91 モカの町(5)
学生たちに完全スルーされた感じのサナへ侯爵とトーマス王子は、【王立高学院特別部隊】の活動をじっと眺めて何やら話をしていたようだが、馬車に乗り込み救済活動本部に戻っていった。
もしも支援物資が用意できていたら、また西地区を通ってココア村に向かうだろう。いや、向かわないという選択肢はないだろう。
ココア村には、僅かな野菜だけを食べ飢えをしのぎ、凍えながらも40人もの人が生き残っていたのだから。
午後3時、見掛けなかった役場の人間と警備隊員、町で雇ったと思われる炊き出しをしてくれる女性を含め5人が乗った荷馬車が中心地からやって来た。
それとは別に、トーマス王子が乗った王宮の馬車もやってきて、降りてきたトーマス王子は肉だけ用意できなかったので、モンブラン商会から肉を買いたいと俺に言った。
「分かりました。スノーウルフを一頭丸ごと分けましょう。
これは荷馬車組の学生が、ミルクナの町で討伐したモノです。ですから、お金は要りません。荷馬車組からの支援物資です」
俺はマジックバッグからスノーウルフの解体した肉を取り出し、支援物資だとはっきり告げてトーマス王子に渡した。
「本当に私のマジックバッグの中の物は、全てココア村で出してもいいんだな?」
「はい大丈夫ですトーマス王子。もちろん毛布や衣類は足りませんが、それはモカの町の店から買えばいいと思います。
あの……父は、サナへ侯爵はどのくらいお金を出す予定なのかご存知でしょうか?」
俺の隣に居たトゥーリス先輩が、大丈夫だとはっきり言って、父親の覚悟を確かめるため勇気を出して質問する。
「王様から預かった金額は金貨100枚だ。最低でもそれは使うだろう。
後はモカの町が出せる金額次第だ。
サナへ侯爵は今、新年の休暇で閉まっている全ての商店を開けさせ、品物を売るよう指示を出し、学生全員が泊まれる宿を手配されている。
では、肉は有難く貰っていく。引き続き頑張ってくれ」
トーマス王子はそう言って、ココア村に急いで向かうため馬車に乗り込んだ。
「たった金貨100枚・・・学生のアコルが290枚・・・はぁ・・・」と、トゥーリス先輩は小さく呟き溜息を吐いてた。
午後5時、【薬種 命の輝き】で働いた被災者に日当が渡された。
お金を手にした人々は、嬉しそうにモンブラン商会の商品を買ったり、夕食用のスープを自分のお金で買って食べたりする。
昼に事前登録していた住む家のない者に、スノーウルフのベストの貸し出しもする。
被災者にとっては【王立高学院特別部隊】が滞在する数日の間だけ着れるベストだけど、今夜は雪になりそうだから、凍死するのは免れたと思う。
午後6時、荷馬車に泊まると希望した学生以外は救済活動本部に戻っていく。
今夜は荷馬車で寝るメンバーが大きく変わっている。
俺以外は総入れ替えで、執行部のラリエス君、ルフナ王子、エイト君、移動販売店の会計を任せた商学部のラノーブを合わせた、1年生5人が残っている。
ラリエス君たちは、自領の今後のことを考え「何事も経験しなければ分からない」とか何とか言って荷馬車を選んでいた。
でも、どうやら目的は他にもあるようで、俺と一緒に行動した方が、確実に妖精と契約できると学生たちの間で噂になっているらしく、雪の降りそうな寒い夜なのに、荷馬車を選ばせることに繋がったみたいだ。
今夜も女性や子供が小型の荷馬車で、男性や家族連れは土の倉庫みたいな建物で休むことに決めた。
病人とケガ人を救済活動本部に任せたので、なんとかギリギリだった。
スノーウルフのベストを借りることができなかった男性数人は、稼いだお金で食料を買って、他の地区の知り合いの家に移動したりもした。
