六十八章 優等生と劣等生
六十八章 優等生と劣等生
次の日の朝、朝食を済ませるとホイットニーは町の散策に、グラントは噂話の収集に出かけた。
ヴィオレッタとジャクリーヌは静かな町の郊外に出て、精霊魔法の訓練をしていた。まずはジャクリーヌが風の精霊シルフィを半透明ではなく、はっきりと白く見えるまでを訓練の目標にした。
ヴィオレッタの肩の上で、メグミちゃんは両前足二本を高く上げてシルフィに飛びつくタイミングを測っていた。そして、ピョンと跳ねてシルフィを捕まえた…ように見えるが、実際はシルフィに捕まえられた。
メグミちゃんはゆっくりきりもみしながらしばし空中遊泳をした後、再びヴィオレッタの肩の上に飛び降りて戻ってきた。メグミちゃんはヴィオレッタに向かって両前足を上げて互い違いにクルクル回した。どうもこれはメグミちゃんのアピールポーズのようだ。
ヴィオレッタの真ん前で、ジャクリーヌが怖い顔で睨んでいた。
「んんん〜〜っ…やっぱり見えんっ!」
「シルフィを信じるんですよっ!念じるんですよ…姿を見せてって!」
「んん…はぁっ…。やめたやめた、蒸し暑くってやってらんない…」
ヴィオレッタはシルフィにお願いをした。
「ブロウッ!」
一陣の風がヴィオレッタとジャクリーヌの間を吹き抜けた。
「おおおぉ〜〜…冷やぁ〜〜っ…!」
「今のは私がシルフィを使って風を吹かせたんですよ。」
「…そんなことができるんだっ⁉︎…もうちょっと…頑張ってみようかな…」
ジャクリーヌは「見えろ、見えろ!」と念じつつ、ひたすらヴィオレッタを凝視していた。
「あ…蜘蛛…」
目の前に宙を舞う蜘蛛が見えたので、問答無用ではたき落とした。
「げっ…!」
メグミちゃんは墜落するとちょっと腹を見せてじたばたしたが、体を起こすと必死でヴィオレッタに駆け寄り、肩の上まで登って戻ってきた。そして、後足四本で直立してジャクリーヌに向かって前足四本を放射状に広げた。威嚇のポーズだ。
(あららぁ〜〜…ジャクリーヌさん、とうとう敵対認定されちゃったわ…。)
ヴィオレッタは少しアプローチを変えてみた。右手を掲げて水の精霊ウンディーネを呼んだ。
「これは見えますか?」
「…何かしら?」
「ウォーター!」
右手から水がほとばしって、ヴィオレッタの口の中に落ちた。
「手品かっ!」
「違ぁ〜うっ!」
やっぱり…まずはシルフィを攻略しないと、次には進めないようだ。
メグミちゃんは、もうジャクリーヌと一定の距離をとりヴィオレッタのそばでシルフィと遊んでいた。シルフィを捕まえるとそれに乗って宙を舞い、空中で次から次へとシルフィを乗り換えて、シルフィの八艘跳びを成功させていた。
(うわっ…メグミちゃん、凄ぉ〜〜い…それに引き換え、この人は…)
ジャクリーヌは顔に大粒の汗をかいて…ギブアップ寸前だった。
「ああ…だめっ…境界のぼやけた小さな水晶玉にしか見えない…」
仕方がないので…ヴィオレッタはシルフィの恩恵をもっとジャクリーヌに味わってもらうため、真正面からジャクリーヌをハグした。メグミちゃんは髪の中に退避した。
「何ぃ…?暑苦しいぃ〜〜…」
ヴィオレッタが念じると大量のシルフィがヴィオレッタとジャクリーヌめがけて集まってきて、ヴィオレッタを中心につむじ風を巻いた。
「ほえぇ〜〜…涼しいぃ〜〜…」
何百、何千というシルフィがジャクリーヌの服をすり抜けて肌を撫でていく…ジャクリーヌの亜麻色の髪にも侵入し、髪の毛の一本一本を櫛削っていく…。ヴィオレッタとジャクリーヌの顔の間を通過する透明で小さなオーブがだんだんと白みを帯びて…ジャクリーヌに「初めまして」と言った…そんな気がした。
「あら…美味しそうな白玉が…!」
「見えるんですか?」
「ええ…白い小さなオーブが見えたわ…!でも…まだ、白く見えたと思ったらパッと消えちゃうのよね。なんか、空中で白いものがいっぱい点滅しているみたい…」
「でも、はっきり見えたのなら、第一段階クリアですね。」
朝の訓練はこれまでとし、とりあえず二人は町に戻ることにした。
馬車に戻るとグラントがいた。携帯羽根ペンで羊皮紙に何か書いていた。
「なんか収穫はあったかい?」
ジャクリーヌの言葉に、グラントの顔は暗かった。
「オーク討伐クエストの情報が欲しかったんだけど、具体的なものはまだ出てきてないなぁ…。なんか…オリヴィアの特徴でもいいから…ないかなぁ…。」
グラントは羊皮紙に何やら書き込んではそれをぐちゃぐちゃと消して、髪を掻きむしっていた。ヴィオレッタはちょっと同情してしまって…
「…実は、ティアークの城下町の冒険者ギルドを訪ねたことがあって、オリヴィアを見かけたことがあります…よ。」
「な…何いぃ〜〜〜っ!」
「えーと…オリヴィアは、ふわふわとしたカールの金髪でしたねぇ…。」
「オリヴィアは金髪なのかっ…うむ、英雄らしいなっ!…それで他には??」
「…とても美しい人で…豊満な体つき?それでもって胸なんか、こんな感じで…。」
ヴィオレッタは自分の胸の前でメロンを二つ持っているような仕草をした。
「おおぉ…神は二物を与えたかっ…!比類なき強さと比類なき美貌…むむむ、創作意欲が…インスピレーションが沸いてきたぁ〜〜っ!ありがとうっ、ヴィオレッタさん!」
グラントの英雄即興詩はとんでもない方向に暴走を始めることになる。




