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51 アコル、喧嘩を売る(2)

 怒り心頭だった二人も、自分よりも過激で有り得ない話をする俺の言葉に、全く頭がついて来てない様子で、もう一度「はあ?」って声を出し、怪訝そう……いや、気でも狂ったのかって顔をして俺をまじまじと見る。


「このまま国に従っていたら、この国は滅びますよ。


 変異種はドラゴンだけじゃないし、魔獣の大氾濫は必ず起こります。冒険者は魔獣を倒すことが主な仕事ですが、住民を守ることも重要な仕事です。


 でも、軍や魔法省に従っていたら、無駄死にするだけじゃなく、住民も守ることはできません。

 だから、軍や魔法省とは別に、俺は王立高学院特別部隊、別名【覇王軍】を作って戦うつもりです」


「おいおい、大丈夫かアコル? 正気に戻れ!」とダルトンさんは慌てる。


「覇王軍? 何だそれは! 不敬罪どころの騒ぎじゃ済まないぞお前。いったいどうしたんだ? 高学院で何があった?」


 落ち着こうとしてハーブティーを飲んでいた二人は、カップを落としそうになりながら、今度は心配そうに俺を見る。


「何が? なんにも。

 魔獣の大氾濫が起ころうと、貴族である自分達には関係のない話みたいですよ。

 明日ドラゴンが飛んで来ても、サクッと殺されても構わないんじゃないですか?


 貴族は平民を守る必要なんかないと教える教授も居ますし、平民が自分の前を歩くことも許せない、平民の隣の席に座ったら、貴族として親はどんな教育をしているんだって怒られて、後ろに立たされるのが高学院ですけど?」


「何だと! 今の高学院はそんな教育をしているのか?」とギルマスは眉を寄せる。


「何だそれは。俺が在学していた頃はもっとまともだったぞ」とダルトンさんは呆れる。


「自分が魔獣に襲われる可能性などないって思ってるんです。

 自分は貴族で特別だから大丈夫ってね。

 王族も教授も、現実なんて見てませんから、俺は全学生をドラゴンに襲われた町に連れて行くつもりです」


「待て待て、早まるなアコル。お前は平民だ。そんなこと学院長も許可しないぞ。学生の警護だって必要だろう? 落ち着け、頼むから口を閉じろ」


 ギルマスはドアを開けて廊下に誰か居ないか確認し、ドアを閉めると中から鍵を掛けた。



 とりあえず、俺もハーブティーを飲むことにし、おかわりのホットドッグを二人に渡して、昨日のドラゴン襲撃の時、軍と魔法師と冒険者が、どうやって応戦したのかを聞いてみた。


「今回は、Aランクが誰も居なかったからBランクのパーティーを2組向かわせた。

 聞き出した話では火魔法も風魔法も全く届かず、魔法師は防御魔法を使って軍の上官を守るので精一杯。

 軍は負傷した住民の救出や避難誘導で精一杯。戦ったというより逃げたと言った方が正しい」


 小腹が太ったギルマスが、少し落ち着いた感じで昨日の状況を教えてくれる。


「そりゃあそうでしょう。誰もドラゴンと戦ったこともないし、戦う指揮も執れないんですから。軍も魔法省もドラゴン対策を全くしていなかったってことですね」


「これ以上無能な大臣や指揮官に期待するだけ無駄だが、かと言って冒険者が自分で判断し動くことを禁じられている現状では、倒せるものも倒せないまま使い捨てられるだけだ」


 少し冷静に戻っていたダルトンさんは、瞳に再び怒りを滲ませて悔しそうだ。


「だからですよ。だから真っ向から喧嘩を売ればいいんです。

 冒険者は住民を守っているのであって、無能な軍の上官や魔法師を守っている訳ではない。

 魔獣を倒せない無能に従う必要なんかないってね」


「そりゃそうだが、アコル、お前どうしたんだよ? 

 前から軍や魔法省に対して容赦なかったが、そこまで辛辣じゃなかったぞ。それに、戦うなら協力し合った方がいいだろう」


「協力? もちろんですよ。

 でも、指揮を執るのは冒険者で、軍や魔法師が協力すべきでしょうギルマス?


