62 闇討ち(1)
エイト君とルフナ王子もさり気なく俺の隣に座り、イスデンの取り巻きである自警団だった者たちに視線を向けた。
「まあ、あれだけ煽っておいたから、何もしてこないってことはないだろうね。何か情報がある?」
俺はわざと挑発するようにイスデンから視線を逸らさず、目が合ったようなのでニヤリと笑って、ラリエス君たちとの会話に意識を戻し質問した。
「あるよ。俺のクラス、C組の魔法部のヨルカイが、イスデンの腰巾着である貴族部のレコモンド(147点の人)に昼食時に呼び出されてた。
その後で、B組のパレモンと一緒に演習場に行ったらしい。全員ヘイズ侯爵派だ」
さすがルフナ王子、イスデンの動きを注視してくれていたようだ。
「ヨルカイもパレモンも、授業以外で魔法の練習をするような真面目な学生じゃない。
演習場で二人を見掛けた女子の話では、下手くそな風魔法の練習をしていたってさ。
でも、アイツらじゃ、5メートル先まで風を飛ばせないよな」
どうやらエイト君の情報は女子から得たようだ。誰にでも気さくなエイト君らしい。
さすが【麗しの三騎士】。情報収集もばっちりだし、イスデンをちゃんと注視してくれていた。
いつ、何をする気なのかは分からないけど、執行部が狙われるんじゃないかと三人は予想し、女子にも注意するよう伝えておいたそうだ。
お互い用心しながら、イスデンたちの動向に目を光らせることを、明日の執行部の会議で再度全員に伝えることになった。
夕食後、俺は少し寄り道をして、マキアート教授の研究室の隣りの演習場で、ちょっとした歓迎の準備をすることにした。
可愛い妖精たちの情報では、イスデンは魔法部の学生に闇討ちを指示するようだけど、折角だから本人にも見学に来て欲しいな。
手下にやらせて自分は部屋でのんびりしているなんて、ちょっと運動不足じゃないかな?
マキアート教授の研究室まで歩けば、目立つお腹の出っ張りの解消にもなると思うんだけどなぁ。
今夜か明日あたり、トーマス王子とか学院長がお茶を飲みに来る気がするから、かち合わなきゃいいんだけど・・・今夜は運良く新月だから、闇討ちには持って来いかもしれない。
残念ながら俺の部屋のドアや窓は、魔力量が100以上でないと外からは開けられない。
そうなると、ノックされても俺の名前を叫ばれても、俺がドアを開けなければ闇討ちは成功しない。
闇討ち歓迎のための仕掛けをして、救済活動で使った食器類を洗うためミニキッチンに向かう。
ついでにお湯を沸かしてポットに入れておけば、来客があっても部屋から出なくてもいい。
ミニキッチンの隣には狭い風呂スペースがあって、俺が持ってきた大きな桶が置いてある。
水魔法や火魔法が使えない者は、ミニキッチンで湯を沸かして運ばなければならないが、俺はちょちょいと魔法を使って桶に湯を張った。
昨夜は体を拭くこともできなかったので、久し振りに下半身だけだがゆっくりと浸かる。
「ああ気持ちいい。狭くて足も伸ばせないから、アナコンダのお金が入ったら、この部屋ギリギリの大きさのバスタブを買おうかな。
肩まで浸かりたいなぁ。ちょっとくらい贅沢してもいいよな。フゥ、それにしても人喰いドラゴンは厄介だな」
俺は冬の寒さを想像しバスタブ購入を考えながら、体が温まったところでレブラクトの町の惨状を思い出し溜息を吐く。
本来ドラゴンは魔獣を食べる。
だが、魔獣の大氾濫の時は何故か人を食べると本に書いてあった。
移動が簡単で高い位置から人を探せるドラゴンにしたら、餌である人が多い王都は格好の餌場に違いない。
冬に入るとドラゴン種は冬眠する。だから秋に食い溜めをするらしい。
もしも俺の仮説が正しければ、雪解けと同時にドラゴンが産む卵の数は激増するだろう。
数が増えれば餌の奪い合いになり、その結果ドラゴン種は人を襲う。
来年の秋は、今の5倍近い数になっている可能性がある。秋までに数を減らすには、龍山の二千メートル以上に登らねばならない。
下手をするとドラゴンの方から、下に降りてくるかもしれない。
『アコル、学院長がこっちに向かって移動を始めたらしいわ』
つい考え込んでいたら、エクレアが学院長が来るかもって念話を送ってきた。
