69 クラス対抗戦(4)
◇◇ エイト(マギ公爵家次男) ◇◇
それは、1分にも満たない間の出来事で、まるで目の前を飛んでいる虫でも払ったのだろうかと俺は思ってしまった。
競技開始の笛が鳴ったのに、アコルは的に向かって静かに立っていた。
そして深呼吸をすると、ゆっくりと右手を上げた。
虫でも払ったのか、上げた右手を三度だけ大きく振ると、アコルはにっこりと笑って、やっぱり同じようにゆっくりと右手を下げた。
「どうしたんだろう? もしかして諦めたのか?」とか「真面目にやれよ」という声が周りから聞こえてくる。
いや違う。そうじゃない。アコルはとんでもない天才だ。
俺は先日ルフナ王子とラリエスと一緒に、アコルから攻撃魔法を伝授された。
そしてルフナ王子から、アコルは冒険者ギルドからブラックカードを持たされている程の天才だと教えられ、開いた口が塞がるまで時間がかかった。
勉強だけではなく、魔法まで天才だったとは驚きで、ラリエスからアコルは魔法が得意なはずだと聞いてはいたけど、あまり期待はしてなかった。
なのに、魔力量が既に100を超えているとかってなんだよ!可笑しいだろう。
そんな平民が居るはずないって反論したら、妖精と契約までしているとルフナ王子が暴露した。
そしてアコルは、可愛い、超可愛いエクレアちゃんを見せてくれた。
もう、何がなんだか分からない。
ラリエスなんて相当ショックだったみたいで、半分泣きそうな顔をしていた。
入学式の日から、ラリエスはアコルがライバルだって言ってたけど、妖精まで見せられては泣きたくなる気持ちもわかる。彼はどんな時でも最大限の努力をして頑張っていたから。
「エイト君もラリエス君も光適性持ちだから、妖精と契約できるよ」ってアコルに教えられた時は、思わず「もう一回言って」って聞き直したし。
俺の常識が全く通用しないアコルは、絶対に平民じゃないと思う。きっと、サナへ侯爵家かレイム公爵家の血族だ。
あの攻撃魔法の練習の時を思い出し、俺はもう一度冷静にアコルへと視線を向けた。
するとアコルは、パンと大きく手を叩いた。でも、同時に隣で競技していた特務部の学生が派手な火魔法を使ったので、手を叩いた音は聞こえなかった。
何だ? 今のは何の魔法? 何かの合図?って、俺だけじゃなくアコルを見ていた観客は、全員が眉を寄せただろう。
アコルが見つめる先の的の7つは、全く攻撃されたような痕跡もなく静かに立っていた。
そうだよなって、ダメ押しで的を見ていると、土で作られた魔獣の首がズズズとずれていき、ドスン! と音を立てて地面に落ちた。7つの的がほぼ同時に・・・
有り得ない。どうして? なんで? って考えていたら「ワーッ!」とか「ええぇ~っ?!」って、歓声というか驚きの声が上がった。
まるで夢でも見ていたかのような、いや、手品でも見ていたのだろうか、俺の思考は停止した。
副審は終了の旗を上げるけど、主審の教授はぼんやりしていて、まだ旗を上げない。
でも、競技が終了したのは誰の目にも明らかだった。
アコルは主審である教授を見て、フッて笑った。
ちょっとバカにしたような笑みだった気がする。いや、絶対にそうだ。
主審の旗は上がらないけど、アコルはくるりと体の向きを変えて、すたすたと歩いて帰っていく。
副審が駆け寄り主審の旗を上げるよう言っているようだけど、主審の教授は何度も首を横に振りながら、的であったものの前まで歩いていく。
落ちた首と残された胴体を全て確認した教授は、再び首を振ったけど、ようやく終了の旗を震えながら上げた。
隣では、特務部の学生が6つ目の的を土魔法で破壊していた。
対戦相手であるアコルの姿はもうないのに、残された特務部のホルヘンが懸命に攻撃魔法を放っている姿を、観客はぼんやりと見ていた。
きっと俺と同じで、みんなも思考が追いつかないんだ。
いつの間にか歓声も応援する声も消え、ホルヘンの攻撃する音だけが響いていた。
そうなんだよ。ホルヘンの攻撃魔法は一見派手で凄いと思わせるけど、二回戦全体でみると平均的なタイムだ。特別に劣っている訳ではない。
なのに、どうしてこんなにも時間が長く感じるんだろう?