 冒険者って魔獣と戦う専門家じゃないんですか? 単独で上位種さえ倒せない素人に従うメリットって・・・自分の立場を守るためですか?」


 なんだか口が止まらない。


 ドラゴンが襲撃してきたっていうのに、誰もかれも身分とか立場とか、今まではこうだったとか……ドラゴンを倒したいのか、役割だけ果たしておけばいいのか、何故自分で考えようとしないんだ!


 もう3年以上前から同じことを言ってるけど、何も改善していない。


「アコル、口が過ぎるぞ!」


 ダルトンさんが厳しい視線を向けて、俺を叱咤する。


「俺たちが自分の立場を守ろうとしているとでも言うのか!」


 ギルマスも怒りを隠すことなく、俺にぶつけてくる。


 ダルトンさんもギルマスも、怖い顔を一層怖くして立ち上がり俺を睨み付ける。生意気な小僧に向かって威圧を放ちながら。

 だけど、その程度の威圧じゃあ、今の俺には通用しない。


「では、どうして優秀な冒険者が犠牲になっているんです? 本気で冒険者を守りたいなら、3年前と何も変わってないのは何故です?」


俺はそう言って威圧を放ち返した。ほんの一瞬だけど、本気の威圧を放った。


「「 グッ……」」と苦しそうに胸を抑えた二人は、ガクンと崩れ落ち、片膝をついて咳き込み始める。


 そして呼吸が整ってきたら、信じられないという表情で俺を見上げた。

 その表情からは、怒りとも恐怖ともつかない感情が見て取れる。


「俺は冒険者ギルドと喧嘩する気はありませんが、売られたら買いますよ。

 たとえ、冒険者ギルドと軍と魔法省を全て敵に回しても、俺の遣り方で王都に住む住民を一人でも多く守ります。


 俺の力は、王族や貴族や無能なお偉いさんを守るためにあるのでも、手柄を与えるためにあるのでもない! いい加減、目を覚ましてください」


「子供のお前には分からないこともある」


 ダルトンさんは悔しそうに唇を咬んで、これでも自分たちは精一杯やっているんだという瞳を俺に向け、組織を分かっていない子ども扱いしようとする。


「ダルトンさん、それは逃げです。

 軍の上官が無能だったから、魔法省が無能だったから、ギルド本部の命令だから。そう言って貴方は住民を見殺しにしようとしている。


 何故一人でも戦おうとしないんです? 志をともに出来る冒険者と一緒に、少しでも多くの住民を助けようとしないんです? 


 俺を子供だからというなら、どうしたらドラゴンと戦えるのか、どうしたら住民を守れるのか教えてください。当然、答えは出ているのでしょう?」


「いい加減にしろアコル! お前は何様だ! お前一人で何ができると言うんだ」


 とうとう我慢できなくなったギルマスは、応接セットのテーブルをドン!と叩いて殴り掛かりそうな勢いで俺を叱咤する。


「頭を冷やしてくださいギルマス。

 俺なら一人でも戦えますが、俺が今からしようとしているのは、新しく【覇王軍】を作ることだと言ったでしょう?


