94 商人ですが何か?(1)
皆でわいわいとバーベキューの準備をしていたら、モカの町の役人が血相を変えてトーマス王子を呼びに来た。
「トーマス王子、モカの町の領主であるシラミド男爵が、デミル領から戻ってきました。至急屋敷までお戻りください」
「シラミド男爵が戻ってきた?」
「はい、デミル領で滞在していた町がドラゴンや魔獣に襲われ、ケガをされたようですが、なんとか戻ってこられました。
ケガの治療を受けている間に被災した町が封鎖され戻れなかったご様子です」
これまで見たことない若い役人さんが、すごく緊張した声で報告する。
「トゥーリス様、執行部もお話を聞きましょう。ミレーヌ様もご一緒いたしましょう」
話を聞いていた執行部部長のノエル様は、トゥーリス先輩と婚約者のミレーヌ様に目配せし、トーマス王子の了解を得ることなく、視線を役人が乗ってきた役場の馬車に向けて誘う。
「【王立高学院特別部隊】の皆さん、西地区の皆を助けてくださりありがとうございます。
領主様が帰られたので、これで私たちも救済活動ができます。みんな……すまなかった……俺たちは……間違っていた」
25歳くらいの役人さんは、学生に向かって深々と頭を下げ、西地区の住民に泣きながら謝罪した。
「副役場長が何もするなと命令したと聞いている。
それでもあんたたち役場長派は、28日まで手助けしてくれていた。役場長のケガはどうだ?」
以前この西地区の地区長をしていたという老人が、泣きながら謝る若い役人に向かって声を掛けた。
「はい、27日に背中を刺されてから……まだ起き上がることができません」
悔しそうに顔を歪めた役人さんは「絶対に副役場長の仕業だ」と、小さくもない声で付け加えて下を向いた。
「なにやら面白い話が聞けそうでしてよトゥーリス様、ミレーヌ様」と、ノエル様が美しい顔で黒く微笑む。
「ええ、誰が私のトゥーリスを苦しめたのか、婚約者として知らねばなりませんわ。ホーホッホ」と、背筋が寒くなるような高笑いをしたミレーヌ様は……完全にヤる気だ。
「そうですねノエル様。ありがとうミレーヌ。
デミル領の様子も分かるだろうし、腐った役人は準貴族らしいですから、貴族の正しい在り方を指導せねばなりません」
温和だったトゥーリス先輩も、すっかり執行部の色に染まって力強く言う。
「トゥーリス先輩、私たちは楽しくバーベキューをしながら、領民の皆さんからいろいろな話を聴いておきましょう。今夜はぜひ荷馬車でご一緒しましょう」
馬車に乗り込むトゥーリス先輩に、領主の子息らしい薄笑いを浮かべて誘うのは、ワイコリーム公爵子息のラリエス君だ。
その話を聞いていた他の学生たちも、自分達のすべきことを理解し、うんうんと頷き同意する。
……う~ん、これぞ上位貴族って感じの凄みがあるよな。
……みんな、いつの間にか強く逞しくなってくれて嬉しいよ。
「エクレア、仲間を連れて偵察を頼む」
『了解アコル。任せて!』とエクレアが返事をすると、俺の周りに集まっていたルフナ王子の契約妖精アラビカちゃんや他の妖精たちも、『任せてください!』って元気よく返事をしてくれた。
トゥーリス先輩たちを見送ると、与えられたミッションをクリアするため、これまでの役場の様子や、副役場長に関する情報を皆で集めていく。
王都から来たよそ者の【王立高学院特別部隊】を、昨日までは警戒していた被災者たちだったけど、この3日の間で信頼関係が生まれたみたいで、たくさんのことを話してくれた。
聞いた話を纏めると、善人で町の人から信望の厚い役場長と、何かと黒い噂の絶えない副役場長の対立は、前の領主が亡くなった頃から激化したらしい。
前の領主様は、今の副役場長が経理部長だった時に、町のお金の流れに不明瞭な点があると気付き、当時の副役場長に命じて調べさせたそうだ。
