53 王族、大改革を断行する
「説明は以上です。
私の提案は、王族や貴族、学生や教師たちを困惑させるでしょう。
この安寧な五百年、王族も高学院も危機管理を怠り、緊急時の正しい行いを教えてこなかった。
如何に戦い如何に救うか、貴族である者の責任さえも指導できていない。
だから、この学院を卒業した貴族たちは知らないのです。先ず何をすべきかを」
「アコルは、今の現状を作ったのがこの王立高学院だというのか?」
「はい。だって、トーマス王子も知らなかったでしょう?」
「口が過ぎるぞアコル! 君は自分こそが正しいと思っているようだが、被災者の救済は領主の仕事だ。王都であれば警備隊や軍が動いているはずだ」
マキアート教授は椅子から立ち上がり、平民で学生である俺に不敬だと怒鳴った。
「いや、マキアート……警備隊も軍も、救済活動はしていないよ。
私は兄上からも財務大臣であるレイム公爵からも、そんな話は聞いてない。
王宮は今、軍と魔法省が孤立している。ドラゴンに襲われた現実に混乱し、被災者の救済なん……被災者のことを考えている様子ではなかった」
学院長は救済なんてと言い掛け言い直した。
そして王族や王宮の現実を改めて思い出し、下を向いて両手をグッと強く握った。
マキアート教授は、そんな親友でもある学院長の様子を見て、なんとも言えない複雑な表情をして椅子に座った。
「アコルの思考はどこから来るの? 大臣や王族が見落としていることを、不敬だとさえ思っていない口振りで、何故私たちを指導するような発言をする?」
「ルフナ王子、私の思考の大半は、住民を守る使命をもつ冒険者の教えと、王立図書館で読んだ【建国記】から来ています。
この国をつくった初代王は、民を守る使命を果たせる臣下を領主にしました。
如何に戦い如何に救うか書いてありますよ。
私は今、この国の根幹である王族が揺らいでいる事実を知り、正直とてもショックを受けています」
俺は本当に脱力した。王族がここまで堕落していたとは想像していなかった。
これ以上話すことを躊躇しそうになる自分を、深く息を吐き出し落ち着ける。
きっと、300年前の腐った国王あたりが、【建国記】を伝えるのを止めたんだろう。
そうやって想像すれば、無責任な言動や態度も、無知からきているのだと考え怒りの感情をコントロールできる。
「【建国記】か、今夜にでも読んでみるよアコル。王族として学院長として、私に与えられた責務を果たそう。話を続けてくれ」
学院長も俺と同じように感情をコントロールし、平静を装って前向きな発言を返してくれた。
「私の考えを皆さんが受け入れられなくても、学院の学生が救済活動をすることで、王都民や国民には安心と信用を与えることになります。
国難である魔獣の大氾濫が起こった時、指導者として最も恐れる事態、それは守るべき国民が、国王や領主を信用せず指示に従わなくなることです。
これからは王都民だけではなく国中の住民が、災害時の王族や貴族の行動に関心を持ち、その行いを我らの王立高学院の救済活動と比べることになります。
その手本となる救済活動を主導するのが、王族である学院長とトーマス王子になります。
そしてお二人を支えているのがリーマス王子とルフナ王子です。
マキアート教授にはぜひ、敵対勢力である教授たちを煽っていただきたい」
なんとか気持ちを切り替え、計画遂行のため無理矢理笑って話を続ける。
「アコルは何をするんだ? 発案者であるアコルは表に出ないつもりかい?」
これまであまり意見を言わなかったリーマス王子が、優しく微笑みながら訊いてきた。
今の王族の在り方が嫌いで、王宮に住むことを恐れているらしいリーマス王子は、他のメンバーより少し前向きに俺の話を聞いてくれていた。
平民の母を持つ彼だけは、俺の話を不敬だとか生意気だと思っていないみたいだ。
「私の役目は、貴族部・魔法部・特務部に喧嘩を売って、平民には負けられないと、やる気を引き出すことですね」
「いやアコル、いくらアコルでも三つの学部に喧嘩を売るなんて、孤立するんじゃないか? それに、何の方法で喧嘩を売るつもりなんだ?」
「どうでしょう? 勉強で勝負する場合なら、私は商学部の勉強は卒業まで終えていますし、魔法部の教科書も2年生までは覚えました。
ああ、貴族部の教科書はまだ読んでませんが、負ける気はしません。
貴族部のみなさんには、魔術師試験で勝負を挑みましょう。皆さん、私をDランク冒険者だと思っているみたいですから、捻り潰しに来ていただけると有難いですね。
特務部は、教師と極秘に対戦すれば、大人しく協力してくださるでしょう」
皆は不安と恐怖の混じった瞳で俺を見てるけど、わざと脅してるから問題なし!