……やっぱりお金って大事だよな。手ぶらで泊めてもらうより手土産があった方が頼み易いに決まっている。
救済活動本部に学生が戻っていったのと入れ替わるように、トーマス王子たちが西地区に戻ってきた。
トーマス王子は完全有料となっている肉入りスープを買い、ココア村に一緒に行ったモカの町の者や、王子の護衛に奢ってあげる。
いい格好をすることも必要だ。
その中の役人らしき人物と、トーマス王子が乗っている馬車の御者さんは、スープを食べ終わると直ぐに、モンブラン商会の商品を熱心に見て、商品名や価格をノートに記入していた。
俺たち居残り組5人は、トーマス王子からココア村の状況を訊くことにする。
「午前に到着した時点で、出血していた重傷者の多くは亡くなっていた。
骨を折ったり火傷をしていたケガ人は、熱が出たりしていたが生きていて、無傷の老人たちが看病したり野菜のスープを作って食べさせていた。
足をケガしていた村長が、きっと助けが来るからと村人40人を励ましていたらしく、救済に来たサナへ侯爵と俺を見て、皆……有難いと涙を流していた・・・しかし・・・」
トーマス王子はそこまで話して深く息を吐くと、力のない声で説明を続けた。
村人たちは、直ぐにでも食料や薬を与えられるのだと勘違いし、食料や医師は何処でしょうかと訊いたらしい。
今日は被害状況の確認に来たのだとサナへ侯爵が告げると、村人たちの表情はたちまち曇り、全員が固く口を閉ざしたとトーマス王子は言う。
……期待を裏切られたショックは大きいよなぁ……文句を言いたくてもご領主様と王子じゃあ言える訳がない。だから口を閉ざすしかなかったんだろうな。
「あの時の無表情が……不満を口に出さないからこそ、絶望した表情なのだと分かった。
だから、直ぐに食料を届けたくなり、昼にモンブラン商会の商品をココア村に持っていこうとしたが、アコルに断られた」
どこか不満そうにトーマス王子は話を続けた。
「でも、何故トーマス王子は、ご自分で用意されていた支援物資を出されなかったんですか?」
なんだか納得できないという顔をして、エイト君が質問する。
「確かに持っていたが、サナヘ侯爵からの要請もないのに、自分のマジックバッグの中の支援物資を、勝手に出すわけにもいかないからな」
「なるほど、要請がなければ何もしないのが正しいことなんだ。
貴族の間ではそれが正しいことなのでしょうね。
だから俺たちがレブラクトの町の救済活動をしたことを、レイム公爵や王様は余計なことだと思い、先導した俺を殺そうと……いえ、排除しようと考えた。
じゃあ、今回俺のしていることは全て、余計なことで間違いないな。ふ~ん」
訳の分からない言い訳と、変わらない王族の思考に呆れてしまう。
「サナへ侯爵や側近たちは、余計なことをする生意気な平民の俺が、さぞかし邪魔だろうな。
そうだったら、今夜か明日には……誰かが俺を殺しに来るかもしれない」
俺は明らかにがっかりしたという視線を、トーマス王子に向けて言い放った。
これが民を守るべき貴族、いや王族なのだ。
【建国記】を読んで勉強したはずなのに、ここで言い訳するトーマス王子に、俺は【失格】の烙印を押した。
「はあ? ちょっと待てアコル! 王様やレイム公爵が、救済活動を余計なことだと思ってアコルを殺そうとしたのか? ええっ?」
「そうですよラリエス君。
まあ、レイム公爵とはきちんと話をして理解して頂けたようですから、今は危険人物扱いからは外されたでしょうが、勝手なことをする王立高学院の平民の学生など、虫けら同然なんですよ。
救済活動に来ているのに、この町の役人の言動や態度を見れば分かるでしょう?
