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化粧水の正体をニーバンへ教える

 白馬が松並木に見えた。店頭のテーブルへ椿油を並べながら、ニーバンだ、と気づく。

「竜の目の涙のことかしらね」

(そうなら、朝早くから、しつこい男だ)

「お知り合いの女性へ化粧水をプレゼントするのかも知れませんですね」

(それならそれで、ちょっと不満。訳ありの男だし、興味もあるけど)

「マームの言う通りかもね。ま、いいけど」

「なにが、でございます」

「なんでも」

(気になるのは確かよね。お喋りするだけなら良いじゃん)

 男嫌いというわけでもない。庶民でも話の合う人は親しくなれる。


 屋台に沿って歩いてくるニーバンと連れの騎士。広場では無地の服を着けた業者の庶民や子供が行きかう。たまに笑い声が聞こえる賑わいなのは、貢物に出せない規格外の野菜や手作りのスプーン、伝統工芸品などを交換したり買ったりしているから。

 軒先から出て声をかける。

「ようこそいらっしゃいませ。なにかお求めでございますか」

 ニーバンは友達みたいに話しだす。

「週明けも賑やかだな。しかし、いつも、その喋り方か」

 敬語は苦手だから耳に馴染む話し方だ。

「いえ。いつもは普通です」

「いつものように喋っていい。貴族とやらのような言葉を聞くと肩が凝る」

「はい。承知しました」

「わかった、でいい。そうだ化粧水ってやらを見せてくれないか」

 ニーバンが笑って、お客様用の椅子へ座った。

(ちょっと強引かも。男ってそういうものかな)

 ニーバンはなにか考えるように顎へ左手を当てる。広げた人差し指と親指は、あんがい長い。外歩きのせいか肌はくすんで、指も間に枯草の残骸が残る。

(草原とか行ったのかしら。汚れるのに男は無頓着だから。これは、化粧水を売り込むしかないね)

 いちおうは商売をしているつもり。

「男性の肌にも効果がありますのよ」

 洗えば良いだけのはずだが、竜の涙は特別。

「魔王エーアイの魔法で作られた、コーセンスイという大地の恵みを使えば、綺麗な肌になりますから」

 ニーバンは顎から手を離して言う。

「水で綺麗な肌か。男には分からないが」

 ちょっと首を横に振るが、興味はあるように自分の手へ視線を落とした。

「ニーバン様の指で確かめていただけば納得なさいますよ」

 ニーバンは、よし、とうなづく。

 竜の涙は鉱泉水。温泉と同じ成分のはずだし、化粧水なのはまったくのでたらめでもない。アカリーヌは魔女から教えられたが、リン波という念力を指から送るフェイシャルマッサージの術が使える。


 ニーバンは他所の国へも馬で出かけているらしい。お喋りで、貴族ではないような話し方だが、乗馬着は庶民が持っていないはず。

 マームは樽から竜の涙を鍋に移しているところだ。鉱泉水を適度な温度を保つようにしていた。

「樽に入っているのか。あの火は?」

「メイドが化粧水を温めております」

「へええ。しかし治らんな、その話し方は」

「説明は、ね。これが化粧水だ、とは言えないでしょ」

 つい、ため口になるが、そのほうが良いとニーバン。雑談をしたいようだ。

「クラゲを知ってるか?」

(らげ?)

「それはな海にあるゼリーみたいなやつだ」

 考えさせずに、自分勝手に話すのは愛嬌か。

「食べられはしない。海の中で、ふわふわ、ゆらゆら綺麗だぜ」

(子供みたい。楽しそうにお喋りするんだ)

 低い声で燥ぐのが、妙に魅かれる。中身のないお喋りは敬遠したいが、興味心をくすぐる話題に、自然に笑ったり、うなずいたり。

(怖そうな人だったけど話しやすいし、物知り。ほんと、こういうこともあるからね。市場にいるのは楽しいんだよ)


