一流の殺し屋は相手に警戒心を抱かせない
夜市の灯りに照らされ、金糸のような髪がキラキラと輝く。
サフィルスは一歩下がったところから、婚約者の小さな後頭部をぼんやりと見つめた。
知らない間に交代していた婚約者。
他国の王族でもなければ、国内の有力貴族の娘でもない。
ダイアナ・アダマスはサフィルスにとって存在も、婚約者におさまった経緯も不明なよくわからない人物だった。
*
記憶が粗方戻った時、彼は自分が未婚であることに驚いた。
予定通りであれば、既にルベルが輿入れしているはずだった。
サフィルスの疑問に、周囲は気まずそうに婚約者の変更を伝えた。
ある者は「身分差を乗り越えた恋物語のような二人」と語ったが、別の者は「利害関係で結ばれたビジネスライクな二人」と言い切った。
身内であれば正確な事情を知っているだろう、と両親とエスメラルダに確認したが、どちらも言葉を濁して「自分の目で見極めろ」と言った。
ちなみにアレキサンダーには何も聞いていない。正しくは何も聞けなかった。
いつの間にか反抗期を終えて随分大人しくなっていた弟は、ダイアナの名前を聞くないなや「余計なことを言って、(ダイアナを)敵にまわしたくない」と沈黙を貫いた。
口は災いの元。俺様キャラが許されるのは二次元だけ。
どうやらそれなりに再教育の成果は出ているようだ。
*
初めて顔を合わせた新しい婚約者は、サフィルスの想像とだいぶ違った。
どんな人物か具体的に想像していたわけではなかったが、なんというか王族の婚約者という感じではなかった。
第一印象は「小さいな」だったが、前の婚約者だったルベルが長身で、親戚のエスメラルダが身長が高く見えるタイプなだけで、ダイアナは平均身長だ。
幼馴染であるオリビエの方が小柄なはずなのに、サフィルスは何故かダイアナの方を小さいと感じた。
顔は整っている。正直に言って可愛いと思う。
声も表情も明るく、ハキハキと話す姿は闊達な印象だ。
でも影が薄いというか、印象に残りにくいというか、……失礼だが弱そうに見える。
とても元気が良いが、簡単に死んでしまう小動物という感じだった。
(ネコ。ウサギ……いいや、もっと小さくてか弱そうな。ああそうだ、前に北国の使節が話してた『雪の妖精』に似ているのか)
一般的には『雪の妖精』という通り名の方が有名だが、その姿から『空飛ぶマシュマロ』と呼ばれることもあるらしい。
かの国では下から二番目に小さいらしいその鳥は、綿花のように丸くてフワフワしたシルエットをしていた。
狩猟が禁止されているとのことで絵姿を見ただけだが、あの愛らしい外見でよく野生で生き延びられるものだと感心したものだ。
うん。つまりサフィルス殿下から見た、ダイアナお嬢様のイメージはシマエナガなんだな。
この世界に『豆大福』はないから『マシュマロ』なのか。マカロンとマシュマロは存在するけど、豆大福はないとか本当に適当な世界だな! 横文字ならセーフとか思ってない?
記憶が無いわりに、殿下の見立てはそこそこ的を射ている。
野鳥とは思えないマシュマロボディなシマエナガだが、縄張り意識が強く、侵入者には迷わず体当たりかますアグレッシブな鳥だ。
試合? いいや、死合だ。命をかけてかかってこい!!