審判ではなかった魔法部や特務部の教授たちが、アコルが首を落とした的を確認するためだろうか駆け出していく。
二回戦は、普通の攻撃魔法を使っても、魔法陣を使って攻撃しても良かったのだが、魔法陣による攻撃魔法はB級魔術師の資格を取得しないと教えてもらえない。
それに、魔法陣を発動させると、魔力を含んだ魔法陣が必ず浮かび上がる。
アコルの攻撃は、たぶんエアーカッターだ。でも普通のエアーカッターが生み出した結果だとは、誰も信じられないんだろう。
だから教授たちは、魔法陣を使った可能性があると考え痕跡を探しているのだ。
……これがブラックカード持ちの能力なんだ。まるで大人と子供の戦い……いや違う。天才と凡人の差だ。
ようやく攻撃を終え、7つの的を全て破壊したホルヘンが、誇らしそうに審判と副審に視線を向ける。高く上がった旗を見て彼は胸を張った。
◇◇ トーマス王子 ◇◇
アコルの出場した二回戦をなんとか終わらせて、司会進行をしている執行部のノエルさんとミレーヌさんに三回戦を始めるアナウンスを頼む。
妙にテンションが下がったというか、何が起きたのか分からないままだが、学生たちが騒ぎ出す前に意識を切り替えさせることにする。
……やってくれたなアコル! お前は本当に魔王として君臨する気か?
混乱している魔法部と特務部の教授や講師は完全無視し、マキアート教授に三回戦で使用する巨大な的を魔法陣を使って作ってもらう。
土魔法で的は作られるが、二回戦と違って強固になっている。
そして三回戦は、的の8割を破壊しなければならず、ケガをすることも考え医療チームがスタンバイしている。
また、魔法陣の発動には、大会に出場しない魔法部の3年生が魔力を注ぐことになっている。
三回戦は、演習場の中央に高さ5メートル、全長10メートルのドラゴンを模した的を作り、選抜選手5人全員が攻撃してもよく、一人で攻撃することも認められている。
執行部の顧問として学院の行事に関わっている私は、昨日弟のルフナから、三回戦でアコルから伝授された攻撃魔法を使用すると告げられていた。
「まあ頑張れ」と軽く激励しておいたが、先程の二回戦のアコルの攻撃を見てしまった私は、急に胃が痛くなった。晩秋なのに背中に汗までかいている。
「学院長、実は昨日、ルフナとラリエス君とエイト君の3人が、三回戦でアコルから伝授された攻撃魔法を使用すると言っていました」
三回戦の開始準備が整ったので、私は学生や教師たちからも少し離れた特別席に座り、隣の学院長とレイム公爵に報告する。心の準備は必要だろう。
「はあ? そ、それはどんな攻撃魔法だ?」
「分かりません。でも、あの自信満々なルフナの様子からすると完全にやらかす気です。魔王アコルが、本当に学院改革を始めるようです」
これまでアコルは、役に立たない軍や魔法省を頼ることなく、高学院の学生を実践的に鍛えて住民を救うしかない……なんて有り得ない話をしていたが、あれは本気だったのだと私も学院長も理解した……というか、突然その片棒を担がされた感じだ。
昼休みに聞いた話では、本来アコルは二回戦に出場する予定はなかったようなので、ルフナたちを学生強化の起爆剤にするつもりだったのだろう。
「始めてしまったものは仕方ない。どうせ死ぬか戦うかという選択肢しかないのなら、アコルの改革に便乗する方が得策だろう。
実際、今の軍や魔法省にはドラゴンを倒せる者など居ないのだから」
あれ? どうしたというんだ? アコルを敵視していたレイム公爵の言葉とは思えない。
先日夜通し語り明かした後でも、アコルの素性が分からず王族を攻撃するなら、子供でも容赦しないと言っていたはずなのに。
「あの魔王を野放し・・・いや、学院で好きにさせろと仰るんですか兄上?」
「学院長、確定ではないが、アコルはレイム公爵家の直系血族だ。
先程の強烈なエアーカッターとその実力を見て、私はレイム公爵家の後継をアコルに任せる決心をした。
あの独特な髪も瞳も、レイム公爵家で代々語り継がれている……特に英雄と呼ばれるような優秀な領主になる男子の特徴だったのだ」
