47 アコル、秘策を授ける(2)
実現不可能だと分かっている提案をトーマス王子にして、俺は夕飯を食べるため食堂に向かう。
面倒な予感しかしないけど、トーマス王子と学院長からの依頼だから、ルフナ王子の勉強の状況を確認すると約束し、今夜のお茶会参加は決定した。
しかし、よく考えてみれば、俺は本来住むべき4人部屋の寮でさえ、一度だけ顔を出したくらいで、貴族寮が何処なのかも知らなかった。
お茶会に出席すると事前に伝えるべきなのか、直接行けばいいのかさえ分からないので、食堂で本人に部屋の場所を訊くことにした。
食堂内を見渡すと、今夜のルフナ王子はワイコリーム公爵家のラリエス様や、マギ公爵家のエイト君とは違う学友と一緒に夕食を食べていた。
雰囲気からすると貴族部の学生たち……しかも上級生のようだ。
俺は爵位なんて感心すらないし、貴族と仲よくしようとも思っていない。
今設定しているキャラは、勉強好きで変わり者。一人を好み、貴族の機嫌をとらない生意気な平民だ。そのせいか、身分にこだわりのある貴族部の皆さんから、相当嫌われているらしい。
「失礼します。ルフナ王子、今話し掛けてもよろしいですか?」と、自分の夕食を終え、ルフナ王子がお茶を飲み始めたところで俺は後ろから声を掛けた。
「そこの平民、いくらお前が常識知らずでも、平民から王族にお声を掛けるなんて、処罰を与えるべきだな。王子、見過ごされてはなりません」
「ルフナ王子がお優しいのを勘違いして図に乗るとは、許し難い!」
「我々が心配した通りのことになりました。どうか無礼者に厳罰をお与えください」
ルフナ王子と一緒に食事をしていた三人は、俺が王子に直接声を掛けたことに対し、怒りと蔑みの感情を隠しもせず大声で訴える。
処罰だとか厳罰だとかを与えろと王子に要求し、素早く立ち上がって俺の後ろを囲んで逃げ場を失わせる。
演技がかった声は大きく、食堂内の学生の半分の視線が俺たちに向く。
視線の多くは好奇心から向けられているが、中にはにやけた顔で、俺が痛めつけられるのを期待する視線もある。ふ~ん、なる程ね。
……貴族なら、もっと上手に感情を隠した方がいいんじゃない?
「おや、先輩方は、王族であられるルフナ王子に、厳罰を与えろと命令なさるのですね。そうですか、伯爵家の子息ともなれば、王子に指図できるのですね。知りませんでした」
俺は怯むこともなく、おっとりとした口調だが、よく通る声で反撃する。
「王子に指図だって?」と、食堂内はざわざわし始める。
俺を取り囲んだ三人は、自分たちに向けられている多くの疑念を抱いた視線に気付き、「黙れ平民!」と激昂し、わなわなと手を震わせる。
「やあアコル。お茶会の返事かい?」
「はい。私はルフナ王子のお住まいが何処にあるのか知りませんので、お伺いしようと思いまして。お邪魔してしまったようで申し訳ありません」
俺は何事もなかったかのように、少しだけ丁寧に返事を返し頭を下げた。
「いや、問題ないよ。折角だから一緒にどう?
僕が案内するよ。ああ君たち、僕に指図するなら、次からは親の同意を得てからにしてくれる?
そうでないと親まで不敬罪に問われるでしょう? 平民のアコルと違って君たちは貴族だからさ。
君たちは僕に、王族らしい振る舞いを望んでいるようだし、それが貴族部の総意というなら……僕は貴族部の学生に対して、遠慮しないことにするよ。それでいいんだね?」
まだ少しあどけなさが残るルフナ王子は、ゆっくりと立ち上がると俺の後ろに立つ三人と、食堂内の貴族部の学生たちに視線を向け、王子らしく上品に微笑み、食堂内の室温を一気に下げた。
誰にでもフレンドリーで【麗しの三騎士】と呼ばれている王子が、まさか王族の強権を行使するような発言をするなんて、きっと誰も思ってもみなかったんだろう。
……すげー、やっぱ王族は違うな。黒く微笑んだだけで大勢をビビらせるなんて。これだけ頭が回るのに、なんで勉強が苦手なんだろう?