それをサナヘ侯爵もトーマス王子も咎めてないし」
俺の話を聞いたラリエス君も他のメンバーも、凄くショックを受けたみたいで、信じられないという視線をトーマス王子に向け確認しようとする。
必死に被災者を助けようとしている自分たちの救済活動を、余計なことだなんて思っていない友人たちからしたら、俺が虫けら扱いされることも含めて、全くもって納得できないのは当然のことだった。
「いや待ってくれアコル。王様もレイム公爵も、今では救済活動について理解してるし必要なことだと思っている。
だからこそ王命でサナへ領に来ているんだ。サナへ侯爵だって、アコルを殺そうなんて考えてないぞ!」
ギョッとした表情でトーマス王子は弁解する。
それは昔の話であり今は違うと。
そしてサナへ侯爵は、商品を持ってきたモンブラン商会には感謝している筈だと言った。
「もしもアコルや我々の命を狙う者が居たら、遠慮なく返り討ちにすればいい。
それよりトーマス王子、ともの皆さんがお待ちですよ。トーマス王子が本部に帰らなければ、他の学生も宿に戻れません」
俺以上に思うところがあった感じのエイト君が、トーマス王子に早く本部に戻った方がいいのではと言って、トーマス王子を追い出しに掛かった。
【王立高学院特別部隊】の責任者はトーマス王子だけど、今回は一緒に行動をしていない分、学生とトーマス王子の間に考え方のズレが生じていた。
そこに俺の爆弾発言があったので、エイト君は頭を整理したいのだろう。
「うちのマギ公爵はどうなんだろ?
うちは龍山を抱えているから魔獣の大氾濫は死活問題だ。被害だってモカの町より大きくなるはずだ」
トーマス王子の馬車が走り出すのを見て、自分の親はどう考えているのだろうと、エイト君は不安そうに疑問を口にした。
「それならエイト、ワイコリーム領だって同じだ。
セイロン山の西はワイコリーム領なんだから、いつドラゴンに襲撃されるか分からない」
そういえば、自領の魔獣の大氾濫対策を、領主である父親と詳しく話したことなどないし、救済活動の準備をしたという話も聞いたことがないと言って、ラリエス君も顔色が悪くなる。
「いや、王都だって危険なのは同じだ」とルフナ王子は力なく言った。
……いい傾向だ。自領の領民のことを思って、行動しなければと考え始めてる。はじめの一歩は確実に進めたな。
しばらくの沈黙の後、俺は皆を励ます意味も込めて、ある提案をした。
「なあ、明日は他のメンバーにここを任せて、狩りと薬草採取に行かないか」と。
「いいねえ、もっと毛皮が必要だし、肉だって不足してるみたいだよな」
「そうだなエイト。日頃の訓練の成果を出す時だ。荷馬車組にばかり活躍させる訳にはいかないよな」
ちょっと声が明るくなったエイト君に続き、ルフナ王子も嬉しそうに同意する。
「えっ? でも皆さんは今日から荷馬車組ですよね?」って、領主の子息や王子が恐れ多くて会話に入っていなかったラノーブが突っ込みを入れた。
「そりゃそうだな」ってラリエス君が笑ったので、皆も釣られて笑い出す。
心配や不安なことはあるけど、俺たち学生はまだ学びの途中だ。
あれこれ思案することも大事だけど、体を動かして出来ることをするっていうのも大事だろう。
今夜はエイト君の家の馬車が残っていて(まさか荷馬車で寝るとは思っていなかったようで)、ワイコリーム公爵家の護衛とマギ公爵家の御者さんが、交代で寝ずの番をしてくれることになった。
見張りで凍えないようにと、ラリエス君とエイト君が、雪が降っても大丈夫なように大き目のかまくらと小型のかまどを作り、ルフナ王子は火を焚けるよう昼間子供たちが集めてくれたタキギを出しておく。
俺はその間に寝る準備をしていく。
モンブラン商会の荷馬車に並べていた商品の、売上金額と在庫数をラノーブ君と確認し、サクッとリュック型マジックバッグに商品を収納する。
次にウエストポーチ型のマジックバッグから、ビッグシープの毛皮を取り出し敷く。
すると、ちょうど荷馬車に戻ってきてその様子を見ていた皆が、驚いたように俺のウエストポーチ型マジックバッグを見る。
……フフフ、皆が遣る気になってる今こそ商機! 稼げる時に稼ぐのが商人だ。
「なあ、俺のマジックバッグって、どれくらいの収納量があると思う?」
俺はウエストポーチ型のマジックバッグを腰から外して、皆の前に置いて質問する。
「あっ! それ凄く気になってたんだよアコル」
「私もだアコル。さっきから見ていると、アコルはマジックバッグを2つ持ってるんだよな?」
エイト君とラリエス君が、興味津々って感じで食い付いてきた。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。