「はあ? 直系血族だったのですか?」と、驚いた学院長が叔父上をマジマジと見る。
「確かにレイム公爵家には男子は居ませんが、本気なのですか叔父上?」
突然聞いた衝撃の話に、私も学院長も動揺する。
「私がそう考えたのには理由がある。
レイム公爵家に伝わる魔術書を読んだのだ。
レイム公爵家には初代レイム公爵が【覇王様】と共に作られた魔術書と、500年前の魔獣氾濫の時に英雄として称えられた公爵が残された魔術書の二冊がある。
その魔術書のどちらにも書かれていた当時のレイム公爵の考え方や行動と、アコルのそれは非常に似ている。
時代を作る・・・いや、国を救う者は、みな始めは異端と言われていたようだ」
レイム公爵がそう言った直後、演習場に大きな声援が響いた。
皆が注目する視線の先には、ルフナが一人で的に向かって立っていた。
「何故一人なんだ? まさか一人で攻撃して破壊する気なのか?」と、学院長が疑問を口にした瞬間、ルフナは「ドラゴンブレスファイヤー」と大声で唱えた。
すると、これまでの火魔法の常識では考えられない赤と青の巨大な炎が、ねじれるように的に向かって飛んでいった。
《 ドゴーン!!! 》と大きな音がして、的は粉々に吹き飛んでいた。
「「「 ・・・・・・ 」」」
なんだあれは!と、声には出さず無言で頭を抱える王族三人・・・
見たこともない攻撃魔法に、学生たちは立ち上がり「ワーッ!」と大歓声を上げる。
そして興奮冷めやらぬうちに、また的の前に一人で立つ学生が・・・エイト君だ。
「ドラゴントルネード!」と叫ぶと、風が渦を巻き始め、グルグルと渦巻く速度が速くなり、渦は次第に大きくなっていく。
その渦はドラゴンを模した的を飲み込むと、空高く昇っていく。
20メートルくらい上昇したところで渦は消え去り、的であったと思われる土の塊が落下する。
《 ヒューッ ドーン!!! 》と、演習場が揺れる程の衝撃がきた。
「「「 ・・・・・・ 」」」
こんな攻撃魔法があるなんて聞いたこともない。いったいアコルは、どうやってそれを知ったのだろう?
本当にこんな大技を、短期間でルフナたちに習得させたというのだろうか?
実践的に鍛える・・・それがこの攻撃魔法だというなら、確かにドラゴンや変異種討伐への希望が持てる気がする。
しかし、突然の変化に教授がついてこれるだろうか?
興奮に沸き返る三回戦の、最終競技クラスはまたしても1年D組だった。
再び一人で的に向かって立つのは、真剣な顔をしたラリエス君だ。
彼は酷い有り様になっている演習場を全く気にする様子もなく、大きく深呼吸をして、両手を斜め下の地面に向かって伸ばした。
会場中の全ての観戦者が息を吞み、体はいつでも逃げれるような態勢をとる。
「大地の守護者に魔力を捧げ我は祈る。悪なるモノをとどめよ!そして穿て!」
ドラゴンを模した的の下に、突然金色と銀色の混ざったような色の魔法陣が浮かび上がった。
魔法陣が強く光り輝いたと思った瞬間、魔法陣が次第に上昇していく。
魔法陣の動きを目で追っているうちに、的であるドラゴンの巨体を、無数の土の剣が下から突き刺していた。
《 パラパラ……ズサー 》と、的が崩れていく。
「「「 あれが魔法陣を使った攻撃魔法・・・」」」
「少しはドラゴンと戦う希望が湧いてきましたね」と、私はなんだか取り残されたような気がして、複雑な気持ちになりながら無理矢理笑った。
「アコルやルフナたちがやるのなら、我らは教師を変えていくしかないな」と、学院長は覚悟を決めたようだ。
「面白くなってきたではないか」と、レイム公爵はどこか楽しそうだ。
いろいろあったクラス対抗戦。終わってみれば凄い成果と収穫を得ていた。
しかし私と学院長は、この日を境に、アコルの魔王のような微笑みがもたらす現実を、実はよく分かっていなかったのだと思い知ることになる。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
次話から新章スタートで、アコルの学院改革が、本格始動します。
これからも応援よろしくお願いします。




