48 ドラゴンの来襲
◇◇ 学院長 ◇◇
アコルの提案を聞いてからというもの、そのことが頭から離れず仕事に集中できない有り様になっている。
そしてもう一つ、自分の心をかき乱す原因になっているのが妖精だ。
アコルの妖精エクレアちゃんを見てから、主に執務室の中にいる時だが、何かの気配がするような気がしてきたのだ。
気のせいだと思おうとするが、その兆候は、私の趣味である楽器演奏の後に顕著に表れるようになった。
特に横笛を吹くとカーテンが揺れたり、リズムに合わせてコツコツと小さな音がするような、幻聴までするようになってきた。
これは重症だと観念し、アコルに相談しようと一週間ぶりに図書館で読書中のアコルに声を掛けた。
いや、アコルの部屋に行っても良かったのだが、トーマスやマキアートに出会うと妖精の話を出し難い。
するとアコルは、10分でいいから閲覧禁止書庫に入れて欲しいと頼むので、元々の約束でもあったのだから許可して一緒に閲覧禁止書庫に入った。
アコルがとんでもない提案をしたあの日、私たちはこれからもアコルの行動を注視し、言動に耳を傾け、危険人物かどうかを探り続けることに決めた。
きっとアコルは、自分が危険人物指定されているなどと考えてもいないだろう。
現時点では、我々の方がアコルから多くを与えられている訳だが、あの特殊な思考は危険と混乱を招く可能性がある。
まあ、学院内の最奥にある研究室の補助部屋で暮らしたいと希望した時点で、相当怪しい人物だった。人目を避けて何をする気だ?って普通なら考えるだろう。
アコルが話した妖精とかブラックカード等の事情を考慮しても、夕食後の時間に何をしているのかを確認することは、招き入れた者としての義務であり、普通の子供ではないからこそ見極める責任があった。
アコルが唯一出した条件、閲覧禁止書庫への出入りを許可することにより、アコルの入学の目的が、他にもあるのかをどうか知る手掛かりとなるだろうと考え、入室時には必ずトーマスか私が同伴すると決まりも作った。
禁止書庫に入ったアコルは、キラキラと目を輝かせ「宝の山だ」と呟いて、千冊以上ある閲覧禁止本の背表紙を見て回る。
「覇王の戦いについての本って、数冊しかないですね」
「ああ、殆どは王宮図書館か王宮の入室禁止書庫に保管されている」
ほんの数分で、アコルは千冊以上ある本の中から、覇王の戦いに関する本を見付けた。驚くべき速さだ。
千年前の魔獣の大氾濫に関する本が、学院の閲覧禁止書庫に数冊しかないことを私は知っていた。その上でアコルからマジックバッグを借りる条件として了解した。
大人として卑怯であるとは思うが、アコルという学生を信用出来ていないのに、重要な魔法陣や古代魔法の資料などが保管されている場所で、勝手させる訳にはいかなかった。
「……なるほど。魔獣の大氾濫までもう少し時間がありますから構いません。
それに、魔獣の大氾濫を収束させるのは王族や貴族の仕事であり、ブラックカードを持っているからと言って、平民の私の仕事ではありません。
私の仕事は王都の住民を守ること。決して王族や貴族や努力もしない腐った学生を助けることじゃない。
私は自分の知っている古代魔法陣や、使える魔法を書き残したいと思っています。
折角閲覧禁止書庫に入ったので、初めの研究を魔術書の作成にしたいと思います」
相変わらず辛辣な物言いをしながら、アコルは自分の研究テーマを示し、少し埃をかぶった本棚から【魔術書の種類と意味】という本を手に取った。
そんな本があったのかと、アコルの表情を確認しながら視線を向ける。
思い返せば、閲覧禁止書庫に入ったのはこれで三度目だ。
アコルと違い王族の私は、閲覧禁止書庫に納められている本の目録を見ることができるから、興味のあった覇王関連の本をちょっと見たくらいで、他の本など読んだ記憶もなかった。
魔術書なんて、覇王の時代に作られたものが殆どで、作成には膨大な魔力が必要とされるため、近年……いや、もう500年以上も作られたという話すら聞いたこともない。
そして、私を含めた王族や貴族の誰も、自ら魔術書を作りたいなどと考える者は皆無と言っても過言ではないだろう。
「そう言えば、アコルは魔術書というものの存在を、どうやって知ったんだね?」
「さあ、どうしてでしょう。私の知識の多くは、王立図書館から得ていますから」
アコルは薄っすらと微笑み、私の問いをはぐらかした。こんなことは初めてだ。
そもそも魔術書なんてものは、現存していると噂されている数でも20冊前後だ。
実際に手にしていた私だって、その謎多き【上級魔法と覇王の遺言】の書を、殆ど解読さえできずに手から離れてしまった。
あれは、20歳までに魔力量が100を超えていないと入室禁止書庫に戻ってしまう。
分かっていることは、国王の子には全て【上級魔法と覇王の遺言】という魔術書が与えられることと、個人個人によって本の厚さや内容が違うらしいということくらいだ。私は僅か7ページしか開くことが出来なかった。
そう言えば、魔獣の大氾濫が起こる時、必ず覇王となる者が生まれるって遺言……あれはどうなったんだろう?