 出来れば冒険者の皆さんにも参加して欲しいんです。

 まあ、住民を守れない軍や魔法省は無視して、魔獣が襲撃してきたら軍よりも早く倒しに行きます。


 ドラゴンが飛来してきたら、軍や魔法師よりも多く攻撃を食らわせます。

 そして軍よりたくさん魔獣を倒します。


 そうすれば、住民たちは思うでしょう。

 自分たちを守ってくれるのは【覇王軍】の人たちなんだと」


 ようやく話が元に戻ってきた。できないことを憂うんじゃなくて、建設的な話をしに来たんだけどな俺・・・


 それでも怒りの感情が透けて見える二人に、今度は熱々のスープを大鍋に入ったままの状態でウエストポーチから取り出し、驚いて目を見開く二人の前にドンッと置く。

 木の椀も取り出しおたまで掬って注いでいく。


「な、なんだそのウエストポーチは! 熱いスープが鍋のままだと!」


「いやギルマス、なんでこぼれてないかの方が重要でしょう!」


「今朝特別に作ったんですよ。ギルド職員の皆さんも徹夜でしょう?」


「は~っ、お前は厳しいんだか優しいんだか、もう俺の頭じゃついていけん」


「俺は優しいでしょうダルトンさん。だって、誰よりも住民を守りたいと思っているんですから。それにね、どうやらそれが、俺に与えられた使命みたいです」


 美味しいスープの匂いは人を幸せにするって母さんが言ってた。俺もそう思う。

 あれだけ剣のある顔つきだった二人の顔が緩んでいる。美味しいは正義だな。


「使命?」


「フフフ、実は俺、自分の本当の父親が誰だか分かったんです。そして自分が生まれてきた意味もね」


 アツアツって言いながらスープを食べ始めたギルマスが、使命という言葉に反応したので、とっておきの秘密を公表することにしよう。


「ブホッ、なんだとアコル! そ、それは本当か?」


「はいダルトンさん、だから強気なんですよ。だから王立高学院特別部隊を作るとか、冒険者を引き入れて魔獣の大氾濫に備えようと決心したんです」


 ゴクリと唾を、いやスープを飲み込む音がして、二人はこれでもかというくらいに目を開いて、俺に顔を近付けてくる。


「誰なんだ?」と、ギルマスは真剣な顔を俺に向ける。


「誰だったんだアコル!」と、ダルトンさんは身を乗り出してくる。


「まあ、実の父親は俺のことを知りませんし、兄弟も俺の存在を知りません。でも俺は、自分が何者かを証明できるモノを持っているんです。これです」


 熱々のスープが入っていたのと同じウエストポーチから、俺は魔術書を取り出して、汚れないよう鍋から少し離した場所に置く。


「なんだ、この何も書いてない本は?」


「まさかこれ、魔術書か?」


「ええそうですダルトンさん。俺の持っているマジックバッグや、魔獣の変異種を倒す上級魔法が書いてある魔術書です」


「なんだってー! これが?」と二人はお椀を持ったまま立ち上がろうとする。


スープをこぼしたらいけないので、直ぐに座るよう注意して、食べ終わったら詳しく説明すると笑って言った。


 そしたら、せっかくのスープを流し込むように平らげ、手で口元を拭いて姿勢を正して、早く続きを話せと催促する。 


「この魔術書は、ある家に代々伝わるもので、その家に産まれた者には必ず与えられ、産まれて直ぐに血判登録させられる決まりがあります」


「魔術書を与えるとは、やはりアコルは上級貴族の子供だったんだな。それも領主クラスだ。違うか?」


 ギルマスは自信あり気に訊いてくる。


「まあそんなところです。この魔術書は、血判登録した本人しか書いてある文字が見えず、本人にしか開くことができません。

 そしてこの魔術書が作られたのは、千年前くらいだと思われます」


 俺は魔術書の表紙をさらりと撫でて、開けるページをパラリと開いて見せる。


「確かに、何も見えない。ただの白紙だ」とギルマスは本を確認する。


「千年前だと? それじゃあ、レイム公爵家かワイコリーム公爵家ってことか?」


 白紙にしか見えないページをジッと見つめながら、ダルトンさんは俺の本当の親が千年前から続く名門公爵家のどちらかだろうと話しながら、妖精のことを考えたらレイム公爵家に違いないと勝手に推察していく


「ん? 父親も兄弟も自分の存在を知らない? それっておかしくないか?」


「おかしいですよ。俺もそう思いますダルトンさん。でも俺は捨て子だったから、もう死んだと思われているのかもしれません」


「いやいやいや、それでもどうしてこの魔術書が、レイム公爵家(その家)のものだと分かったんだ? 何処かに家名でも書かれているのか?」(ギルマス)


「いいえ、実は俺、高学院の閲覧禁止書庫に入って、魔術書について調べたんです。そしたらこの魔術書の表題に書いてある文字と、全く同じものがあることを知ったんです」


 再びゴクリと音がしたが、今度は唾を飲み込んだ音だろう。

 早く知りたいと、二人のギラギラした瞳が痛いけど、父親の名前も家の名前も言う気はない。


「まあ俺は、名乗りを上げる気もありませんし、今更父親面されても困りますから、名を変える気もありません。それでも充分に、俺は俺の道を進めると思います」


「それで、何処の家の魔術書だったんだよ、早く教えろよアコル」(ギルマス)


「家の名前は言いませんが、この魔術書の表紙に書かれている本の名はお教えしましょう。

 ここには【上級魔法と覇王の遺言】と書かれています。

 どうやら私は、今代の覇王のようです」

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

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