」

 男爵家は庶民に近い暮らしだ。それを気にしないようにしてはいる。

(貴族だあー、と威張る奴もいるしね。敬ってもないのに敬語を使うのは、ほんと、歯がゆい)

 案の定、竹製のコップが幾つも倒れる音。商品の陳列を荒らして面白がる三兄弟。紫のマントを羽織る。

(また、やったわね)

「止めなさーい!」

 大きな声で叫び、スカートをつまんで上げると小走り。

(子爵の子供でしょ。貴族らしくしなさいって)

 いつものことだが、被害が出たとなれば、蹴飛ばしてやろうと考えた。

(あらっ、なに)

 萌える草原の香りがする突風が吹き、左横を走り抜けるニーバン。百メートル走のつもりか。

 三兄弟が振り向むき、トラブルを歓迎もする変な笑いかた。

 手前の馬面男が「貴族に」と言う途中の顔面へニーバンの拳がぶつかる。

 馬面男が足から崩れて倒れる。

 四角顔は兄貴分らしい。一歩わきへ避けて、もう一人へ合図する。指名されてヒョウタン顔が拳を振り上げたが、ニーバンの動きは止まらない。

「ぐわっ」ヒョウタン顔は腹を殴られて崩れ落ちた。

 四角顔は遠く退き、距離を取りながらも威厳を保ちたいらしい。

「俺たちをボンクラ」

 最後まで言わせないニーバン。

「名乗る資格無し!」

 ジャンプして相手の胸倉をつかむ。

「紫のマントとは、不敬罪だ」

 王家しか使えない色が紫だ。ニーバンが相手を転がすように倒して、マントを剥ぎ取り脱がせた。

(なんなの! なんなの?)

 アカリーヌは立ち止まってながめるだけだ。

 四角顔は白っぽい土ほこりのついた貴族服で態勢を立てなおし、よろめきながらも強がる。

「俺たちには祖父の伯爵様がついてるんだぞ」

「それで」ニーバンが笑う。ボンクラ子爵の家系は知っているらしい。

「トーナリーノ伯爵か。私が話をつけよう。ついてまいれ」

 相手を曳きずるように歩きだす。あとの二人も強い相手に手をだせないらしく、騎士に制されながら続いた。

「へええっ。強いんだ」

 見送るように眺めながらつぶやく。クラゲがなんとか、子供みたいに燥いでいたのとは落差がある行動に、胸が熱く、鼓動が早くなる。

(言い寄る男たちとはちがうんだ。なんだろう。恋というものかな)

 淡い恋心は経験したが、歳の離れた騎士で、結婚していた。同じような思いがあるのに気づく。

(ニーバンはいくつだろう)

 二十歳は越えているだろうが、そんなに歳が離れているわけでもない。

(でもねー。どこの人かも知らないし、竜の目の涙を欲しがるとなると)

 国を混乱させようと企んでいるのか。

(竜の目の涙で恋人の考えを知りたいというなら分かるけどねー)

 恋心と疑惑で、ニーバンの青い瞳の内側を見たい気になった。


 松の並木からニーバンたちが去っていくと、アカリーヌは竹製のコップが気になる。見ると、マームが手伝いながら、棚へ並び終えたところ。

「怪我とかは、なかったかしら」

 近づくと、逆に謝ってくる店員。マームが、お嬢様はお気遣いなく、と駆け寄る。

「お気持ちは伝えております。さあ、戻りましょう」

(被害にあった店員が謝るのは筋ちがいとも思うし、親しく話したいだよねー)