チラチラと視線を浴びながら、俺はルフナ王子の後ろをついて行く。
何処からともなく、ラリエス様とエイト君が現れて、俺の隣に並んできた。
……これでは確かに、俺がルフナ王子たち【麗しの三騎士】の保護下に入ったと、全員が認識することになっただろう。
「いやー、なんだかスッキリしたよ」(ルフナ王子)
「いつもより黒かったぞ」(エイト君)
「少しは貴族部の連中も大人しくなるだろうね」(ラリエス様)
「あの三人を、貴族部の代表みたいに言っちゃって良かったんですか? あれじゃあ、他の貴族部の学生たちから疎まれますよ」
気付けば俺は、自然と【麗しの三騎士】の会話に参加していた。
王子の部屋には専属のメイドさんが居て、お茶やお菓子が直ぐに出てきた。普通のお茶だけど香りで最高級品だと分かる。さすが王子様だ。
「フフフ……あの三人はね、貴族部3年に在学しているサーシム侯爵令嬢シャルミンさんの取り巻きでね、まだ婚約者が決っていない彼女の気を引きたいのさ。でも、今夜のことで望みは絶たれたな」
ルフナ王子はフフフと笑いながら、なんだか楽しそうだ。
「確かに王立高学院で恋人を作ったり、結婚相手を探すことはよくあることだけど、貴族部の学生は頭に花が咲き過ぎだろう。でも明日から貴族部の学生は、ルフナ王子に近寄らなくなるね」
エイト君は貴族部の学生に、あまりいい感情を持っていないようだ。
「ルフナ王子のシャルミンさん嫌いは相変わらずだね。まあこれで、貴族部最大派閥であるデミル公爵の子息イスデンに、真っ向から喧嘩を売ったことになるな」
「ラリエス様、3年のイスデンさんって、公爵家の子息なのに貴族部なんですか?」
「アコル君、様は止めて。くんでいいよ。
デミル公爵は現軍務大臣なんだけど、あまり息子を軍で働かせたくないみたいなんだよね。
まあ、魔獣の大氾濫で死なせたくないんだろう。それにイスデンは魔力量が60くらいだし、卒業後は第一王子であるマロウ兄上の側近になるらしいよ」
なんて世間話なんかをしながら、俺は全く知らなかった貴族部の話を聞いていく。当然【麗しの三騎士】と敵対している感じの人たちの話が中心だ。
現在この学院には、多くの領主の子息や子女が在学しているらしい。
他にも第五王子リーマス様が薬師コースに、王弟シーブル様の嫡男が魔法部の2年に在籍している。
そしてやっぱり、レイム公爵派とヘイズ侯爵派に分かれて対立しているようだ。
「それにしても、本当にアコルは他の学生に興味がないんだね。普通なら、最低でも王族とか領主の子供くらいは調べて覚えていると思うんだけど」(エイト)
「自分の将来に関係なさそうな人を覚えても、別段役にも立ちませんし」
……お金の匂いがしない人には、興味ないんですとは言えないしな。
「要注意人物くらいは覚えようよ。アコルの頭なら直ぐに覚えられるだろう?」
「それではラリエスさ……君、申し訳ないですけどヘイズ侯爵派や注意すべき人物を、教師も含めて書いて頂いてもいいですか? 俺は文字の方が頭に入るので」
……興味のない名前なんか、口頭じゃあ覚える気にならないもんな。
「いいなあ、僕なんか、文字だと全然頭に入らないんだ。話したことは記憶できるのに、本やノートなどの書面になるとサッパリだよ。何でだろう?」
は~っ、と特大の溜息を吐き、ルフナ王子は頭を抱える。
「えっ? それじゃぁ、口頭なら記憶できるんですか?
暗記ものは口頭でもある程度大丈夫ですが、数学は・・・待ってください、少し試してみてもいいですか?
