95 商人ですが何か?(2)
俺は、サナヘ領での最後の仕事に薬草採取を選んだ。
今回俺は、この町でケガ人の治療を行っていない。医者も医院も被害を免れたから、あえて手を出さなかった。
……でも、嫌な予感しかしない。
薬草採取のメンバーは、薬師見習いのリーマス王子と、妖精学講座を受講し薬師コースで勉強中の2人、用心棒としてエイト君とボンテンク先輩、そして、両親を一度に亡くしたエデリアちゃん8歳と、ミゲール君5歳の姉弟だ。
二人の両親は、薬草栽培のためにシラミド男爵がサーシム領から呼んだらしく、まだ引き取り手が決まっていない。とても素直でいい子たちだ。
両親は町営の薬草園でレッドウルフに襲われ亡くなったそうで、ご遺体は既に埋葬されている。
今日はモンブラン商会の店を小型の荷馬車にして、俺たちは大型の荷馬車に乗って薬草畑に到着した。
真冬だと言うのに、薬草畑には意外と薬草が生えていて、早速全員で採取を始める。
お姉ちゃんのエデリアちゃんは薬草の名前を覚えていて、リーマス王子に効能まで教えている。
とても賢い子で驚いた。ミゲール君も頑張ってお手伝いをしてくれる。
『アコル、副役場長と住民管理部長が雇ったならず者が来るわ』
偵察に出掛けていたエクレアが戻ってきて、危険が迫っていることを教えてくれた。
目的は平民である俺を痛めつけることらしいので、エデリアちゃんとミゲール君の危険を回避するため、エイト君を残して他のメンバーには、薬草畑の少し登った場所で薬草採取をして貰うことにした。
「いや、もう怒りを通り越して笑えるな。アコルがトーマス王子に言ったことが本当になるとは。
上に立つ者の態度が、下にどう影響するのかとても勉強になった」
ならず者が襲撃してくることをエイト君に教えると、貴族の在り方についていろいろと考えさせられるよとエイト君は言う。
「エイト君、俺は昨夜の作戦を実行する」
「う~ん、でもいいのか? わざと襲われるなんて・・・」
「ぜんぜん問題なし。これで一網打尽にできると思う。今回のこれは教育的指導だよ」
俺は困惑するエイト君に笑顔を向け、手筈通りに頼むとお願いした。
昨夜俺は、モカの町の住民救済に、サナへ侯爵とトーマス王子が本気で取り組むための作戦を幾つか考え、荷馬車で泊まった仲間と極秘で計画実行作戦を立てておいた。
その作戦の中の一つが、副役場長かサナへ侯爵の側近が、生意気な平民の俺を襲わせる可能性があり、それを利用した副役場長派壊滅作戦だ。
もしも現実のことになれば、一緒に行動する予定のマギ公爵家子息であるエイト君をも襲撃することになり、それだけでも完全に不敬罪で処刑も免れない大罪となる。
王命で救済活動に来た【王立高学院特別部隊】を襲撃することで、どんな事態になるのかをサナへ侯爵とトーマス王子に身を以て体験していただき、否が応でもその責任が自分たちにも降りかかるのだと自覚して頂く。
「サナへ侯爵にはあれだけど、【王立高学院特別部隊】の今後の救済活動が格段にやり易くなる。
結局サナへ領にとってプラスになるからと、トゥーリス先輩も賛成してくれたし、俺には秘密兵器があるから大丈夫」
背後に数人の足音を捉えながら、俺はエイト君にニカッと笑って見せた。
「おい! そこの平民。ちょっと来い」
振り向くと、いかにもならず者って感じの風体の男が3人、手に棍棒のようなものと剣を持って近付いてくる。
よく見ると、少し後方から様子を見ている男が他にも2人居た。
俺は面倒くさそうに眉を寄せただけで、男を無視して薬草採取の作業を続けていく。
「アンタたち何?」と、作業の手を止めエイト君が不機嫌そうに問う。
「お前には関係ない。俺たちはそこの平民のガキに用があるんだよ」
3人の中でリーダーらしき男が、エイト君を脅すように棍棒をクルクルと振り回したり、殴りつける真似をしたりする。
「見て分かんないの? 俺たちは今忙しいんだよ」と俺は無視しようとする。
「はあ? 生意気なクソガキが! そういう態度だから処罰されるんだ」
「処罰? あーはっは! これは愉快だ。お前たちの依頼主は、生意気だから殺せとでも命じたのか?