 化粧水のコーナーへ戻りながらも不満だ。

「よそよそしくなったよ、みんな」

「お嬢様にはお嬢様の役目がありますから」

「いいところへ嫁に行くことか。嫌だ!」

 腕を組み頬を膨らませる。庶民と仲良くしたい思いがある。

「そうではございません!」

 マームも強く言う。怒れば叱って返すのはいつものこと。たまにやりとりする内容だ。

「お嬢様は着飾り、好きなことをなさいませ」

 貴族のように、ちゃらちゃらしたのは好きでもない。それは爵位が上の女性たちへの反感と焼きもちでもある。

「何をすれば? 十六歳になって王城へ通うころから、みんなが遠慮している」

「お嬢様は、みんなの憧れ、象徴でございます。お転婆も、また良いかと」

「お転婆は余計だー」しまいには笑って言う。

 ここでマームへ話せるのが気分転換にもなっていた。

(だけどさー。このままでは違う気もする)     ・

 六歳のころに、水害があったのを思いだす。市場の場所へ多くの庶民が避難した。

「賑やかだった。はしゃいだけど、いま考えると不謹慎だよね」

「そんなことはありません。私も子供でしたが、避難しておりました。お嬢様の無邪気でお転婆な姿に癒されました」

 マームが状況は詳しく覚えているらしい。台風があり被害者もでたが、河川や家屋の整備がなされた。

「みんなはお屋敷へ入るのを遠慮してました。お嬢様が、入って入って、と急かしたのでございます」

 フーモト男爵や奥さんから招かれても遠慮した庶民だが、子供相手では無下に断れなかったらしい。

「赤子や年寄りは縁側から上げてまでくださいました。あのときのお嬢様は泣いていらっしゃいましたよ」

 子供ながらに状況を理解もしていたはず。自分たちだけ座敷でのんびりしてられない気持ちはあっただろう。

「あまり覚えてないけど。水たまりで飛沫をあげて大騒ぎさせた」

 大雨の後で地面はぬかるんでもいた。

「忘れることもありましょう。ただ、みんなが癒されたと思いますよ。自分たちは生きている、と前向きになれたという者が多いですから」

 王家から支援物資も届いて、落ち着いてくるが、別のところへ避難した人たちへ食料を運ぶのについても行った。一年ほどは、この状況が続いた。

「庶民と親しく遊ぶのは楽しかったことだけ覚えている。男爵家は特別なのかな、と思うようになったのも、このときからだよ」

 それで、何が特別か、いまは分からないでいた。

「こんどはお嬢様のやりたいことを楽しんで頂けば、みんも喜びます。社会が身分を創ってるのでございましょう。選ばれた運命で何をなさるか、お嬢様の自由でございます」

「これが大人になるということかな?」

「むつかしいですけど。コーセンスイは何かのヒントになると考えております」

 温泉としての発想はまだないが、他国の情報も少ない。

「王子様が貨幣は便利とおっしゃってたよね」

 貨幣の流通を広めれば生活が楽になるらしい。庶民の気持ちをつなぐためにも、役に立つと考えている。

(王女様がおっさ、おっしゃった美容コーナーが何か変えるかしら。母にも相談したけど、ひとつの方法らしいね)

「宙ぶらりんだよね」

「何がでございます」

「貴族にも庶民にもなれない。私はだれ、ここはどこって感じ」

「恋をなさいませ。勇気をだして」

「変われるものなのか、恋をすれば。どんな感じだろう」

 問うが、なんとなく気づく。ニーバンへのときめきが恋かも知れない。それでも、正体不明な相手を信用するには早い。

「やはり女は、自分から好きになれる男がいいですよ」

「言い寄る連中に、ろくな男はいなかったね」

 好意を寄せてきた二人へ、内緒で竜の目の涙を飲ませてみた。結果は、男爵家を利用したいとか、遊び気分だった。

「そのうちに現れますよ。いつ出会うか。出会っているかもしれませんけど」

 マームは、ニーバンへアカリーヌが関心を示したのも気づいているようだ。

 勇気を出す、というマームの言葉は意味も分かるアカリーヌ。恋人を作り、なにやらいちゃいちゃするのが楽しいらしい。貴族の知り合いが話すのを聞いてもいる。そういうのに興味はあるが、いざ、この男と……、と考えればロリコン子爵のいやらしい指や表情が浮かぶのだ。

(やってられないって感じ)

 それでニーバン。野性的で、変に無邪気なところへ好感を持っている。

「あっ。化粧水を売るの、忘れてた」

「また、いらっしゃると思いますよ。ボンクラたちを、どうしたか教てくださるでしょう」

「そうだね。お礼も言わなくちゃ」

 また会える気がして遠くを見れば、ヒヨドリが鳴いて松並木のほうへ飛んでいった。


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