「分かった。出来ないと言っている場合ではない。しかし、全てを学院長である私が主導するのは難しいぞ」
学院長は、すべての学生を動かす大規模な活動を、学院長や教授が主導するのは厳しいと難しい顔をする。
「もちろんです。その為にトーマス王子の研究室があるのです。
トーマス王子の研究室に集まった者をリーダーとし、その中から真のリーダーとなる資質のある学生を選び、執行部を作ります。
執行部に入っていただきたいメンバーには、1年生が、ルフナ王子をリーダーとしラリエス君とエイト君を入れて6人くらい。
2年生はサナへ侯爵家のご子息トゥーリス様を中心に5人くらい。
3年生はマギ公爵家のミレーヌ様とマリード侯爵家のノエル様、そしてマキアート教授の研究室の先輩を中心に6人招集したいと思います。
2年生の声掛けは皆さんにお願いします。私は3年生を担当します」
「よかろう。私の研究室から出す人員は任せてくれ」
マキアート教授は、自分の研究室から優秀な人材を出すと約束してくれた。
翌日、全学生と全職員が体育館に集められ、学院長がドラゴン襲撃の詳しい情報を説明し、それらに伴い高学院を大改革すると発表した。
「ドラゴンに襲撃された町は王都から馬車で僅か1時間だ。
もしかしたら、今日は王都が襲撃されるかもしれない。
私は入学式の時に言ったはずだ。魔獣の大氾濫に備えなければならないと。
今年度から、魔力量が40を超えている学生は、貴族・平民を問わず、全員にC級魔術師の受験を義務付ける。もちろん、男女の区別なくだ。
詳しいことは、これから後ろに貼り出す掲示板の内容を確認するように。
クラス替えはもちろん、学部の枠にこだわらない選択単位取得制への変更など、全て国王陛下と文部大臣の許可は下りている。
もしも異論や反論を唱えるなら、反逆罪に問われる覚悟をすることだ。
今日から王立高学院は、自分の命を守るため、そして民の命を守るため、生き残りを懸けた戦いを始める。
今後、来賓や来客、学園祭などの正式行事の時以外、王族も含め、全ての学生の身分を同じと考え、学業・資格取得・クラス対抗戦での成績でランク付けを行い、協力と団結による完全実力主義を掲げる」
話し終えた後、学院長には俺がお願いした通り、教授や学生たちに向かって威圧を放ってもらった。
「これは冗談でも遊びでもなく、もう逃げ場などないのだと追い込むために」って俺が学院長に言ったら、トーマス王子が「お前は魔王か!」って突っ込んできた。
いや、覇王だけどって、心の中で答えてにっこりと黒く微笑んでおいた。
当然だけど学院長の話の後、何も聞かされていなかった学生はパニックになった。昨日話を聞いていた職員さえも、戸惑いが隠せない様子だ。
クラス替え・単位取得方法の変更・担任の変更・身分の平等化・完全実力主義など、これまでの常識を打ち破る内容を、理解する時間さえ与えられていないのだ。
ワーワーと騒ぎながらも、新しいクラス・新しい担任・新しい選択科目を確認し、学生も教師も指定された教室に向かっていく。
昨日夕食時間前に、学院長は全職員を大講堂に集め、ドラゴン襲撃という信じ難い事実を教え、それに伴い高学院を大改革すると説明した。
説明途中で反論しようとした教授に対し、黙って最後まで話を聞くか、辞表を出すかを選べと学院長は冷たく言い放ち、【退職届】と書かれた用紙を全員に配った。
前の学院長や副学院長は、完全にヘイズ侯爵派の教授たちの言いなりだったため、今回の学院長及び国王の決定にも、異議を唱えれば自分の都合のいいように変えられると、不満顔の教授たちは、おめでたい頭で思っていた。
だからぴしゃりと鼻先を【退職届】で叩かれたことに、納得するどころか憎しみを込めた視線を堂々と向けてしまった。
彼等は、前の学院長や副学院長と、今の学院長の根本的な大きな違いを、分かっていたようで全く理解していなかった。
そう、今の学院長は王族であり、自分たちを簡単に捻り潰すことが可能な存在であったのだと。