「了解エクレア。もう少し頼むね」とエクレアにお礼を言って、引き続き見張りをお願いした。
どうやら今夜のお客さんは学院長になりそうだ。
俺は急いで風呂から上がり着替えると、自分の部屋に戻ってランプを点けた。
闇討ちの皆さんが来たら不味いので、念のため窓のカーテンは閉めておく。
そして5分後、学院長がドアをノックした。ちなみに学院長の魔力量は100に届いていないので、俺が中から開けないと中に入れない。
「どうぞ」と言いながらドアを開けると、もう一人見知らぬお客さんが居た。
王族である学院長の隣に立っても見劣りせず、学院長より年上で、妙な威厳というか圧を感じるところから察するに、この人も王族かもしれない。
明らかに俺より身分が上そうだから、自分から名乗るのは止めておこう。
「少し寒くなってきました。今夜のお茶は体が温まるショウガ茶でよろしいですか?」と、二人が椅子に座ったところで学院長に質問した。
「ああ、それでいいよ。兄上はどうされますか?」と、学院長は隣の男に訊ねた。
……やっぱり王族だ。仕方ない。礼をとっておこう。
俺は面倒臭いという気持ちを押し込めて、臣下の礼をとり跪いた。
「同じもので構わない。私はナスタチウム・サノーア・レイムだ。モーマットの兄であり、財務大臣をしている」
「失礼いたしましたレイム公爵様。商学部1年アコル・ドバインです」
ギャー! レイム公爵じゃん。入って来るなり滅茶苦茶値踏みされてる感があったけど、何の用だろう? 好意的な雰囲気じゃないよな。
とりあえずマジックバッグからお茶セットと熱い湯の入ったポットと、自分で作ったショウガ茶を取り出し給仕していく。
「相変わらず非常識なマジックバッグだな。熱い湯まで取り出せるのか?」
「はい学院長、沸かしたばかりです。どうぞお飲みください」
多くを語る必要もないので、白磁のカップに淹れたお茶を二人の前に置き、いつものことだから自分の分も注いでテーブルに置く。
「座りなさい」という学院長の言葉を聞いてから、俺は空いている椅子に座った。
「レブラクトの町の世話役から聞いたが、あの診療所の建物と備品全て、アコル個人が善意で用意したそうだが、よくあれだけの建物を短時間で造れたな」
「私もあれだけ大きなものは初めて造りました学院長。うちの店の名を書いてあるので、無償で貸しますが宣伝はさせてもらいました」
「宣伝だけ? 何処の大金持ちなんだよお前は。
ああ、今日届けた軟膏や湿布の料金が未払いになっていたな。あの代金は私が払おう。トーマス王子ばかりにいい格好はさせられないからな」
学院長が自分のカバンから財布を取り出したので、一応用意しておいた請求書を俺も取り出してテーブルの上に置く。
請求書を確認した学院長は「数は間違いないな。料金は……金貨8枚(80万円)? 値上げされていないが、この値段でいいのか?」と、不思議そうな顔をして俺に確認する。
「ポルポル商団は、モンブラン商会で働く前にお世話になっていた商団で、今回は値上げ前の値段で売って貰いました。
薬草が高騰しているので、明日から作る薬の値段はかなり上がるはずです。
それから、私は世話役やケガ人の皆さんに、軟膏と湿布は、私の店とポルポル商団が、高学院の救済活動に感銘を受け無償提供したと伝えてあります。
ですから料金は頂けません」
学院長が救済活動の話を振ってきたということは、レイム公爵の狙いというか来訪の目的は、救済活動についてって考えればいいのかな? それなら優等生的な回答をして様子をみるべきかな。
「はあ? 金貨8枚だぞ? 君の月給の半年分くらいだろう?」
「私はまだ成人していませんから、月給は小金貨8枚くらいですね。
ですが、私は自分の店も持っていますし冒険者としても稼げますので、出すべき時に出し惜しみをしません。
大商人を目指す私としては、今回の無償提供はお金ではなく、評判という利を得るための投資です」
「フッ、大層なことを言って学院を動かしたようだが、結局のところ狙いは自分の利益のためか。
己の利益のために王族を洗脳するとは、いったい誰の入れ知恵だ!