トーマス王子から勉強が苦手だと聞いていますが、もしかしたら、勉強法を変えたら成績が上がるかもしれません」
「それは本当かいアコル! 是非、何でも試してくれ」
ルフナ王子は椅子から勢い良く立ち上がると、座っていた俺の両手を握って、それはそれは嬉しそうに目を輝かせた。ちょっとプレッシャーが・・・
そこから俺は、いくつかのテストというか実験をした。
実は妹のメイリも、最近まで活字を覚えるのが苦手で、母さんが教えるのに苦戦していたんだ。
算数でも簡単な問題なら暗算できるのに、活字になると時間が掛かってしまう。難しい歴史は物語として話せば覚えられるのに、同じようなことを活字で覚えようとすると覚えられなかった。
地頭はいいのに、記憶の仕方が下手というか、目で覚えることが下手なだけで、脳の中で文字を起こせば暗記できる、特異体質の一種と考えたら分かり易い。
俺は逆に、見たものをそのまま脳に焼き付ける感じで覚えるから、メイリの方が天才なんじゃないかと思ったりする。
「ルフナ王子、自分は目が見えないんだと考えて勉強したらいいですよ。
見て覚えるんじゃなくて、聞いたことを直接脳に記録する感じです。
ですから、講義中のノートは他の人にお願いして、自分は教授の話すことをそのまま暗記するようにしてください」
何通りかの実験を繰り返した結果、やっぱり妹のメイリと同じタイプだった。
慣れるまでに10日くらい必要だけど、ノートではなく直接脳に記録する感じが掴めたら大丈夫だ。最近のメイリは、脳に記録しなくても、目を閉じれば記憶したことが活字になって浮かび上がるらしい。
ルフナ王子のもう一つの特徴として、活字以外の絵や風景や人物などは、他の人間よりも鮮明に記憶できることが分かった。
結局、ルフナ王子たっての希望で、共通科目の講義の時は俺が隣に座ってノートを取り、放課後どれだけ暗記できているかを確かめたり、特殊な勉強法を覚えるまで、一週間は指導することが決まった。
たった一日の交流で、俺たちはすっかり仲良くなった。
三人からは、貴族の礼儀とかマナーは気にしなくていいとお墨付きをもらい、三人は俺のことをアコルと呼び捨てにして、俺は名前にくんを付けて呼ぶことになった。
◇◇ 学院長 ◇◇
アコルのとんでもない爆弾発言……いや、驚きの提案を聞いた私たちは、暫く会話さえままならず、気付けば自分の執務室で頭を抱え、何度も溜息を吐いていた。
「アコルを要注意人物だと思い注視していたつもりが、いつの間にかアコルのペースというか思考に巻き込まれてますよね」
トーマス王子は、こんなに思考が混乱したのは久し振りだと付け加えた。
「は~っ、あの発想は平民だから出てくるのか? もしも国の重臣が聞いていたら完全に投獄されるレベルだぞ」
私にはアコルの思考が理解できない。
貴族と平民の差……だけではない何か……とても危険な感じに身震いがする。
執務室の応接セットに座り、秘書が淹れてくれたお茶を飲むのも忘れ、ようやく言葉を絞り出すように話し始めた台詞がこれだ。
「大きく発想を変えなければ、この国は滅びますよって、いったいどの高さから物事を見ているんだアコルは?
確かに我々にも似たような危機感はある。あるからこそ変革を求めた……だよなあ?」
マキアート教授は、首を捻りながら私に問う。
「そうだ。でもアコルは、我らが変革という言葉の意味を理解していないかのような発言をした。アコルは、王族である我々が怖くないのだろうか」
「叔父上、私はアコルほど危険な人物に会ったことがありません。
アコルほど……恐ろしいと思った人物を知りません。次元が違いすぎる。
アコルが商人ではなく政治を目指したら、民衆はアコルを・・・フーッ、何を考えているんだ私は」
完全に混乱している様子のトーマスの言葉に、胸がざわりとする。
……怖がっているのは我々の方? そんなバカな。それは認められない。
ふと、王家に代々伝わる【覇王伝説】の一節が頭に浮かび、直ぐに頭を振って打ち消した。そんなバカなことと。
*** 民心を惹きつける話術と、圧倒的な魔力量、そして【覇王】の思考は、いつも遥か高みから降りてくる。
その存在は神に近く、正しきものは【覇王】に跪き、愚者は平伏して従うのみ ***
いつもお読みいただき、ありがとうございます。