現在の王族の中で【上級魔法と覇王の遺言】の魔術書を手元に残しているのは、第三王子トーマス(22歳)、第五王子リーマス(18歳)、第六王子ルフナ(14歳)、第三王女ローリエ(13歳)だけだ。
「へ~っ、王家や領主の家には、代々伝わる魔術書があるんですね。ぜひ読んでみたいな。学院長もお持ちなんですか?」
あれこれ考え事をしていたら、手にした本をパタリと閉じて、アコルが思わぬ質問をしてきた。
「あ、ああ、確かに王家に伝わる魔術書はあるが、あれは門外不出だ」
「そうなんですか……残念だなあ。見本があれば作りやすいと思ったのに。あっ! ラリエス君やエイト君にも聞いてみよう」
アコルは嬉しそうにそう言うと、本棚に本を戻して閲覧禁止書庫から出ていった。
気付けば約束の時間は少し過ぎていた。だが、アコルという学生の本質が少し分かったような気がした。アコルの本好きと探究心は、どうやら本物のようだと。
そして私たちは、開設準備中の【魔獣大氾濫対策研究室】に向かい、私はアコルから妖精との契約について教えを受けていた。
偶然にも、トーマスは王宮から緊急呼び出しを受け留守にしていたので、申し訳ないが私だけ特別にコツを教えてもらった。
「妖精は自分から欲しいモノを言ったりしません。
ですが私の経験上、妖精は自分が好きなものが目の前にある時、何らかのアクションを起こします。
私の時は香木の香りでしたが、それは花だったり木だったり、歌だったり、剣や武具だったりと様々です。
妖精の気配を感じた時に、妖精が好きなモノをプレゼントし、名前を付けて呼んでみてください。
気に入ってもらえたら、必ず合図が返ってきます。そして、可愛い姿を現してくれるでしょう」
アコルはそう言うと、読書のために図書館へと戻っていった。
心当たりが大有りな私は、逸る気持ちを抑えながら、急ぎ足で自分の執務室に戻り、いつものように横笛を取り出すと、妖精さんに捧げるつもりで一番好きな曲を演奏した。
「私の一番好きな曲をプレゼントしたんだ。もしも気に入ってくれたら合図して欲しい。私はモーマットだ」と私が言うと、何処からか草笛のような音色が響いてきた。
「ありがとう。嬉しいよ。君のことを【オペラ】と呼んでもいいだろうか?」と問うと、また草笛のような音色が聴こえて、執務机の上に、可愛い男の子の妖精がすうっと姿を現した。
5色の羽根は透き通るように美しく、頭の上にちょこんと三角帽子を載せ、5色の葉のような服を着て、どこか悪戯っぽい笑顔で私をじっと見ている。
大きさはエクレアちゃんより少し大きくて、首に笛のような物をぶら下げている。
……ああぁぁー、なんて幸せなんだ! こんな日が本当に来るなんて! ありがとうアコル。ありがとうございます神様!