*
ダイアナは過去を気にするなと言ったが、そんなのは無理だ。
サフィルスが悶々としていると、見かねた周囲が己の持つ情報を提供してきた。
王妃付き侍女A 「アダマス男爵令嬢は殿下の無事を信じて、王妃様を鼓舞していらっしゃいました」
王妃付き侍女B 「殿下が女性の元で過ごしていたと聞かされた時も、毅然としていらっしゃいました」
王妃付き侍女C 「正直に申し上げて、あの手の地味可愛い女は男ウケが良いので『あー、ハイハイ。殿下もこういうのが好きなんだな』と思っておりましたが、王族に相応しい芯の強さをお持ちの方を選ばれたようで安心いたしました」
お、おう。
謁見の間担当衛兵A 「記憶が不十分な殿下を慮り、状況次第では男爵家の婿にすると仰っていました」
謁見の間担当衛兵B 「殿下が王太子を降りたことを気に病まないよう万全を尽くし、子供も諦めると両陛下に宣言しておりました」
謁見の間担当衛兵C 「正直に申し上げて、王妃になりたい野心家だと思ってたんで驚きました。『真実の愛』って、頭お花畑な連中の戯言だと思ってたんですが、マジで存在したんですね。オレ感動したっす!」
そ、そうだな。
国王の侍従A 「見極め期間を設けたことを陛下に報告されていました。若い娘が国王陛下に直談判するなんて、非常に勇気のいることだったと思います」
国王の侍従B 「『二度も婚約者を変えることはできない。サフィルスもその事はわかってる』と仰る陛下に対し『渋々ではなく、前向きに結婚に応じなければ意味がありません。いざとなったら私が健康上の理由で辞退したことにしましょう。私が国内で結婚相手を見つけるのは難しくなりますが、その場合は国外へ移住するので大丈夫です』と断言なさいました」
国王の侍従C 「正直に申し上げて、金とコネでまんまと婚約者におさまったんだなと苦々しく思っておりましたが……あんなに献身的な女性は見たことがありません。お恥ずかしながら自分の目が曇っていたようです」
えーと。とりあえずCのヤツらは正直に申し上げ過ぎだ。
ダイアナのお嬢様スタンスは、シルバーの時から一貫して「渋々結婚されても意味ねーんだわ。やる気ねぇなら、とっととチェンジだ!」なんだけど、どうやら城の連中は好意的に受け取ったらしい。
城で働いているだけあり、己の好き嫌いを表に出すような程度の低い人材は居なかったが、それでも落石事故を境にダイアナに対する風当たりは優しくなった。
これが勘違い系主人公ってやつか。
(……彼女は僕のことを愛していたのか?)
幼い頃から婚約者持ちだったサフィルスだが、それでも彼に対して秋波を送る令嬢は居た。
中には「外国人の王妃では、至らぬところもあるんじゃないか」と、堂々と側室に立候補してきた強者も居た。
オニクス三世に側室は居ないが、制度としては廃止されていない。
王太子の地位に惹かれたのか、単純に異性として魅力的だったのかは知りようがないが、サフィルスに恋する乙女は多かった。
幼馴染で婚約者持ちのオリビエですら、時折熱を含んだ目で彼を見ていた。
それらの令嬢に対して、サフィルスはずっと気付かないふりをし、行動に移そうとする者がいればさりげなく距離を置いてきた。
異性への興味よりも、婚約者が国外にいるからと軽率な行動をするリスクのほうが勝ったからだ。
しかしダイアナと顔を合わせた時、彼女達から感じたような恋する乙女もしくは野心家独特の熱はなかった。
(記憶がない今の僕は、以前とは別人だと彼女は言い切っていた……)
ダイアナは以前のサフィルスを愛していたが、今は違うということなんだろうか。
それとも変わらずに愛しているが、サフィルスに負担をかけないよう徹底して想いを封じ込めているのか。
(これが見極め期間だと言うなら、ここで怖気づいたらダメだ。僕達はちゃんと話すべきだ)
サフィルス殿下。それ特大フラグ。
*
「アダマス男爵令嬢。話がある」
呼びかけられて振り向いたダイアナは、真剣な顔をしたサフィルスと見つめ合うことになった。
コランダム名物の夜市をお忍びで観光しているので、お互いに服は平民に毛が生えたようなものを纏っている。
往来で立ち止まったサフィルスにつられて、目立たないよう配置されていた護衛も停止した。
立ち止まっているダイアナ達を気にすることなく、周囲の人々は行き交っている。まるで自分達だけ時間が止まったような不思議な光景だった。
「……その……君は。例えばだが、僕が君のことを好きだと言ったら……どう思う?」
あちゃー。真正面から「君って僕のこと好きなの?」と聞けずに、まずダイアナの反応を探ろうとしたんだろうけど、一番マズいパターンになったな!
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