モンブラン商会か?
平民ごときが王族を操ろうとするとは、この危険分子が!」
……あちゃー、闇討ちが来るかもって夜に、もっと面倒臭いのが来たー!
「兄上、何を仰ってるんです? 洗脳? 違います。アコルはそんな人間ではありません!
明日、私と一緒にレブラクトの町に行かれれば分かります」
学院長は本気で驚いたという顔をして、俺のことを擁護しようと立ち上がる。
「平民ごとき……ですか?
その言葉が、今の王宮の考えを代弁していると思って間違いないのでしょうね。
王族や領主が、平民から搾取するために存在しているホバーロフ王国と、コルランドル王国は大きく違うと私は思っていました。
でも、考えを改めるべきでしょうか・・・搾取はしないけど守りもしないと」
「はあ?!」とレイム公爵が剣吞な視線を俺に向ける。
「やめろアコル! それ以上、それ以上兄上に意見するな。抑えろ!」
「もしも私が公爵家の子息だったら、よく動いてくれた……とか褒められるんでしょうか?
それとも、公爵家の子息とはいえ、平民ごときを助けようとするのは間違っている。私財を投じて救済などを行ってはならない・・・とか、格好をつけるなと仰ったりするんでしょうか?」
やばい。なんかスイッチが入っちゃった。
頭に来たというよりがっかりした方が強いけど、ここで引き下がってしまうのは違う気がする。
「なるほど、私を公爵と知ってこの物言い、反乱分子と見て間違いないな」
何かを確信したようにレイム公爵は俺を睨んで、予想外のことを言った。
俺は今まで、レイム公爵は人格者だと聞かされていた。レイム領は治安もよく領民も平穏に暮らしていたから、良い領主だと・・・いや、今の貴族の中では良い領主なのだろう。
ただ、新しい考え方を受け入れることができなかったり、急激な変化を好まない穏健派なんだろうな。
……でもさ、今は緊急時だと思うんだ。意識を変えないと国が滅びるのに。
「私は平民。貴族らしい物言いや礼儀は学んでおりません。
ドラゴンに襲撃された町を救済しようとしたことを反乱とみなされたのか、王族に意見したことで危険分子とみなされたのか分かりませんが、私を罰するおつもりなら、最後まで言わせていただきます。
私の思考は単純明快。今、自分は何をすべきか、何ができるかだけを考えて行動しています。
もしも私を罰し処刑をお望みなら、この学院でどうぞ。
王族として罰するべきは、出過ぎた真似をする平民なのだと、学生たちに宣言してくださって構いません。
ああ、同じように考える上位貴族の子息たちが、私を殺しに来たようです。
もしかして、公爵様のご指示ですか?」
「「何だと!」」と、怒りの表情で立ち上がったレイム公爵と、殺すという話に驚いた学院長の信じられないという表情は全く違っていた。
「私を殺すことが正義なら、どうか黙って動かないでください。間違っていると思われても、どうか動かず成り行きをみていてください」
エクレアが俺の肩に載って、闇討ちの皆さんが間もなくやって来ると教えてくれた。
「開けろ平民! 話がある。直ぐに出てこい!」
「どちら様でしょう?」
「はあ? 生意気な平民に天罰を下す者だ。名乗る必要などない」
「天罰? それはもしかして、救済活動で真面目に働かず、自警団をしていたのにEランクの冒険者でも倒せる子供の魔獣を倒せなかった、貴族部の方の命令ですか?
領主の子息なのに貴族部の女子学生に魔獣を倒させ、恥ずかしいと思うのではなく、恥をかかされたとか思って、弱い平民をいたぶって憂さ晴らし、いえ、生意気な1年に思い知らせてやれってことでしょうか?」
「・・・・」
動こうとした学院長を右手で制し、俺は首を横に振り、様子を見て欲しいという視線を送った。
学院長は、俺の意図を汲んで頷くと静かに椅子に座ってくれた。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
今週と来週は仕事が忙しく、更新が月・水・金にできないかもしれません。すみません。