「僕は音楽が大好きで、ずっと学校の音楽室に居たんだけど、音楽の教授が病気で授業が休みになっていて、とっても寂しかったんだ。
モーマットは演奏が好きそうだから、ずっと友達になりたいって思ってたんだ。そしたらアコル様が、大丈夫だよって言ってくれた。これ、友達のしるしにあげる」
オペラはにっっこりと笑いながら、小さな手からピンク色の丸い石をプレゼントしてくれた。
「オペラはアコルと話したことがあるんだね。妖精と契約したら、私も他の妖精が見えたり話したりできるのかなぁ」
ワクワクが止まらず、私は可愛いオペラに色々と質問して、たくさん話をする。
「たぶん無理だよ。主の居る妖精は、主が許可したら姿を見せたり話したりするけど、僕とモーマットは契約じゃなくて友達だし……アコル様は特別なお方だから。
ねえモーマット、アコル様を疑うのは止めて。もしもアコル様を害するようなことをしたら、僕はモーマットとは一緒に居られない」
「私とオペラは契約じゃないのかい? それにアコルが特別な方?」と、なんだか納得できない気持ちで、オペラに少しキツイ視線を向けてしまった。
「妖精が契約を許可するのは、自分よりも魔力量が多いか、自分が持っていない適性を持っていたり、相性がいいと確信できてからだよ。これ以上は話せない。
アコル様のことは、きっと直ぐにその意味が分かると思うよ」
オペラはそう説明すると、逆に厳しい視線を私に向けてきた。
その視線を受けた瞬間、オペラの魔力量は100を超えていて、自分よりも多いのだと何故だか分かった。
「またねモーマット」と可愛く手を振って、オペラはスーッと飛び上がり何処かへ行ってしまった。
……契約じゃなくて友達・・・ちょっとがっかりだけど、オペラと友達になれた喜びは変わらない。
オペラの可愛い姿を思い出し、幸せな気持ちで夕食後のお茶を飲んでいると、王宮からトーマスが戻ってきた。
すこぶる顔色の悪いトーマスの口から、信じたくない驚愕の話を聞き、私の幸せな気持ちは一瞬で吹き飛び眩暈がした。
「な、なんだって、王都の直ぐ近くの南の町が、ドラゴンに襲撃された?!」
「はい叔父上。直ぐに軍務大臣のデミル公爵が、軍の上官に出動命令を出し、魔法省の副大臣であるヘイズ侯爵も、A級魔法師三人を軍の大隊と共に現場に向かわせましたが、住民の死傷者は多数、兵士や魔法師の死傷者の数は・・・半数以上だと」
「それでドラゴンは、ドラゴンはどうなったんだ!」
「ドラゴンは無傷のまま、一頭は南へ、二頭は東に飛び去ったようです。襲撃された町の建物は、半分が壊滅状態になったと・・・」
頭の中が真っ白になるとは、こういうことなのだと思い知らされた。
魔法省や学者の見解では、魔獣の大氾濫まであと2年以上あったはずだ。
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時は待ってくれない。
王族は民を守りたいのか、貴族だけを守りたいのか、そして貴族は、自分だけが助かればいいのか、いい加減にはっきりしたらどうでしょう。
あれだけ魔獣の大氾濫が起こると言っているのに、学生たちが他人事なのは、改革する意味や目的が分からないからです。
生きるため! ただそれだけのことが分からない。
大きく発想を変えなければ、この国は滅びますよ!
学ばなければ死ぬぞと脅すだけなのか、生きるために戦えと教えるのか、頭を切り替えるべき者は誰でしょう?
皆さんは、学生たちを守りたいのでしょうか?
*****
アコルの言葉が蘇る。
あの時私は、思わず不敬が過ぎると叱咤してしまった。
私もトーマスもマキアートも、あまりの言いように腹が立ったし、目の前の学生が未成年の少年で、現時点では平民だと思っているから、怒りの感情を抑え、手を出さないよう我慢するだけで精一杯だった。
示された提案だって、実現不可能を通り越して、貴族社会を分かっていない平民が考えた絵空事だと考えようとした。
「生きるため・・・そうだ。生きるために戦う。守るために学ばせる。当たり前のことだったのに、分かっていなかったのは……私の方だった」
私は天を仰ぐように顔を上に向け目を瞑り、浅はかで無知だった己に腹を立てる。
ドラゴンに襲われて初めて、これから先も普通に生きていられると思っていた自分に気付くとは、教育者として王族として、あまりにも無責任だった。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。




