五百九十五章 雑話 その15
五百九十五章 雑話 その15
斥候房のデボラは「欲しがり屋」さんである。
デボラはある噂を聞いて、イェルマ中広場に布陣している武闘家房のグループを訪ねた。
「オリヴィアっているぅ〜〜?」
オリヴィアが陣から出てきて言った。
「あんた誰?」
「斥候房のデボラよ。」
「ふうぅ〜〜ん…初めて見たぁ〜〜。」
デボラは非常に変わっていて、あまり斥候房から出ない。なので、オリヴィアに限らずデボラを見知っている者はあまりいない。逆に、そんな風だから、イェルマでは超有名人のオリヴィアをデボラは知らない。
「あんた、凄い武器を持ってるんだって?」
「あっ!オリヴィアスペシャルマークⅡの事ね?…そうなのよ、先っちょに『四硬』の砂蟲の歯がくっ付いててね、何でも紙のように切り裂いちゃうのよぉ〜〜っ‼︎」
オリヴィアは絶対に自慢してはいけない人間に、これでもかというくらいに自分の武器を自慢した。まぁ…オリヴィアにしてみれば自然の流れだった。
「ちょっと、その武器…見せてくんない?」
「いいわよぉ〜〜っ!」
オリヴィアはオリヴィアスペシャルマークⅡの片方をデボラに手渡した。デボラはペタペタと触ってみて…
「良いわねぇ、これ。これなら長袖の中に隠して携帯できるわね…」
オリヴィアは自分が褒められた心地でニコニコして見ていた。デボラは砂蟲の歯の鞘をとって指で撫でた…指先が切れてちょっと出血した。
「砂蟲の歯…凄い切れ味ね…。」
「でしょでしょっ⁉︎」
オリヴィアは得意満面だった。
次に、デボラは外套の裏側から一本の投げナイフを取り出して、砂蟲の歯に当ててみた…鋼のナイフがきれいに真っ二つになった。
「…おおおおっ。」
「ふふふふふふふ!」
「…これ頂戴。」
「ん…あげないよ?」
それを聞いたデボラは、オリヴィアスペシャルマークⅡを持ったまま突然走り出した。オリヴィアは反射的に逃げ出したデボラを追い掛けた。
「こりゃ、待てえぇ~~いっ!」
デボラが斥候のスキル、深度2の「セカンドラッシュ」を発動させたので、オリヴィアもすかさず武闘家のスキル「軽身功」を発動させてなおもデボラを追い掛けていった。
オリヴィアとの距離が開かないと見たデボラは、「シャドウハイド」を発動させて瞬時に物陰に隠れた。デボラを見失ったオリヴィアは本能的に右足で地面を強く踏み込んで「大震脚」を発動させた。「大震脚」は範囲攻撃である。近くの物陰で「大震脚」を少なからず食らって脳髄が揺れたデボラは一瞬息を荒げた。
「…ふぐっ!」
その気配を感じとったオリヴィアがデボラに迫った。
「おいこらっ!そこに隠れているのは分かってるわ、オリヴィアスペシャルマークⅡを返しなさいよぉ〜〜っ‼︎」
「やだっ!」
そう言って、さらにデボラは逃走を図った。追いかけて来るオリヴィアを見て、デボラはありったけの撒菱を地面にばら撒いた。オリヴィアは撒菱を「軽身功」でぴょんぴょん飛び跳ねながら回避し、なおもデボラを追った。
(…しつこいなぁ。それに、斥候職と武闘家職は相性が悪いのか?こっちのスキルにことごとく対応してくるな…)
…人の物を盗んでおいて、人の事を言える立場ではない。それにデボラにしてみれば、オリヴィアを相手にしたのが悪かった。
デボラは北の一段目を登り始め、追い被さってくるオリヴィアに投げナイフを見舞った。オリヴィアはすぐに「黄巾力士」と「梅花掌」を発動させ、飛んでくる投げナイフを手と体で弾きながらデボラを執拗に追い、北の一段目でとうとうデボラとの距離をゼロにした。
「コンニャロォ〜〜ッ!」
頭に来ていたオリヴィアはデボラの顔面に箭疾歩からの右順歩捶を打ち込んだ。デボラはそれをヒラリと避けて、上半身を傾けながら左の後ろ回し蹴りでオリヴィアの頭部を襲った。デボラの皮靴の踵にキラリと光る物があったが…オリヴィアはすぐに身を沈ませて回し蹴りを回避し、後掃腿でデボラの残った右足を払った。デボラは転倒しそうになったが、両腕を地面に突っ張って体を支え一回転して着地したが…その代わり、外套やスカートに隠していた投げナイフや毒針、鉤付きのロープなどをそこらじゅうにぶちまけた。武闘家職は体術のスペシャリストだ。その武闘家相手に徒手格闘を挑むこと自体が無謀なのだ。
デボラは右手にオリヴィアスペシャルマークⅡを持ち、左手にナイフを持って身構えた。
オリヴィアは自分も腰の後ろにぶら下げていたマークⅡを取り出してクルクル回しながら言った。
「おお、やる気か…やったろうじゃんかっ!性根を据えて掛かって来いやぁ〜〜っ‼︎」
…と言いつつ、マークⅡで先制攻撃をしたのはオリヴィアだった。
カァ〜〜ン!