 マームがうやうやしく木製の風呂桶をテーブルへ置く。いまの時期は人肌の熱さを指に感じる温めたコーセンスイだが、温泉水と思えば良い。

「魔法の化粧水で軽く手を洗えば、すべすべ肌になりますから」

 右の掌で左手を撫でるようにする。直接自分の手を入れて洗うわけにいかない。

「風呂桶とは。ふーん。それで綺麗に」

 アカリーヌの顔を見て、納得したようにうなずく。綺麗な肌は、これのせいだと思ったのだろう。

(正直な人だね。まともに顔を見るのが子供みたい)

 下心は感じられない純粋な青い瞳だ。もっとも、アカリーヌの肌がきめ細かいのは化粧水というか、温泉水のせいではない。

 嫌味を言ってた若い令息のことなど忘れた。割り切ったら、異性とかは気にしなくなる。

「軽く洗うだけです。それから、リン波を送る念力のコツを教えましょう」

 リンパマッサージのやりかただが、男性には分からないらしい。

「リン波。私にもできるのか?」

「はい。しばらくは化粧水に手を浸してもらえば実感できます」

「こうか」

 ニーバンが両手を風呂桶へ入れた。(豪快だねー) 竜の目の涙でなくても、手がかりをつかみたいらしい。

「温かい。む。ぬるぬるするが」

「はい。肌を滑らかにしているところです。これからリン波を送る方法を教えましょう。指を一本ずつ包むようにマッサージします」

 アカリーヌは自分の左手の中指を右手の人差し指と親指で包み、回しながら指先まで、軽く摩るように上げる。


 温泉水の成分が化粧水にも使われるし、まったくのでたらめでもない。

「これだな。滑らかな肌触りだ。私の指と思えない」

(ちょっと不器用だけどさー。ま、良いか)

 すぽすぽ、指を引き抜くような手つきだが、男性はそれぐらいで良いのだろうか。

「両方の指を終えたら、化粧水から手を出してください。椿油で潤いを与えましょう」

「女みたいだな。男にも必要か?」

 ニーバンは両手を風呂桶からだすと、水を切るように、ぶらぶら(てのひら)を振る。

「こらっ。跳ねるでしょ」弟の悪戯を注意するみたいになる。

(しまった。お客様だった) ここは無理して神妙な表情を作る。

「可愛いじゃん」ニーバンは何かを面白がって笑い、悪びれない。

 アカリーヌは顔の筋肉がよく動くから、表情も豊かだと言われている。


(もう少しは丁寧に話せるんだからね)

「だから、違いますのことよ」

(ちょっと間違えたか)

 やはり貴族風に喋るのは唇が動かしにくい。

(もう普通でいい。気を取り直して、と)

「掌と甲の化粧水を手首の方へ摩るようにふき取って」

「これも、すべすべだ。見違える」

 (さす)るより(こす)るような手つきだ。

(女と手加減が違うのかな。細かく教えるほどでもないか)

「乾燥しますから。椿油を少々つけます。それを両手に伸ばすようにしてくださいね」

 アカリーヌは竹筒に入った椿油をニーバンの掌へ垂らす。濡れた掌が赤みを帯びていた。

「こうか。へえー。あれか。女は、いつもこうしているのか?」

 ニーバンは言われた通り、まじめに手首へ向けて椿油を伸ばす。

「肌の手入れが大切なの。お化粧も大変らしいのよ」

 とくに、母の苦労話は聞かされている。

「アカリーヌはすっぴんみたいだが、化粧しないのか」

「普段はしませんよ。魔法の化粧水を使うのも、たまにでいいぐらい」

 ほかの女性は分からないが、まだ自然なかたちで潤いの肌を保っている。

(それより、爵位が分からないけど、どうしても上だよね)

 男爵家の息子なら騎士は連れてあるかないはず。どこの爵位と関わるのか聞いてないが、貴族同志の会話は舌がこそばゆい。

(まえからの知り合いだったみたいに喋るけど。ニーバンが話してたように、肩が凝らないよね)