横領している証拠を見付けた前シラミド男爵と前副役場長は、ご領主サナへ侯爵に罰してもらうため領都に向け旅立った。
だがその道中、街道に突然現れた盗賊に襲われ亡くなってしまった。
貴族(準貴族を含む)を裁くには、領主の許可が必要だったのだ。
結局、証拠として提出するはずだった書類も盗まれ、横領のことを何も聞かされていなかったシラミド男爵の息子は、亡くなった副役場長の後任に、腹黒経理部長を任命してしまった。
「副役場長に就任してから、アイツの家は倍の大きさになったし、町の商人たちから賄賂を貰っているという話は有名です。
絶対にアイツがお二人を殺し、今回役場長を襲わせたんだ」
西地区の前の地区長っだったという老人は、とても悔しそうに話してくれた。
亡くなった前副役場長とは親戚で、亡くなったシラミド男爵とも、一緒に食事をする程に仲が良かったそうだ。
今夜はお腹いっぱいに肉を食べ、午後7時前にはお開きにして、学生たちは其々の宿泊場所に帰っていった。
小型の荷馬車で寝ていた女性や子供たちは、新しく作ったかまくらで寝て貰うことにし、今夜も寒そうだから毛布を銅貨2枚(二百円)で貸出しした。
で、今夜も同じメンバーの1年生5人は、トゥーリス先輩が戻ってくるまで、明日の予定を立てたり、悪人退治について議論しながら荷馬車の中で待つことにした。
* * *
「デミル領は、サナヘ領よりも少し被害が大きかったようだ。
被災者の数はモカの町やココア村の方が多いが、死者の数はデミル領の方が圧倒的に多かった。
信じられないが、デミル公爵と王弟シーブル様は、被災者を救済しなかった」
午後10時頃に戻ってきたトゥーリス先輩は、開口一番信じられない話を始めた。
「はあ? 救済しなかった?」と1年生5人の驚きの声が揃った。
「ああ、デミル公爵は被害の大きかった町を完全封鎖し、被災した貧乏な平民やケガ人を……セイロン山の麓の村に閉じ込め見捨てた。
軍の兵士は町に残っていた遺体の埋葬と、町の封鎖作業に使われたようだ。
魔法師には、焼け残った建物の撤去を命じたらしい。
そしてようやく今朝、貴族や金持ちだけを限定し、被災地からの移動を認めた」
トゥーリス先輩は怒りを滲ませ、嫌悪感を隠そうともせず、シラミド男爵から聞いた話を聞かせてくれた。
「「信じられない!」」と、ルフナ王子とラリエス君も怒りを滲ませる。
「それじゃあ、王都から持ち出した軍の食料や、モカの町から奪った薬はどうしたんです?」と、エイト君が低い声で質問する。
「フッ、それらは全て、軍の兵士や魔法師のために使われた。薬草は医師や薬屋に高値で売り付けたようだ。
父もトーマス王子も、あまりの酷さに絶句していたよ」
信じたくない事実に、トゥーリス先輩も言葉が出なかったと言う。
「まあ、予想通りです。救済活動で最も難しいのは、救済する側の食料や宿の確保です。
デミル公爵は軍の大隊100人以上を率いて行ったので、兵士と魔法師の世話で精一杯だったと思います」
「そうだなアコル。それは今回の救済活動で身に染みたよ。
結局父もトーマス王子も、初日は我々の宿の手配で終わってしまったし、実際、現時点でも用意できていない。
これは経験しなければ分からなかったことだ」
フーッと大きな息を吐き、サナへ領も危うくココア村の住民を見殺しにするところだったと、トゥーリス先輩は反省を込めて先日のことを振り返った。
「それにしても許し難い。人の命をお金で決めるなんて・・・
無知とはこうも残酷だ。
デミル領の混乱はこれから始まることになります。
トゥーリス先輩、ラリエス君、春になったらデミル領から流民が大量にやって来ますよ。対策が必要です」
俺はデミル領の今後を予想し、起こりうる事態の話をする。
デミルの領民は、魔獣に襲われても領主様は助けてくれないどころか、平民は殺されるのだと知ってしまった。