オリヴィアのマークⅡをデボラはマークⅡで何とか受け止めた。そしてすぐに「セカンドラッシュ」を発動させて、二秒間八連撃の反撃をオリヴィアに浴びせた。しかし…デボラはマークⅡを使うのが初めてだったので、マークⅡの四連撃は不発に終わりナイフの四連撃にしかならなかった。それも全て、オリヴィアの「黄巾力士」を発動させた両腕で弾かれ…次の瞬間、オリヴィアが必殺の「迎門三不顧」を発動させた。
デボラも天才だった。デボラは「迎門三不顧」が命中する瞬間、体の全ての力を抜いて脱力状態になり、そのままオリヴィアの「大震脚」と体重が倍加した拳撃をまともに…いや、素直に受けた。
バキバキィ…!
デボラは5mほど吹っ飛んだ。だが、5mも吹っ飛んだお蔭で、続く二発目、三発目を食らわずに済んだ。軽い脳震盪から我に返り、ハッとしてデボラが立ち上がると…胸元から粉々になった二本のショートソードが地面に落ちた。
鬼の形相で迫り来るオリヴィアを見とめて、デボラは「セカンドラッシュ」で一目散に逃げた。ちょうどその時、オリヴィアの「軽身功」が時間切れになってしまったのでオリヴィアはデボラを追うのを止めた。それともうひとつには…「迎門三不顧」の衝撃でデボラがマークⅡを地面に落としていったからだった。
オリヴィアはマークⅡを拾った。
(何じゃ、あいつは…!後で、アンネリにクレーム入れちゃるっ‼︎)
図らずも…イェルマの変人第一位と第二位の邂逅であった。
エステリック軍の魔導士が召喚した大精霊が撃退され、形勢は一気に逆転してイェルマ軍はコッペリ村になだれ込んでいき、コッペリ村にいるエステリック残存兵たちを掃討していった。ベレッタの騎馬隊は逃走したレンブラント将軍たちの馬車を追いかけた。
武闘家房のドーラとベラ、そしてタビサたちはキャシィズカフェの裏のシルク工場に殺到し、屋内の負傷して治療中のエステリック兵たちを捕え、抵抗する者は容赦なく次々と殺していった。
キャシィズカフェからキャシィが出てきて、返り血を浴びて真っ赤になってもなおいきり立っているドーラたちに声を掛けた。
「ドーラ姉ぇ、ベラ姉ぇ…!」
「おおっ、キャシィか…無事で良かったっ!」
「みんなも生きてたんだねぇ…良かったよ!」
「…いや、リューズが…やられた…」
「…えええ…ええええぇ〜〜っ⁉︎」
「ペトラも…多分、助からないだろうなぁ…。だから…仇討ちをやってるんだっ‼︎」
キャシィは実姉のベラの胸の中で泣いた。
ヴィオレッタの計略では、レンブラント将軍を含む幕僚たちを捕え、人質にしてすぐにエステリック王国に大軍を成して向かう。
ベレッタが将軍たちを捕まえたという報を聞いて、タマラはオリヴィアを呼んで、それから言った。
「私が戻るまでの間…武闘家房の指揮をオリヴィア、お前に任す…。」
「あんた、どこ行くの?」
「房主堂…母上に…報告しに行く…。」
「…そか、うん…分かった。」
タマラは馬を走らせて、北の五段目の武闘家房を目指した。北の五段目に到達すると、タマラは馬を早駆けから並足にした…ペトラの死を母ジルに告げる心の準備がまだできていなかったからだ。
タマラが房主堂に入ると、ジルが板の間に正座していた。そして、タマラを見るや、ひと言つぶやいた。
「…誰が死んだ?…お前が来たということは、ペトラか…オリヴィアか?」
「…ペトラです、母上。」
ジルはしばらく息を溜めて…吐き出すようにして、「そうかぁ…」と言った。
二人は無言のまま、しばらく時を過ごした。
タマラは言った。
「…母上、私は戻ります…。」
「うむ…。」
タマラが房主堂を退出する時に、チラリと振り返って一瞬だけジルを見た。ジルは正座の姿勢は崩していなかったが…片腕を前に突いて、何かに必死に耐えていた。それを見て、タマラは堪えていた涙がとめどなく流れ…馬に跨り北の五段目から降りていく間じゅう大声を出してワァワァと泣いた。