腐った役人の言いなりになる駄犬風情が、【王立高学院特別部隊】の学生を襲って許されると思ってるの?」
ここは煽れるだけ煽って、俺はわざとニヤリと笑って見せる。
「なにー! 構わん、半殺しにしろ!」とリーダーらしき男が叫んだ。
「貴様らやめろ! 処罰されるのはお前らだぞ!」とエイト君が叫びながら、俺に向かってくる男たちを止めようとする。
「どけ! 邪魔だ!」と他の男がエイト君をドンと突き飛ばした。
「この私に危害を加えたなお前ら!」と、リーマス王子たちにも聞こる大声でエイト君は叫んで、ならず者から少し距離をとる。
離れた場所に居る仲間が駆けつけてくる前に終わらせたいリーダーらしき男は、躊躇なく棍棒で殴り掛かってくる。
間一髪っぽくかわして「卑怯者ー!」と、俺もわざと大声で叫ぶ。
かわされると思っていなかった男は、チッ!と舌打ちし、他の仲間に視線を向けて合図する。
すると、剣を持った男と棍棒を持った男も加わり、一斉に攻撃してきた。
折角だから、少し離れた場所で様子を窺っている黒幕の方に向かって逃げてみる。
思った通り依頼主らしき2人の男は、顔を逸らし見て見ぬふりをする。
俺は棍棒攻撃だけかわして、剣の攻撃だけを選び上手く背中に受けた。
そして大袈裟にフラフラと、足取りもおぼつかない感じで倒れた。
俺とエイト君が襲撃されているのを見たボンテンク先輩が、「お前たち何をしている!」と叫びながら、得意な風魔法を使って、3人の男を吹き飛ばす。
まさか魔法で攻撃されるとは思っていなかった男たちは、5メートル後方に飛ばされゴロゴロと転がる。
そして何が何だか分からないまま立ち上がった瞬間、今度はエイト君が「ドラゴントルネード小!」と叫んで魔法を発動させた。
男たちは突然小さな竜巻に吞み込まれ、石や土混じりの渦の中をグルグルと回りながら「ギャー!」と絶叫し、竜巻は様子見をしていた2人の男に向かって移動していく。
「チッ、高位貴族の子息が混じっていたか!」
一人の男が忌々しそうに呟き、顔を見られないよう2人は全速力で走りだし、近くに停めてあった馬車に乗って逃げていく。
巻き上げられた3人の男は、5メートルの高さから畑に落とされ、あまりの衝撃で息も出来ない。
ようやく息をして逃げようと試みるが、顔は傷だらけで骨が折れているのか立ち上がれない。
駆け付けてきたボンテンク先輩や薬師コースの2人に取り囲まれ、逃げ道を塞がれる。
「大丈夫かアコル!」と言いながら、青い顔をしたリーマス王子が俺に駆け寄り、斬られた背中を心配そうに診る。
「わーん、アコルお兄ちゃん、死んじゃあ嫌だー」と5歳のミゲール君が泣きながら走ってくる。
お姉ちゃんのエデリアちゃんも、泣きながら俺に縋り付く。
「大丈夫だよ。上手く避けたから傷は浅い」と、心配して号泣する2人の頭を優しく撫でて、俺は2人を安心させようとする。
……さあ、ここからが本番。仕上げまで一気に行くぞ!
