ダイアナ・アダマス…ただの転生者さ
子供の頃、ルベルはラピスの忘れ物を届けようと、彼女の後を追いかけたことがあった。
王女であるルベルがそんな事をする必要はなかったが、ルベルはラピスと話し足りなかったので、もう少しお喋りしたかったのだ。
『──……随分嬉しそうですね。ルベル殿下と会うのはそんなに楽しいですか』
盗み聞きするつもりはなかったが、自分のことを話題にされて、ルベルは咄嗟に身を隠した。
二人の関係は、主にルベルが話してラピスが聞き役になることが多かったので、ルベルは彼女と一緒に居て楽しかったがラピスの方はどう思っていたのか気になったのもある。
『殿下に気に入られているようですが、図に乗るんじゃありませんよ』
口を引き結んで俯く娘に、母親であるオーロラは高圧的に言い放った。
親が子に向ける言葉ではない。
『お前に何かを楽しむ資格はありません。恥を知りなさい』
『はい。もうしわけありません……』
『私はお前たちを絶対に許しませんからね』
『はい……』
異様な光景にルベルは完全に声をかけるタイミングを見失った。
離れたところから見ていた自分ですら、恐ろしくて身が竦んでしまったくらいだ。実の母から呪詛のような言葉を直接浴びていたラピスはどんな思いだったのか……。
*
「……プレーズ夫人のあの剣幕、ラピスを憎んでいたとしか思えませんでした。あの時だけじゃない。あの家は娘に厳し過ぎる教育を施していたけど、父親であるプレーズ家の前当主が夫人を諫める様子はありませんでした」
「『お前たち』……複数形なのは、夫も対象だからでしょうか。自分に負い目があるから、妻に強く出られなかったとか。前ということは、今は別の方が当主を?」
家長が絶対的な権限を持つコランダムで、それがまかり通るというのはよっぽどだ。
所有物扱いされる女性だが、同時に大事な財産でもあるので、当主には妻や娘の行ないを監督する責任があり、守る義務がある。
「夫人は数年前から体調を崩していましたが、一昨年療養のために王都を離れることになりました。そのタイミングでディーン・プレーズは弟の息子──甥に当主の座を譲りました」
「ラピス様は王都に残ったんですか?」
「ええ。婚約者が家から独立したら結婚する予定だったので、従兄弟である新当主が住む屋敷ではなく、王都内に借りた部屋で生活していました」
「家を出たのは、新しい当主と折り合いが悪かったからですか?」
「どちらも未婚の男女だったので、醜聞を防ぐためです。借家と言っても立派なものでしたし、使用人も充分ついていました。前当主の唯一の娘だったので、新しい当主もそれなりに丁寧に接していたようです」
「唯一の娘? 一人娘ではなく?」
ルベルの表現に引っかかりを覚えたダイアナは聞き返した。
「プレーズ家には元々二人の子供がいました。ラピスとラズリは双子の姉弟です。弟の方は幼い頃に亡くなっています」
「なるほど。もしかして弟さんの死に、二人が関与しているなんてことは……」
故意じゃなくても、跡継ぎが死亡する原因を作っていたとしたら、プレーズ家の歪な関係について説明がつく。
「ありえません! ラズリは外出先で火事に巻き込まれて死亡しましたが、その時刻に二人は登城していました。証人は私です。物理的に不可能です」
「……失礼しました。忘れてください」
「あっ、申し訳ありません。私も熱くなり過ぎました。……ええと、プレーズ夫妻は長い間、子宝に恵まれず苦労されたようです」
ディーンは両親を筆頭に親戚や友人、果ては妻の両親からも幾度となく離縁や妾を持つことを勧められたが、キッパリと拒否した。しつこい輩には「これ以上、夫婦のことに干渉するなら縁を切る」と宣言した。
二人は恋愛結婚ではなく、父親同士が取り決めた縁談による結婚だった。
しかしどんな経緯であっても、自分の妻となったのなら、夫として守らなければいけない。彼は古き良きコランダムの男だった。
そんな中、やっとのことで授かったのがラピスとラズリだった。
「夫人は高齢出産の域に入っていて、本人含め周囲は最初で最後のチャンスだと思っていたようです」
「……話を聞く限りでは夫婦仲は良く、念願の子供である双子は溺愛されて然るべき状況ですね。息子の死にショックを受けた夫人が、生きている娘に理不尽な怒りをぶつけていた可能性はありますが、それだと『お前たち』の意味が不明ですし、夫が妻を諌めて娘を守らなかった理由にもなりません」
恋愛感情ではなく義務感で妻を守っていたなら、子供に対してもそうあるべきだ。
「見た目は少女、中身はアラフィフ。転生しても頭脳は同じ!」なダイアナだが、彼女は迷宮無しの名探偵ではないので、又聞きの情報ではこれ以上の推理はできなかった。
*
「導師はこの後のご予定は?」
明日は朝から祭祀、昼に宴があるので、今夜は夜会がない。
本日賓客は各々自由に過ごすことになっている。元気のあるものは観光や人脈作りに赴き、体力のないものは部屋で休んでいる。
「サフィルス殿下と、王都の夜市に出かける予定です」
サフィルスはルベルの元婚約者だ。
彼女はサフィルスに対して特別な感情はないと主張していたが、それが本心かはわからない。彼への情と、自分の夢を天秤にかけて後者を選んだだけという可能性もある。
本当はサフィルスのことをどう思っていたのか、そんな問いかけをするのは野暮だ。
ダイアナはルベルの言葉を信じるというよりは、それが事実とすることにした。
だから必要以上に彼との仲を見せつけようとは思わないし、逆に後ろめたい素振りも見せまいと決めている。
「夜市ですか! 昔は建国祭の前後だけだったのですが、最近は観光客が増えたので夏から秋にかけて連夜開催するようになったのです。今では我が国の観光資源として、王都名物のひとつになっています。屋台の店主も外国人の接客に慣れていますし、治安も悪くありません。ぜひ楽しんでください。私のオススメは果物飴です」
パッと笑顔になったルベルが饒舌に語る。彼女もお忍びで何度か繰り出したことがあるらしい。
「コランダムの方は果物と飴がお好きなんですね」
またもや果物✕飴のコラボレーション。
目の前のお茶菓子を見て、ダイアナの目がチベットスナギツネになった。
ダイアナが何を言いたいのか察したのか、苦笑したルベルが茶菓子をつまむ。
「このお菓子は季節の影響を受けずに日持ちがするので、昔から親しまれています。屋台の果物飴は果物を薄い飴でコーティングしているので、果物本来の瑞々しさが失われないのです。素材は同じでも味は全然違いますよ」
「それは美味しそうですね!」
りんご飴やいちご飴に近いものらしい。ダイアナのテンションが上った。
「色とりどりの天幕が、沢山のランプに照らされていて幻想的な光景です。土産物はちゃんと店を構えている処で買うのを推奨しますが、食べ歩きは全く問題ありません。情緒がありデートに最適ですよ」
「……楽しみです」
ルベルは元婚約者の記憶喪失を知らない。
一国の王太子の問題を外に漏らすわけにはいかないので、ジェンマ国の使節団には箝口令が敷かれている。
先約だったルベルとの時間を終えた後は、ダイアナはサフィルスとプライベートな時間を過ごす予定だ。
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