だから、生き延びるためにデミルを捨て、隣の領地に救いを求めるだろうと、弱者の行動を予測して付け加えた。
「勘弁して欲しい。自領の魔獣対策も出来てないのに・・・」とラリエス君は凄く迷惑そうだ。
「アコル、具体的に何が必要か教えてくれないか?」と、トゥーリス先輩が真剣な顔で訊いてくる。
「自領の魔獣対策で重要なのは、事前準備と商人との連携です。
災害時には商品を定価の8割で売るよう決まりを作ったり、必要な物資をどの店が出すのか決めておいたり、商業ギルドや冒険者ギルドとの連携も大事です。
でも、最も大切なのは、住民に避難準備をさせることと、役人の教育です。
領主から災害時の対応方法をきちんと通達するか、そうですねえ、本当に自領の領民を救いたいと望む領主には、側近や役人を、王立高学院の【危機管理指導】の講義に強制参加させるのもありです。
流民については、自領に入ってきた住民一人につき、金貨1枚をデミル公爵に請求するとか、検問所を作って自領に入れさせないとか……こっちは領主会議の議題ですね」
「なるほど」と俺以外のメンバー全員が頷く。
そして、そう言えば……って、モカの町の副役場長の情報を、ルフナ王子がトゥーリス先輩に伝えた。
翌朝も、昨日と同じように被災者たちがやって来て、受付で朝食のお金を払ったり、仕事斡旋の列をつくる。勤め先がある者は、今日から職場に出勤している。
今日の仕事は、とても辛いことだけど死者を弔う作業をしてもらうと決めた。
このまま放置していたら、疫病を発生させたり野犬や魔獣を呼び寄せてしまう。
「この仕事のお金は、全額シラミド男爵とサナへ侯爵様に支払っていただきましょう。
きっとシラミド男爵は西地区に来られるでしょうから、商談することにします。
もしもこの仕事を役場が受けない場合、【薬種 命の輝き】は今日限りで撤退し、【王立高学院特別部隊】の仕事も即時終了したいと思います」
俺は朝の執行部会議の冒頭でそう宣言した。
「そうだな。救済の目処はたったと思う。これ以上アコルに経済的な負担をかける訳にはいかない」
申し訳なさそうに俺を見て、これ以上アコルに甘えることは、国としても領主としても、正しいことだとは思えないとルフナ王子が発言した。
「そうですわね。救済活動としたら、学生の私たちではもう限界ですわ」
侯爵令嬢らしく気高く美しく……って感じのノエル様だけど、よく見たら平服と思われるドレスは薄汚れ、お顔にはかなり疲れが見てとれる。
それでも弱音を吐かず、執行部の代表者として皆を引っ張ってこられた。
ちょっとピントがずれているお坊っちゃまのトーマス王子には、絶対に理想の相手だと思うけど、俺の口からそんなことは言えない。
「賛成ですノエル様、新年の休みも開けましたし、被災していないモカの町の住民がたくさん居ます。
ここから先は、領主であるシラミド男爵と父の仕事です」
トゥーリス先輩も同意し、他のメンバーも賛成したので、そのことをサナへ侯爵とトーマス王子に伝えることが決定した。
本日をもってサナヘ領での救済活動を終了すると、執行部の決定を聞いた学生たちは、やりきった安堵の表情になる。
貴族として暮らしている学生には、本当に過酷な救済活動だったはずだ。
新年の休暇中なのに、本当に真面目に頑張ってくれたと思う。
その反面、西地区の被災者たちは、【王立高学院特別部隊】が今日で活動を終えると知り、不安そうに下を向いたり、着ているスノーウルフの毛皮をギュッと握る。
下手をすると、明日から給金が稼げなくなるのだ。無料の食事や信じられない価格で借りている毛皮や毛布は無くなってしまう。そう考えると絶望したくもなるだろう。
……だけどゴメン。これから先は領主と町の住民が考えることだ。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。




