92 モカの町(6)
「そういえば、トーマス王子が持っていたマジックバッグは、王宮に有ったのかな? それとも高学院の物かな?」
「ルフナ王子、あれは俺が作ったものを、ある条件で貸しているんです」
「「「「はあ? 俺が作ったぁ?!」」」」
全員が信じられない!って顔をして、目の前のビッグボアの可愛いウエストポーチと俺を交互に見て叫んだ。
「みんなも、魔力量が100を越えたら自分で作れると思うよ」
「100?・・・え~っと、アコルって魔力量はどのくらいあるんだ?」
他のメンバーは訊くのを我慢してるっぽかったけど、同じ商学部で遠慮がないラノーブ君がズバリ質問してきた。
全員、怖いもの見たさなのか、知りたいけど聞いてはいけないような顔をしながらも、俺が答えるのをじっと待っている。
「う~ん、クラス対抗戦の時は140だったかな・・・」
「はっ? 140?」と、間の抜けたような声でラノーブ君が確認する。
「マジかよ! やっぱSランク冒険者は違うな」って、エイト君が驚きつつも感心したように頷く。
「で、話を戻すけど、このウエストポーチ型マジックバッグの収納量を当てた人には、美味しいハーブティーをご馳走するよ」
俺は次のステップ・・・二歩目を踏み出すため、頼りにならない大人を変えるのを断念し、次の時代をリードする目の前の学友たちをガンガン攻めることにした。
「この敷物が入ってたんだから、この荷馬車の3分の1くらいだろう」とラリエス君は言う。
「いや、アコルのことだから、この荷馬車の半分は入るんじゃないか?」と、エイト君がニヤリと笑う。
「甘いよ君たち、学院長に貸したマジックバッグには、あれだけの量の支援物資が入っているんだ。しかも、学生の荷物も入ってるんだぞ。
大きさはあのマジックバッグの半分くらいだから、この大型荷馬車くらいの収納量はあるだろう」
ルフナ王子は胸を張って、そうだよなアコルって自信満々に答えた。
「それが本当なら、うちの領地にも欲しいな大きなマジックバッグ。
うちの領地はワイコリーム領の北部で、コッタリカ王国との国境に在るバルバ山の麓なんだ。
セイロン山の次に高いのがバルバ山だから、ドラゴンが住み着く可能性もあるし、魔獣の大氾濫が起こったら大変なことになる」
ラノーブ君はラリエス君を気にしながらも、真剣な顔をして俺とマジックバッグを見る。
「ああ、確かにラノーブの家はバルバ山の麓だったな。
ワイコリーム公爵家にも大型のマジックバッグは有ったと思うが、あれは古代の遺物で起動できない。
救済活動を考えて支援物資を用意するなら、マジックバッグは絶対に必要だとアコルを見て痛感したよ。で、誰が正解なんだアコル?」
ラリエス君はマジックバッグの必要性を痛感したと言いながら、ワクワク顔で俺の答えを急かしてくる。
「答えは、この荷馬車の倍の収納量だよ」
「ええぇーっ! この荷馬車の倍?!」って全員の声が揃う。
「それともうひとつ、凄い秘密があるんだ。・・・知りたい?」って、俺は怪しく微笑んで問う。すると全員がキラキラした瞳でコクコクと何度も頷く。
俺はウエストポーチ型のマジックバッグの中から、背の低い小さなテーブルを取り出し、次にいつものお茶セット(ちょっと高価な陶器のマグカップ・銀のティースプーン・砂糖・茶漉し)を取り出し、リラックス効果の高いハーブティーの茶葉を取り出し、仕上げに沸き立ての湯が入ったポットをドンと置いた。
「「「「 はあ? 」」」」と全員が目を点にしているところで、商売の開始だ。
「魔力量が100を越えると、時間の経過がほぼない。
そして、陶器は割れず、砂糖もこぼれない。熱い湯が入ったままのポットもそのまま出てくる。
だから生肉も腐らず、ほら、これは王都を出る時に買ったパンだけど、美味しさそのままだ」
王都の高級パンを1個だけ取り出し、食べ盛りの若者にパンを見せびらかしながら言う。
そして悪魔の……いや【魔王】の如くニヤリと笑い、直ぐにパンをマジックバッグに戻した。
「ちなみに、俺の作ったマジックバッグを起動するには、最低でも80以上の魔力量が必要だ。