 ニーバンも、やはり気になることは知りたいらしい。

「その、化粧水とやらは、いくらする。竜の目の涙とは違うのか」

(後半は、聞いてないことにしよっと)

「椿油もお付けして、ひと樽5マニーです。数に限りがございますので」

 裏庭で湧いているが、汲み取るのに手間もかかるので、いつもの台詞。100均みたいに1マニーで買えるものが多いこの市場では高いが、貴族の関係者がついでに買うときもある。

(たまにしか売れないし、商売としては成り立ってないけどねー)

 マイナーなお土産品といったところだ。ニーバンが相場は知っているような口ぶり。

「化粧品としては安いな。王都の5分の一の値段だ」

 きれいになった手をすり合わせて感心しているようす。

(ほほう。田舎を旅する変人ではないらしい。訳ありの道楽息子かなー) 

 ニーバンが悪いことを考えているように思えなくなる。竜の目の涙を欲しがる理由も聞きたいが、すぐには問いただせない。

「元がただなの。竜の涙は裏庭に湧いてますから」

「湧いている? なるほど。そのリン波に秘密があるのだな」

 化粧水よりマッサージに興味を持ったように、身を乗り出すニーバン。

(おっとと) ちょっと後ろへ身体を引いた。

(距離感がないの? 目がわるいのかしら)

 探し物へ拘ってないのか。ニーバンをみつめる。

「正直に教えたからさ。竜の目の涙が、なぜ必要なの?」

 ニーバンは、なにか納得したように姿勢も正して座る。

「正直でまっすぐな女だ。いや、私も秘密ではない。ある人の本心が知りたくてな」

(竜の目の涙が、隠し事を話してしまう効果があるのは知ってるみたいだね)


 竜の目の涙は、前のイケスカナイ王国を混乱させた魔法の水。

 飲んだ伯爵や王の側近たちが己の欲望や横領など、酔ったような口調で饒舌に喋り始めて対立、内戦へと発展した。侯爵家だったアトゥカラが勝利して、いまのアトゥカラ王国が成立したのだ。


(恋愛関係かもしれない。相手の気持ちで知りたいのは恋でしょ)

「ある人。男も女も心の奥は隠しているからね」

「へえ」ニーバンは感心したような、秘密を知ったような笑顔をみせる。

「子供と思ったら大人みたいなことを言う」

「いろいろあるのよ」

 八歳のころ、ロリコン子爵へ誘拐されそうになり、蹴飛ばして逃げた。だから男性を警戒もしているが、いまは話すことでもない。

「恋の相談なら、魔女様にお願いしてみる。相手の隠し事だから、知らないほうがいいけどねー」

 それにニーバンは手と首を横に振る。

「恋とは違うんだ。うーん。いまは証拠もないから話せない」

 噂や憶測は喋らない質らしい。

(話し相手としてなら仲良くもできそう。だけど、どうだろう。やはり男は狼なのよ。優しい言葉をつかってもエゲツナイことを考えているはず)

 男性と友達付き合いはするが、深い仲を避けて、十八歳になった。マームがいつも付き添うのが安心もさせている。


「魔女様と言うと、あれか。森の妖精だな」

 そのようにいう地域もあるらしいが、答えは聞かないニーバン。

「スマフォーと呼ばれる集団だったらしい。男は森の奥に住んでてな、魔女たちが魔法で人里へ近づく」

 アカリーヌが会っている魔女も、スマフォーと名乗っているが、固有名詞ではない。古代史に記されているのは、魔王エーアイとスマフォーたちが戦い、世界に小王国ができてしまったということ。

 ニーバンはスマフォーたちとも会っていて詳しい。アカリーヌの知らない、よその魔女のことも興味のある話題だ。

(ニーバンは、たぶん貴族と思うけど。旅商人みたいな話だね)

 異国をまわる物売りがいる。フーモト地方は王都や諸国へつながる場所にも位置していて、イケスカナイ王朝のころは王都の城下町だったらしい。

(田舎町だけどさー。大通りは他の国の人たちも通るし、市場も成り立つってわけ)


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