これまでは、優秀な教授である自分たちが居なくなれば、困るのは副学院長ですよと脅せば意見を通すことができていた。
渡された【退職届】をまじまじと見ながら、よく見たらもう一枚用紙があることに気付いた。
その用紙には、完全実力主義に伴う《教師の評価について》と《学生の新要綱について》という、二つの項目が詳しく書かれていた。
《 教師の評価について 》
① 魔法部以外の学生に、C級魔術師資格及びそれ以上の資格を最も多く取得させた担任は、その功績を高く評価し陞爵または給料を倍額とする。
担任以外の教師で、受け持つ講義の成績(昨年と同等レベルの試験内容で)を著しく上昇させた場合、加点査定を行い給料を増額する。
② 魔術師資格試験において、1年生の担任は、100ポイント、2年生の担任は130ポイント、3年生の担任は150ポイント以上を学生が獲得した場合、希望すれば陞爵することができる。
★ 評価ポイントについて
国家認定A級魔法師 30ポイント ・ A級魔法師(一般)20ポイント ・ A級魔法師(作業)15ポイント ・ B級魔術師(一般)10ポイント ・ B級魔術師(作業)7ポイント ・ C級魔術師 5ポイント
③ 身分を著しく差別する発言や、身分の違いで講義中に差別的扱いをされたと学生から申告があった場合、事実確認後に減点査定を行い給料を減額する。
特定の学生を強く批判または攻撃したり、不必要な体罰等を与えた場合、査問委員会を開き、審査後に減給・停職・罷免処分等を与え、内容を掲示板にて公表する。
《 学生の新要綱について 》
④ 新たに【初級魔法】【C級魔術師】【一般魔術師】【危機管理指導】【建設指導】を正式な講義科目に加え、学生は必ずこれら5科目の中から2科目を選択し受講し単位を取得しなければならない。
新たに加わる2科目選択に伴い、数学(Ⅰ~Ⅲ)・歴史・文学・自然科学・外国語(コッタリカ王国語・アッサム帝国語・ホバーロフ王国語・ニルギリ公国語)・宗教の6科目の内2科目は、単位を必須としない(受講を免除)。
⑤ 商学部と特務部の学生は、C級魔術師の資格が取れなくても卒業の単位に影響することはないが、取得できれば寮費を免除する。
⑥ 貴族部の学生でC級魔術師を取得できない場合は、必ず【初級魔法】と【危機管理指導】の単位を取得しなければ卒業を認めない。
⑦ 魔法部の学生は、最低でもB級魔術師(作業)を取得しないと卒業を認めない。特例としてC級魔術師に合格していれば、特務部の卒業資格で卒業することができる。
⑧ 優秀な学生にはスキップ進級を認め、他学部の必須単位さえ取得すれば、二学部卒業資格を与えることを認める。
⑨ 各学部の必須科目単位を落とすと留年となり、留年は一年を期限とし、単位が取れなければ退学となる。
⑩ 救済活動や学校行事を行うためのリーダーとして、執行部設立を認める。
これと全く同じ内容が書かれた用紙を、学生たちは教室で新しい担任から受け取る。
掲示板を見た学生が、一番戸惑ったのが名札である。
これまでは、貴族の爵位が分かるようにフルネームだったが、これからはクラスと名前だけを名札に書き、取得した魔術師資格が分かるよう、名札にアルファベットのバッジが付けられる。
そしてクラス対抗戦によって、学生生活がガラリと変わる。
これまで高位貴族が優遇されていた、食事の順番や入浴の順番、掃除当番、試験期間中の参考書の貸出、談話室の使用許可などが、身分ではなくクラス対抗戦の順位によって優遇されることになった。
「高位貴族の我々には、到底認められない内容だ」と多くの学生が騒ぎ出した。
「勝てばいいだけのことだと思うが、高位貴族なのに自信がないのかな?」
【魔獣大氾濫対策研究室】のトーマス王子が、それはそれは王子らしく黒く微笑み、次期国王候補と噂される王子の言葉に誰も反論できなかった。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。