まあ、二人が登録して同時に魔力を流しても起動する。
ただし、80だと時間がゆっくり経過するから、生肉は4日が限界で、野菜は7日くらいだな。
でも割れ物は大丈夫だ。熱湯は……どうだろう? 半日くらいで冷めていくかな?」
既に80を越えているラリエス君は嬉しそうに俺を見て、エイト君とルフナ王子は悔しそうだ。
魔力量がやっと50になったラノーブは絶望的な顔で下を向く。
「大丈夫だラノーブ君。妖精と契約したら100を越える。だが、国宝級のマジックバッグだ。当然安くはない」
俺の話を聞いたルフナ王子は「俺にはアラビカちゃんが居る!」と歓喜し、一瞬嬉しそうに顔を上げたラノーブは、安くないと聞いてまたガックリと肩を落とした。
「それで、そのウエストポーチ型のマジックバッグと同じものを買うとしたら、いくらなんだアコル?」
パンのことなんか忘れて、ラリエス君は真剣な顔をして訊いてきた。顔に絶対に欲しいと書いてある。
俺はゆっくりとハーブティーを淹れながら、頭の中で利益を計算していく。
◇◇ トゥーリス先輩 ◇◇
私は今日一日で、多くのことをアコルから学んだ。
アコルの思考は、平民が基準になっているから、父であるサナへ侯爵やトーマス王子では、アコルと同じように救済することなんて出来ないだろう。
父やトーマス王子の救済活動・・・それは何をすれば被災者が助かるのかと考えることではなく、助けに来たと住民に知らしめること……のような気がする。
だから、実際の被災現場も確認せず、学生が出来そうなことを適当に命じた。
役人の話を鵜吞みにし、アコルの指摘に怒りをぶつけた。
考えてみれば、アコルは学院を出る前から、馬車はどうする? 支援物資はどうする? 宿は、食事は? と叫んでいたのに、私たちは、いや、父もトーマス王子も軍や国がやってくれると思っていた。
結局馬車は、上級貴族である学生の家の馬車を借り、王宮から寄せ集めた。
足らない馬車の代わりに、荷馬車に乗る学生まで出してしまった。
支援物資なんて、被災地で買えばいいと父は考えていた。
店が被災していたらどうするつもりだったのだろう?
トーマス王子は領都で支援物資を買っていたけど、それだって、執行部のメンバーがアドバイスしたのであって、トーマス王子の考えではなかった。
実際にモカの町に到着してみれば、年末で店は閉まっているし、宿はないし、学生の食料さえなかった。
高位貴族の学生を荷馬車で寝泊まりさせるなんて、前代未聞であり失礼を通り越している。
学院を出る前にアコルが言っていた準備は何一つできておらず、全ては後手に回った。
本当に困っている被災者を助けることが後回しにされた。
「ぼんやりしてどうしたトゥーリス。疲れて食欲がないのか?」
モカの町の領主であるシラミド男爵の屋敷の客間で、出されたご馳走を当たり前のように食べながら父は私に問う。
暖炉の火で部屋は暖かく、西地区とは別世界の空間に、どうしても違和感を覚えてしまう。
「いえ、西地区の被災者のことを考えたら、申し訳ない気がして……」
「そうか。だが私はサナへ侯爵であり、お前は領主の息子だ。平民と同じように考えるべきではない」
父はそれが当たり前なのだと言うが、俺は同意できない。
だってそれは、平民は飢えても凍えても仕方ないということだろう?
「サナへ侯爵、トゥーリス君は優しいのでしょう。領民を思いやる気持ちは立派です。
今日も懸命に現場で指揮を執っていましたから」
良くやってくれていますからって、トーマス王子がまるで褒めるように言う。
……なんか違う……そうじゃないだろう! なんで朗らかに笑っていられるんだ?
「アコルが全ての段取りをして、学生を率いてくれるから救済活動が出来ています。
ですが、アコルが居なければ・・・私なんて何の役にも立ちませんよ」
私の立場を考慮して、アコルは現場責任者にしてくれた。
私が考えて指示したことなんてほとんどないのに、褒められても嬉しくもない。
「なんだと! 彼がそう言ったのか?」と、父は剣吞な声で問い質してきた。
「はっ? アコルがそんなことを言う訳ないでしょう!
