約束をするのはやぶさかではない
信利が席に戻ってまもなく、店員が料理を運んできた。
湯気を立て、食欲をそそる品々に、希美は微笑まずにはいられない。
「よし、まずは食べよう! 三人の出会いを祝して、カンパーイ!」
希美達と違い、ドリンクのない征明が信利のおしぼりを掲げ、乾杯の合図をしてくる。
「……待ちなさい、征明。誰がいつ、お前をこのテーブルに招待した」
すっかり冷静さを取り戻した信利が、隣に座っている征明へと冷たい視線を向けている。
「だって俺の友達、もう帰っちゃったもん。大丈夫、こんな時に言う言葉を俺は知っているから~」
にこりと笑うと、征明は信利へとしなだれかかっていく。
「兄ちゃぁん。俺、今夜はこのまま帰りたくない~」
「帰れ。今すぐに帰りなさい」
「つれなーい! そんなひどいこと、希美ちゃんは絶対に言わないよね~」
いつの間にか、自分への呼び方が『希美ちゃん』へと変わっている。
それに対し、ひどく驚いた様子で信利が言葉を詰まらせた。
「なっ、きっ、きみちゃ……! おい、今日あったばかりの女性に、お前というやつは!」
「いいじゃん、だって俺達、友達だもん。ねっ!」
覗き込むように自分へと笑いかけてくる姿は、やはり『可愛らしい』と呼ぶにふさわしい。
いつもならば、こんなふうに声を掛けてもらっても、緊張でうつむいてしまうところだ。
だが、信利に対する態度や、保護欲を掻き立てられる言動に先程から希美は笑いが止まらない。
きっと自分が緊張をしないようにと、彼は行動してくれているのだ。
そんな配慮をしてくれる彼に、自分も向き合いたい。
「そうですね。私達、お友達ですよ。どうかこれからもよろしくお願いしますね」
「うん! うん! じゃあ次に会うのはいつにする? あ、明日って空いてる?」
「ま、ま、まっ、待ちなさい征明ぃ!」
持っていた割りばしを、折りそうな勢いで強く握りながら、信利は隣へと顔を向ける。
「うん? 別に待つのはいいけど、兄ちゃんすごくどもってるじゃん。どうしたの?」
「いや、……何でもない」
「そう? じゃあ続けるね。明日は土曜日だし天気もいいから、ぶらりと伊織公園なんかに散歩に出かけるなんてどうかな?」
「伊織公園ですか? 私、そこに行ったことが無いから、場所がよくわからないですね」
希美の言葉に、信利の眉がぴくりと揺れた。
「……征明、一つ確認させてくれ。その公園に行く時間は、何時を予定しているんだ?」
「時間? なんでそんなことを聞くって。あ~」
にやにやと笑いながら、征明は信利の首へと両手を絡めていく。
「夜だったらどうしようって思った? 伊織公園は夜、カップルが多いもんね~」
「おっ、お前というやつはっ……!」
どこ吹く風といった顔で、征明は信利から体を離すと、希美へと笑いかけてくる。
「伊織公園は高台の公園なんだ。だからあたりの景色が一望できる、とても素敵な場所なんだよ」
「わぁ、そうなんですね。それは興味がわいてきまし……」
わざとらしい咳払いが、希美の言葉を遮る。
「最近、どうも運動不足が否めない。朝の公園の空気は、健康にもよさそうだ。早い時間帯であれば、……わっ、私もその公園に行こうかと」
何ということだろう。
この三人で出かけることが出来るなんて。
嬉しさでこみ上げる笑顔を向け、前に座る二人へと弾んだ声で話しかけていく。
「とっても素敵ですね! 私、明日が来るのがすごく楽しみです。ふふっ、嬉しいなぁ! あっ、明日は何時にどこに集合ですかって、……あれ?」
どうしたことか、二人はまばたきもせずに、自分を見つめ続けている。
「一水さん、浦元さん? どうされました?」
声を掛ければ、はっと気づいた表情を浮かべ、二人は互いに顔を見合わせている。
どちらともなく、ぷいっとそっぽを向く姿に、たまらず希美は吹き出してしまった。
約束をする、明日を待つということ。
それはこんなに、楽しいことだったのだ。
彼ら二人もそうであったらいい。
そう願い、希美は穏やかに微笑むのだった。