「大変だー! エイト君とアコルが暴漢に襲われ、アコルが斬られたー!」
荷馬車の御者をしていた薬師コースの学生が、西地区の本部前が近付いたところで大声で叫ぶ。
事前に暴漢に襲われる可能性もあると聞いていた昨夜の荷馬車組も、実際に斬られたと聞いて冷静でいられる訳もなく、本気で心配して駆け出す。
「なんだって!」と、公爵家のエイト君が襲われたことにショックを受け、皆は作業や仕事を放りだし、荷馬車に向かって走ってくる。
そして『あのアコルが斬られただと?』と首を捻りながら、納得できないという表情で荷馬車を覗き込み、本当に血を流している俺を見て絶句する。
「私も突き飛ばされた。だが、アコルは背中を斬られたんだ。早く医者に!」とエイト君が大声で叫ぶ。
荷馬車の中では、ミゲール君とエデリアちゃんが号泣している。
「まあ! 救済に来た私たちを襲うなんて、絶対に許せないわ!」と怒りの形相でノエル様も叫んで、荷馬車の中で血を流し横たわる俺を見て、「しかっりアコル君!」と言いながら荷馬車に乗りこんでくる。
「執行部の数名以外は、犯人を連行してきてくれ。西地区の人たちも連れて行って、犯人の身元を確認しろ!」と、いつもは大声なんか出さないリーマス王子が、男子学生に向かって命令する。
辺りは一気に緊張し、リーマス王子、トゥーリス先輩、ルフナ王子、ノエル様、エイト君、ボンテンク先輩が荷馬車に乗り込み、特務部1年のゲイル君が御者を替わり、急いでモカの町の中央に在る医院に向かって荷馬車を走らせる。
残った薬師コースの2人が状況を説明し、犯人を連行する役目を引き受けてくれた。
その場に居た西地区の被災者たちは、罰当たりな暴漢に対し、もしもモカの町の住民だったら、絶対に許さないと怒りを露わにする。
「公爵家の子息と我らのリーダーが襲われた。これ以上救済活動は続けられない。
犯人を捕縛し、昼食を食べたら、【王立高学院特別部隊】は身の安全を守るため、サナへ領から撤退する!」
執行部役員として残っていたラリエス君が、混乱している学生に向かって指示を出した。
◇◇ トーマス王子 ◇◇
アコルが西地区で店として使っていた荷馬車が、大通りを凄い勢いで走って近付いてくる。
そして救済活動本部である役場前に到着し、ルフナ王子とエイト君が飛び降りてきた。
……何事だろうか?
「大変です! 薬草採取に出ていたエイト君とアコルたちが襲撃され、アコルが背中を斬られました。
至急病院に運びます。病院は何処ですか?」
鬼気迫る感じで、ルフナが叫びながら本部席に駆け込んできた。
「学生が襲撃されただと!」とサナへ侯爵は驚いて立ち上がる。
「アコルが斬られた?」と私は首を捻る。
信じられない……本当に?って顔をして、私はフラフラと立ち上がり確認のため荷馬車に向かう。
【サナへ侯爵や側近たちは、余計なことをする生意気な平民の俺が、さぞかし邪魔だろうな。
そうだったら、今夜か明日には誰かが俺を殺しに来るかもしれない。
勝手なことをする王立高学院の平民の学生など、虫けら同然なんですよ。
救済活動に来ているのに、この町の役人の言動や態度を見れば分かるでしょう?
それをサナヘ侯爵もトーマス王子も咎めてないし・・・】
アコルが言っていたことを直ぐに思い出し、そんなはずはないと否定する。
自分やサナへ侯爵のせいではない! 役人や側近がそんなことをする訳がないと、思い出したことを頭を振って否定する。
荷馬車の中を覗くと、リーマス(王子)がアコルの背中をタオルのような物で押さえ、そのタオルのような物は血で赤く染まっていた。
意識がないのか眠っているのか、アコルは私を見ることもない。
……なんで、どうしてこんなことが起こったんだ?
そして、荷馬車の中でアコルの手を握っていた執行部部長であるノエルさんが、凍るような視線を私に向けていた。
……まるで憎しみを込めたような視線だ・・・
「アコルの言っていた通りになった。公爵家の子息である私を害した罪も含め、黙って見過ごすことはできませんトーマス王子」
そう言った従弟でもあるエイト君の視線も、私を責めるように向けられている。
役場の若い役人が飛んできて、「直ぐに病院へ案内します」と言って荷馬車の御者台に飛び乗っていく。
本部に残ったルフナとエイト君から、詳しい事情を聴こうとすると、二人はサナへ侯爵の側近と副役場長と住民管理部長の同席を求めた。凄く怖い顔で・・・
いつもお読みいただき、ありがとうございます。