彼は【王立高学院特別部隊】を率いて、我々を導く指揮者なのですよ父上。
アコルが西地区で行っている救済内容をご存じないのですか!」
信じられない自己犠牲を払い、懸命に被災者を助け、我々に多くのことを教えてくれるアコルに対し、平民だと侮り見下すかのような言動……そうじゃないだろうと思い、私はつい語気を強めてしまう。
……ああ、そうか。根本的な価値観の相違だ。
でも、父のその態度が、側近や役人の態度に繋がるのだと気付いていない。
学生たちがどれだけ不快な思いをしたのかも、全く分かっていない。
これまで私は父を尊敬してきた。この国の宰相として王様を支え、国を動かしている姿に憧れもした。
でもそれは、王宮の中だけのことであり、領民に尊敬されているとか慕われているというものではなかった。
こうして共に仕事をしたのも初めてで、学院を出発する時は、尊敬する父が被災者の救済を指揮する姿を、この目で見られると期待していた。
だが、その期待は打ち砕かれた。
……恩人でもあるアコルに対して、平民というだけで感謝する気持ちすら感じ取れない。
「父上、いえ、サナへ侯爵様、私は領主の子息として王立高学院に入学し、今日ほど恥ずかしい思いをしたことはありません。
サナへ領のために救済に来ている学生を荷馬車に泊まらせ、食事の用意もせず、自分のお金を使わせています。
それでも不満や不平を言わない仲間に、年末年始の大切な家族との時間を割いてまで懸命に尽くしてくれる仲間に、サナへ侯爵様や側近や役人は、平気で暴言を吐き全員に不快な思いをさせてしまった」
冷静に話そうと思うが、あまりに鈍感な二人に、情けないという思いが、どんどん大きくなり胸が苦しくなる。
「今夜、荷馬車に寝泊まりしているのが誰だかご存知ですか?
ルフナ王子とワイコリーム公爵子息のラリエス君と、マギ公爵子息のエイト君、そしてワイコリーム領の伯爵子息ラノーブ君とアコル君です。
彼らが荷馬車を選んだ、その意味が分かりますか?
その荷馬車を用意したのも、学生の食事を用意したのもアコル君です」
現実を分かってもらおうと感情を抑えて説明するが、不機嫌な父の顔を見て、怒りの感情が溢れてくる。
「救済活動なんだから仕方ない部分はある」と、トーマス王子は自分が【王立高学院特別部隊】を率いているとは思えない発言をする。
「彼は、困っている被災者に仕事を与え、日当を出し、無料で食事を提供し、働いたお金で必要な物が買えるよう格安で店まで開いてくれた。
アコル君がサナへ領の被災者のために、用意してくれたお金は金貨290枚です。
決してモンブラン商会のお金ではなく、彼が自分で稼いで貯めたお金です。
私は・・・人としての器の大きさの違いに愕然としました。
私はアコル君に訊きました。何故、損にしかならないのにサナへ領の領民を助けてくれるのかと。
するとアコル君は、自分に与えられた使命を果たすためだと答えました。
学生たちは知っています。ここに居る者は、平民ほどのことも出来ないと」
私は話しながら、この場に居るのが辛くなった。
あまりにも情けなくて、怒りの感情をぶつけたくなってしまう。それは、トーマス王子に対してもだ。
だから私は言い捨てるようにして、部屋を飛び出した。
……アコルに会いたい。ルフナ王子たちの仲間に入りたい。婚約者であるミレーヌ様(マギ公爵家令嬢でエイトの姉)は、きっとサナへ領に幻滅されただろう。
私は同じ屋敷の中の、学生に割り当てられている部屋に行き、皆と同じように毛布に包まって床に寝ることにした。暖炉があるから暖かいけど背中は痛い。
……ここでも、皆に不自由な思いをさせている。
「みんな、本当にすまない」と、俺は心から謝り、ありがとうと感謝の気持ちを伝えた。
すると「これはこれで楽しいよな」って、昨日まで荷馬車で寝ていたボンテンク先輩が笑って言ってくれた。
なんだか落ち込んでいる様子を察してくれたのか、ボンテンク先輩とマサルーノ先輩が、荷馬車組の旅の様子を面白おかしく話してくれた。
ミルクナの町のスノーウルフと戦ったこと、変異種をアコルが倒したこと、冒険者ランクが上がったこと、ミルクナの町の人が支援物資をくれたこと、アコルの不思議なマジックバッグのことなど、皆ワクワクしながら話に聞き入った。
俺は寝る前にもう一度皆に謝ろうとして、次は自分の領地の番かも知れないから気にするなと皆に言われ、申し訳ないけど暖かい気持ちになった。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。




